23.リーゼのお仕事
国王が廊下の向こうから歩いてくるのが見えたので、私は壁に寄って頭を下げた。
異国の装束をまとった男性と話している。要人なのだろう、従者や護衛を数人従えている。
その周りには我が国の騎士が護衛として囲んでいる。ただ歩いているだけなのに大所帯だ。
国王の隣にはシュタインが控えている。きっちりと正装で、聖冠騎士のサークレットをつけている。 仕事中だから、声をかけるわけにもいかない。向こうもそうだろう。 目も合わせずに通り過ぎた。
私はこの頃、父の補佐として、騎士団の事務仕事を手伝っている。皆に顔も知られているし、身元も確か。ちょっとやそっとでは倒れない安心感もあるようで、意外と重宝されているのだ。
今日も、王宮内でお使いをしていた。仕事中は女性の官吏の様な、ツイードのロングスカートにジャケット姿だ。ドレスよりはよほど動きやすく気に入っている。
「失礼します。お手紙を預かってきました」
父の執務室にノックして入室する。
父──引退した英雄、剣聖アレクシスの今の肩書は騎士団の指南役。しかし実際は騎士団だけでなく王都の兵力全体を掌握している。
騎士団の事務所の奥に与えられた個室には、山のように書類が積まれていた。
「ああ、リーゼ。ありがとう」
「こちら、急ぎで目を通してほしいと」
父は目もとをもみながら手紙を受け取ると、目を通し、ため息をついた。
「どうしたもんかなぁ」
私にちょいちょいと手招きし、その手紙を見せてきた。
「見てよろしいのですか?」
「構わないよ」
それは、貴族のご令嬢の護衛依頼だった。
此度、当家令嬢の縁談が決まり遠方へ赴くことになった。国政にも重要な縁談で、令嬢の護衛を騎士団に依頼したいが側近は女性を希望する……そのような内容だった。
女性で騎士が務まる者、私しかいない。個人的な内容であるが、そのような事を「急ぎ」でねじ込ませられるような人間からの依頼である。
「最近増えたんだよ。……お前への依頼がね」
「私でよければ喜んでやりますが」
私は努めて落ち着いた表情を作っていたが、心が躍っていた。
事務仕事も面白いが、私にしかできない事というのは嬉しいものだ。
騎士団員ではないが、護衛の依頼くらいは良いのでは……淑女の嗜みの範囲内で。ほら、お母様だってたまに、お友達に刺繍教えたりしてるし。
だが、父は難しい顔をしている。
「私の本音としては、お前の能力を活かせる道をつくりたい。ただ……私の立場が難しくてな……全部受けるわけにもいかないから、やはり断るしかない」
父も母も元平民である。魔王討伐の報奨として爵位を賜った。貴族としては新興、しかも王に気に入られていると来た。
そのような立場だから、我が家の取り潰しを狙うもの、逆に取り込もうとするものもいるのだ。隙は見せられないのだ。
そう考えると、よくあの母が、私が道場に出入りするのを許してくれたと思う。
貴族社会に巻き込まれるのは本意ではないが、私もその端くれである。我儘を言うところではない。
しかし、残念だな。実の所、剣の腕を活かしたいと言う気持ちはずっと燻ぶっているのだ。
騎士の道は諦めた。でも、せっかく今までやってきたことを活かしたいとは思う。結婚相手がシュタインなら、何をしても反対しないだろう。
女性の護衛は、需要はあるだろう。今は戦える女性が必要な時は、冒険者や傭兵を雇うと聞く。そうするとどうしても礼儀作法や立ち振る舞いが問題になる。
そう考えて、ふと、思いついた。
「父上、道場に女性クラスを設けるのはいかがですか。私が教官になり、護身術と護衛のやり方など教えましょう」
「何?」
「それなら、今の道場に女性が通えるようにするだけですから、幅広くお声がけすれば贔屓した事にはならないでしょうし」
自分で言いながら、妙案のような気がしてきた。
たとえば侍女が護衛もできれば、重宝されるのではないか。私も貴族だ、立ち振る舞いや状況も考えて教えることができる。
今までは自分の為に剣を握っていたから、誰かに教えようとか、どう役に立つかは考えた事が無かった。
私ができる事、……私だからできる事を思いついて、思わず気持ちが昂る。
「最近は寮の子供たちの自主練にも付き合ってますから、教えるのもだんだん上手になってきましたよ」
父はしばらく力説する私の顔を見ていたが、悪くない案だと思ったのか、口髭を撫でた。
++
「あれ、リーゼロッテ様、出場者はあちらですよ」
「いえ、……今年は、応援です」
冬の終わりに開かれる剣術大会には、出場しなかった。
会場で顔見知りに会い、出ないと言うと驚かれる。「引退した」という話はさほど話題になっていないようだ。騎士団に出入りしているからかもしれない。
五年ぶりの観戦席だ。歩けるようになったノアを連れて見に行った。
「出ないのですか……少し、残念だなあ」
「リーゼおねえちゃん、あっちで飴売ってたの食べたい」
「ああ、……では、失礼します」
出場しなかったのは私の判断だが、声をかけられたり、熱い戦いを見ると、気持ちが落ち込んでしまう。出る前から諦めた自分の弱さが情けないのだ。
稽古は再開したが、一度折れた心はなかなか奮い立たず、結果、なかなか勘は戻らない。出場しても、あっという間に負けてしまうだろう。
「リーゼおねえちゃん、つかれたー」
「うん、少し休もうか」
そんな暗い気持ちが首をもたげるたびに、目をキラキラさせているノアに救われた。
「シュタインにいちゃんはいつ出るの?」
「シュタインは聖冠騎士だから大会には出ないよ。優勝者が挑戦してきたら、防衛戦だね」
防衛戦はすべての試合の後に行われる。なのでそのシュタインは今、観戦する国王の横に立ち、すました顔で試合を見ている。
「まあ、今年は大丈夫だろ」
「おれ、魔法使えばシュタインにいちゃんにだってまけないぜ」
おれも出たかったなー、と、ノアは子供らしい強がりを言う。
「剣術大会は魔法禁止だよ。こっそり使ったとしても、聖冠騎士には魔法は通じない」
「へえ?」
「シュタインがつけてるサークレットがあるだろ? あれは強力なアンチマジックの魔道具なんだよ。自分も、相手も、魔法が使えない。魔術での攻撃も効かないけど、自分の強化も回復もできないから、本当に肉弾戦になるんだよね」
「ふうん……」
魔法での肉体強化は一般的だ。私はまったく魔力がないので、その感覚がわからないのだが。魔道具を仕込んで肉体強化をする事もできるが、父の教えには反する。
なので私やシュタインは、幼い頃から生身が普通だった。
未来の大魔法使いには気になる所なのだろう。ノアは、大きな目をきょろりとさせて、じっとシュタインを見ていた。
2025/11/3 22,23話を入れ替えました。




