カスタムばばあ
赤獅子を殴り飛ばしたエイガルは、瞬時に違和感を覚えた。
(なんじゃ、この手応えは)
人を殴った時の感触ではない。薄皮一枚向こうにあるのは骨と肉と内臓のはずだが、それらとは異なる硬質な感触を手の甲が返した。
魔獣の手応えを再現された時のように、また何か仕込まれていたのか?
吹っ飛ばされ、倒れた赤獅子が起き上がる。
その姿を見て、エイガルは息を呑んだ。
「なんじゃ、その身体は」
エイガルの拳は赤獅子の胴を抉っていた。
その胴から、バチバチと音がする。まるで電球に水をかけた時のような、精密な道具が壊れた時のような……。
赤獅子の胴体は、機械仕掛けだった。
薄皮一枚向こうにあったのは、鈍色の機構だった。
「……アンタに分かるか? 世代交代を強いられる立場ってやつが」
満身創痍の赤獅子が、掠れた声で告げる。
「帝国に英雄はいなかった。勇者と魔王の戦争に参加しなかったからな。……だから求めたのさ。アンタらみたいな古い英雄を一掃できる、新世代の英雄を」
心底迷惑そうに、赤獅子は言った。
「それが俺だ。……俺は、てめぇらを殺すためだけに造られた、機装兵士だ」
機装兵士というものが何なのか、エイガルには知る由もない。ひょっとしたらマーセリアなら知っているかもしれない。
見たところ、完全に機械でできている人間というわけではなさそうだ。抉れた胴体からは人間の赤い血が滴っている。人間でありながら機械でもある、といったところか。
生まれつきそのような身体であるはずがない。
となれば、後天的に改造されたか。
「ふむ」
エイガルは赤獅子の目を見た。
諦念に満ちた瞳の奥に、悲痛が窺える。赤獅子は自らの肉体を忌避していた。
今の赤獅子は、敵ではない。
己の生き様に自信を持てない、一人の若者だ。
「お主、儂の孫にならんか?」
「………………………………は?」
「いや、なに。随分悲しそうなツラじゃからのぅ。嫌々帝国に従うくらいなら、儂の孫になればいい」
冗談を言っているつもりではなかった。赤獅子もそれを察したのか、動揺した様子でエイガルをまじまじと見る。
「毎日戦い放題じゃぞ?」
「……それはアンタが戦いたいだけだろ」
「バレたか」
赤獅子が溜息を吐く。
「悪いが、そろそろ時間だ」
赤獅子がそう言った直後。
ズシン!! と、大きな地響きがした。
「俺の役割は足止め。アンタが相手なら充分働いた方だろ」
ズシン!! ズシン!! ズシン!! ズシン!!
地面が何度も揺れる。辛うじて立っていられるくらいの激しい震動だ。
(この地響きは……!?)
地震ではない。
何かが、近づいてくる――?
