第十四話 邂逅
「いや……偵察任務ですよね?」
「……クエスト内容の〝ラグハイム帝国との戦闘域付近〟という一文が示す通り、極まれにだが帝国の軍人とも遭遇する恐れがある」
「それって偵察は偵察でも……隠密偵察より威力偵察寄りなんじゃ……」
「極まれに、と言っているだろう。百回行って一度遭遇するかどうかという頻度だ」
ゲーム世界の百回に一回は、フラグ以外の何物でもないと思うのですが、それは……
「それに威力偵察を強いているわけではない。クエスト内容は、あくまでポイント地点までの往復でしかないのだからな」
「……一応、聞いておきますが、どれぐらいの規模と遭遇する可能性が?」
「今までの経験からいって、恐らく分隊規模――十人前後といったところか」
「十人……」
「当然ながら、帝国の軍人というだけで盗賊などより遥かに強い。さらに兵科も近接に遠距離とバランスよく揃えられている。不運にも遭遇してしまった場合、数も兵科も満足に揃えられない今の貴様は、とにかく逃げることを優先するのだな」
厳めしいという言葉がよく似合うレヴィン少尉。
その口から、最初に逃亡を勧められたのはすこし意外だった。
「……なんだその顔は?」
「いえ……」
面と向かって〝来訪者なのだから死んでも立ち向かえッ!〟ぐらい言われるのかと、思っていたとは言いにくい。
しかし言葉は濁したが、表情にはあらわれていたのだろう。
レヴィン少尉は心外だと言わんばかりに吐き捨てる。
「勇敢と蛮勇は違う」
「……それは分かるのですが、自分は来訪者ですから。死んで憶えるという事も必要なのでは?」
これまでは幸運にも死なずに済んだが、これから先にあらわれる敵が強敵であることは安易に予想ができる。死にながら敵の行動パターンを把握するといった行為も必要になるだろう。
彼はゆっくりと口を開いた。
「……もし貴様が佐官、そして将官級の召喚士官になるつもりなら、死んで憶えようという甘い考えはここに捨てておけ」
「え?」
どういうことだ?ハード難易度のゲームを死にながら攻略するのはおかしなことでは無いはずだが……
「気力だけで到達できるのは大尉までだ」
「それは……」
そういえば、佐官以上の昇進は厳しい条件の達成が必要不可欠といっていたが、それと何か関係があるのだろうか?
「どういう意味ですか?」
「それはあとで自ずと分かってくることだ。今はただ死んで憶えよう――という考え方ではいつか限界が来ることを頭の片隅にでも置いておくがいい」
それ以降、レヴィン少尉は口を噤んだ。
しばらくその場に立ちつくしたが、諦めて踵を返す。
心にしこりを残しながらも、今の俺にはクエストに赴く他なかった。
訓練所を出ると、向かいから一人の女性が近寄ってくる。
俺と同じシェンケル辺境連隊の軍服を身に纏い、腰には帯剣用のベルトが巻かれ二本の黒いサーベルを携えていた。
(――彼女は……まさか、プレイヤーかッ!?)
女性の軍人、それも二刀流ともなるとNPCではほとんど見られないと言っていい。
すると俺に気が付いた彼女が、此方へと歩み寄ってきた。
「――君もプレイヤーなのだな」
女性アバターでありながら中性的な口調。
腰まであるアッシュブロンドの髪は後ろで一つに束ねている。黒曜石のような黒い瞳が此方を見据えていた。
モデルのような長い手足に俺より僅かに低いだけの身長。
歳は同い年ぐらいだろうか。
とはいえ、ゲームなので現実とイコールとはならないが……
「私は、ユイナ。よろしく」
「カイ・クライス。カイでかまいません」
自己紹介を交わすと、右手を差し出されたので軽く握り返した。
「この短期間でこの街の適正レベルとは、カイくんはなかなか凄腕のようだな」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」
そう言い返すと彼女は苦笑いを浮かべる。
「私のプレイングはSWOのコンセプトからすると邪道だからな……凄腕といえるのかどうか」
「……どういう意味なのか、よく分かりませんが……それを言うなら、俺の此処までの道のりも正攻法にはほど遠いですから。そもそも正攻法では昨日の今日でこのヴェルツェルには到着出来ませんし、どんなプレイングであるにしろ自信を持っていていいと思います」
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ」
