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第三十六話 幕引き

 

 具足の音が近寄ってくる。

 撤退している帝国軍をケルツ大尉率いるハインス砦駐在大隊が追撃している形だ。

 帝国軍の兵力は既に二百を下回っているか。


 その背後に位置する森林の繁みに、俺は息を潜めていた。

 周囲には五体の召喚兵士。

 サラの姿は無い。

 今ごろ、別の場所で身を潜めているだろう。


 撤退してくる帝国軍との距離が二〇〇メートルを切ったか。

 そろそろだ。

 その場から立ち上がる。

 サーベルを抜いて、その鉾を前方の帝国軍へと向けた。


「全軍、突撃ッ!!」


 召喚兵士たちが走り出す。

 スタミナの心配がないので、最初から全力疾走だ。

 俺も遅れないように、地を蹴って駆け出した。


 それに最初に気が付いたのは、本陣に陣取り指揮を執っていた馬上の男だった。


「なッ!」


 驚愕したように目を見開く。

 意表を突くことに成功したようだ。


「――っ弓兵第二分隊!射撃体勢!」


 総指揮官が焦った口調で命令を下す。

 それを受けて、十人ほどの弓兵が此方に向き直った。

 しかし、その行動は毅然というにはあまりにお粗末。


「――撃ってぇ!」


 射撃の準備が出来次第、合図が出された。

 偽造撤退とはいえ、追撃中に背後を突かれたのだ。

 指揮官以上に兵士たちの動揺が激しいのだろう。

 その斉射は統制がとれていない散発的な射撃となった。

 致命傷となる矢を『ヒートシールド』で撃ち払いながら、周囲を確認する。


(よしっ!離脱者はいないな)


 勢いが減じない俺達に、馬上の男がうめく。


「……忌々しい召喚士官め!騎兵たちはいったい何をしている!?」


 此方を睨め付けて、何かに気が付いた様子。


「……階級の割に多い召喚兵士からして、部隊を二手に分けたかッ!」


 彼が周囲を見回す。

 帝国兵士たちは皆、不安げな表情で背後を気にしていた。


(確かに、此方は一個分隊に満たないほどの戦力でしかない)


 だが、帝国側からすれば挟撃されたという事実が兵士たちの士気をこの上なく下げる。


(ただでさえ、前方からは皇国の本隊が猛追しているのだ)


 このままでは、撤退から敗走に移り変わるのも時間の問題だろう。

 ――この状況を如何にかするには、彼らの士気を大いに高める必要がある。


「ち、仕方ない!合図を出せ!」


 ラッパが吹き鳴らされる。

 少しして、背後から雄叫びが響き渡った。

 振り返ると、森の奥から次々と帝国兵士たちが姿をあらわす。


「見ろ!援軍がきたぞ!我々はまだ負けてない!」


 それに――と指揮を執る男は付け足す。


「こざかしく我らの背後を突いてきた敵は一個分隊にも満たない!鎧袖一触に粉砕して援軍と共に態勢を立て直すぞ!」


 兵士たちの表情が目に見えて明るくなる。

 士気が持ち直したようだ。

 しかし、それとは裏腹にその男の顔色は晴れない。

 それも当然だろう。

 そもそも、援軍にやってきた軍隊、その本来の任務は予備兵力ではなく伏兵であった筈なのだから。

 敵の止めを刺す役割としてでなく撤退支援として扱っている現状に不満を抱いているのだ。


(まあ、それが此方の狙いだったわけだが)


 本隊を奇襲することで森林の伏兵を戦場に引きずり出す。

 これがサラの計画した作戦の大まかな概要だ。

 頭を働かせていると、力強い声が耳に飛び込んできた。


「直ちに予備兵力を向かわせろ!敵の遊撃部隊を殲滅するのだ!」


 帝国本隊後衛の一部が此方に向かってくる。

 その数は二十人ほどか。

 彼らとの相対距離、三〇メートルというところで声を張り上げた。


「反転して、後方の部隊に突撃するぞ!」


 驚愕の表情を浮かべる帝国兵士たち。

 それを尻目に俺達は踵を返す。


(俺達の任務はあくまでも強行偵察だ)


