第二十六話 独断専行
「――全軍突撃ッ!」
開幕と同時に先制攻撃を仕掛けた。
(小細工は要らないッ)
奇襲も伏兵の心配もない以上、ステータス有利の此方が攻撃を躊躇する理由などなかった。
「――右翼兵士は、右に迂回するように回り込み、私とカイの中間地点に陣取りなさい」
すると、此方から見て一番右に布陣している兵士が移動を開始した。
(何が目的だ?)
とりあえず召喚兵士一体を向かわせ対応させるのが無難な選択だが――
(……それが目的か?)
その対応をすれば、彼女は突撃の足並みを乱れさせ主導権を握ることできる。
(いや、落ち着け)
あれほど、自信を持っていた相手だ。そんな浅はかな思索であるはずが無い。
思考を働かせる。
この状況には部隊を別ける以外にも、主に二つの選択肢がある。
(このまま全軍で、正面の部隊に突撃するか、敵右翼に突撃するか、だ)
全軍で動くことによって、相手の各個撃破を狙うというものだ。
(まあ、どちらを選ぶにしろ……もう片方と挟撃しようとしてくるのは目に見えているが)
それでも、正面部隊に突撃するのであれば相手の挟撃にも対応できる。
なぜなら、後方で指揮をしている俺は指揮官であると同時に予備兵力でもあるからだ。
敵右翼に突撃すれば、正面部隊によって背後と側面という二方面から挟撃されるが、このまま全軍で正面部隊に突撃すれば、自由に動かせるのは敵右翼だけ。
敵が一体だけなら俺だけでも充分に対応できる。
例え右翼兵士が味方の背後を突いても、そのさらに後ろから逆包囲――ということも可能なのだ。
(部隊を別けるか、それとも――)
一瞬の逡巡。
(いや――このまま、正面部隊に突撃させよう)
部隊を別ければ先制攻撃の利を殺すことになる。
(なにより主導権を奪われたくない)
このまま突撃すれば、想定できるどのような状況にも対応できるのだから、みすみす主導権を相手に明け渡すこともないだろう。
甲高い金属音。
遂に敵正面部隊と剣を交えたのだ。
「――……」
視線を横にずらす。
迂回する命令を受けた右翼兵士は、此方から見て斜め左、約十五メートルの位置に佇んでいた。
「……」
盾を構えて此方を見据えている。
召喚兵士を頂点とし、俺とサラが底辺にあたる二等辺三角形に近い布陣だ。
右手に持つクロスボウを構えようとした。
その時――。
「ッ!!」
彼女がこの布陣をとったもう一つの意図を察する。
「クロスボウを封じるのも相手の狙いかッ」
乱戦が形成されている前線を援護するにしても、総大将であるサラを狙撃するにしても、よく狙いをつける必要がある。
(狙撃途中の無防備なところを接近されると面倒だ)
ならば、あの右翼兵士を射撃するという選択肢もあるが……
(それでは前線やサラから視線を外してしまう)
何より、此方を警戒して盾を構える敵にまともなダメージが通るとも思えない。
「……まあいい」
何も直接的な援護に拘る必要はない。
あの兵士が俺を抑えていると同時に、此方も敵の貴重な戦力を前線から引き離しているという事でもあるのだ。
視線を前線へと戻す。
「……」
戦況は依然として我が方の優位。
それも当然だろう。
(此方は三対二でステータスまで勝っているのだ)
END(耐久)の極振りで召喚兵士も防御に徹しているため、戦力差の割にダメージを与えられていないが――
逆にいえば、それはただの時間稼ぎでしかないというわけだ。
(……必ずサラは現状に耐え切れなくなり、右翼兵士に味方部隊の背後を突かせる)
その時に、俺が右翼兵士のさらに背後を突けば――それで終わりだ。
(もし、この戦力差を引っ繰り返せるとしたら、それは敵の策によってではなく俺が致命的な失敗を犯すことだけだろう)
だから、相手は時間を稼いでいるのだ。
