第三十四話 前哨戦
第二陣の兵士達が次々と正門を潜り抜けていく。
俺達、独立召喚分隊はその最後尾だ。
そして正門を過ぎ去ると、分隊長として一人先行していたサラが足を止めた。
「――ここで本隊と別れて迂回するわ」
振り返った彼女が言う。
「主戦場を中心に大きく右回りで移動しましょう」
「じゃあ、召喚兵士を――」
顕現しよう、と言いかけたところで制される。
「敵勢力と交戦する、そのぎりぎりまで召喚はしないで」
「……顕現しておいて即座に召喚兵士を展開できる方が便利だと思うが」
「理由は二つある」
指を二本立てた。
「一つは出来る限り少数で行動して隠密性を保ちたい」
「隠密性もなにも……視界の開けた平原を移動する以上、あまり意味はないのでは?」
「まあ、そうでしょうね」
サラが同意する。
「だから本命は別にある」
「それは?」
「三人一組で行動し敵に此方の戦力を誤認させるのよ」
召喚士官であることをぎりぎりまで隠蔽することでね――と付け足す。
「帝国軍から最低でも弓の射程以上は離れた距離を移動するつもりだから、私達を召喚士官だと識別することは不可能なはず」
「……なるほど、各個撃破が目的か」
「ええ」
サラが力強く頷き返す。
「……どうも話が良く分からないけど、時間もないし問い詰める真似はしない。ここは君たちを信じてその指示に従おう」
首をかしげつつも同意の意を示すユイナさん。
それを見たサラが一度、深呼吸して告げる。
「それでは任務を開始しましょう」
彼女が踵を返して駆けだす。
俺とユイナさんもその小さな背中を追うようにして足を動かした。
森とハインス砦の折り返し地点。
目的地である【グロート大森林】まであと二キロという距離に迫っている。
前を走るサラが声をあげたのはそんな時だった。
「っ!止まりなさい」
慌てて足を止めた。
「敵騎兵部隊が接近してくるわ」
サラが戦場を指さす。
振り向くと、確かに九騎ほどの騎兵が確認できる。
相対距離四〇〇メートルほどだろう。
「召喚兵士を顕現しなくていいのかい!?」
「まだ早いわ。タイミングが来たら合図を出すから、そしたら一斉に召喚を開始しなさい」
サラが表情を変えずに告げる。
「私の召喚兵士は前列に並べるから、貴方達の召喚兵士は二列目に整列させて。そして貴方達二人は二列目の隙間から敵騎兵を狙撃する射撃体勢を取りなさい。狙撃の合図も私が指示する。それが終わったら散開して――」
「――いや、密集陣形でいた方がいい」
兵数はほぼ同数だが相手は騎兵だ。
(戦力的には此方が圧倒的に劣勢)
密集したところで鎧袖一触に蹴散らさせるのは目に見えている。
(それゆえこの戦力では密集陣形より、散開して小回りを活かした立ち回りの方がまだ活路があると考えるのが普通だが……)
「なるほどね、そういうこと……」
サラが目を細める。
「これがSWOである事を忘れていた。だとすると、射撃のタイミングも早めた方がいいわね」
その一言で、此方の意図を正確に把握したことが察せられた。
「では、私の召喚兵士を突撃させるタイミングもカイに一任しましょう」
「は?突撃?」
ユイナさんが目を見開く。
「それはいったいどう――」
彼女が疑問を尋ねるより先にサラが口にする。
「――来たわ」
彼女が見つめる先に――。
砂埃を巻き上げて迫りくる騎兵集団。
それぞれが軽甲冑を着込み、短槍を携えている。
兵装からして軽装騎兵なのだろう。
重装騎兵でないとはいえ、初めて間近で見る騎兵だ。
迫力に押され一瞬たじろいでしまう。
「召喚を開始しなさい!」
声高に叫ばれたサラの声。
現実に引き戻され、自分を叱咤するように喉を震わせた。
「召喚――!」
目の前に魔法陣が展開された。
光が人の形を形成し、段々と召喚兵士が顕現していく。
視線を騎兵部隊に移す。
「ッ」
敵との距離は三〇〇メートルを切っただろうか。
その迫りくる圧迫感と恐怖心は、これまでの戦闘とは全くの別物と言っていい。
視線を戻すと、未だ顕現されている最中の召喚兵士。
それがいつもより遅く感じてしまう。
さらに数秒後――一体目の召喚兵士が顕現された。
「よし」
続けざまに二体目の召喚にも取り掛かる。
同時に、サラが声をあげた。
「射撃準備に入りなさい!一五〇メートルを切ったら合図を出すわ」
「な、一五〇ではいくら何でも遠すぎないかい!?」
ユイナさんが思わず言い募る。
事実、一五〇メートルは射程距離ではあっても狙撃の有効射程とは言えなかった。
「いいから構えなさい」
「ッ命中しなくても知らないよ!」
彼女がやけくそ気味に叫んで小銃を構えた。
俺もクロスボウで狙いをつける。
「……」
意識を研ぎ澄ませる。
見据える先は迫りくる騎兵部隊。
一度深呼吸すると照準が合わさる。
その矢先――。
「――撃ちなさい!」
合図と同時に引き金を引き絞る。
ばしゅっ!
