第二十九話 目標
ユイナさんがわずかに目を見開く。
「……それは意識の差を言っているのかな?」
「そんな次元の話ではありませんよ」
それぐらいならまだよかった。
「出会った直後に具体的な――少なくとも俺に『運がいいのね』と挑発してきた時点で、彼女の計画が進行していたのは確かですから」
初対面でのあの一言は、俺に傲慢な印象を抱かせることで、後々の計画をやりやすくしていたのだろう。
「ちょっと待ってほしい!仮にその時点で計画を立てていたとするなら、私が立会人として現れることも読んでいなければ無理じゃないか」
「どうして?」
サラが不思議そうに小首をかしげた。
「どうしてって……作戦の要である三対三の条件を提示した時、カイくんに召喚兵士を貸したのは私であることを忘れたのかい?」
「【夜叉姫】が現れなければ、レヴィン少尉に召喚兵士を貸して貰っただけよ。貴方が偶然訪れて好都合だったのは確かだけど、別に現れなかったからといって計画そのものに支障があったわけではないから」
淡々と後を引き継ぐ。
「ヴェルツェルに到着したばかりの私でも、『紹介状』でこの街の訓練所に担当の召喚士官がいることは分かっていたことだし」
「……訓練所を指定したのはカイくんだと聞いていたけど?」
「確かに、指定したのはカイだけど、模擬戦となれば訓練所になるのは予定調和だわ」
サラは〝模擬戦となれば中立的立場である審判が必要になるでしょう〟と付け加える。
「それに別の戦場を指定されたとしても、カイ同様に公平性という名目で訓練所を提案するつもりだった。この街の基本的構造がシェルンと変わらないことは到着してすぐにマップで確認済みだったから」
ユイナさんは何も言えなくなる。
「……一緒に訓練所に向かわなかったのは、俺の目が届かない場所で召喚兵士に命令する時間が必要だったから、ですよね?」
「武器の更新というのも嘘ではないけど、建前であったのは間違いないわね」
彼女の行動は最初から全て計算されていた。
「……勝兵は先ず勝ちてしかる後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いてしかる後に勝ちを求む、か」
「……なんだいそれは?」
「孫子の一節ですよ。簡単に意訳すると『勝つ者は、先に勝ってから戦い、負ける者は戦ってから勝つ方法を模索する』」
勝敗は戦う前に決まっている、とよく言われるが、今回のはまさにその言葉を体現していると言っていい。
(戦略と戦術の差がそのまま俺と彼女の実力差、か)
瞳を閉じてうつむく。
「何だか勝手に納得しているようだけど……今回の戦いが引き分けであったことを忘れていないかしら?」
「……確かに、カイくんは別に敗北したわけじゃない」
ユイナさんがゆっくりと口にする。
「しかし、ここまでの話を聞くと、サラくんが勝てなかったことの方が不思議に感じてしまうのだが……」
神妙な面持ちのサラに問いかけた。
「どうして勝ち切ることが出来なかったのかな?」
「……引き分けという結果になったのだから、私にも驕りがあったのでしょう」
「サラくんの言葉を借りる訳じゃないが、これだけ綿密な計画を立ててきた人物が、ただ驕ってしまったというのは……何だか腑に落ちないな」
サラが、ため息をついた。
「……言い訳をするなら」
「なら?」
「カイの実力を見誤っていた、としか言えないわね」
彼女がちらりと此方を見やる。
「土壇場での真価とでも言うべきかしら?それを読むことが出来なかった」
「……土壇場っていうとカイくんが偽造撤退を仕掛けた場面だね?」
ええ、と頷き返した。
「彼が仕掛けた偽造撤退そのものはよくある手で警戒して然るべきだったわけなのだけど……」
「ならなぜ?」
「……あの状況下で偽装撤退という具体的な逆転の一手に繋げられるとは、完全に想定外だったわ」
そう言うと、彼女が俺の瞳を見据えてくる。
「一応確認しておくけど、貴方の召喚兵士が一体やられた時点で混乱していたのは間違いないのよね?」
「ええ、もちろん」
「だとすると、貴方は召喚兵士を失ってから、僅か数十秒の間に此方の仕掛けを見破り、混乱から立ち直っただけでなく、逆転の一手まで発案し実行に移すという離れ業をやってのけたことになる」
「……そう言うと何だか凄い事をやったみたいに聞こえますが」
「それ以外にどう聞こえるというのよ?」
彼女の眼光が鋭さを増す。
「あの状況下で貴方が撤退を判断したとき、私には混乱を落ち着かせるため、一旦と距離を取ろうとしているとしか疑わなかったわ」
「……あの場面は誰でもそう考えたと思います」
「カイは突然召喚兵士を失ってから、まだ数秒しかたっていなかったし、あそこで追撃指示を出さないのはチャンスを逃す行為にしか見えなかった」
サラは足元に視線を落とした。
「……それが罠だったのだから、即時対応能力などの戦術的センスが、カイの方が一枚上手だったのだと評する他ないのでしょう」
「……」
「戦略家としては勝っていたが、戦術家としては劣っていた、とでも言いましょうか」