俺が焦れて、軽率な行動に出るのを期待しているがために――。
「待っているだけで手に入る勝利だ。わざわざ誘いに乗って自分から動いてやる必要は何処にもない」
これまでも機が来るまで耐え忍び、忍耐力を必要とした場面は何度もあった。
「それを運がいいの一言で片づけた貴方に勝てる道理などない」
前線の向こう側に佇む彼女を睨め付ける。
「そうは思いませんか?【今孔明】殿」
決着は時間の問題に見えた。
動きがあったのはそれから十分後のこと――。
サラが苛立った口調で命令を告げた。
「ッ!右翼兵士、敵召喚士官に突撃しなさい!」
表情からは耐え難い焦燥を感じる。
「――くっ」
その様子に自然と口の端が歪んだ。
(進展しない戦況に、遂に忍耐力も限界らしい)
素早くクロスボウをしまいサーベルを構えた。
「――……」
臨戦態勢に入り、右翼兵士と向き合う。
相手も剣を構えて、突撃する態勢に移る。
直後に、弾けたように飛び出した。
前線にいる味方部隊の背後を目掛けて――。
「な!!」
言葉にならない悲鳴。
(馬鹿なッあり得ない!!)
目の前の現実が信じられなかった。
「召喚兵士が命令無視だと!?」
ゲームシステムの根本を揺るがすような事態。
あまりの衝撃にその場から身動きが取れなかった。
その間に――。
右翼兵士が無防備な背中を晒している味方部隊に襲い掛かる。
連続して表示されるクリティカル。
瞬く間に大きく減ったHP
「――カイ陣営の召喚兵士一体のHPが二割を切ったため戦闘不能とする!」
レヴィン少尉のその声で我に返る。
「――拙いッ!」
とにかく前線に向かって走り出す。
(何が起こっているのかは不明だが、先ずは援軍に駆けつけなければ――)
「右翼兵士、敵召喚士官の迎撃に向かいなさい!」
サラの声が耳に飛び込んでくる。
「――ッ!」
同時に足を止め、応撃の準備を取った。
が――。
「いったい、どうなっている!?」
命令を受けた筈の右翼兵士は、再び主の命令を無視して次の標的へと襲い掛かった。
その召喚兵士のHPが、三割を割り込む。
「っ応戦しろ!」
「――右翼兵士は、そのまま攻撃を続けなさい」
「ッ!!」
その言葉に神経が張り詰める。
(今までは、命令と逆のことが起きていた)
今度は此方に向かってくるのでは――、
そんな疑念を嘲笑うかの如く――右翼兵士は指示通りの行動をとった。
それを尻目に再び前線へと駆け出す。
「くそッ!意味が分からない!」
だが、この状況を理解しなければどうにもならない。
(――考えろ!何が起きているのかを!)
前線に到着するまでの数秒間――必死に頭を巡らせる。
(――召喚兵士はその主にあたる召喚士官の命令に対してはどのような内容にしろ絶対服従のはずだ)
それこそ、必ず死ぬような命令でも忠実に実行する。
それは同時に、独自の判断で動くことが出来ないことも意味している。
つまり、どれだけ召喚士官の命令が間違っていようとも、召喚兵士の独断専行はゲームシステム上、不可能なのだ。
(だからあの右翼兵士だって、サラの命令に従うのは間違いない)
これは前提条件。
だとすると、考えられる可能性は――。
「――――――あ」
思索を巡らせていた脳が、そのループを唐突に止めた。
「……そういうことか」
しかし、真相を理解したからといって、それだけではこの状況を逆転できない。
(……待てよ。この状況を利用できないだろうか?)
サラに目を向ける。
「――残りの中央、左翼兵士もそれぞれ近い敵に対応しなさい」
彼女は自らの陣営を指揮することに集中しているようだ。
俺が真相に辿り着いたことをまだ気が付いていない様子。
(これが残された最後のチャンスだと見るべきだろう)
この状況を打開する突破口はそこしかない。





