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カスタムじじい  作者: サケ/坂石遊作
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25/30

羽化


「う~~む、暴れた暴れた」


 一通り帝国兵を蹴散らした後、エイガルはつやつやの顔色で仲間たちのもとへ戻った。


 戦いで掻く汗の、なんと気分爽快なことか。若い頃はスタミナが無尽蔵だったため、半日か、下手したら丸一日戦わなければ爽やかな気分に浸れなかったが、老いた今ならこの程度の運動でも気持ちよくなれる。老いもなかなか悪くない。


 ドーズに近づくと、彼は第一空挺団の兵士と共に呆然とした顔でこちらを見ていた。

 エイガルは少し懐かしい気分になる。昔はよくこんな反応をされたものだ。


「では、再び潜入するかのぅ」


「…………は?」


 ドーズが変な声を出す。


「いい感じに、砦に引き籠もっとる兵士を引っ張り出せたはずじゃ。奴らと入れ違う形で潜入するぞ」


 ドーズには「行け」と言ったし、後でエイガルもここに来たわけだが、別に「戻らない」とは言っていない。エイガルは最初から、機を窺って砦に再潜入する予定だった。


「ほれ、ドーズも準備せい。仲間が待っておるぞ」


「仲間って……」


 そこでドーズは何かに気づいたのか、辺りを見回した。


「あの……アリエは、どうしたんですか……?」


「砦に残した」


 じじいコラ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 と、ドーズが視線で訴えてきたが、エイガルに堪えた様子はない。


「そう険しい顔をするでない。これはアリエ自身が提案したことじゃ」


 訝しむドーズに、エイガルは真面目な面持ちで語る。


「ドーズ、今回の活躍は見事なものじゃったな。……しかし作戦前に、自分がここまで活躍できると思っとったか?」


「それは……思いませんでした」


 正直な青年だ。

 だからこそ不器用な生き方を強いられているのだろう。


「アリエも同じじゃよ」


 エイガルは言う。


「若者の進化とは目覚ましいものじゃな。……時が経たなくても、決意一つで羽化する」


 或いはずっと、時間と共に羽化の準備は進んでいたのだろう。ここ最近、エイガルは時間と共に移ろうものを色々見てきた。いい意味でも悪い意味でも。


 しかし最後は時間とは別の切っ掛けが必要なのかもしれない。

 覚悟という名の切っ掛けが。


「儂はな、今のアリエなら信じられると思ったから、残したんじゃ」


 砦の方を見ながら、エイガルは言った。




 ◆




 私は非力だ。

 私は女だ。

 華奢で無愛想でぼっちでコミュ障だ。


 アリエは軍人になってから、嫌というほど劣等感に苛まれていた。

 非力であることも女であることも、本来なら悪いものではない。……軍人でさえなければ。がたいのいい男との力の差は歴然で、女の中でも更に小柄なアリエは、視線を交わすだけで見下されてきた。


 それでも勇者様なら立ち上がる。

 アリエはいつも、そうやって自分を鼓舞していた。


 白状すると、アリエが軍人を目指した理由は、勇者ロッシュに憧れたからだ。幼稚な動機だという自覚はある。しかし軍には似たような志しの人間がたくさんいたし、恥の感情は次第に薄れていった。


 代わりに、勇者ロッシュが偶像である可能性が匂ってきた。

 皮肉な話だ。勇者に憧れて剣を握り、軍に入った途端、勇者の功績を冷静に分析する立場が手に入ってしまった。時期的に両立するはずのない功績を幾つも見つけてしまった。プロパガンダという言葉が脳裏を過ぎるようになった。


 それでも勇者を敬愛し続けたのは意地だった。

 この想いを捨てたら、軍人である必要がなくなってしまう気がした。惨めにも見下されたまま故郷へ帰ってしまう気がした。だからアリエは強引に勇者を敬愛し続けた。


 でも……もう、いいのかもしれない。

 化け物おじいちゃんに叩きのめされてから、勇者への憧れが薄くなっていくことを実感する。


 私は何をしていたんだろう?

 半世紀も年上の老いぼれに敗北したアリエは、それ以来、己の人生を振り返る時間が増えた。


 思えば、ずっと自分の道を見失っていた。

 勇者に憧れたから軍に入って。男たちに見下されたから、彼らを見返してやると誓って。


 私は何者なんだ?

