カスタム・ソルジャー理論
エイガルが軍に入隊すると決めてから二日経った。
その間、宛がわれた宿でのんびり過ごしていたエイガルだが、外で昼食を済まして帰って来たところ、当たり前のように部屋のベッドにマーセリアが腰掛けていた。これには流石のエイガルも飛び上がりそうなくらい驚いてしまう。余命が何年か削れた。
「もう少し風聞というものを気にしてほしいものじゃのう」
「王女らしくないとはよく言われます」
全く反省していない様子でマーセリアは立ち上がり、脇に置いていた書類をエイガルへ差し出す。
「お待たせしました、入隊手続き完了です」
「……こんな簡単に済むものなのか?」
「エイガル様は過去の功績がありますから。あとは私の権力です」
悪びれることもなく、マーセリアは強権を駆使したようだった。
戦時に常識を語るなと暗に叱責されたことを思い出す。今は正当な手続きよりも優先すべき事柄が多々あるのかもしれない。
あっさり部隊の基地まで案内してくれたマーセリアに、エイガルは「儂が間者だったらどうするんじゃ」と思わずを得ない。自分は心配性なんだろうか。これも歳か……?
「ようこそ、特機武装隊へ」
マーセリアの抱える部隊は独特な雰囲気を纏っていた。
分かりやすい軍人は見当たらず、研究者らしい、線が細くて白衣を着ている男女が多い。年齢層は若く、一人ひとりがその目に聡明な輝きを灯していた。
先端技術を活用した部隊だとマーセリアは言っていた。それゆえ若いメンバーが集まっているのかもしれない。
「所属は王国軍中央総隊となりますが、前身が私を護衛する近衛騎士団だったこともあり、私が自由に動かせる組織というのが実情です」
「ふ~む、なるほど。近衛騎士団は軍に統合されたと言っておったが、形は多少残っておったか」
「はい。しかしこの部隊は『第二王女の道楽』と揶揄されています」
あまりにもしれっとそんなことを言うマーセリアに、エイガルはきょとんとした。
「よく冷静にそんなことが言えるのう」
「本来、王族の護衛にあてるはずの部隊を、ゴリ押しで私好みに変えましたからね。不満の落としどころがあるのは、むしろ救いです」
勘違いしてはならないが、マーセリアを守護する近衛騎士団は、マーセリアの私物ではない。王族の守護は、国家を保つための生存戦略であり、時には王族本人の意思に反してでも優先されるべき事柄なのだ。
にも拘らず、マーセリアは己を守護する近衛騎士団を私物化しようとした。
そりゃあ不満も出るわい……エイガルは髭を撫でながら思った。
「人数は、思ったよりいるんじゃな」
「エイガル様を含めて三十人います。そのうち技術士……メカニックが二十七人、兵士……ソルジャーがエイガル様で三人目です」
「儂で三人目?」
「我々の開発した装備に適応できる人間が少ないんです。ゆくゆくは軍全体に普及したいとはいえ、試作品の性能はピーキーなものが多いですから」
白衣を着た人間ばかりで兵士が見当たらないと思っていたが、聞けば聞くほど特殊な部隊なので仕方ないかもしれない。どちらかと言えば、戦力を有するのではなく兵器開発が主な役割だとみなされているのだろう。
だがマーセリアの態度を見れば、それが不服であることくらい窺える。マーセリアは自らの部隊にも戦力を求めており、そのためにエイガルを招いたのだ。
「では、メカニックたちに挨拶しましょう」
マーセリアの先導に従い、エイガルはメカニックたちの前に立った。黙々と仕事していたメカニックたちも、一応マーセリアの動向は窺っていたのか、声をかけずとも自然と集まってくる。
「エイガル=クラウスじゃ。よろしく頼む」
手短に挨拶を済ませると、メカニックたちの目が輝き出した。
「おぉ……!!」
「殿下がいつも話していた、伝説の老兵……!!」
マーセリアがいつも話していたらしい。
受け入れられる土壌は既にできたということか。こんなじじいが歓迎されることはないと思っていたが、ここでもあっさりな手応えを感じるエイガルだった。
やや複雑な気持ちでいると、若い男のメカニックがエイガルに向かって恭しく頭を下げる。
「お噂はかねがね。貴方のことは、魔王との戦争に参加していた父から聞いています」
ほぅ、とエイガルは相槌を打った。
名は知らないかもしれない。顔も知らないかもしれない。だがあの時、共に剣を振るった戦友の存在を感じると、どこか嬉しく思う。
しかし戦場には、かけがえのない仲間がいただけでなく、目を覆いたいほどの不愉快なこともあった。青年が次に放った一言は、エイガルにそれを思い出させてしまう。