 標的は背後の部隊であって、帝国本陣に拘る必要はない。

 そして振り返った先には、百人近い帝国兵士たち。

 伏兵として潜んでいたためか、騎兵や弓兵の姿は見えない。


(……森林から出てきたばかりで、隊列は乱れている)


 今がチャンスだ――

 一〇〇メートル弱の距離を二十秒ほどで詰め、そこを自ら先陣として斬り込んだ。


(帝国本隊の騎兵数から考えて、下馬して歩兵となっている者達も多いはず)


 敵陣中で周囲に視線を巡らせる。


(――あそこだ!)


 少し先に、周りと違う雰囲気を纏った一団。

 軍服の装飾も所々違うので彼らが、元騎兵部隊なのだろう。

 サーベルを振るい道を切り開きながら、目標に接近する。

 突然の反転に虚を突かれたためか、帝国軍の反撃は弱い。


 しばらくして元騎兵部隊と歩兵部隊の境目に到着した。


「お互いに背を預けあう形で円陣を組め!」


 視線を鋭くして、周囲を見回す。


「防御に専念して、時間稼ぎにつとめるぞ!」


 帝国軍本隊は現在、皇国軍の猛攻に晒されている。

 戦力差は二倍ほどで士気の差も歴然だ――帝国軍を破るのは時間の問題だろう。


「ッ、敵は小勢だ!これ以上好きにさせるな!」


 それが分かっているからこそ、一刻も早く俺達を排除しようと敵も死に物狂いだ。

 だが、事はそう上手く運ばない。

 ある兵士が此方に攻撃してくる。


 その間際――

 突如として後ろから突き飛ばされた。

 押し出された兵士が怒号をあげる。


「っ邪魔すんなら、失せろ!」

「貴様ッ、歩兵の分際でッ!」


 これが森林地帯での奇襲であれば特に問題に無かっただろう。

 乱戦になる以上端から連携など必要なかったのだから。

 しかし、この規模の包囲殲滅戦ともなると綿密な連携が求められる。

 それこそ常日頃から同じ部隊で行動していなければ無理難題だ。


 結果的に――

 彼らは数の利を上手く活かすことが出来ず無秩序な乱戦が形成された。


「元騎兵部隊は一旦後退しろ!」


 それを見た敵の指揮官が堪らず命令を下す。


「ここは歩兵部隊に任せるんだ!」


 すると此方から距離を置いて、一部の兵士達が後方に後退を始めた。


(後退に時間がとられるとしても、現状よりはマシだと考えたようだ)


 その決断は恐らく正しかったのだろう。

 一旦、時間と距離を置いた事で、兵士達が混乱から落ち着きを取り戻し始めたのが分かった。

 次の攻撃は、これまでより遥かに苛烈なものとなりそうだ。


「よし、再び攻撃を――」


 しばらくして相手の指揮官が号令を発する。

 その寸前。


「――ぎゃああぁ!」


 俺を包囲している敵部隊の後方から悲鳴が上がった。

 その場の誰もが振り返った視線の先に――

 一体の召喚兵士の姿があった。


「……」


 そいつは帝国の兵士に一撃加えたあと、背中を向けて森の中へと走り去る。


「――罠の可能性が高い!元騎兵部隊の二個分隊で追撃せよ!最低でももう一人、召喚兵士がいるはずだ!」


 皆が召喚兵士の消え去った方角を注目していた。

 だから、気付かない。

 ここから二百メートルほど離れた森林から、一騎の騎兵が走り去ったのを――


(……上手くいったか)


 騎乗していたのはサラだ。

 彼女は離れた場所からこれまでの戦いを観測していたのだ。

 平地に伏兵を誘き出し、俺が部隊を展開して戦ったことで、正確な情報を把握できたことだろう。


(これでクエストは達成できたことになる)


