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第二十八話 戦術と戦略

 

「……いくらなんでも、カイくんの発言には無理があるよ。三対三の条件がサラくんにいったい何の利益をもたらすと?」


 ユイナさんは首を左右に振る。


「やっぱり、あれは正々堂々と戦い自身の実力を証明するための条件だったとしか考えられない」

「――その印象操作とそれによる思考誘導こそが、彼女が何よりも望んでいたものだったのですよ」

「……印象操作?思考誘導?」

「そこから先は、説明を代わりましょう」


 その方が分かりやすいと思うから――とサラが口を挟んだ。


「彼の言ったように私が三対三の条件を提示した理由の一つは、カイに全軍突撃の先制攻撃を命じさせるためだった。そうすれば私が――」

「ちょ、ちょっと待ってほしい!」


 ユイナさんが慌てて制止した。


「どうして、三対三になればカイくんが先制攻撃で全軍突撃を命じると断言し切れるんだい?……例えば部隊を別けて挟撃する場合も――」

「――あるわけないでしょう」


 サラはその発言に眉をしかめる。


「三対三の同数で戦力を分散するなんて、各個撃破の愚を犯すだけでしかないのだから」

「そう思わしてからのカイくんが君を罠に仕掛けようとする可能性は?」

「罠がどういった物であるにせよ、戦力を分散すること自体がリスクであることは間違いない。召喚兵士は同数なれどステータスそのもので有利であるカイがなぜ奇をてらう必要があるの?」


 罠や策というものは弱者が使用するものなよ――と付け足した。


「……カイくんが挟撃や策を弄する可能性がなかったことは理解した」


 ユイナさんは一度前置きして、尚も言い募る。


「しかし、サラくんは模擬戦前にあれだけ大胆不敵な態度をとっていたのだから君を警戒して、カイくんが様子見の守りに入ることは十分にあり得たのでは?」

「――逆よ。カイは私の態度に警戒心を抱いたからこそ、先制攻撃を仕掛けるしかなかったのだから」

「どういう意味だい?」

「守りに入るということは、主導権を私に与えるという事よ?」


 策を弄していることが予想される相手に、無条件で主導権を譲ることなど怖くてできるわけがない。


「それこそ愚物でもない限りあそこで様子見という選択肢は選ばないわ。馬車マラソンという効率的システムを発案した経緯から見ても、カイが合理的判断を重んじる性格であることは事前に分かっていたことだし」

「……カイくんの全軍突撃による先制攻撃が予定調和だという事には納得したよ」


 ユイナさんはサラを見つめる。


「それでカイくんにそれをさせたのはどうしてなんだい?」

「不信感を持たせずに前後から挟撃する必殺の布陣を敷くためよ」


 これに関しては結果を知っているから分かると思うけど、と言い添えた。


「それなんだけど、カイくんが部隊を別けて対応した可能性も――」

「ないわね」


 サラが即座に否定する。


「そもそも、カイが全軍突撃の先制攻撃をしてきたのは主導権を握るためなのよ?」

「――あ!」

「部隊を別けなければ絶対に対応できない事態を予想でもしない限り、わざわざ此方に合わせてくるはずが無い」

「アイテムボックスを予め預けていたのは、俺に対応できる事態だと思わせるためですよね?」


 サラに確認の意味を込めて問いかけた。

 すると、ユイナさんが小首をかしげる。


「どういう事だい?」

「サラさんがアイテムボックスを所持していれば、武器を取り出して第四の兵士となる可能性や戦況に影響を与えそうなアイテムを使われることも常に考慮していなければいけませんでしたから」