そんな音を残して弓なりに飛翔する矢。
その行方を祈るような気持ちで見つめる。
「――っ」
それより先に一発の弾丸が敵を貫く。
少しして、一人の敵騎兵が馬上から崩れ落ちた。
「やった!」
隣でユイナさんが歓声をあげる。
対して、此方が放った矢の描いた軌道の先では――。
腕から矢をはやした敵の姿。
痛みで短槍を落としてしまったようだ。
(だが、転落するほどではないか)
戦闘力は削れたが完全に無力化することは叶わなかった。
「充分過ぎる戦果ね」
「……もっと近ければ、命中率も上がった筈だよ」
「敵戦力の無力化は、主目的の副産物でしかないからこれでいいの」
ユイナさんの視線が〝どういう意味かな〟と問いかけてくる。
だが、敵の脅威が迫っている今、答えている時間はない。
彼女が疑問を呑み込んでサーベルに手を伸ばす。
遠距離射撃から接近戦に備えようとしているのだ。
しかし――。
「武器はそのままで」
「な、どうしてだい!?」
サラは前を見据えたまま、口を開いた。
「ともかく、今は私とカイを信じて」
彼女の言葉を最後にユイナさんは唇を噛み締めてそれ以上言い募ることは無かった。
そんな二人を横目に俺は前方を睨め付ける。
敵騎兵部隊はすでに目の前。
密集体型で突っ込んでくる。
あと、数秒で接触だろうか。
相対距離五〇メートル――。
「――中央兵士、突撃しろ!」
サラが召喚し、前列に並べている三体の召喚兵士。
その中央に位置する兵士一体が、俺の指示に従い突撃を敢行した。
「突撃させてどうするつもりなのか……」
ユイナさんも一人飛び出した召喚兵士の動向を静かに見つめている。
そして、先頭を駆ける騎兵と中央兵士が衝突する。
その間際――。
「――今だ!その場にしゃがみ込め!」
中央兵士が座り込んで背中を丸める。
「――ッ」
先頭を駆けている帝国騎兵が目を見張った。
無理もない。
味方のユイナさんですら、驚きのあまり声が出ないのだ。
対峙していた彼からすれば、なおさら虚を突かれたことだろう。
だからこそ、判断が遅れた。
「――がはぁ!」
突然ただの障害物と成り変わた召喚兵士に、馬が脚をとられたのだ。
そして、突如として転倒した味方に巻き込まれた形で、背後の騎兵たちもなすすべなく横転する。
その数は五名ほどになろうか。
辺りは地面に叩きつけられた帝国軍人の呻き声で溢れ返っている。
(虚を突かれたのは先頭の騎兵だけでなかったらしい)
騎兵部隊全軍による判断の遅れが、これほどの惨劇を生み出した。
そして、運良く生き残った三騎ほどの帝国騎兵が、衝突地点から左右に別れ俺達のすぐ横をを通り過ぎる。
仕切り直すつもりだろうか。
「――残りの騎兵たちが反転してもう一度突撃を仕掛けてくるはずよ」
サラが振り返って言葉を紡いだ。
「反転時は脚をとめざる得ないから、そこを狙い撃ちにしなさい」
「了解した」
彼女の指示に従い反転時を待ち構える。
(敵の足がとまり迫りくる恐怖心もない状況だ)
狙い撃ちにするのは何も難しくなかった。
「残りは……」
視線を巡らせ、最後の一人を捉える。
味方が次々と葬られたことで、勝ち目はないと見たのだろう。
最後の騎兵が逃走を図る。
(――逃がさない)
その無防備な背中に狙いをつける。
自分の射る軌跡は、すでに脳内に描ききっていた。
その軌跡と敵の背中が一致するその瞬間を待つ。
そして。
俺の思い描く矢の軌道が脳内で一致した。
レベル:68
種族:ハーフ(人族×ドワーフ)
HP(体力):745
MP(魔力):10
STR(筋力):67(+16)
END(耐久):71(+8)
DEX(器用):62(+8)
MND(精神):50
INT(知力):51
Skill
Specific Skill(固有スキル)
種族適性(歩兵系統、銃兵系統)
個人適性(騎兵系統)
Passive Skill
【一刀両断Lv,2】
【縦陣Lv,1】
【奇襲Lv,8】
【挟撃Lv,7】
【狙撃Lv,3】
【夜目LV,5】
【夜襲Lv,4】
【横陣Lv,1】
【方陣Lv,1】
最後の騎兵が崩れ落ちたのを確認すると、レベルアップが発生した。
敵を識別すると80オーバー。
格上とはいえ、二人しか倒していないのに恐ろしい上昇率だ。
(これが戦争特有の経験値ボーナスというものだろうか)
思考を巡らせていると、サラが話しかけてくる。
「次の行動に移るわよ」
「それは?」
「敵の軍馬を鹵獲して新たな追手がくるまえに【グロート大森林】まで逃走を図るわ」
その言葉で周囲に視線を巡らせた。
帝国軍人は光となって空に帰っているが、軍馬はその場に留まっている。
――どうやら軍馬は戦利品扱いのようだ。
「私達は当初召喚兵士を顕現してなかったのに、これだけの戦力を差し向けてきたのだから、まず間違いなく森林地帯に伏兵が潜んでいると見ていい」
サラが俺の目を見据えてくる。
「だとすると、これは前哨戦に過ぎないでしょうね」
そんな言葉を言い残してサラが踵を返す。
俺は束の間、これから起こるであろう激闘に思いを馳せた。





