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カスタムじじい  作者: サケ/坂石遊作
オーパーツ
27/30

赤獅子


 地下空間の奥へ向かったエイガルは、嫌なプレッシャーを感じた。


(……肌がヒリつく)


 粟立つ肌。武者震いする身体。

 この薄ら寒い感覚は、かつての戦場で何度も経験したことがあった。


 強者との邂逅には、予兆のようなものがある。戦場が熟れていること。兵士の口数が減ること。そして何より己の鼓動が激しいこと。


 じわりと肌が汗ばむのを自覚しながら、エイガルは走った。

 その先に、赤髪の人影が佇んでいる。


 男は胸当て、脛当て、篭手を身に付けていた。肩周りには雄々しい鬣のような毛皮を纏っている。内側に鎖帷子が見えるため、ただの衣服ではないだろう。


 武器は剣が二つ。どちらも左腰に差しているため、二刀流ではなさそうだ。それぞれ形状が違うため、片方は脇差しのように使うのだろうか?


 エイガルの視線を感じても、男は微動だにしなかった。

 その余裕を見て、エイガルは声をかける。


「赤獅子か?」


「お~~、なんだ。知ってんのかよ」


 赤獅子は楽しそうに声を発した。

 新世代の英雄。世代交代の象徴。地形を変えるほどの破壊力。その脅威は仲間たちから嫌というほど耳にしている。


「お察しの通り、俺が赤獅子だ。アンタみたいなじじいの耳にも、俺の名声は届いてるんだな」


「儂らからすれば悪名じゃがな」


 赤獅子は軽薄な笑みを浮かべていた。

 戦場には似つかわしくない、チャラチャラした態度。浮ついた声音。明らかにこちらを見下している目つき。


 その言動はとても幼かった。

 本気で苦しんだことのない、無垢な子供のようだった。


「一応、俺もアンタの名前は知ってるぜ? 部下が騒いでたからな。……確か、熊狩りだったか?」


「九九魔狩りじゃ」


「そうだったそうだった」


 赤獅子はケラケラと笑う。


「昔の名じゃ、あまり呼ばんでくれ」


「呼ばれたくねぇのか? まあ気持ちは分かるぜ」


 赤獅子はエイガルを見た。


()()()()だもんな?」


 赤獅子は、エイガルを嘲笑う。


「錆びついた時代遅れの称号。魔族ってのも、所詮ただの蛮族だろ? この時代の英雄である俺なら、千匹くらい狩れるぜ」


 エイガルは静かに武器を構えた。

 勇者と魔王の時代。命を賭して戦場を駆け抜けたエイガルにとって、今の赤獅子の発言には思うところがある。


「年寄りがゴテゴテ装備したって、みっともねぇだけだ。手足が震える前に降伏しな?」


「ブースト」


 言葉よりも先に拳を出すことにした。

 青白い閃光と共に、エイガルは赤獅子に肉薄する。

 赤獅子は楽しそうに飛び退いて、エイガルの射程から外れた。


「ははははッ!! じじいらしく生き急ぐじゃねぇか!!」


 上機嫌に笑った赤獅子が、剣を抜く。


「死に損ないは田舎に引き籠もってろ!! 時代は俺たちが作ってんだよ!!」


 赤獅子が剣を掲げた。

 予想はしていたが、やはりあれは魔剣か。


「帝国の剣を見よ!!」


 赤獅子が握る剣の、刀身が淡く光る。

 来る。あの光の斬撃が。


「魔光剣!!」


 三日月状の斬撃が、エイガルに迫る。

 その威力は、これまで見てきた魔剣よりも強かった。武装の力をどこまで引き出せるかは、使い手次第。赤獅子は魔剣の扱いに長けるようだ。


 赤獅子が放つ、一際巨大な光の斬撃。

 エイガルはそれを――普通に殴り飛ばした。


「ぬぅん!!」


 光の斬撃が、破裂したように散る。


「……は?」


 赤獅子が口をポカンと開けたまま硬直した。

 やがて、その頬に一滴の冷や汗を垂らしながら、再び剣を掲げる。


「な、何かの間違いだ!!」


 光の斬撃が放たれた。

 エイガルはまた、握り締めた拳で応じてみせる。