「まあ、あれだ」
赤獅子は後ろ髪をポリポリ掻きながら言った。
「楽しかったぜ、じじい」
そう言って、赤獅子は後ろに下がる。
地響きの主は、赤獅子の身体を跨いで現れた。
『いっぱしの先人気取りかい? エイガル=クラウス』
巨大な人型兵器から、女の声がする。
エイガルは一目見てそれがタイタンであると理解した。光沢のある漆黒の装甲は、五階建ての建物よりも高く聳えている。現代の技術では、これほど巨大かつ精巧な兵器は造れないだろう。
だがエイガルの頭は、オーパーツに対する畏怖どころではなかった。
タイタンから聞こえてくる女の声。
聞き覚えがある……。
『若者に説法とは、随分偉くなったもんだねぇ。あたしたちにできることなんざぁ、敵を殺すことだけだろうよ』
ああ、その声。
間違いない――。
「やはり……ッ!! やはり、貴様か……ッ!!」
ずっと、どこかにいるとは思っていた。
敵に、己を熟知している人間がいるのかもしれない。そう思った瞬間、エイガルは真っ先にこの女を思い浮かべた。
彼女ほど、エイガルを知る者はいない。
彼女ほど、エイガルと通じ合っていた者はいない。
だからエイガルは予感していた。
いつか、この女は敵に回ると。
「ばばあ――――――ッッ!!!!!!」
ローレッタ=ナヴィア。
その歳は、エイガルより更に四つ上の七十四歳。
かつて、エイガルと共に戦場を駆け抜けていた女である。
『久しぶりだねぇ!! じじい――ッ!!』
ローレッタの興奮した声が、地下空間に響く。
「何故じゃ!? 何故、帝国に与した!!」
『そんなの決まってるだろう? この国なら戦えるからさ!!』
愚問だったか、とエイガルは己の過ちを認める。
この女が、こういう人間であることは分かっていたはずだ。
ローレッタはエイガルと同じように戦いを好む者。
そして、エイガルと違って最後まで戦いを好み続けた者。
『なぁ、エイガル? 魔狩りの数を競っていた頃は楽しかったなぁ? あたしは今でも、あの時が一番の青春だったよ』
ばばあは楽しそうに過去を語る。
『悔しかったなぁ、心臓の病で戦線離脱した時は。あの時ほど老いを呪ったことはない。……病が治った頃には、魔王は死んじまってるしさぁ。おかげであたしは八四魔狩り。あんたの九九魔狩りと差が開いちまった』
勇者より魔族を殺した人間は二人いる。
一人は九九魔狩りのエイガル=クラウス。
もう一人は八四魔狩りのローレッタ=ナヴィア。
勇者と魔王の時代において、じじいとばばあは武功を競い合うライバルだった。その実力は常に拮抗していた。ばばあが心臓の病で倒れなかったら、エイガルよりも魔族を殺していたかもしれない。
『だから、エイガル。あたしにリベンジさせてくれよ』
好戦的な態度で、ローレッタは言う。
『もう一度、あたしたちの青春を始めようじゃないか!! 血湧き肉躍る、戦乱の世を!!』
二十年の月日が、ローレッタに強い執念を宿していた。
ばばあは、やり直したいのだ。道半ばで退いてしまった戦乱を。だから帝国の戦士となった。帝国はこの新しい時代で戦争を始める国だから。
漆黒のタイタンから、青白い炎が噴射される。
推進装置だ。だがエイガルの知るスラスター機構とは比べ物にならないほど大きく、激しい。
ばばあは地上へ出ようとしている。
人類には抗えない、古代の兵器と共に。
「おぉおおぉおおぉぉぉ――ッ!!」
エイガルはストーム・バスターを構えた。
絶対に行かせてはならない。
この兵器は世界を滅ぼす。
「ストーム・バスタァアアァアァァ――ッッ!!」
嵐の砲撃が、漆黒のタイタンを穿った。
激しい衝撃波がエイガルのもとまで届く。前方から迫り来る砂塵と瓦礫に目を細めた。
壁をぶち破り、砦にすら穴を開ける嵐の砲撃。
しかし、その嵐でも――漆黒のタイタンには傷一つつけられていなかった。
『今は戦わないよ』
ばばあの声が降ってくる。
『今のアンタじゃあ、あたしの競争相手にならない。そんなチャチな装備ではねぇ』
エイガルは強く歯軋りした。コングスーツが歯も覆っていたら、奥歯の一、二本は確実に砕けていただろう。
彼我の差は絶望的。
じじいの経験が諭していた。――覆せる戦力差ではない。
『じゃあね、エイガル。アンタもさっさとタイタンを入手しな』
漆黒の巨人が、浮上する。
『あたしと同じ土俵に上がっておいで』
漆黒の巨人が、天井を突き破る。
瓦礫が降り注ぐ中、エイガルはタイタンを、空の彼方へ消えるまで睨み続けた。




