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カスタムじじい  作者: サケ/坂石遊作
老兵復活
3/30

役目


 時代の被害者とも言えるコーヒーを飲み干したエイガルは、すぐに酒場を出た。ちびちびと時間をかけて飲んだため、店内の会話は充分聞くことができた。


 英雄が必要。マーセリアが告げたその言葉は正しいように思える。技術の進化によって、本来なら国民の生活は豊かになるはずだが、戦争のせいでそれどころではないのだ。便利な道具が開発されても、それを製造するためのコストを今は軍へ流さなければならない。王国をその螺旋から解き放つ何者かが必要だ。


 どうする?

 軍へ入るべきか?


 エイガルが悩んだその時――ジリリリリ!! とけたたましい音が街に響いた。


「なんじゃ、この不愉快な音は!?」


「非常ベルだ。宝飾店の方からだな……強盗でも入ったか?」


 さほど驚いていないグレインの態度が、エイガルは気になった。戦争は王都の治安も悪くしたのか。


 あっという間に人集りができて、エイガルたちは飲み込まれた。エイガルは一先ずこの場を離れようと提案するために、マーセリアの方を見る。


 マーセリアの首筋に、刃が添えられていた。


「――ッ!?」


 エイガルは反射的に、ナイフを握っている人間の()()()()()()()()()を掴んだ。


 肉と骨を鷲掴みにした感触と共に、ナイフの動きが止まる。


「なんじゃ、()()は」


 エイガルの掌は虚空を握っていた。

 ナイフは見えるのに、ナイフを握っている人間の姿が見えない。


 小さな舌打ちと共に、その人間はナイフを捨て、エイガルの掌から腕を引き抜いた。

 カランとナイフが床に落ちる。


「――走れ!! 狙われとるぞ!!」


 状況を把握したグレインとマーセリアが、すぐに駆け出す。

 人集りから抜け出し、三人は酒場の脇から路地裏の方へ走って行った。


「エイガル、さっきはよく止めてくれた!!」


「あんなもんマグレじゃ!! それよりどうなっとる!? あの透明な人間はなんじゃ!?」


 エイガルの問いに、マーセリアが息を乱しながら答える。


「特殊な迷彩です。光の屈折を利用し、姿を透明化できます」


 マーセリアが目元を隠していたフードを上げ、美しい金髪が露わになった。既に正体は敵に露見している。その場凌ぎの安い変装は鬱陶しいだけだ。


「エイガル様が敵に触れた際、一瞬だけ迷彩が解けて、敵が身につけているエンブレムを確認できました」


 マーセリアは険しい顔でグレインの方を見る。


「グレイン、敵はクヴェルトです」


「クヴェルト!? あの()()()()()の!?」


 グレインは声量を制御できないほど驚いた。


「知っておるのか?」


「帝国の特務部隊だ!! 少数精鋭の暗殺のプロ集団……!! 奴らに寝首を掻かれた同士は多い!! そんな悪夢のような連中が、何故王都に……!!」


 暗殺のプロなら敵地への潜入も得意だろう。そちらの能力を買われ、工作活動でもしていたか?


 だとすると、獅子身中の虫がむざむざ姿を現わしたことになる。長い目で見れば好都合だ。――今この場で彼らを撃退することさえできれば。


 逆に、彼らもどうしてこのタイミングで姿を現わしたのか疑問が浮上する。敵地のど真ん中でも任務を全うできる自信があるのか。或いは、リスクを無視してでもマーセリアを暗殺せねばならない理由があるのか……。


「彼らなら最新鋭の迷彩も使いこなすこともできるでしょう。如何に高性能な装備でも、それを活かしきれるかどうかは使用者の実力に委ねられますから」


 むふん、とマーセリアは満足げに語った。……何故、嬉しそうなんだろう。まるで最新鋭の装備が使いこなされていることを喜んでいるかのようだ。


 どうもこの王女、マイペースなところがある。


「気配を感じず、ここまで接近されたのは初めてじゃ。イカれた時代じゃのう……!!」


 エイガルが悪態を吐いた、その時。

 パァン!! と、何かが破裂するような音と共に、小さな玉のようなものが飛来した。


「ぬおっ!?」


 エイガルは飛来した玉を、紙一重で避ける。

 なんだ今のは?


