第三十一話 ハインス砦
木製の車輪がガラガラと土の街道を踏みしめている。
つい先ほど、ヴェルツェルの西門を抜け、最前線である【ハインス砦】へと向かう往路であった。
左右には辺り一面に広がる小麦畑。
その駅馬車の最前列――
右から順に、ユイナさん、俺、サラの順番で腰掛けている。
ユイナさんがゆっくりと口を開いた。
「最前線か……これまでとは何がどう違うのだろう?」
「レヴィン少尉の話では、戦闘の規模が違うのは間違いないみたいですね」
レヴィン少尉は敵味方数百人での戦争と言っていた。
本当なら文字通り桁違いの数だ。
「だとすると――」
サラが窓を流れゆく景色に目を向けたまま声をあげた。
「最大の違いは現場指揮に従う必要性がある点ね」
「どうして他者の指揮下に?」
「まさか、単独で数百人規模の敵と戦うわけにもいかないでしょう」
彼女が嘆息した。
俺もその通りだな、と心中で同意する。
(その為に、軍曹という軍事階級も与えられているのだろうし)
「……それは数百人の味方と協力するということかな?」
「まあ、そうなるわね」
ユイナさんが顔をしかめる。
「……自信が無いな」
「自身が無い?」
「今までカイくんとしか、行動を共にしたことが無いからね」
突然、それほどの味方と協力と言われても正直戸惑っているよ、と苦笑いを浮かべた。
すると、サラが形のいい顎に指先を当てる。
ユイナさんの言葉に何か考え込んでいるようだ。
少しして彼女の思案が終わった。
「……まあ、此方が新人召喚士官だってことは向こうも分かっている筈だから、綿密な連携なんて端から求めてないでしょう」
彼女は口元を緩める。
「言うなれば協力というより共闘と言い直した方が正しいかもしれないわね」
「具体的にはどう違うと?」
「部隊に組み込まれるというより、別動隊の独立部隊扱いだと思うわ」
「……なるほど」
確かにありそうだ。
ユイナさんを一瞥する。
「……それならこれまで同様、自由度が高いからそこまで心配する必要もないでしょう」
再び外の景色を眺めはじめたサラの横顔を見る。
その言葉とは裏腹に彼女の顔は晴れない。
――他にも懸念があるのだろうか。
背もたれに身体を預け、瞳を閉じる。
まだ見ぬ新天地とこれからのことに思いを馳せた。
それから二十分後。
窓の外へ視線を向ける。
丘の向こうに砦が見えてきた。
あれが【ハインス砦】だろうか。
さほど高くない石壁に見張りの塔が並んでいる。
これまで城塞都市のシェルン、ヴェルツェルと見てきたがその中でも一番低い。
(……頼りないな)
ほどなくして門の前に辿り着く。
馬車から降り門番に身分を告げると門が開かれる。
こうして俺達三人は【ハインス砦】に足を踏み入れた。
ハインス砦の守備兵に案内され、最上階にある会議室に入る。
中々広い部屋だ。
会議室の中に視線を巡らせる。
中央には使い込まれた長机が配置され、その右手にシェンケル辺境伯家の紋章とエルヴェル皇国の軍旗が交差するように立て掛けられていた。
部屋の最奥には周辺の地形だろうか――大きな地図が貼られている。
そして、その前に一人の男が立っていた。
「――レヴィン少尉が送り込んできた新人の召喚士官とは、貴様らのことか」
俺達は頷き返す。
「私が【ハインス砦】の駐在大隊指揮官である――マテーウス・ケルツ大尉だ」
「カイ・クライスです」
俺が口火を切ると、ユイナさんとサラも後に続いて自己紹介した。
ケルツ大尉は一度頷いて、話を進める。
「早速本題に入るが――貴様らには、私の指揮下で戦ってもらう事になる」
「……ええ」
「とはいえ、来訪者と現地人の我々では、死生観や価値観などが違い過ぎて連携は困難だろう」
彼の言う通り、死んでも生き返る召喚士官のプレイヤーと死んだらそれっきりの現地人である彼らとでは、戦い方も根本的に違ってくる。
下手な連携はお互いの足を引っ張り合うだけだろう。
「それゆえ、三人で独立召喚分隊とし、直属の上官である私の指示に従ってもらう」
「了解しました」
驚きはない。
此処までは、サラが馬車で話していた通りの結果だからだ。
「では分隊長を貴様らの中で選出しろ。決まらなければ私が決める」
「え?」
俺達は顔を見合わせる。
突然の事に驚いてしまったが、考えればおかしな話では無い。
ケルツ大尉の方針を遂行するにあたって、分隊長――現場レベルでの俺達の纏め役も必要になるだろう。
最初に口を開いたのはユイナさんだった。
「……とりあえず、私はないだろう」
肩をすくめて言い添える。
「カイくんかサラくんのどちらかが分隊長に相応しいと思う。私はどちらになろうと従うつもりだから、二人で話し合って決めてほしい」
