劣等感
アリエとの試合が終わった後、エイガルは翌日までの休憩が許可されたので、二階の寝床でしばらく微睡んでいた。
(休息も、若い時とは比べ物にならんほど必要じゃな……)
エイガルの老体は、疲労からの回復に長い時間を要求した。やはり若い時のようにはいかないことが多い。この辺りもマーセリアが改善してくれたら、ありがたいが……。
眠気が消えてしまったので、一階に降りて他の隊員たちの様子でも見に行くことにする。
しかし階段を下りている途中、足元からすすり泣く声が聞こえた。
こっそり階段の裏を覗いてみると、アリエが三角座りでめそめそと泣いていた。
「な、泣いとるのか……?」
「はい」
即答するのか……。
アリエは涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしていて、目も真っ赤に腫れていた。エイガルが二階で休憩していた間もずっとここで泣いていたのだろう。
流石に他人事とは思えない。
先程の敗北が、そんなに悲しかったのか。
「お主、歳はいくつじゃ?」
「……十八です」
「そうか。その歳で、そこまで悔しがれるのは才能じゃな」
エイガルがそう言うと、アリエは意外そうに目を丸めた。
「てっきり、馬鹿にされると思ってました」
「そんなことせんよ。……歳を取ると、変に諦める癖がつく者も多いんじゃ。いつまでも負けん気を持つ者は、伸び続ける」
その場凌ぎの慰めではなく、本心からの言葉をエイガルは伝えた。
「でも、貴方に負けました」
エイガルの慰めでは、アリエの悔しさを拭えなかった。
「殿下が考案する装備はどれも素晴らしいものです。今や、あらゆる国がエーテル技術を研究していますが、殿下は常にその最先端にいます」
「……そうなのか」
エイガルは静かに驚く。マーセリアの能力は信じていたが、そこまでとは思わなかった。
「見てください、この腕を」
アリエは片手を掲げ、エイガルに見せた。
白く、細く、儚い腕だった。じじいのエイガルよりも……。
「貧相な身体でしょう? だから、軍に入った直後はどの部隊からもたらい回しにされたんですよ」
辛い過去を、アリエは語る。
「非力であることは、私にとって最大のコンプレックスでした。このままでは戦えない……そう思った時、殿下が手を差し伸べてくれたんです」
暗闇に落ちた一筋の光を、アリエは思い出した。
「『貴女の気持ちはよく分かる』……殿下はそう言ってくれました」
「……そういえば殿下も、昔は病弱じゃったなぁ」
第二王女マーセリア。彼女はある時期まで病弱だった。
ゆえに、王族教育を受けることができず。
ゆえに、自由と孤独を与えられた。
そんなマーセリアだからこそ、アリエを救えたのだろう。マーセリアの生き様は、アリエにとって理想だったのだ。
「殿下のおかげで私は戦えるようになりました。だから私は殿下へ恩返ししなくちゃいけません」
涙を拭い、アリエは覚悟を告げる。
「殿下の右腕は私でありたい。……この想いは捨て切れません」
アリエは、エイガルとの能力差を理解していた。
それでもなお、認められない――。
「エイガル……貴方には負けません」
真っ赤に腫れた目で、アリエは睨んでくる。
エイガルは口角を吊り上げた。
「まさか、半世紀近く歳が離れた娘に、ライバル扱いされるとはのぉ」
「は?」
アリエが疑問を露わにする。
「それの何がいけないんですか?」
アリエにとって、それは自然な感情だったようだ。
彼我の差を認める理由は幾らでもある。経験が違うのだから仕方ない。年齢が違うのだから仕方ない。性別が、肉体が、考え方が……そういう言い訳をアリエは知らない。
「ふはははは!! 特機隊は粒揃いじゃのう!!」
まさに少数精鋭。この分ならドーズも優秀に違いない。
エイガルは安堵した。
彼らとなら、戦える。
彼らになら、背中を預けられる。
「……泣いたら腹が立ってきたので訓練してきます。ここ、譲りますね」
「いらんわい」
こんなじじいが階段の裏で泣いてたらホラーである。
立ち上がり、訓練室へ歩いて行くアリエの背中を、エイガルは黙って見送った。
「アリエと仲良くなれたみたいですね」
背後からの声に、エイガルは振り返る。
マーセリアが二階から下りてきた。女性隊員の部屋で休憩していたのだろう。一階へ下りる途中、エイガルたちの話し声が聞こえたので息を潜めていたようだ。
マーセリアは研究室に向かったので、エイガルもついて行った。
「前に話したカスタム・ソルジャー理論について、覚えていますか?」
「うーむ……まあ、大体は……」
あんまり覚えていないエイガルに、マーセリアは丁寧に説明する。
「カスタムできる要素は六つ。ソルジャー、センサー、アーマー、クロス、ガン、シューズです。このうち装備者を表わすソルジャーのスペックは、三つに大別できます」
マーセリアは三本の指を立てた。
「火力重視のパワータイプ、機動力重視のスピードタイプ、安定重視のバランスタイプです。エイガル様はパワータイプのソルジャーになります」
「ふむ……確かに全盛期の儂は、力によるゴリ押しを得意としておったが、今の肉体でそれは不向きではないか?」
「ソルジャーのタイプは、肉体だけでなく先天的センスも考慮されます。エイガル様は肉体だけでなく思考そのものがパワータイプだと判断しました」
なんだか脳筋と言われているような気がして、あんまり嬉しくないじじいだった。