「今度はなんじゃ!?」


「エーテルガンです!! 魔力の弾丸を放つ武器です!」


 敵の迷彩が一瞬だけ揺れて、エーテルガンの全貌が見えた。シルエットは剣に近いが、刀身の部分が黒い筒になっている。あそこから弾丸が射出されるのだろう。


 再び弾丸が飛来する。矢とは比にならない速度だ。


「時間は平等とは、よく言ったものじゃな……!! 技術の恩恵を受けているのは帝国も同じか!!」


 老体に鞭打って逃げ続ける。

 エイガルが田舎に引き籠もっていた理由は、健全な世代交代を実現するためである。だから、いざという時は若者の盾に――マーセリアの盾になることも辞さない。


 だが、この骨と皮だけになった老人が、果たして盾の役割を全うできるだろうか。

 守りきれない。そんな思いが募る。


「勇者はどこじゃ!?」


 エイガルは叫んだ。


「王国の英雄は!! 勇者ロッシュはどこにおる!?」


「この街にはいません!!」


 マーセリアが叫んだ。


「ならば、近衛騎士は!?」


「軍に統合……実質、解体されました!!」


「レメツ将軍は!? カッサー大佐は!? マルツ騎士団長は!?」


 エイガルは思いつく限りの、頼りになりそうな人物の名を挙げた。

 いずれも、かつての戦場でエイガルの力になってくれた人物である。彼らが一人でも傍にいれば、この程度の窮地、容易く救ってくれるに違いない。

 だが、マーセリアは告げる。


「全員、戦場です!!」


 くらり、と目眩がした。


 ああ、そうか。

 そういうことか――。


 エイガルは理解した。今の王国には未来を憂う余裕がない。未来を切り拓くはずだった者たちが、過酷な戦場に駆り出されている。


 エイガルは己の最後の役割を、若者に道を譲ることだと思っていた。

 だが、違うのかもしれない。


 若者のために、限界まで命を絞ること。

 それが、エイガルの最後の役目――。


(儂の役目は――)


 全身全霊を以て、零れ落ちた未来へのバトンを拾うこと。

 若者に未来を与えること。

 それこそが儂の役目――。


 思考が切り替わった。二十年ぶりに胸中で炎が滾る。魔獣に襲われた時と違い、自らの意思で燃やした戦意は、エイガルの老いさらばえた四肢と感覚に力を与えた。


 風に乗った、敵の気配。

 エイガルは斜め前に駆け出し、目の前の空間に拳を打ち込んだ。

 硬く握った老いぼれの拳が、確かな手応えを伝える。


「ば、馬鹿な……ッ!!」


 苦悶の声が聞こえた。

 迷彩が微かに揺れ、一瞬だけ敵の姿が見える。

 エイガルの拳は、透明な暗殺者の腹部に沈んでいた。


「姿は見えていないはずだ……!! 何故……ッ!?」


「覚えたんじゃよ」


 拳を引きながら、エイガルは言う。


()()()()()をな」


 エイガルは素早く暗殺者の襟首を掴んだ。

 逃がす気はない。このまま人質に使わせてもらう。


「ぐ、おおぉおおぉおおお――ッ!!」


「ぬっ!?」


 暗殺者が力強く抵抗し、エイガルの腕を振り解く。

 押しのけられたエイガルは体勢を崩し、尻餅をついた。


「大丈夫か、エイガル!?」


「うむ。……すまん、取り逃がした」


 暗殺者の気配が遠退いていく。

 エイガルは悔しさのあまり顔を歪ませた。……かつての自分なら、力負けすることなんてまず有り得なかった。だが今のエイガルは老いぼれ。全力を出した現役の戦士には適わない。


「仕方ありません。今のエイガル様は、カスタムしていない初期装備……素っ裸も同然なのですから」


 何を言ってるんだ、この王女は。

 呆れていると、暗殺者たちの気配が一斉に引いていくのを感じた。衛兵たちが来てくれたようだ。


 安堵に胸を撫で下ろす。

 ひとまず危機は去ったと考えていいだろう。


「……儂は、己の役目はもう終えたと思っていた」


 エイガルは、グレインとマーセリアに向かって心情を吐露した。

 ずっと、役目は終えたと思っていた。

 もう自分の出る幕はないんだと思っていた。


「だが、そうではないんじゃな。今の王国には、果たされるべき役目が山ほど残っており、それを捌く戦士が枯渇しておる。……じじいの手も借りねばならん状況か」


 グレインもマーセリアも、エイガルを過大評価しているだけではなかった。彼らは本当に、人材に困っていたのだ。藁にも縋るような思いで、田舎暮らしのじじいに声をかけたのだ。


「煮るなり焼くなり、好きにせい」


 エイガルは観念したように言う。


「この時代を生きる人々のために、儂のような老骨がまだ役に立つと言うのであれば……精々、使い倒してみるがいい」


 グレインとマーセリアが目を見開く。

 皆まで言わせるなよ、とエイガルは視線で訴えた。散々渋ったのだ。今更、素直に「軍に入隊したい」なんて言えるわけがない。


 グレインとマーセリアが顔を綻ばせる。

 そして――。


「よし――」


「――やったぁ!!!!」


 喜ぶグレインの隣で、マーセリアが物凄い大声と共に歓喜した。

 弾けんばかりの、きらきらとした笑顔だった。急に年相応……なんなら幼児退行してしまったマーセリアに、エイガルとグレインは面食らう。


「……失礼しました」


 マーセリアが頬を赤く染める。

 エイガルとグレインは顔を見合わせ、首を傾げた。




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