 例え、ここで戦死してもサラがケルツ大尉の元へ報告に向かった以上、任務達成に支障はないが――


(これまで同様、可能な限りここで戦い続けるべきだろう)


 今までは、サラが情報を集めるまでの時間稼ぎだったが、これからは撤退支援部隊を帝国軍本隊に合流させないための足止めとして。


(皇国軍が帝国本隊を撃破するまで耐え凌ぐ)


 この部隊の援護がなければ、帝国軍は毅然とした撤退すら儘ならない。

 それゆえ追撃で大損害を与え、皇国が勝利でなく完勝できるかは俺の働きに掛かっていた。










 敵部隊の攻撃が再開されて、どれほどの時間が経っただろうか。


 あれから、再開された戦闘は苛烈を極めた。

 落ち着きを取り戻した帝国兵士による連携された攻勢の前に押し切られたのだ。

 召喚兵士は全て討たれ、残ったのは俺一人。

 それでも此処まで耐えられたのは、サラの召喚兵士による陽動があったからだ。

 戦力を分散したのもそうだが、再び奇襲があるのではと未だに背後を気にしている。

 それゆえ俺に対する攻撃が何処か精彩を欠いていた。


「あと一人だ、早く止めを刺せ!」


 ――此処までか。

 あと一人ぐらいは道連れにしてやろうと最後の力を振り絞る。

 取り囲んでいる兵士たちがにじり寄ってきた。

 サーベルを持つ手に力を込める。

 その矢先のことだ。


「て、敵襲~!!敵襲だ~~!!」


 兵士たちが、咄嗟にそちらを見る。

 俺も首をひねって確認した。


 遠くから一騎の騎兵が駆けてくる。

 銀色の髪を凪かせて、馬上に跨っているは見覚えのある人物。

 片手には短槍を持っていた。


「……ユイナさん」


「は、はは、敵はたった一人ではないか!包んで討ち取ってしまえ!」


 敵襲と聞いて浮足立っていた兵士達も余裕を取り戻した。

 部隊の中で槍を手にする面々が槍衾を作り始める。

 だが、彼女は馬の脚を緩めない。

 それどころか加速している。


 すると、ユイナさんが短槍を掲げた。


「……何をする気だ?」


 あと一〇メートルという距離。

 彼女はそれを全力で投擲した。


「は――?」


 突撃の運動エネルギーとSTR(筋力)極振りの腕から放たれたその槍は、前衛一人だけでは留まらず後方で佇んでいた兵士まで串刺しにする。

 それは軍人たちですら思わず一歩退いてしまう悪夢じみた光景であった。


「なッ――!?」


 彼女はその間隙に馬を突っ込ませる。

 後方には、まさかたった一人で突破できる筈もないと高を括っていた兵士たち。

 ユイナさんが腰元のサーベルを抜いた。

 彼女は踵で馬の腹を叩き、より一層加速させる。


 敵の雄叫びが果てしなく重なり合う。

 すれ違いざまに剣を振るいながら、道を切り開く。

 そして、本当にたった一人で此処までやってきてしまった。


「――お待たせ、カイくん」

「……白馬の王子さまと言うには少々物騒過ぎやしませんか?」

「君も囚われのお姫様って柄じゃないし、お互いさまだろう?」

「……それもそうですね」


 差し出された手を借りながら、栗毛の馬にまたがる。


「しっかり掴まって」


 ユイナさんが手綱を引いて、馬の向きを変えた。

 乱れ切った陣形の最も薄い場所から逃走を図る。


「主戦場は……」

「もう終わったよ」


 包囲網を抜けると、ユイナさんが敵陣を指さした。

 視線の先には敗走を始めた帝国軍本隊。

 兵士達は盾や槍を投げ捨て、背を向けて逃げ出している。

 真っ黒な人の波が右往左往する様は、小魚の群れのように見えた。


「……勝ったのか」


 そこで初めてこの戦いに勝利したことを自覚した。

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