 そんな疑問が湧いたから、確かめることにしたのだ。

 自分だけの強さを。


(私は、速い)


 作戦前、エイガルと試合したことを思い出す。

 エイガルはただの手合わせのつもりだっただろう。だが自分は違った。あの時、アリエはエイガルを殺すつもりで挑んだ。


(速い、私は)


 伝説の老兵。九九魔狩り。あの化け物おじいちゃんを、あと一歩のところまで追い詰めてみせたことは、アリエにとって劇的な成功体験だった。


 経験の塊であるエイガルを、一瞬とはいえ出し抜いたのだ。つまり、あの時のアリエの動きは、エイガルにとって初見の技だったことになる。


 当然、エイガルにも真似できない芸当だ。

 私にしかできなかった動きだ。


(私は、速い。速い、私は。速い。速い。速い。速い。速い――)


 長らく道を見失っていたアリエは、力強く念じないと、また見失いそうな気がして怖かった。


 だがこれは今までと感触が違う。誰かに憧れたからでもなく、誰かに見下されたからでもない。強い成功体験と共に見据えた道は、パズルの最後の一ピースのようにアリエの魂にぴったり嵌まった。


 非力ということは、軽いということ。

 女ということは、油断されるということ。


(私は――――――――――速い)


 一人で砦に残ったアリエは、迅速に帝国兵を処理していった。スラスター・ダガーを振るい、放ち、引き戻す。ミラージュスーツの透明化と、スラスター・シューズによる機動力は、敵との戦闘行為そのものを簡略化した。


 廊下の角を曲がると、二人の帝国兵が焦った様子で何かを話していた。表で化け物おじいちゃんが暴れ回った影響か、砦の兵士たちは混乱している。


 アリエは静かにスラスター・ダガーを投げた。

 サクッと、刀身が帝国兵の頭蓋に沈む。


「は?」


 隣で話していた仲間がいきなり骸と化したことに、その兵士は理解が追いついていないようだった。

 なので、処理は容易い。


「ブースト」


 青白い閃光と共に駆けたアリエは、兵士の首を刎ねる。

 兵士は最後まで、アリエの姿を認識できなかった。


 なんとなく、こういうことができる気がした。だからエイガルに一人で残る意思を伝えた。


 私は速い。

 この世界でなら、誰にも負けない。


「何者だ!!」


 先へ進むと、大柄の男と遭遇した。

 よほど陽動班がいい仕事をしているらしく、砦の兵士たちは忙しなく動いている。こうなっては避けられない戦闘も増えるのは仕方ない。


「姿を見せろ!! そこにいるのは分かっているぞ!!」


 男は透明化しているアリエの気配を嗅ぎ取っていた。

 よく見れば男は魔剣を装備している。ということは、それなりに実力を認められた兵士なのだろう。


 そういえば殿下が言っていた。エイガルは帝国兵の迷彩を、気配だけで見抜いたらしい。

 ならば目の前の敵は、気配を察する能力だけならエイガルに比肩する。


 小さな……遊び心のようなものが湧いた。

 アリエはミラージュスーツを解除する。


「なんだ!? ただの小娘ではないか!!」


 予想していた罵倒に、アリエは反応を示さない。

 エイガルと比べると格下か。だが、ほんの僅かでもそこにエイガルを感じたならば、乗り越える価値はあると思った。


「行きます」


 青白い閃光を散らしながら、アリエは男に近づいた。

 スピードタイプ。その本質を、アリエはずっと前から理解している。


 子供の頃、同年代の相手と喧嘩したことがあった。

 多分、勝ったはずだ。内容はあまり覚えていない。でも一つだけ確かに学んだことがある。


 あの喧嘩の有効打は何だったのか?

 力強い拳か? 美しい回し蹴りか? 泥臭い頭突きか? 慈悲の張り手か?