「せぇイ!!」


 パァン!! と光の斬撃が消し飛んだ。


「て、てめぇ、なんだその拳は!!」


「さてな。うちのメカニックが言うには、叡智の結晶とのことじゃ」


 エイガルは「ブースト」と唱え、青白い閃光を走らせる。


「く、来るな!! こっち来んじゃねぇ!!」


 赤獅子は光の斬撃を乱発した。

 何度も撃てるものとは思わなかったが、焦っているせいで太刀筋がめちゃくちゃだ。ほとんどの斬撃を躱し、直撃する斬撃だけ拳で破壊する。


 エイガルは赤獅子を壁際まで追い詰めた。

 もう逃げ場はない。


「歯を食いしばれ」


「ひ――ッ!?」


 エイガルは力強く拳を握る。

 赤獅子の軽薄なツラに、一発叩き込む――――――寸前に、エイガルはその場を飛び退いた。


 刃が閃く。

 恐ろしく速い刃が、先程までエイガルのいた場所を斬った。ほんの僅かでも飛び退くのが遅ければ、今頃エイガルは真っ二つになっていただろう。


「あ?」


「ふぅむ、やはりか」


 赤獅子が眉間に皺を寄せる。

 その様子を見て、エイガルは己の予感が正しかったことを理解した。


「偽りじゃろう? その、チャラチャラした態度は」


 いつの間にか、二本目の剣を抜いている赤獅子に、エイガルは言う。


「儂はな、勘の鋭さには自信があるんじゃ。……だからカイレム要塞の時は疑問に思った。何故、赤獅子がいないんじゃと」


 敢えて言語化するならば、兵士たちの流れか。

 英雄がそこにいると兵士たちの動きは変わる。果敢になり、背中への警戒を緩め、瞳に希望を宿す。カイレム要塞にいた帝国兵たちはそういう動きをしていた。かつて英雄と謳われていたエイガルだからこそ、この勘は外さない。


「お主、やっぱりあの場にいたじゃろ」


 赤獅子は黙る。

 赤獅子はあの場にいたのに、姿を見せなかった。

 その理由は――。


「儂から逃げたじゃろ?」


 エイガルは眦鋭く赤獅子を睨む。


「お~~」


 赤獅子は、初めて視線を交わした時と同じように驚いて見せた。




「なんだ――――知ってんのかよ?」




 炎の化身が、正体を露わにした。

 ぎらついた眼光は、欲する未来を自ら照らす。猛々しい声色は、どんな宣言も現実にせんとする。溢れんばかりの生命力は、あらゆる無茶を可能とする。先程までの未熟な若さとは違う、今を生きる者だけが手に入れられる覇気を、この男は惜しげなく迸らせていた。


「アンタの言う通りだ。ほんとはカイレム要塞で倒す予定だったけど……アンタ、かなり強そうだったからな。準備のために一度退かせてもらったぜ」


「今の演技が準備とやらか?」


「その一つだな。まあ、あんま期待はしてなかったけど」


「なかなか堂に入った小物っぷりじゃったぞ」


「だろ? 実際、何人かはこれで殺ったぜ」


 エイガルは赤獅子に対する警戒を最大限高めた。

 戦場において、最も警戒せねばならない者は何か。

 それは、なりふり構わない者である。

 最初から最後まで、エイガルの熟練の脳は赤獅子に対して警鐘を鳴らしていた。この男はまさにその類。勝利のためならなんでもするタイプである。


「俺みたいなケツの青いガキにも、教訓があってな」


 剣を鞘に入れながら、赤獅子は言った。


「敬意だ」


 赤獅子は告げる。


「先人への敬意。兵士への敬意。戦場への敬意。……俺は敬意を忘れねぇ。赤子だろうが、じじいだろうが、戦う相手には敬意を払う」


 赤獅子が抜刀の構えを取った。

 掌が二本の柄の間で留まっている。独特な構えだ。どちらの剣が抜かれるか分からない。


 帝国の英雄。世代交代の象徴。

 かつて英雄と呼ばれたエイガルだからこそ、悟る。

 この男は、己に匹敵する実力を持っている。


「敬意を以て――アンタを殺すぜ」




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