非合理の浪漫
長い階段を降りた先で、エイガルは驚愕した。
「なんじゃ、ここは」
眼前に広がるのは巨大な地下空間だった。床も壁も真っ平らに舗装されており、天井からは眩い明かりが降り注いでいる。壁際には見たことのない装置が幾つも置かれていた。遠くに見えるのは、地上と繋がる昇降機だろうか?
特機武装隊の研究室を思い出す。だがそれよりも遥かに高度な技術がここには結集していた。
帝国のものではない。何故かエイガルはそう思った。
エイガルは今まで数々の先端技術に触れてきた。だからこそ直感する。ここにある技術は、今を生きる人間が作ったものではない。これらはあまりにも現代の価値観から逸脱した姿形をしている。
特に気になるのが、年季の入り方。
いずれも高度な装置に違いないはずだが、古びている。最新の技術だというのに、最近作られたものではないという矛盾があった。
遥か昔に生み出された、高度な文明。
エイガルはその存在を知っている。
「……オーパーツか」
ここが、この空間そのものが、古代の遺物。
この作戦には大いなる意義があると確信したエイガルたちは、正面に帝国兵の姿を見た。
「雑兵ですね」
ドーズの呟きに、エイガルは「うむ」と頷いた。
地上で交戦した兵士と比べると、見るからに練度が低い。やはり敵をここまで入れるつもりはなかったのだろう。
だが、こちらも各々が体力を消耗している。
どうしたものか……とエイガルが悩んでいると、その背後でドーズとアリエが互いに顔を見合わせ、頷いた。
「エイガル」
「自分たちが残ります」
若者たちの提案に、エイガルは少し考える。
「儂としては、若い二人に手柄を譲りたいんじゃが……」
「言ってる場合ですか」
「手柄は自分で勝手に作ります」
逞しくなったのぉ……。
二人の成長速度にエイガルが感動していると、敵が近づいてきた。
「任せたぞ」
エイガルはスラスター・シューズを起動する。
青白い閃光と共に高く跳んだエイガルに、帝国兵たちは驚愕の声を零した。
残されたアリエとドーズは、呼吸を整える。
お互い、既に満身創痍であることを察していた。先程のエイガルを送り出す発言も、共に虚勢だった。
「自分に、悔いはない」
ドーズは告げる。
「今回の作戦、自分は充分すぎるほどの武功を得た。……やり残したことはもうない。アリエは隙を窺って逃げろ」
虚勢に虚勢を重ねたドーズだが、故郷にいる祖母を蔑ろにしているわけではなかった。ただ、今ばかりは、華々しく羽化したアリエに未来を譲ってやりたい気持ちが勝る。
「逃げる? そんな必要ありません」
ドーズの虚勢を、アリエは一笑に付した。
「私が全部倒せばいいんですから」
死期を悟った者の、士気を保つための言葉。
ドーズはそう思ったが、アリエが背中から取り出した装備を見て疑問を抱く。
「……それは、ジャベリンではないのか?」
「殿下に特注で作ってもらいました。突貫だったのでジャベリンのガワを再利用していますが、中身は別物です」
ジャベリンの形状は、柄が膨らんでいる銀色の槍だ。膨らんだ部分に爆発を起こす機構が仕込まれている。
アリエが柄を捻ると、ガシャン! と外側の機構が羽のように開き、五つの穴が開いた。こんな機能、本来のジャベリンにはない。開いた五つの穴は、何かの差し込み口のように見えた。
「殿下は私に言いました。……合理性の先には浪漫がある。しかし同時に、非合理の先にも浪漫がある」
アリエは五つのスラスター・ダガーを手に取り、銀色の筒に差し込んだ。
更に、スラスター・シューズの靴底から推進装置を取り外し、筒の根元に取り付ける。
「もし私が、非合理の先にある浪漫を求めるなら…………同じ志の仲間として、応えてみせると」
得手不得手は把握していた。自身が、膂力と引き換えに素早さに恵まれた戦士であることを、アリエは受け入れている。
けれど、それでも、やっぱり――力で勝ちたい。
この想いが浪漫だと言うならば、アリエとマーセリアは同類なのだろう。非合理を追い求めてしまったアリエの業に、マーセリアは応えてみせると約束してくれた。
手に入れたのは、アリエだけの特注武器。
スラスター・ダガー、スラスター・シューズ。それぞれのスラスター機構を、ジャベリンの基幹部に組み込むことで完成する、推進力に特化した大槍。
「三機合体」
生まれ落ちた武器を手に、アリエは敵を見据えた。
「ハイスラスター・アサルトランス」
それは槍と傘を一体化させたような見た目だった。
アリエはトリガーを力強く引き絞る。アサルトランスに取り付けた全てのスラスター機構が唸り出した。徐々に激しく大気が振動する。
「――――突撃します」
轟音と共に、アリエは帝国兵たちへと迫った。
「な――」
「避け――」
喋る間もなく、帝国兵たちが蹴散らされる。
凄まじい威力だ。アリエが突撃した直線上には何も残っていない。地面は派手に抉れ、帝国兵たちは消し飛んでいる。
目の前にある全てを破壊したアリエは、スラスターをオフにして立ち止まり、討ち漏らした帝国兵たちへ槍を向けた。そして再びトリガーを引き絞る。
「あ、焦るな!! 敵は真っ直ぐにしか進めないぞ!!」
帝国兵が大きな声で言う。
仮に真っ直ぐにしか進めなかったとして、果たして対応できる速度なのか……。
アリエが再び突進する。
帝国兵たちの目に、恐怖の色が宿った。
「うおオォオォォォ――ッ!?」
その速度を見て、逃げることを諦めた帝国兵は、エーテルガンでの迎撃を試みた。だが放たれた弾丸は全て、大槍の傘の部分に弾かれる。
帝国兵の身体が、無惨にも宙高くへ弾かれる。
止められない突進。これほど恐ろしいものはない。
「来い!! 小娘――ッ!!」
生き残っていた帝国兵が、剣を構えながらアリエを睨んだ。
アリエはすぐにその帝国兵へと槍を向け、突進する。
(――マズい)
ドーズは咄嗟に悟った。あの帝国兵は手練れだ。
暴力の化身とも言える今のアリエを、帝国兵は冷静な目つきで観察している。その帝国兵はさながら闘牛士の如く、アリエの突進を紙一重で回避してみせた。
「油断したなァ!!」
帝国兵は剣をアサルトランスの内側に差し込んだ。
斬られる。ドーズがそう思った刹那――アリエが獰猛な笑みを浮かべた。
「してません」
アリエが素早くトリガーをタップする。
右半分のスラスターだけがオフになり、アサルトランスが急旋回した。
「は?」
帝国兵の疑問が、ドーズにはよく分かった。
その質量、その速度で、まさか――――曲がるのか?
「さようなら」
鉄の猪が、帝国兵を轢く。
アリエの暴れっぷりを目の当たりにしたドーズは、ここが戦場であることを忘れてしまいそうなくらい驚愕していた。
あれはもはや、槍と呼べる代物ではない。突き刺すのではなく、轢き殺すための質量兵器だ。
破壊だけを目的としたその兵器は、きっと小柄な人間にしか使えないのだろう。体重があると槍の速度が落ちる。図体がでかいと傘から身体がはみ出て迎撃されてしまう。
マーセリアが、アリエのためだけに考えた装備だ。
(ズルい)
蹴散らされた帝国兵たちを一瞥して、ドーズは思った。
今度、自分も専用装備を作ってもらおう。




