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カスタムじじい  作者: サケ/坂石遊作
オーパーツ
29/30

カスタムばばあ


 赤獅子を殴り飛ばしたエイガルは、瞬時に違和感を覚えた。


(なんじゃ、この手応えは)


 人を殴った時の感触ではない。薄皮一枚向こうにあるのは骨と肉と内臓のはずだが、それらとは異なる硬質な感触を手の甲が返した。


 魔獣の手応えを再現された時のように、また何か仕込まれていたのか?

 吹っ飛ばされ、倒れた赤獅子が起き上がる。

 その姿を見て、エイガルは息を呑んだ。


「なんじゃ、その身体は」


 エイガルの拳は赤獅子の胴を抉っていた。

 その胴から、バチバチと音がする。まるで電球に水をかけた時のような、精密な道具が壊れた時のような……。


 赤獅子の胴体は、機械仕掛けだった。

 薄皮一枚向こうにあったのは、鈍色の機構だった。


「……アンタに分かるか? 世代交代を強いられる立場ってやつが」


 満身創痍の赤獅子が、掠れた声で告げる。


「帝国に英雄はいなかった。勇者と魔王の戦争に参加しなかったからな。……だから求めたのさ。アンタらみたいな古い英雄を一掃できる、新世代の英雄を」


 心底迷惑そうに、赤獅子は言った。


「それが俺だ。……俺は、てめぇらを殺すためだけに造られた、機装兵士(マシン・ソルジャー)だ」


 機装兵士(マシン・ソルジャー)というものが何なのか、エイガルには知る由もない。ひょっとしたらマーセリアなら知っているかもしれない。


 見たところ、完全に機械でできている人間というわけではなさそうだ。抉れた胴体からは人間の赤い血が滴っている。人間でありながら機械でもある、といったところか。


 生まれつきそのような身体であるはずがない。

 となれば、後天的に改造されたか。


「ふむ」


 エイガルは赤獅子の目を見た。

 諦念に満ちた瞳の奥に、悲痛が窺える。赤獅子は自らの肉体を忌避していた。


 今の赤獅子は、敵ではない。

 己の生き様に自信を持てない、一人の若者だ。


「お主、儂の孫にならんか?」


「………………………………は?」


「いや、なに。随分悲しそうなツラじゃからのぅ。嫌々帝国に従うくらいなら、儂の孫になればいい」


 冗談を言っているつもりではなかった。赤獅子もそれを察したのか、動揺した様子でエイガルをまじまじと見る。


「毎日戦い放題じゃぞ?」


「……それはアンタが戦いたいだけだろ」


「バレたか」


 赤獅子が溜息を吐く。


「悪いが、そろそろ時間だ」


 赤獅子がそう言った直後。

 ズシン!! と、大きな地響きがした。


「俺の役割は足止め。アンタが相手なら充分働いた方だろ」


 ズシン!! ズシン!! ズシン!! ズシン!!

 地面が何度も揺れる。辛うじて立っていられるくらいの激しい震動だ。


(この地響きは……!?)


 地震ではない。

 何かが、近づいてくる――?


「まあ、あれだ」


 赤獅子は後ろ髪をポリポリ掻きながら言った。


「楽しかったぜ、じじい」


 そう言って、赤獅子は後ろに下がる。

 地響きの主は、赤獅子の身体を跨いで現れた。


『いっぱしの先人気取りかい? エイガル=クラウス』


 巨大な人型兵器から、女の声がする。

 エイガルは一目見てそれがタイタンであると理解した。光沢のある漆黒の装甲は、五階建ての建物よりも高く聳えている。現代の技術では、これほど巨大かつ精巧な兵器は造れないだろう。