「ええ。貴方の推測通りよ。私が予めカイにアイテムボックスを預けていたのは私が間違いなく戦力外であることを印象付けるためだった」

「ちょっと待ってくれ!それじゃあ、アイテムボックスを預けることも最初から計算の内だったとでもいうつもりかい!?」

「今回の作戦の肝は、私が完全な戦力外であることをカイに証明することにあったのだから、別におかしな話でもないでしょう」


 サラは何でもない肯定する。


「最初から言い訳の余地を与えるという名目で三対三の条件を提示するつもりだったし、武器を使わないとなれば私が手を抜かない証拠を求められるのは自然な流れ」

「……」


 ユイナさんは言葉を失っていた。


「話を戻すわよ?」


 その様子を気にもとめずサラは話を進める。


「部隊を別けることが出来ないとなればカイに与えられた選択肢は実質一つ――そのまま全軍による本隊への突撃のみ」


 背後に二体もの遊撃部隊を生み出すわけにもいかないしね――と補足した。

 我に返ったユイナさんが再び口を開く。


「……遊撃部隊となった右翼兵士をカイくん自身が排除する可能性は?策の全貌を読めなくとも潜在的脅威であるのは間違いないのだから、充分あり得たと思うのだけど……」

「それが【夜叉姫】なら有り得たのでしょうけど、カイの場合はあり得ない。なぜなら彼が合理主義者だから」

「どういう意味かな?」

「右翼兵士の排除に集中すれば前線が不測の事態に陥ったときに対応できない。そのリスクを背負ってまでカイが右翼兵士の排除に拘る理由は無い」


 あの場面で、俺の存在が予備兵力であったのは確かだが、逆にいえばそれはあくまでも予備兵力。

 召喚士官である以上、優先されるべきは部隊指揮にある。


「しかも主戦場である前線は三対二で圧倒的な優勢。そして、それは時間が経てば自ずと勝利が手に入ることを意味している」

「……」

「カイからすれば、早急に排除する必要はないし、むしろ、そうした軽率な行動を誘っている罠だとすら疑っていたのでは?」

「その通りですよ」


 右翼兵士を陽動にして前線で何か仕掛けてくる可能性は充分に考えられた。


 そして、彼女は何気なく口にした。


「私が三対三の条件を提示したのはこういうことよ。こうして相手の行動をコントロール出来るなら、召喚兵士一体も安い買い物でしょう」


 その一言こそが、サラの異端性を何よりあらわしている。

 凡人にはどうしたって戦力の譲渡など利敵行為としか見えないし、仮に別の可能性を見出しても、具体的な行動に繋げるのは到底不可能。


 俺が畏怖に近い感情を抱いているなか、彼女は淡々と説明を続ける。



「そして、私が様々な条件を提示した最大の目的はカイに慢心させることにあった」


「ああ、それは何となくわかるよ」

「――いや、貴方は分かってないわ」

「む、あんまり馬鹿にしないで欲しいな」


 ユイナさんはサラの言葉に眉をしかめた。


「要はカイくんのミスを誘ったのだろう」

「【夜叉姫】はそう言っているけど?」


 すると、サラが此方に尋ねてくる。


「……模擬戦が始まってからは、ミスをした覚えはありませんよ」

「私も保証するわ。貴方の対応は最善と言っても良かった、と」

「は?いや、現実に――」


 困惑した表情で言い募ろうとするユイナさん。

 それに被せるが如く、サラはその言葉を告げた。


「――それが戦術レベルの話であったなら、ね」


 思わず天を仰ぐ。

 そう、全てはそこに集約する――


「カイのレベルは三日目で52。それは殆ど死ぬことなく強敵たちを倒し続けたことを意味している」


 一呼吸置いて、後を継いだ。


「それほどの人物が三対三の条件を提示されただけで、そう簡単に慢心なんてするかしら?」


 サラが視線で問う。


「ましてや慢心したからといって致命的な――それこそ、戦術レベルで自滅するような失敗を犯すものだと?」

「……」

「カイが慢心してしまったのにはそれだけの理由があるのよ」

「……それだけの理由とは?」


 ユイナさんが見据えてくる。


「あの戦力状況が数字に表れている以上に彼女にとって絶望的だったからですよ」


 サラは完全に戦力外で実質的には三対四。ハーフとレベル差という観点からステータスまで劣勢な状況。

 だが、それ以上にサラにとって絶望的だったのが、実数兵力三対三という小規模過ぎる戦いであったことだ。


「この規模の戦いでは、彼女が言っていたように戦術そのものが効果的でない――つまり戦術を封じられた戦いだった」


 訓練所での模擬戦である以上、伏兵も奇襲も仕掛けることは出来ない。

 アイテムボックスを預けているため、遠距離からの援護も不可能。

 そもそも、この規模では用兵の腕も発揮しきれるかどうか。

 そして、最も高度な軍事行動をとることが可能なサラは完全な戦力外となっている――それは間違いなく召喚兵士一体以上の損失だ。


「今回の結果を知ってなお言えますが、戦術的視点でいえば間違いなくサラさんは詰んでいた」

「同意するわ。あれが机上演習なら何度やったところで勝てなかった」


(だからこそ、慢心してしまった)


 戦術的に逆転不可能な以上、相手が何を企んでいようと勝敗は既に決している、と――


「……だったらどうして今回のような結果になったのかな?」

「サラさんが戦略的視点で物事を見ていたからですよ」

「戦略的視点?」



「端的にいえば、戦いは出会った直後から始まっていた」


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