「仮にそうだったとしても、戦術と戦略のどちらが重要であるかなど言うまでもない」
戦いはより大局的、長期的視点を有した者が勝利する。
今回の模擬戦はあまりにも小規模過ぎた。それゆえ、俺の現場レベルでの悪あがきが偶々通用しただけに過ぎない。
「この模擬戦が三十人規模、いや、せめて二十人規模の戦いなら勝っていたのは――」
「仮定の話など無意味よ」
ぴしゃりと言葉を遮る。
「私はこの状況だからこそ、今回の策を打っただけで、別の状況なら全く違う手を打っていた。そして、それは貴方も同じであったはず」
「……」
「そもそも、仮定の話で下手に慰めるなと言ったのは貴方が最初だった筈だけど?」
「……確かにそうでした」
サラがそれに、と後を紡いだ。
「お互いそれぞれの状況下で最善を尽くした結果が引き分けだった以上、実力は互角だったというべき」
「……サラさんに互角と言われるのは恐れ多いですが」
「今更だけどサラ、でいいわよ?それと敬語も」
ゲームで敬称なんて間抜けみたいじゃない?と彼女は付け足す。
「……分かりま――いや、分かった」
「あとは勝つのに必要なことだったとはいえ、『運がいい』なんて言ってしまことに謝罪を」
「……授業料だったと思っておく」
それに模擬戦の内容からすれば、少なくとも彼女からそう言われる分には否定できるものでは無いしな。
「そう言ってくれるとありがたいわ」
サラが、微笑を浮かべる。
「そしてここまで付き合ってくれたことにも改めて感謝を」
「此方としても得たものは大きかった」
本当に想像以上の収穫だった。
トッププレイヤーを目指すにあたって、立ち塞がるであろう人物を知る事が出来たのだから――
「そう――では、私もやる事が出来たしここで別れましょうか」
「何か用事でも?」
「レベリングよ」
振り向きざまにサラが言う。
「貴方に一刻も早く追いつきたいから」
彼女は踵を返して、訓練所の出口へと向かった。
しばらくして小さく呟く。
「……追いつきたいね」
サラに目を向けた。
すでに遠く離れてしまった背中越しに声を掛ける。
それは俺のセリフだ、と――
サラの背中が見えなくなる。
「――【今孔明】か」
隣からそんな声が聞こえた。
「彼女に相応しい渾名のようだね」
「今からでも、追いかけてはどうですか?」
ユイナさんに尋ねる。
「……プレイングを学びたいという話、指南役には俺より彼女こそが相応しいのでは?」
「君は私がサラくんのようなプレイングをしている所を想像できるかい?」
「いえ、全く」
「そ、即答には、ちょっと傷ついたけど」
ま、まあそういう事だよ――とユイナさんは口の端を引きつらせる。
「言葉一つとっても全てが計算の上にもとづいている。私が学んでどうこうという次元じゃない」
「……そうですか」
「ただ、彼女のプレイングを私が学びとることが出来ないと感じたのは、彼女との才能の差というより、生き方の違いが大きいのだと思うよ」
「生き方、ですか?」
彼女は頷き返す。
「サラくんの武器を持たずに戦うというプレイングだけど、やっぱり常軌を逸しているよ」
「…………」
「何か言いたいことがあるのかな?」
いえ、と俺が首を左右に振る。
するとユイナさんは何か物言いたげな様子で、話を返すけど――と話題を戻した。
「サラくんは、他者より多くの召喚兵士を扱えるわけだけど、だからといって武器を使わないでいい理由にはならないだろう?」
「ええ」
今回の模擬戦は武器を使わないことも作戦だったが――
そもそも、彼女が武器を使わないスタイルということ自体は嘘ではないようだ。
(武器を使わないなんて、言うまでもなくとんでもないハンデだ)
せっかくの歩兵系統の唯一適性も活かせているとは言えない。
「にもかわらず、サラくんは武器を使わない。それはもうこだわりとか、性格という次元の話ではなく――それこそ生き方の根本に関わる話になると思うんだ」
「生き方というと……例えばあの知略は持って生まれたものではなく、必要に迫られて身に着けた力だと?」
「才能もあったのだと思うけど、環境も大きく関わっているのは間違いない筈だよ」
私もそうだったから――と僅かに目を伏せた。
だが、それも一瞬のこと。
「――あ、誤解しないで欲しいのだけど」
ユイナさんが思い出したような声をあげる。
「カイくんのプレイングなら、サラくんより簡単そうだ、と言っているわけでは――」
「いや、分かっていますから。安心してください」
「そうか、なら良かった」
彼女はほっとした様子だった。
それを尻目に思考を巡らせる。
(端的に言ってしまえばサラとユイナさんは反りが合わない、という事だろう)
確かに二人はプレイング一つとってもあまりに違いすぎる。
改めてサラのことを思い返す。
「……当面の目標が出来たな」
結果が引き分けだったから、実力も互角などと信じているのは彼女ただ一人だけだ。
サラの知略と大局的視点はSWOのトッププレイヤーを目指す上で避けて通れるものではない。
「――道は険しそうだ」
だが、それでこそ目指す価値もある。
空を仰いだ。
ゲームとは思えないほどの透んだ青空が広がっていた。





