第二十七話 意図
その場に立ち止まる。
「――い、一旦、引いて態勢を立て直す!」
動揺を押し殺すような絶叫。
「眼前の敵に集中してゆっくりと下がれッ!」
「――最もHPが減っている敵をそのまま集中攻撃しなさい」
その指示通りに動き始めたサラ陣営の召喚兵士。
「狙われた者は防御に専念し、他の者はその援護に回れ――とにかく距離をとるぞ!」
5メートルほど押し込まれただろうか。
「ッ!?追撃を――」
何かに気付いた様子のサラ。
同時に、地を蹴って走り出す。
サラと前線の間に現れたその間隙に向かって――
あの後退はサラにとって護衛でもある召喚兵士を引き離すための偽造撤退。
――とはいえ、喜んでばかりもいられない。
「左翼兵士、カイを追撃しなさいっ」
流石、というべきか此方の思惑を察するのが、想像以上に早かった。
(相手が自分の罠に嵌った直後は、もっと油断して無警戒なのが普通なのだが)
これではサラとの距離を詰めるまえに――
「ッ!!」
思考を蹴りだし前だけを向いて突撃する。
彼女が目を剥いた。
「――」
(無理もない)
追撃指示を出しているのに、俺は一度たりとも背後を振り返らないのだから。
彼女からすれば、俺がブラフである可能性に賭けて一か八かの特攻に出ているようにしか見えないだろう。
「――……」
サラまであと数歩という距離――
振り向きざまに召喚兵士が振り下ろしてきた一撃を回避した。
「な!」
背後から驚きの声。
そのままサーベルを振りぬく。
目の前には主人と同様に不意を突かれ態勢を崩された召喚兵士。
「……ッ」
相手は序盤に前線を支え残り少ないHPとなっていた敵左翼だ。大ダメージは要らない。
「サラ陣営――召喚兵士一体の戦闘不能を確認!」
その一撃で戦闘不能に達した召喚兵士を横目に、再びサラと対峙する。
「これが力技であることは自覚している」
悔しいが、戦術――いや、戦略家として数枚は彼女の方が上手だった。
「――それでも、勝たせてもらう」
宣言すると同時に、サーベルを振り下ろした。
「――そこまで!」
レヴィン少尉の終了宣言。
サーベルはサラの首筋――その薄皮一枚のところで止まっていた。
(――彼女は降伏もしてなけれ、ダメージも受けていない)
だとすると――
慌てて振り向く。
視線の先では、HPが二割を割り込み――両陣営で戦闘不能となっている召喚兵士が二体。
(――どちらが先だ!?)
レヴィン少尉に視線を移す。
「勝敗は――」
「――お見事でした」
サーベルを鞘に収め、右手を差し出す。
「ルール上は引き分けという形でしたが、実質完敗も同然です」
レヴィン少尉の口から告げられたのは、引き分けという何とも言えないものだった。ほとんど同時にお互いの召喚兵士の一撃が入ったらしい。
「……実戦なら、私が負けていたでしょう」
「下手な慰めはやめてください」
何もない場所で審判の合図と同時に始まる実戦などこの世に存在しないのだから。
「……分かったわ」
苦笑いを浮かべながら、右手を握り返してくる。
「二人とも、お疲れさま」
ユイナさんが片手をあげながら歩み寄ってきた。
「ユイナさんも召喚兵士の一件、ありがとうございます」
「私からも、改めて感謝を」
「いやいや、見物料としては安いぐらいだったよ」
しかし、と俺達の顔を何度も見比べる。
「和解出来たようで何よりだ」
「……私としては最初から彼に含むところなど何もなかったのだけど……」
「え、でも……」
ユイナさんが此方を伺ってくる。
俺はそれにただ苦笑いを浮かべる他なかった。
(こうして戦い終わってみると、彼女の言っている意味も理解できる)
此方の反応に首をかしげたユイナさんは、まあいい――と別の話題に話を移した。
「それより、サラくんの召喚兵士はどうなっているんだい?独自の判断で動けるのかな?」
「そんなわけないでしょう」
「あ、やっぱり種はあるのか。教えてもらってもいいかな?」
「そうね――」
サラの視線が此方を捉えた。
「カイに教えて貰いなさい。彼が最後に見せた一連の動作は、私が仕掛けたことに気が付いていないと出来ない行動だったのだから」
ユイナさんの視線が、かまわないかな?と問いかけてくる。
それに一度頷くことで応え、ゆっくりと口を開いた。
「先ず前提として、彼女の召喚兵士と俺達の召喚兵士の間にステータス以外の違いなどありません」
だから、やろうと思えば召喚士官なら誰でも真似することが出来る。
「つまり、召喚士官の命令には絶対服従という点は変わらない」
「だけど、二回ほどサラくんの召喚兵士は、命令を無視していたけど?」
「――命令ではありませんよ」
「……アレが命令で無いなら、彼女の発言はいったい何だと?」
一呼吸置いて、その答えを口にする。
「――合図、です」
「は?」
