38.クラウゼヴィッツ家の都合
「古いって、女性の騎士もいるようなところだろ? 女だからどうのとかはないのではないか? うちが新興貴族だから?」
「性別は関係ない。家柄も気にしない。クラウゼヴィッツ家は実力主義だ。しかし魔力重視の考えが根強く残っている」
魔力重視。今、王都ではあまり聞かなくなった。生まれ持った魔力の量を本人の能力と捉える考え方だ。
昔は魔物とも魔王とも、魔法で戦うのが常識だった。だから兵士は魔力重視だったと聞く。
そのため、特に貴族は、魔力の強い者同士が結婚して、魔力の強い子供を求めていたそうだ。魔力が無ければ長男でも後継になれないとか、普通にあったらしい。
今でも高齢の貴族からは、魔力が無いと分かるとあからさまに下に見られることもある。
「俺は魔力がないから生まれた時からハズレ扱いだった。リーゼも魔力がないから、あまり歓迎はされないとおもう」
「……そうなのか」
ハズレ扱い。家族から期待されないと言うのは、それは辛いだろう。私だって幼い頃、剣を持つと眉を顰める母を見ると悲しくなった。父が、リーゼは才能があるとほめてくれたからそこまで落ち込まなかったけど。
シュタインが十歳で一人、縁もない遠方の道場に預けられたのは、そういうことだったのか。
「今は、魔力が無かったからこそリーゼや師匠に会えたのだから、良かったと思っている。魔力偏重は俺だって納得はできないが、価値観をすぐに変えるのは難しい。だから、ノアがいるとやりやすい」
「おれ?」
シュタインはノアを見た。ノアは大きな目をぱちくりとさせる。
「ノアの魔力と魔法の才能は並外れている。クラウゼヴィッツ家は魔力が高い子供を何より大事にする。ノアは多分、……欲しがられるだろう」
「まて! お前、ノアを土産にする気か!?」
「いや、そこまでは。まあ、最高の魔術師の教育を施してもらえるだろうから、ノアのためを思えば悪く無いかもしれないが」
咄嗟に抗議するが、確かに……言われてみれば、そうかもしれない。魔力が多ければ優秀だという考え方は、魔力がないものからすれば面白くないが、ノアにとっては、魔力を押さえられている今より楽しいかもしれない。
「……リーゼが嫌がる事はしない。でも、ノアが従者だと言って側にいてくれれば、主人のリーゼも一目置かれると思う。彼らは古いからこそ、従者の能力を主人の器量と捉える節があるからな。どうだろう、利用するようで少し気が咎めるが、頼めるだろうか」
「いいよー」
「ありがとう」
神妙な顔で話すシュタインに、ノアは呑気な声で返事をする。大した事だとも思っていないようだった。
シュタインはその返事にホッとしたように微笑む。
「事情はわかったけどさ、私も魔力は無いのに、ご家族は認めてくれるのかな? 両親共に魔力がないと、子供も魔力を持つ確率はとても低いと聞いた……!?」
しまった、と思った時には両手を大きな手で包むように握られていた。速い。
ふと疑問に思っただけだったのだが、それはシュタインの心を鷲掴みにしたらしい。
くそ、動きが読めなかった……
「リーゼ……」
「や、失言だった! その目をやめろ! 離せ!」
「心配かけてすまない、俺たちの事は必ず認めさせる」
「ああああ、もう、そういうのはいいから!!」
「俺達の子か。フフ、そこまで考えてくれていたなんて」
心なしか潤んだ真剣な金色の目が迫ってくる。
別に、別にシュタインがどうというわけではないのだ。
そうだ、道場! 父はあんな事を言っていたけれど、私は別に継ぎたいわけではないし! シュタインが継ぐのがいいと思うし!
くっそ、こいつ本当力が強いな。全く解けない!
何とか手を引き抜こうとするが全く動かない。あたふたする私をシュタインはじっと見つめる。その喉がごくりと鳴った。
「あ、じゃあさ!」
ノアの可愛い声で、一瞬拘束が弱まった。その隙に手を引き抜いて、距離を取る。
……ありがとうノア。
「シュタインにいちゃんが、辺境伯になっちゃえばいいじゃん? そうしたら親とか関係ないし、好きにできるでしょう?」
突然の提案に、つい二人ともぽかんとしてしまう。
「ヴィンツェルお兄さんが侯爵になるんならさ、シュタインにいちゃんも辺境伯になればいいんじゃん。侯爵の方が上みたいだけど、クラウゼヴィッツ家って一目置かれてるみたいだし」
どうしてそんな話になるんだろう、シュタインはそもそも三男で、魔力もないからあまり大事にされていなかったと、今話していたばかりではないか。
「はは、何を言ってるんだ。魔力がない俺が万が一にでもそうなる事はないよ。それに、俺の家はもう、ここだ」
「魔力があればいいんでしょ?」
「いや、仮にそうだとしたって、兄が2人いるしな」
「じゃあ、魔力があって、お兄さん2人がいなければいいんだ」
「ノア! そういうことは冗談でも言ってはいけない」
それは言いすぎだ。家族をいない方がいいと願うなんて、悲しすぎる。
きつい口調で注意すると、ノアは口を閉じて肩をすくませた。
「ノア、ごめんなさいは?」
「……ごめんなさい」
シュタインは、小さな声で謝ったノアの頭に、ぽんと手を置く。
「実は、俺も昔はそう思っていた。兄達を恨んで、彼らより強くなろうと剣術に打ち込んでいたのだから、今から思えばそう悪いことでもなかったかもな」
ノアをフォローするように言って、優しく笑いかける。このシュタインが、家族を恨むなんて想像できない。
「そうだ、思い出した」
シュタインは懐かしそうに笑ってみせる。もうそれは過去の事だと言いたいのかもしれなかった。
「魔力を宿せないかと色々試していた時、山の中に湧く魔力を含有する湯に入ってみたことがある。効果は無かったが、景色も良くて気分は良かったな」
「あ、それ知ってるよ! 魔力が少し回復するんだ。気持ちいいよね」
「そうか、折角だから行ってみるか。リーゼも一緒に……」
何だが急に、楽しい旅の計画の話になった。二人の切り替えの速さに呆れて笑えてくる。
「水浴びみたいなものか? 気持ちよさそうだな」
「あ、背中流しっこしようよ」
「男女は別! ノアはシュタインと入りなさい」
「ええー」
「え、別?」
「……なぜシュタインも悲しそうな顔をしているんだ」
睨んでやると、む、と、口を尖らせて目を逸らした。一体何を考えていたのやら。