 そんなものではない。

 現実の喧嘩にテクニックなんて存在しない。喧嘩中の人間が考えていることは皆同じだ。――できるだけ速く倒したい。一瞬でケリをつけたい。皆そう思っている。


 何故なら、本当はお互いに喧嘩が怖いから。

 殺し合いなら尚のことだ。

 本当は皆、目の前の人間ではなく恐怖と戦っている。軍人はその恐怖を押し殺すことが仕事だ。一刻も早く逃げたい気持ちを押し殺し、確実に勝利する選択を続けている。


 だから軍人は、思考する暇をなくすと、勝利が思い描けなくなり――。

 目を逸らしていた恐怖が蘇ってしまう。


「あ……っ!?」


 息を吐く間も与えない、ダガーによる猛攻を続けた。

 イメージは、カイレム要塞でエイガルが放ったストーム・バスター。あの嵐をほんの一部だけ、己の肉体で再現する。


 屋内という環境はアリエと相性がよかった。正確にはこのカスタムと相性がいい。スラスター・ダガーを壁に刺し、柄から伸びてるワイヤーで男の足元を掬う。惨めに尻餅をついた男の頭上から、すかさずダガーを振り下ろした。 


「ひ、ひい――ッ!?」


 間一髪で男が横に飛び退いて避けた。


「ちっ」


 短く舌打ちする。

 それだけで男は顔を青白く染めた。


 男はご自慢の魔剣を一度も振るっていなかった。

 というより、鞘から出してすらいない。


 戦う暇を与えない。

 考える余裕を与えない。


 そうすれば――――ほら。

 どんな屈強な男だって、恐怖に顔を歪める。


「ま、待て!! ちょっと、待ってくれ……っ!!」


「嫌ですけど」


 プライドの高い男は、命乞いのやり方を知らないのだろうか?

 アリエの投げたダガーが男の喉笛を貫いた。


「さて……」


 ワイヤーを引っ張ってダガーを手元に戻す。

 一息ついたアリエは、部屋の片隅で慌てている若い男の兵士に目をやった。


「頼む!! 開けてくれ!! 緊急事態なんだ!! 機密とか言ってる場合じゃないだろ!?」


 自分やドーズと同い年くらいだろうか。それにしては精神が幼く見える。優勢な国の兵士は、こうも気が緩むのか。王国に生まれた我が身を少しだけ幸福に感じた。


 帝国兵の青年は、運悪く先程の戦闘を目撃してしまった。恐らく、魔剣持ちの男が戦っていることに気づき、勝ち馬に乗るつもりでやって来たのだろう。蓋を開けば、その男は一度も剣を振らずに死んでしまったのだから、青年が混乱するのも無理はない。


「その先に何があるんですか?」


「え……?」


 アリエは青年に声を掛けた。

 青年は先程から、何もない壁をドンドンと叩いている。

 そこまで錯乱してしまったのか、或いは――。


「教えてくれたら生かしてあげますよ」


 幼い青年は、すぐに吐いた。


「ち、地下への入り口だ。この砦の地下には、アルバート少将が管轄する巨大な研究施設がある」


「なるほど」


 アリエは青年の首を刎ねる。

 ぺらぺらと重要な情報を口にしてくれるから、もう少し生かしてもよかったかもしれないが、陰で助けを呼ばれても面倒だ。


(化け物おじいちゃんが言ってた違和感……その正体は、これですね)


 ブツは地下にある。

 つまり砦の地上部分は丸々囮だったわけだ。本当にこの砦にタイタンがあるとしたら、いくらエイガルを罠に嵌めるためとはいえ、砦を戦場にはしたくないだろう。ずっとそれが疑問だったが、どうやら敵の指揮官は地上までの侵攻なら問題ないと判断していたらしい。


 息を整えていると、足音がこちらに近づいていることに気づいた。しかし焦る必要はない。アリエの予想では、仲間だ。


(丁度いいですね)


 少し前から通信石でエイガルと連絡を取っていた。陽動班から通信石を借りて、ドーズと一緒に砦まで戻ってきたらしい。通信石の機能には改善の余地があるが、同じ建物にいる間は使い物になる。


 予想通り、やって来たのはエイガルとドーズだった。

 ドーズはアリエの顔を見て、息を呑む。とっくにくたばっているとでも思ったのか。或いは、心境の変化が顔にでも表われていたのか。


 悪くない気分だった。

 その、化け物を見るような目……。

 エイガルが浴びているものと一緒だ。


「エイガル」


 アリエは地下への入り口を指さして言う。


「この壁をぶち抜いてください」


「分かった」


 エイガルはストーム・バスターを構えた。

 放たれた嵐が、砦を揺らす――。



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