「アリエは本来ならスピードタイプですが、本人のコンプレックスが強いせいで、パワータイプのカスタムを好んでいたんです」
「どうりで大振りが多かったわけじゃ」
エイガルは納得する。あの小柄でスラスター・ブレードを豪快に振り回していたが、どうやらそれはコンプレックスの解消が目的だったらしい。
であれば、あまり褒められた戦術ではない。コンプレックスと人の命、どちらを優先するべきかは火を見るより明らかだ。
「アリエにとって、エイガル様との出会いは良き転機になったと思います。……彼女と向き合っていただき、ありがとうございます」
研究室に着いたところで、マーセリアがエイガルに頭を下げた。
仕事していたメカニックたち「なんだなんだ?」と注目してくるが、大事ではなさそうだと気づいたら、すぐに仕事に戻る。ここのメカニックは三度の飯より機械弄りな連中ばかりだ。
マーセリアの脳味噌も機械弄りで占められていると思っていたが、案外そうでもないらしい。
彼女は部下であるアリエのことをよく考えていた。
「なんじゃ、ちゃんと人も見ておったか」
「人? それは勿論見ているつもりですが……」
マーセリアの瞳がきらりと輝く。
「やはりカスタムにも相性はありますからね。パワータイプにはパワータイプのカスタムを、スピードタイプにはスピードタイプのカスタムを。そうしなければ浪漫んんぅ……ではなく戦略も追求できません。なので今までずっと口惜しい気分でした」
「お主、アレじゃな。本当に残念な子になったのぉ」
前言撤回。この女は、どこまでもカスタム厨だった。
ここまで真っ直ぐな想いを抱けるのも、一つの才能か。この特殊な時代においては、マーセリアのような特殊な人物こそ重用されるべきなのかもしれない。
「まだまだ語り足りませんが、時間がありません」
興奮を冷ましたマーセリアに、エイガルは首を傾げる。
「先程、特機武装隊に出動命令が下されました。我々はこれよりカイレム要塞の防衛に参加します」
エイガルは眦を鋭くする。
カイレム要塞は、帝国との国境付近に置かれた防衛拠点の一つだ。王国から見て帝国は北に位置しており、先日堕とされたウテム要塞が北東側の拠点、カイレム要塞は北西側の拠点となる。
戦況から察するに、ウテム要塞からの侵攻はいったん食い止められたようだ。悲しい話だが、自力で防いだわけではないだろう。北東には帝国とは別の第三国が存在する。帝国と第三国の折衝が上手くいかなかったのではないかとエイガルは推測した。
だから、帝国はもう一つの要塞を堕としにきた。
今度こそ、何者にも邪魔されずに、王国を喰らい尽くすために――。
「防衛隊からの報告によると、カイレム要塞には帝国の英雄がいるようです」
「帝国の英雄?」
エイガルは頭の中で何人か思い浮かべたが、いずれも勇者と魔王の時代で活躍した過去の戦士だった。二十年前に英雄と呼ばれた彼らが、今も最前線にいるとは考えにくい。
「クヴェルトに追われていた時、エイガル様は人の名前を口にしていましたね。レメツ将軍、カッサー大佐、マルツ騎士団長と……」
「うむ。今思うと情けないことを言ってしまったのぉ」
「あの状況では仕方ありません」
マーセリアは首を横に振る。
エイガルが口にした人物たちは、いずれも王国の英雄だった。彼らが傍にいてくれたら心強いが――。
「あの時は言えませんでしたが、レメツ将軍とマルツ騎士団長は既に殉職しています」
「な――っ」
エイガルは言葉を失う。
軍略に長けたレメツ将軍、剣術に長けたマルツ騎士団長。二人とも、魔王との戦いでは大いに活躍した戦士だ。簡単に負けるとは思えない。
「エイガル様も知っての通り、彼らは王国が誇るベテランの戦士でした。しかし、ある男が彼らを葬ったのです」
その人物こそが、帝国の英雄だというのか……。
「帝国の若き天才……王国軍が誇る歴戦の猛者たちを狩り続けたその男は、やがて世代交代の象徴となりました」
瞳に悔しさを滲ませながら、マーセリアは告げる。
「赤獅子。帝国が解き放った、新世代の英雄です」
英雄にも世代交代はある。
それを促したのは、よりにもよって敵国の戦士だったようだ。
「――面白い」
エイガルは不敵に笑う。
「さながら儂は、旧世代の最後の砦か。……ならば立ちはだかってみせようぞ。旧友の無念を背負ってな」
エイガルはこれを宿命だと感じた。世代交代を受け入れるつもりだった自分の最初の敵が、世代交代の象徴であることを。
僥倖――これで全てが明らかになる。
赤獅子に負ければ、やはりエイガルは現代において不要だったのだ。
だが、もし赤獅子に勝てば、エイガルはまだ時代が求めている人間ということになる。
「作戦のため、エイガル様には更に二つの装備をつけてもらいます」
マーセリアも不敵に笑った。
「私が、エイガル様を完璧にカスタムしてみせましょう」
「うむ……期待しておるぞ」
共に戦意は充分だった。
次はどんな装備が与えられるのか。楽しみにしている自分がいる。
「……ところで、ずっと気になっておったんじゃが」
エイガルは、研究室の奥に佇む物体を見た。
「あの奥に置いてあるのも、装備なのか?」
上半分を布で覆われたそれは、とにかく巨大で物々しかった。
見たことのない代物だ。使い方のイメージが全く湧かない。
「あれはまだ実用段階ではありません。ですが、完成したら恐ろしい兵器になると思います」
「ふむ……」
エイガルは髭を撫でながら、それを見た。
「……まるで巨人じゃのう」