ユイナさんはそう微笑んだ。
元々が長い睫毛に目鼻立ちのはっきりとした美人。
作り物だと頭では分かっているのに一瞬、見とれてしまったのは悲しい男の性と言うべきか。
内心、自分に呆れていると、彼女が別の話題へと話を移した。
「それでカイくんはこれからクエストに?」
「ええ、【偵察任務】のクエストを受けてみようかと」
「【偵察任務】……」
何かを思案する横顔。
「……そのクエスト、私も着いて行っていいかな?」
「一緒にですか?」
急な提案に戸惑ってしまう。
「足手まといにはならないようにするから」
「いや、そういう心配はしていませんが……」
サービス開始二日目でこの街に来ている時点で、実力は証明されている。足手まといという心配は無用だろう。
(これまでソロでしか行動してこなかったから、色々と不安があるのは確かだが……)
しかし、ユイナさんは実質的なトッププレイヤーと言っていい存在。
その実力のほどを、この目で確かめてみたいという気持ちもある。
「……分かりました。よろしくお願いします」
「不躾なお願いを聞いてくれてありがとう。こちらこそよろしく頼むよ」
先ずはこの街で装備を整えることにする。
ユイナさんは先ほどまで買い物をしていたらしく案内してくれた。
露店街を先導していた彼女の足が止まる。
「品揃えが一番良かったのはここだな」
確かにその店構えは周囲の露店と見比べても一回り大きい。
「この武器も此処で買ったんだ」
腰に備え付けてある二本のサーベルを手で示す。
「それじゃあ、入ろうか」
慣れた様子でどんどんと店に入っていくユイナさん。
その後に続いて俺も足を踏み入れる。
「ゲルトさん、また来たぞ」
「おお、嬢ちゃん、今度はどうした?」
「お客さんを連れてきてあげたのだよ」
ゲルトと呼ばれた店主の視線が一瞬、此方に向けられる。
「なんだ、嬢ちゃんの彼氏か?」
「まあ、そんなところかな」
店主の冗談をユイナさんは大人の対応で適当にあしらう。
それを真に受けたのか店主が真顔で尋ねてくる。
「え、兄ちゃん、本当に嬢ちゃんの彼氏なのか?」
「……付き合わせてくれと懇願されたのは確かですが」
「頭にクエストという言葉が抜けてるよ、カイくん」
「なんだ……只のパーティーメンバーか」
彼は驚いて損したと言わんばかりに大きく溜息を吐いた。
仕切り直すように話を進める。
「それで、何を買いたいんだ?」
「俺と召喚兵士の盾を新調しようかと」
現在、召喚兵士に装備しているサーベルの適正レベルは30前後。
これもそろそろ買い替えなければならないが、先ずは初期装備のままである盾の更新を最優先だ。
「おススメはありませんか?」
「……だったら、『ヒートシールド』なんてどうだ?」
凧のような形をした盾を手に取る。
「小型化していて扱いやすい割に防御力もある優れものだ」
「じゃあ、それを二つ下さい」
相変わらずの即決。
そのうち呪いの装備でも買わされそうで怖いが……
「あとは自分の近接武器も欲しいですね」
基本はクロスボウだが、接近戦時に初期装備の『ショートソード』のままでは心もとない。
そうだな、と店内を物色するように見回す。
ふと、ユイナさんの腰にある武器が目に留まった。
「……ユイナさんと同じ武器を頂けませんか?」
サーベルは扱いやすいようだし、トッププレイヤーの彼女が使用している武器でもある。悪い選択肢ではないだろう。
「嬢ちゃんと同じ武器となると、『ブラックサーベル』だな。確かにいい性能だし軍曹の階級に昇進しても一線で活躍できる武器だが、それだけにいい値段するぜ?」
「まあ、あんまり高過ぎる値段でなければ大丈夫です」
シェルンの街では、ほとんどの戦利品を口止め料として手放すことになり、盗賊討伐数の割には稼げていない。
それでもクエスト報酬で稼いだ金はそれなりに持っている。
あとは……そうだな、一応あれも買っておくか。
「……松明ってありますか?」
「あるぞ、ちょっと待ってろ」
そう言い残して店の奥に消えた。
すると、背後に控えていたユイナさんが疑問を尋ねてくる。
「松明といえば夜戦時に命中率の補正効果が与えられるアイテムじゃないか。でも今回のクエストは灯りが必要な時間帯にならない筈では?」
「まあ、ちょっとした保険ですよ」
――死んで憶えるのは甘えらしいからな。
首を傾げる彼女の隣で、レヴィン少尉に言われた事を思い出した。





