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第十六話 夜叉姫

 

【グロート大森林】に向かうには小高い丘陵を越える必要があった。

 なだらかなその傾斜には細い街道が伸びている。

 俺とユイナさんの二人は、周囲を警戒しながらゆっくりと突き進む。


 すると、街道に影が落ちる。

 空を仰ぐと、太陽に分厚い雲がかかっていた。


「……夕暮れだけでなく、曇りといった天候まで再現されているのか」


 これには、何か特別な理由でもあるのだろうか……それともただ、リアリティーを再現したかっただけ?

 その疑問に答えたのは同じく空を見上げているユイナさんだった。


「……多分だけど戦争に関わる重要な要因として、再現されているのではないかな?」

「ああ、そうか」


 なるほど、納得である。

 戦略に置いて天候といえば、地形や軍隊の練度、指揮官の能力などと並び、重要なファクターの一つではないか。

 VRゲームで天候を再現するとなれば、膨大な物理演算能力を求められサーバーに高負荷がかかる。ただ意味もなく天候を再現する筈がない。


(戦争に拘っているこのゲームならではのシステムだな)


 感嘆まじりの溜息を吐いた。


 直後――


「――ッ!」


 遠くから悲鳴が聞こえた。

 ユイナさんと顔を見合わせる。


「――行ってみよう」

「ええ」


 それぞれ召喚兵士を顕現させると、声のした方へと走りだした。







 街道から外れた場所。

 獣避けの柵なのだろうか。

 それらが乱雑に踏み倒されている。

 道端には多くの死体が散乱していた。

 大半の背中には刃物のような物で切り付けられた傷跡。

 他にも弓矢が突き刺さっており、少数だが銃弾の痕まである。


「……賊でしょうね」

「間違いないだろう」


 うめくような呟きに、彼女は言葉少なく返答する。


(なにもこんなとこまでご丁寧に再現しなくたっていいだろう)


 運営の頭の中を疑いながら、これはゲームだと心の中で何度も唱える。

 ゆっくりと深呼吸を繰り返し、どうにか精神を落ち着けた。


「ふぅ」


 冷たい瞳に徹すると、もう一度周囲を見渡す。

 被害状況から敵の戦力を割りだせると考えたのだ。


(敵総数は十数人、内訳を兵科であらわすと歩兵10、弓兵3~2に、銃兵が1というところか)


 その推測を口にすると、ユイナさんは頷き返した。


「大きく外れていないと思う」

「まだ近くに残っているかも知れません。警戒して進みましょう」


 一歩前に踏み出すと、彼女を先導するように先を急いだ。





 小さな村だった。

 家の数は四〇戸ぐらい。

 何本かか細い煙があがっている。

 誰かが火矢でも使ったのか、それとも火を使う食事時を襲われたのか。


 村の中心には大きな家。

 おそらくは村長の家だろう――その家を賊たちが囲んでいる。

 戸口には背後を庇う様にして男が立っていた。

 ボロボロになりながらも、賊に立ち向かおうと剣を握っている。


「――14いや、15人だな」


 隣の茂みに身を隠しているユイナさんが呟く。


「……賊の数は想定範囲内ですね」


 ただ問題は――


 賊の一人を識別する。


(レベルが40オーバーか)


 他にも識別したが、40よりレベルが下回る者はいないようだ。

 三倍の戦力差に此方を上回るレベル。


(奇襲すること考慮に入れても勝てるかどうか)


 撤退して迂回することも視野に入れ始めた。


 その矢先――




「――それじゃあ、始めようか」




 言うが早いが、彼女は召喚兵士を従えて飛び出した。


「――なッ!」


 突然の暴挙に絶句する。


(何考えているんだッあの人は!)


 ――こっちはまだやるとも言っていないのにッ。

 それに例え戦うにしろ、作戦の打ち合わせもなしに、突撃するなんていったいどういうつもりなんだ!?

 これではただの自殺行為。


(それとも奇襲だけで押し切れると考えているのか?)


 だとしたら、浅慮すぎる思考。


 無意識のうちに奥歯を噛み締める。


 ――とはいえ、戦端の火蓋が切って落とされたのだ。見捨てることが出来ない以上、一刻も早く戦闘に参加して彼女の負担を軽減すべきだろう。


 既に選択肢もなければ、悩んでいる暇もない。


「――くそっ」


 クロスボウを手に取り、急いで戦場へと躍り出た。









 ――結論からいえば、考えが甘かったのは自分の方であった。


 彼女が邪道と評した自身のプレイング。

 一晩で百人以上の盗賊を討伐できたという実績。

 そして、何よりトッププレイヤーという数千、数万もの人間の中で頂点に君臨する生き物の非常識さをもっと真剣に思案するべきだった。







「……何だ、これは……」


 目の前の光景が信じられない。

 本来ならすぐにでも援護に回らなければならないのに、ところどころ焼けこげている地面に縫い付けられたかの如く足を止めていた。


(――そもそも目の前の光景がとても援軍を欲しているようには見えない)