その言葉に今度はサラと向き合う。
(……ここはユイナさんにならうとするか)
ユイナさんに目配せしたあと、返事をした。
「サラが相応しいと思う」
「私が?」
「別におかしな話じゃない」
というより、選択肢など最初から一つしか存在しない。
「俺との模擬戦でサラが知略に大局的視点と優れていることは実証された。ならばそれを少しでも活かせる立場につくべきだろう」
サラの力は階級が高いほど発揮されるものだ。
本来なら分隊長でも役不足だが、現状ではこれが最適解。
「……召喚兵士ならともかく、それがプレイヤー相手の指揮能力を示すものではないでしょう」
「それを言い始めたらいつまでたっても決まらない。此処にいる人間はプレイヤーを指揮したことが無いような人間ばかりのようだし」
ユイナさんとは何度か行動を共にしたが、それは別に彼女を指揮していたわけではない。
「少なくとも実力は示しているわけだから、俺もユイナさんも従いやすいというのはある」
「……そう」
「どうしてもいやじゃ無ければ、了承してくるとありがたい」
サラが思案顔をする。
「……いいでしょう。分隊長の一件引き受けたわ」
「決まったようだな」
ケルツ大尉が見計らったように口を挟む。
「では、ヴェラー軍曹に【ハインス砦】を案内させよう」
背後に控えていた兵士に目を向ける。
彼は俺達を会議室まで案内してくれた人物だ。
「何か分からないことがあれば、同じくヴェラー軍曹に尋ねろ」
話は以上だ――そう言うと、何処かに去っていったケルツ大尉。
その後ろ姿を見送ったあと、俺達もその場を後にした。
「――ここが皆様の部屋になります」
会議室を後にした俺達が、まず最初に案内されたのは大きな寝室だった。
灰色で飾り気のない粗雑な部屋。
部屋の四隅にベッドが四つ置かれている。
「【ハインス砦】滞在中はこの部屋を使用してください」
マップで確認すると、ここが【ハインス砦】のセーブ地点なようだ。
次に案内されたのは西の石壁。
壁をのぼり全員で外の景色を眺める。
ヴェラー軍曹が指さす。
「あちらに見えるのが【グロート大森林】の一部ですね」
「ここまで続いていたのか……」
ここから森林までの距離は目測で約三キロというところか。
「シェンケル辺境伯領と帝国領の間――その大部分は【グロート大森林】が北から南にかけて横たわっていますから」
なので、【グロート大森林】では斥候同士の遭遇戦が頻発しています、と補足した。
(俺が帝国軍人と戦ったのも、そのうちの一つになるのか)
隣に立っているサラが疑問を尋ねる。
「では、【グロート大森林】を超えた先にも帝国の拠点が?」
「ええ。ここから八 L(九三三一m)先に【デザルグ砦】といい【ハインス砦】と同規模の拠点があります」
「兵数は?」
「これも我々と同規模の350ほど」
ただ、と後を引き継ぐ。
「兵科の内訳が少し変わります」
「具体的には?」
「確認できている限りでは、デザルグ砦の帝国軍が歩兵200、騎兵100、弓兵50。対して我々ハインス砦駐在大隊の陣容が歩兵250、騎兵50、弓兵50となります」
帝国は騎兵が多く歩兵が少ない編成のようだ。
そのことを口にすると、彼が再び説明する。
「ラグハイム帝国は軍馬を多く所有しているので、帝国の戦力は自然と何処の戦線も騎兵が多くなります」
「騎兵に槍兵が有効だって聞いた事があるけど、皇国では歩兵に槍を持たせないのかな?」
ユイナさんが小首をかしげる。
「この歩兵というのは、状況次第で槍を使用する槍兵でもあるとお考え下さい。弓兵も籠城戦では小銃を使用することが有りますので、こちらも同様です」
「なるほど」
俺とユイナさんが納得していると隣から声があがった。
「――ちょっと待って、あそこに何かいないかしら?」
サラが森林の方角を指さす。
この場にいる全員がその先に視線を向けた。
確かに、森の中で何かが蠢いているようだ。
「……人、影?」
呟いたと同時だった。
西壁に立つ俺達から一番近い見張り塔――
その鐘が何度も打ち鳴らされる。
「――敵襲!敵襲だ!!西の森にラグハイム帝国!!」
見張り台から、声が響き渡った。
次第に砦全体が喧騒に包まれる。
俺たちは突然の事態に唖然として、その場から動くことが出来ない。
そんな中、動揺からいち早く立ち直ったヴェラー軍曹。
「ッ!広場に向かいましょう。ケルツ大尉から指示がある筈です」
踵を返した彼の後を反射的に追う。
そして、一度だけ背後を振り返った。
既に人影から集団――軍隊と認識できる距離。
そこでやっと理解が追いつく。
これから本物の戦争に参加するということを――





