カスタムじじいの初陣
カイレム要塞は既に風前の灯火だった。
原因は、王国軍参謀本部がウテム要塞死守の可能性を捨てきれなかったこと。海千山千の知将どもが陥落寸前のウテム要塞に「まだやれる」「まだいける」と物資を送り続けた結果、カイレム要塞に回すべきリソースをいくらか持って行かれてしまった。
だが帝国は大陸随一の人的資源を以て、常に第二、第三の矢を用意していた。ウテム要塞を堕とした帝国は、その先への侵攻が厳しいと判断するや否や、すぐに第二の矢――即ち、カイレム要塞の攻撃を発令。後手に回ったカイレム要塞の防衛隊は、捲土重来を神頼みせざるを得ない。
「くそッ!! 赤獅子め、奴さえいなければ……ッ!!」
カイレム要塞を預かる第二国境防衛隊の司令官・ギュスター大佐は、司令室の机を力一杯叩いた。寂しくなった頭皮に纏わりついた汗が飛び散る。
ギュスターは劣勢の原因を的確に認識していた。
参謀本部のミス、帝国の人的資源、様々な要素が絡み合った結果生まれた現状だが、最大の原因はやはり赤獅子の存在だ。
奴が、奴さえいなければ、ここまで追い込まれなかった。
縦に長いカイレム要塞は、矢や魔法などによる遠距離の迎撃を得意戦術としており、懐に潜り込まれると弱い。だが、反り立つ岩壁という天然の地形が歩兵の侵攻を阻んでいた。カイレム要塞には覆しようのない地の利があるはずだった。
赤獅子は、その地形を丸ごと消し飛ばした。
その膨大な魔力と、帝国軍が技術の粋を集めて作った最新兵器によって。
「ギュスター司令、援軍が来ました!!」
「おお、やっとか!!」
飛び込んできた部下の報告に、ギュスターは笑みを取り戻す。
遂に、神への祈りが届いたか。
「増援部隊は、フェンリルです!!」
「魔導歩兵隊か!! ウテム要塞での雪辱を晴らそうというわけだな!! 心強い!!」
王国軍の部隊名には、しばしば魔獣の名が採用されている。勇者と魔王の時代において、人類は魔獣の恐怖に立ち向かわねばならなかった。その恐怖を部隊の象徴に借りているのだ。
フェンリルは、ウテム要塞を守っていた第一国境防衛隊の兵士たちである。要塞の防衛には失敗したが、第一線で戦い続けてきた彼らの実力は本物だ。この戦いで雪辱を晴らす心算だと頼もしい。
「そ、それと……特機武装隊が来るとのことです!!」
「なんだと――ッ!?」
ギュスターの感情が一瞬で沸点に達する。
朗報に水を差された気分だった。
特機武装隊だと……?
あの、使い物にならん玩具で遊んでいるだけの、目障りな部隊が……?
「ふざけるな!! 王家のお遊び部隊が来たところで何ができる!? 戦場を引っかき回すだけの足手纏いだ!! すぐに追い返せ!!」
「で、ですが、もうそこまで来ているようでして……」
「ぐ、うぅぅぅあああァァァァァーーーー!! ハゲるッッッッ!! ストレスでハゲるッッッッ!!!!!!!」
「お労しや……」
ギュスターの限られた毛根が悲鳴を上げるのも無理はなかった。
特機武装隊が技術者を中心とした部隊であることは知れ渡っている。兵士は僅か数人で、いずれも他の部隊から弾かれたあぶれ者だ。
今の王国軍は圧倒的な人手不足。多少難ありでも兵士を増やしたいと、どの部隊も口を揃えて言っているのだ。そんな情勢で特機武装隊に入るような輩はまず信頼できない。
いっそ肉壁にでもしてしまえればいいのだが、なにせ王族お抱えの部隊であるためそれも厳しい。
部隊が壊滅しようものなら、当然その責任はギュスターが取ることになる。軍内では第二王女の道楽と揶揄されている部隊だ。壊滅したところで軍人から責められることはないだろうが、王族に睨まれては身が持たない。
まさに、呪いの石像。
そこにあるだけで不幸を呼ぶ。
「特機武装隊からの増援は三名。ドーズ一等兵、アリエ一等兵、それと……知らない名前の二等兵がいますね」
「二等兵!? 訓練すら終えとらん一般人がこの戦場に来るのか!? はは…………わははははははははははッ!! お遊戯も大概にしろ!!」
今からでも亡命できないかな……。
ギュスターは本気でそんなことを考えた。