「あの言葉、『右翼兵士、敵召喚士官に突撃しなさい』と『右翼兵士、敵召喚士官の迎撃に向かいなさい』の中に別の命令が発動するキーワードが隠されていた」
ユイナさんを見ると未だ納得しきれていない様子。
「……分かりやすく一例をあげましょう」
ここから離れた場所にいた召喚兵士二体のうち、片方を帰還させて一体だけをその場に残した。
ユイナさんから距離を置くと、残った召喚兵士に命令を下す。
「俺が『ユイナ』という単語を使ったら、最優先で俺の元に戻ってこい」
そして、その言葉を告げた。
「ユイナさんに突撃せよ!」
すると、召喚兵士は〝命令通り〟俺の元に帰ってきた。
「――サラ、さんがやったのはこういう事です」
彼女は唖然としていた。
「そして、命令無視に見せかけた言葉の中で、他の命令にはなく共通するキーワード足り得るのは『敵召喚士官』という単語のみ――この合図があればそこから一番近い敵を襲わせるように予め言い含めていたのでしょう」
「そういうこと」
ユイナさんは何とも言えない表情に移り変わる。
「……何というか、気付いてしまえば戦術、というよりペテンのようだな」
「ふふ」
サラが喉を鳴らした。
「――【夜叉姫】、貴方はペテンといったけど、このシステムはこれからプレイヤー同士での対戦で基本戦術となるものよ?」
「え……しかし、これはそう何度も通用する手段ではない筈だが……」
流行っても一時的なもので、確立するとは思えない――とユイナさんは眉を顰める。
「知っている敵ならばそれを利用した手を打てばいいだけでしょう」
「利用?」
「例えば今回のようなPvPで、召喚兵士に『専念』という言葉を使ったときは、ゆっくりと後退するように予め言い含めておく」
そして、と後を引き継いだ。
「戦況が押されている時に『右翼部隊は防御に専念しなさい』と命令を下せば、簡単に偽造撤退が行える」
「……」
「このシステムを知らない敵ならば、誘い込んで包囲することも出来るし、知っている敵ならば、此方の罠であることを警戒して追撃をためらわせることが出来る」
サラは肩をすくめた。
「今回も片翼だけの偽装撤退を上手く使えば、斜線陣を構築し中央との連携で側面攻撃を狙えたかもしれない」
「……どうして今回の模擬戦でそれを利用しなかったのかな?」
「――戦いの規模という問題があったからですよ」
その先を引き継ぐと、サラは補足するように改めて口を開いた。
「今回の模擬戦は三対三――起伏など何もない訓練所の事もあり戦場全体を見渡して味方全軍を把握するのは何も難しくない」
要は、危険な状況に陥ったと思ったら、さっさと部隊を撤退させることが出来るという意味だ。
伝令を介する必要もないから撤退を判断し実行に移すまで殆どタイムラグがない。
「このような状況では斜線陣に関わらず大半の戦術は効果的に運用できない――それこそ、今回の場合は貴方のいうペテンの方が奇襲として遥かに効果的」
「……なるほど」
「何よりこのシステムは敵の不意を突くことだけが利用手段ではないしね」
「ん?どういう意味かな?」
「プランA、プランBと予め詳細に説明して置けば、一秒を争う場面でも即座対応できる」
召喚兵士は独断専行が出来ない代わりに、言われた事はどんなことでも――それこそ、召喚士官が過不足なく説明できるなら、どれだけ複雑な命令にも従うという意味なのだから。
サラが肩をすくめた。
「人間と違って、召喚兵士は混乱する心配もないもない」
利用しない理由が無いでしょう――と結論付ける。
「……このシステムを利用するのがSWOの戦術として正しい事は理解できたよ」
ユイナさんは目を細めた。
「だけど、違和感が残る」
「違和感?」
「サラくんは三対三の自らに不利な提案をしてまで、始まる前は正々堂々と戦おうとしていたじゃないか?なのに、あの様な手段に出たのは何だか行動が一貫していない気がする」
「そんなことは無いわ。私の行動は最初から最後まで勝利というただ一つの目的に向けて一貫していたわよ?」
「いや、勝利するだけでなく自分の実力を誇示する目的がないと、わざわざ不利な条件を提示していた行動の説明ができない」
「――説明できますよ」
横から口を挟むと、二人が俺を見つめてくる。
「三対三の条件は彼女が正々堂々と戦おうとしたのでもなければ、実力を誇示するために出した条件でもないことを」
模擬戦が始まる前は俺もそうだと思っていた。
だが、戦い終わった今なら理解できる。
彼女が出した数々の条件はそのような意図で出されたものでは無かったということを――
「だったら、教えてほしい――サラくんにはどういう意図があったのかな?」
「あの三対三という条件は実に単純で合理的に――ただ彼女が有利になるために出された条件だった」
ユイナさんが〝お前はいったい何を言っているんだ〟というような視線を向けてきたのが印象的であった。





