大切なもの
ドーズは自分が臆病物であることを自覚していた。
臆病だから焦る。臆病だから無茶をする。
祖母を助けたいと思いながらも、本心ではそれを成し遂げる力が自分にあるとは思っていない。自分はただ、生真面目さ一本の若造だ。軍人としての素質が足りないことは訓練時代に痛感している。
オスロー。あの男には友情よりも先に憎悪を抱いていた。
同期の中でも群を抜いて優秀だったあの男に、ドーズが嫉妬しないはずない。だが臆病物のドーズは、そもそも自分の才能すら信じていなかった。オスローを憎むより、オスローと切磋琢磨した方が合理的であると、すぐに自分を説得できた。
それでも、ふとした時に思う。
こいつがいると、俺が目立てない。
だから焦った。
そして見限られた。
(うんざりだ……ッ!!)
心の奥底に仕舞い込んでいた本音が、舌の先まで出ていた。
武功のことを考えると、いつも空回りする。目の前にある本当に大切なものが、掌から零れ落ちる。
オスローが大切な友人であることを、今になって自覚した。
いつもそうだ。遠くのものばかり見ているせいで、目の前にあるものを疎かにしてしまう。
今回の作戦中も、湿った潮風が吹いている故郷のことばかり考えていた。そこに生きる可哀想な祖母のことばかり考えていた。
ふざけるな。
ここは故郷じゃない。
戦場だ。
(伝達は間に合わない!!)
砦を出た瞬間、ドーズは王国軍の位置を見てそう判断した。既に味方は砦のすぐ傍まで来ている。敵はいつでもエーテル砲を撃てる状況だ。
間に合わないなら――自分が止めるしかない。
ドーズはエーテル砲が設置されている塔に突入した。ミラージュスーツによる透明化を維持したまま、遭遇した兵士を二人ほど不意打ちで倒す。
「な、なんだ!?」
「誰かいるぞ!?」
狭い塔の中で、兵士が半ば自棄に振り回した剣が、ドーズの身体に当たった。ミラージュスーツが破損し、ドーズの姿が露わになる。
「こ、こいつ!?」
「迷彩!! 王国も開発していたかッ!!」
姿を透明化する迷彩は帝国軍も実用している。彼らは混乱することなく、ドーズの処理を始めた。
「おぉおおぉおおぉおお――ッ!!」
ニードル・ショットを放つ。鋭い棘が、正面にいる兵士たちの肉体をいとも容易く貫通した。
「妙な武器を持っているぞ!! 盾で防げ!!」
帝国兵が盾を構える。
ドーズは螺旋階段を駆け上がりながら、デュアルアクスを真っ直ぐ振り下ろした。斧の加速に応じて力場が発生する。その力場が、構えられた盾を潰した。
「なッ!?」
粘土のようにぐにゃりと凹んだ盾を見て、帝国兵は目を見開いた。その驚愕した鼻っ面をドーズは足蹴にして、塔の上へ向かう。
(これだ!!)
鉄の輪が連なっているような砲身を見て、ドーズはそれが圧縮エーテル砲であると察した。
まさに撃つ寸前だったのだろう。砲身の角度を調整していた砲手が、ドーズの襲撃によって動きを止める。命を捨ててでも撃つべきか、それともドーズを倒してから安全に撃つべきか。
命惜しさの逡巡。その隙をドーズは見逃さない。
ドーズはニードル・ショットの銃身を、エーテル砲の砲身に差し込んだ。
「壊れろッ!!」
棘が射出される。
砲身の内側から、メキメキ!! と嫌な音が聞こえた。――手応えあり。圧縮エーテル砲の破壊に成功した。
だが、代償はゼロではない。
何よりも迅速さを優先したドーズ。その背後からは、倒しきれなかった帝国兵たちが迫っていた。
飛び降りて助かる高さでもない。
スラスター・シューズがあれば、話は別だが……。
(婆ちゃんが、悲しむなぁ……)
ドーズは再び故郷のことを考えた。
死期を悟った今、ここは戦場ではなく墓になった。最期くらいは祖母のことを想いながら死にたい。
そう思って目を閉じた瞬間。
階下から、帝国兵たちの悲鳴が聞こえた。
何が起きている?