◆
「アッタル司令、第一層の制圧完了です」
「よし」
カイレム要塞の攻略を任されたアッタル大佐は、艶のある自慢の黒髪を指先で弄びながら、椅子から立ち上がった。
「なかなか手強かったが、これで詰みだな。降伏してくれるとお互い楽だが……」
激戦区だったウテム要塞と違い、こちらの戦力は手薄だろうと思っていたが、カイレム要塞の司令は存外やる男だった。地形上の不利を覆すために多様な策を弄したが、敵は頑なに戦力を分散させず迎撃に徹した。おかげで予定より大幅に時間がかかってしまった。
とはいえ、ようやくカイレム要塞の一階部分を制圧した。敵は上層に逃げて引き籠もっているが、それでは補給もままならない。この状況を維持しているだけでケリはつく。
アッタルは懐から小さな石を取り出した。正十二面体にカットされたその石は、アッタルが注入した微量の魔力に反応してぼんやりと光る。
「司令、それは……?」
「通信石というものだ。まだ量産はできていないらしいが、実に素晴らしい代物だぞ」
チカチカと光る通信石を口元に近づけながら、アッタルは言った。
「お前もそう思わないか、赤獅子?」
アッタルは通信石を耳に近づける。
返ってきた声は、若く、雄々しく、猛々しく、未来を照らす炎そのものだった。この太陽のような男がいたから、カイレム要塞の攻略に成功したのだ。アッタルは今回の功績を己の手腕だとは露ほども考えていない。
「赤獅子が我々の作戦に参加していただけるとは、僥倖でしたね」
「手持ち無沙汰だったのだろう。本来なら、占領したウテム要塞を基点に王国の懐まで攻めるつもりだったが、キナム公国の邪魔が入ったからな」
元々ウテム要塞の近隣は、帝国、王国、キナム公国の三国の国境が近いため、小競り合いが続いていた。それでも今まで要塞が無事だったのは、王国が魔王討伐に国力を注いでいたからである。これなら要塞があったところで自国が攻められることはないだろう、とキナム公国は安心して要塞を捨て置いたが、帝国は虎視眈々と要塞の奪取を狙っていた。
王国が疲弊した隙を狙って要塞を奪ってみせた帝国だが、これを好ましく思わないのは当然キナム公国である。次はうちが攻められるかもしれないという恐怖を感じたキナムは、帝国の進軍を邪魔してきた。軍事演習という名目の示威活動で。
「赤獅子はいわば、帝国の勇者だ。今のうちに無数の戦果を与えたい……と、陛下は考えているんだろうな」
俺もそう思う、とアッタルは心の中で呟いた。
「この世界に太陽は二つもいらない。赤獅子は、いずれ王国の勇者を過去のものとするだろう」
歴史は勝者が紡ぐものだ。
帝国が勝てば、勇者と魔王の時代は陰に埋もれる。王国の勇者も、魔王も、取るに足らない過去として歴史に希釈されていくだろう。
――大陸最大の軍事国家にも拘わらず、魔王討伐に最後まで非協力的だった腰抜け。
そんなレッテルから、帝国は解放される。
「敵の援軍が到着しました!!」
飛び込んできた部下の報告に、アッタルは眉を顰めた。
実に不可解な報告だ。
「このタイミングでか? 死地に送り込むようなものだぞ」
それこそ、王国の勇者でもいなければどうにもならないはずだが、その勇者は今、北方に縛りつけている。こんな国境沿いにいるはずがない。
アッタルは双眼鏡でカイレム要塞の様子を見た。
カイレム要塞の壁面を――幾つかの人影が登っている。
「……なんだ、あれは?」
◆
「なんだ、あれは……ッ!?」
奇しくも、アッタルが同じ言葉を口にした時、帝国軍の兵士は目を見開いて驚いた。
「なんだ、この動きは……ッ!?」
前代未聞の光景を目の当たりにして、兵士は動揺を隠せない。
「なんなんだ、このじじいは――ッ!?」
帝国軍の兵士たちは、確かに見た。
それは――武装したじじいだった。
●エーテル技術
魔力=エーテル粒子を動力にした技術の総称。魔法の機械的再現ができる。
魔法という土台があるため、材料さえあれば目当ての機能を実現するのは比較的簡単。ゴールが見えている状態で研究しているようなもの。しかし量産技術がまだまだ追いついていない。