「エイガル=クラウス。伝説の老兵。貴方は先の戦いで、九十九の――」
「――すまんが、その話は好みではない」
その数字は、あまり意識したくない。
反射的に拒絶を示してしまった瞬間、もっといい言い方があっただろうとエイガルは罪悪感に苛まれた。しかしメカニックの青年は、特に傷ついた様子もなく、
「分かりました。では、これからよろしくお願いします」
青年はエイガルの反応を詮索しなかった。
そこでエイガルは気づく。よく見れば、メカニックたちの瞳の奥にある輝きは、エイガルに対する興味というよりも、エイガルを用いて何が生み出せるのかという好奇心だった。
(清々しい連中じゃのう。儂のことは、あくまで研究対象か)
丁度こんな感じのモルモットが欲しかったんだよな~~!! と言わんばかりのメカニックたちの視線を、エイガルは好んだ。こういう人間たちが集まる部隊なら、面白いものも生み出せるだろう。
「ところで、メカニックのトップはどこにいるんじゃ?」
エイガルは隣に立つマーセリアに尋ねる。
部隊の指揮権はマーセリアにあるようだが、これまでの話をまとめたところ、それは前身である近衛騎士団の名残に過ぎない。この部隊には実質の責任者が別にいるはずだ。
メカニックたちのような専門的なチームをまとめるには、本人にも専門的な知識が求められる。ベテランの研究者か、或いは極めて優秀な若者か。ぼんやりとイメージしていたがエイガルだが……。
「私です」
「ほ?」
「私が、メカニックの主任です」
「……」
じじいの顎というものは、一度大きく開いてしまえば、二度と……二度と………………。
◆
なんとか外れた顎を元に戻したエイガルを他所に、マーセリアは暢気に案内を続けた。
「ソルジャーの二人は訓練室にいます」
特機武装隊の基地は二階建てだ。一階にメカニックたちが活動する研究室と、ソルジャーが活動する訓練室がある。二階には寝床があり、マーセリアを含む隊員たちはそこに泊まっているらしい。
「先に言っておくがのう、儂はただの老いぼれじゃ」
短い廊下を歩きながら、エイガルは忠告する。
「ゆえに、お主が儂を使い物にしてくれんと、何もできんぞ?」
「エイガル様がただの老いぼれかどうかはさておき……その期待には応えてみせましょう。エイガル様は私が直々にカスタムします」
かすたむ……。
以前もマーセリアが口にしていた単語だが、相変わらず意味は分からない。
「個人の戦闘能力を、本人のスペックおよび五つの装備で画一的に管理すること。それが私の掲げるカスタム・ソルジャー理論です」
マーセリアは立ち止まって説明する。
「重要なのはカスタム。即ち、組み合わせになります。ソルジャー自身のスペックに加え、感覚補助器のセンサー、体幹補助器のアーマー、近接武器のクロス、遠距離武器のガン、移動手段のシューズ……これら五つの装備をどのように組み合わせるか。そこに浪漫んんぅ……ではなく戦略性があるのです」
自ら身体の該当する部位に触れながら、マーセリアは語る。
ところで今、浪漫と言いかけなかったか?
「エイガル様の最初の仕事は、特機隊の標準装備を使いこなせるようになることです。クロスは以前装備してもらったスラスター・ブレードⅢ式、そこにセンサーとアーマーを追加します」
マーセリアは訓練室のドアを開く。
二人の若い男女が、滝のような汗を流して訓練に勤しんでいた。メカニックだけでなくソルジャーも若者ばかりらしい。何から何まで新しい部隊だな、とエイガルは思う。
(悪くない動きじゃ)
二人の若者は、以前エイガルが振り回したスラスター・ブレードⅢ式を使って試合をしていた。
黒髪を切り揃えた女の方は、隙あらば豪快な一撃を放つ。華奢な体躯からは考えられない剛剣が、何度も風を切っていた。
一方、赤髪で褐色肌の男は、その剛剣を的確に受け流しながらカウンターを狙っている。慎重な戦い方よりも、目元に装着しているゴーグルのようなものが気になった。あれは何だろうか?
「アリエ、ドーズ。訓練を中断してください」
マーセリアがパンと手を鳴らして言った。
アリエと呼ばれた女が、スラスター・ブレードを壁に立てかける。
ドーズと呼ばれた青年が、目を覆っていたゴーグルのようなものを外す。
「本日からソルジャー部隊に入る仲間を紹介します」
マーセリアが目配せしてきたので、エイガルは頷いて前に出た。
「エイガル=クラウスじゃ。よろしくのぉ」
アリエ、ドーズ。
ソルジャー部隊の二人は、冷たい眼でエイガルを睨んだ。