 連続して敵の頭上に表示されるクリティカル。

 極振りのSTR(筋力)から生まれる攻撃力と二刀流ゆえの手数の多さで十秒と経たないうちに賊のHPバーが消し飛ぶ。


 まるで無双ゲームのよう。

 だが、本来の無双ゲームと違いプレイヤーと雑兵の間に絶対的なステータス差などない。ヘルプで知ったことだが敵のステータスも最初は合計値250からのスタートだ。

 従ってハーフで無い彼女のステータスからいえば、数字上ではほぼ同格。


 しかし、それにもかかわらず数に勝る相手を完全に圧倒していた。


(だが、それ以上に恐ろしいのが……)


 視線をユイナさんの頭上へと移す。

 欠片も減っていないHPの存在。


 ――そう、彼女は回避技術が何より優れているのだ。

 SWOに回避というステータスが無い以上、補正効果など存在しない。

 要するに、このふざけた現象は、全て彼女のPSによってもたらされていると、いうことになる。


「……化け物かよ」


 そして、優れた回避技術からもたらされるのは何も防御力だけでは無い。


 また一人、賊が一太刀の元に沈められる。

 敵の反撃を顔色一つ変えず紙一重で避けると、回避行動からそのままカウンターへと移ったのだ。




 惨劇の舞台に主役として君臨する銀髪の淑女と端役であるのが疑いようもない賊たち。




 この世の地獄とも思える光景から、賊の頭と思われる男がいち早く立ち直った。


「――ッ!お前らぁ、しばらく防衛に専念しろ!とにかく時間を稼いでそいつの足を止めるぞ!」


 配下の男達に具体的な指示を出す。


「銃と弓持ちは敵の死角に回り込んで、俺の合図と共に同時射撃!同士討ちを恐れるな!このままじゃ、どのみちやられちまう!」



 そう、SWOの恐ろしいところは、雑兵とプレイヤーのステータスが変わらないことにあるのでは無い。


 本当に恐ろしいのは只の雑兵にすら、戦術が兼ね揃えられているという事実だ。

 プレイヤーの行動にすぐさま対処して、有効的な応手を打ってくる。


 このゲームはどれだけ高いPSを所持していようと、そう簡単に無双など許してはくれない。


「ッ!!」


 その事を改めて思い知らされ、すぐさまクロスボウを構えた。


 ユイナさんの手により賊は十を切った。

 それでも彼女の正面には未だ六人もの賊が残っており、それぞれ防御に徹しながら機会を伺っている。

 そして、その機会を作りだそうと、弓と銃を所持している賊三人が彼女の後方へと回り込む。


(――死角からの同時射撃を大きな隙も無く回避するなどいくら彼女でも不可能だ)


 どうにかして射撃武器を所持している賊の存在を無力化しなければならない。

 だが、三人とも既に射撃体勢に入っており、あとは合図を待つばかりの状態。

 一人一人相手していてはとても間に合わない。


 残る選択肢は――


「――ッ」


(合図を出すべき司令塔をその前に潰すしかない)


 指示を飛ばしていた男に狙いをつける。

 これほど的確な指示を出せる頭だからこそ討ってしまえば、否が応でも戦場は混乱に陥るだろう。

 そうなれば賊による統制のとれた同時射撃など到底不可能。

 彼女の活路も生まれるはず。


「ッ!!」


 矢先と標的の頭が交差する。

 同時に、引き金を引き絞った。


 その間際。



「撃ってぇ!!」


 飛翔する弓矢が届くより、瞬刻ほど早く賊の頭に攻撃指示を出された。


 戦場に響く銃声。




 ――間に合わなかった。



 これから起こるであろう悲劇を想像して思わず目を閉じる。




「――……?」


 だが、いくら待っても彼女の悲鳴も賊達の勝ちどきの声も上がらない。

 目を見開くと、ユイナさんのHPバーは相変わらず無傷のまま。

 不思議と思いその後方に視線を向ける。


 彼女の背中で盾を構えて立ちつくしている二体の召喚兵士。

 その位置取りはまるで、主を身を挺して庇った騎士達のようだ。


(まさか――射撃の瞬間、自ら射線上に飛び出したのか!?)


 その推測を証明するかのように彼らのHPは大幅に減少している。


 しかし、指示を飛ばす時間も声も聞こえなかった。


 だとすると――



(――最初から庇う様に言い含めていたのか!?)


 召喚兵士に戦いながらタイミングを計り召喚者を守れ、という高度な命令は実行できない。

 従って、最初から……いや、前々から防御に徹しろと言い含めていたのだろう。



 それは〝攻撃は自分に任せて、お前たちは盾に徹しろ〟というかのように――


「……なんだ、その戦術は」


 邪道もいいところだ。

 いや、そもそも戦術と呼んでいいのかすら分からない。




 そんな思案に囚われていた俺の耳に、どさりと何かが崩れ落ちる音が聞こえた。

 その場の誰もが物音の発生源へと視線を向ける。




 白目を剥いて仰向けに倒れていた賊の頭。

 その脳天には矢がはえている。



「うあぁあああ!!」

「お、お頭!!」

「嫌だッ、死にたくない!」



 阿鼻叫喚といった表現のピッタリな賊達。

 それとは対照的に口の端を吊り上げる銀髪の女。





 そこから先は完全に独壇場。





 そして、遂には誰も彼女に触れることすら儘ならないまま、全ての賊がその躯を晒したのであった。

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