 だがエイガルの頭は、オーパーツに対する畏怖どころではなかった。

 タイタンから聞こえてくる女の声。

 聞き覚えがある……。


『若者に説法とは、随分偉くなったもんだねぇ。あたしたちにできることなんざぁ、敵を殺すことだけだろうよ』


 ああ、その声。

 間違いない――。


「やはり……ッ!! やはり、貴様か……ッ!!」


 ずっと、どこかにいるとは思っていた。

 敵に、己を熟知している人間がいるのかもしれない。そう思った瞬間、エイガルは真っ先にこの女を思い浮かべた。


 彼女ほど、エイガルを知る者はいない。

 彼女ほど、エイガルと通じ合っていた者はいない。


 だからエイガルは予感していた。

 いつか、この女は敵に回ると。




「ばばあ――――――ッッ!!!!!!」




 ローレッタ=ナヴィア。

 その歳は、エイガルより更に四つ上の七十四歳。

 かつて、エイガルと共に戦場を駆け抜けていた女である。


『久しぶりだねぇ!! じじい――ッ!!』


 ローレッタの興奮した声が、地下空間に響く。


「何故じゃ!? 何故、帝国に与した!!」


『そんなの決まってるだろう? この国なら戦えるからさ!!』


 愚問だったか、とエイガルは己の過ちを認める。

 この女が、こういう人間であることは分かっていたはずだ。


 ローレッタはエイガルと同じように戦いを好む者。

 そして、エイガルと違って最後まで戦いを好み続けた者。


『なぁ、エイガル? 魔狩りの数を競っていた頃は楽しかったなぁ? あたしは今でも、あの時が一番の青春だったよ』


 ばばあは楽しそうに過去を語る。


『悔しかったなぁ、心臓の病で戦線離脱した時は。あの時ほど老いを呪ったことはない。……病が治った頃には、魔王は死んじまってるしさぁ。おかげであたしは八四魔狩り。あんたの九九魔狩りと差が開いちまった』


 勇者より魔族を殺した人間は二人いる。

 一人は九九魔狩りのエイガル=クラウス。

 もう一人は八四魔狩りのローレッタ=ナヴィア。

 勇者と魔王の時代において、じじいとばばあは武功を競い合うライバルだった。その実力は常に拮抗していた。ばばあが心臓の病で倒れなかったら、エイガルよりも魔族を殺していたかもしれない。


『だから、エイガル。あたしにリベンジさせてくれよ』


 好戦的な態度で、ローレッタは言う。


『もう一度、あたしたちの青春を始めようじゃないか!! 血湧き肉躍る、戦乱の世を!!』


 二十年の月日が、ローレッタに強い執念を宿していた。

 ばばあは、やり直したいのだ。道半ばで退いてしまった戦乱を。だから帝国の戦士となった。帝国はこの新しい時代で戦争を始める国だから。


 漆黒のタイタンから、青白い炎が噴射される。

 推進装置だ。だがエイガルの知るスラスター機構とは比べ物にならないほど大きく、激しい。


 ばばあは地上へ出ようとしている。

 人類には抗えない、古代の兵器と共に。


「おぉおおぉおおぉぉぉ――ッ!!」


 エイガルはストーム・バスターを構えた。

 絶対に行かせてはならない。

 この兵器は世界を滅ぼす。


「ストーム・バスタァアアァアァァ――ッッ!!」


 嵐の砲撃が、漆黒のタイタンを穿った。

 激しい衝撃波がエイガルのもとまで届く。前方から迫り来る砂塵と瓦礫に目を細めた。


 壁をぶち破り、砦にすら穴を開ける嵐の砲撃。

 しかし、その嵐でも――漆黒のタイタンには傷一つつけられていなかった。


『今は戦わないよ』


 ばばあの声が降ってくる。


『今のアンタじゃあ、あたしの競争相手にならない。そんなチャチな装備ではねぇ』


 エイガルは強く歯軋りした。コングスーツが歯も覆っていたら、奥歯の一、二本は確実に砕けていただろう。


 彼我の差は絶望的。

 じじいの経験が諭していた。――覆せる戦力差ではない。


『じゃあね、エイガル。アンタもさっさとタイタンを入手しな』


 漆黒の巨人が、浮上する。


『あたしと同じ土俵に上がっておいで』


 漆黒の巨人が、天井を突き破る。

 瓦礫が降り注ぐ中、エイガルはタイタンを、空の彼方へ消えるまで睨み続けた。



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