ドーズが落ち着くよりも早く、答えは現れた。
「慌ただしい再会だね」
銀髪の優男が、ドーズの顔を見て安堵した。
「オスロー!? どうしてここに……!?」
「敵が兵器の位置を吐いたから壊しに来たんだ。でも危なかったな。ドーズがいなければ間に合わなかった」
長い付き合いだから、オスローの言葉が世辞でないと分かった。
「ドーズ!! 下で見ていたぞ!!」
塔の下から声が聞こえる。
塀から身を乗り出して下を見ると、見知った男たちがいた。
「一皮剥けたな!!」
「助かったぞ!!」
かつて籍を置いていた、第一空挺団の面々がそこにいた。
彼らの興奮した顔つきを見て、ドーズは悟る。
――武功は、後からついてくる。
今更そんな当たり前のことに気づいた。
涙が滲み出た。
「っ!?」
その時、足元が大きく揺れる。
床が傾き、ドーズとオスローはそれぞれ塀に掴まった。
何が起きた?
見張り塔が傾いている。
「ふははははははは!! 逃がさんぞ、王国の虫けらどもォ!!」
砦の方から、帝国兵の大きな声が聞こえる。
司令部で部下に指示を出していた男だ。ドーズが圧縮エーテル砲の無力化を試みている間に、彼もここまで来ていたらしい。
「圧縮エーテル砲を鹵獲されるくらいなら、塔もろとも敵を粉砕せよ!! それがアルバート少将のお言葉だァ!!」
落下しないよう注意しながら下を見れば、帝国兵が魔剣を掲げている最中だった。
光の斬撃が塔にぶつけられる。このままでは瓦礫と共に地面へ叩き付けられてしまう。
「どうやらこの兵器、帝国の最先端らしいね……ッ!!」
「言っている場合か!?」
冷静に分析するオスローに、普段落ち着いているドーズも流石に声を荒げた。
地上では第一空挺団の兵士たちが奮闘しているが、敵の司令はかなりの兵士を連れてきたようだ。数の差で押されている。
(これでは――ッ!!)
これでは、何も変わらない。
彼らを死なせないためにエーテル砲を破壊したのに、ここで彼らが死んでしまったら意味がない。
一瞬とはいえ、武功のことを考えたのが悪かったのか。
神は最後の最後に罰を与えたのか。
どうして自分は――。
いつも、こうなんだ――――――。
「――――ふんッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」
嵐が吹き荒れた。
目尻に滲んでいた涙が、荒れ狂う暴風に攫われて消える。
「…………………………へぁ?」
悲鳴もなく消し飛んだ兵士たちに、司令官の男は唖然としていた。だが、理解が追いついていないのはドーズたちも同じである。
今の嵐は何だ?
敵か? 味方か? いや、そもそも人の意思か?
ただの災害なのではないか?
「ふははははははははははははは!! やはりストームシリーズしか勝たん!!」
災害が笑った。
その嵐は、確かに人の意思を宿していた。
フル装備したじじいの意思を――。
「エ、エイガルさん!? 何故ここに!?」
「何を驚いておる、ドーズ!!」
窮地に現れた老いぼれは、実に楽しそうに告げた。
「行けとは言ったが――――儂が行かんとは言ってない!!!!!!!」
「そ、そんな……っ」
無茶苦茶が過ぎる。
困惑するドーズのもとへ、第一空挺団の兵士たちがロープが投げた。ドーズとオスローは、このロープを伝って傾いた塔から脱出する。
最初に見えたのは、気絶したまま捕らえられている帝国の司令官だった。ドーズたちが塔から避難している間に、あっさり捕まえたらしい。頭には大きなたんこぶができている。
未だ混乱が抜けきっていないドーズの前で、エイガルは掌の上にある通信石をまじまじと見つめていた。
「第一空挺団から通信石を借りたんじゃが、使い方が分からん。殿下と通信したいんじゃが……」
「……代わります」
ドーズはぼーっとした頭で通信石を操作し、エイガルに返す。
石がチカチカと光っていた。通信中はこうなるのだろうか、とエイガルは思いながら石を口元に近づける。
「あー、あー。聞こえとるか、殿下?」
石からマーセリアの声が聞こえたため、エイガルは単刀直入に事情を伝えた。
「すまん。潜入を中止し、陽動班と合流した」
『――何を!? して!? いるんですか!?』
「現場の判断じゃ」
マーセリアの叫びが聞こえたが、エイガルはいつも通りの口調で答える。
開き直っているわけではない。これは経験豊富なエイガルの、冷静な思考に基づいた判断だ。
「潜入は成功したんじゃが、どうにも違和感が拭えなくてのぅ。……理由は分からんが、砦に残った兵士たちが、やけに手練ればかりだったんじゃよ」
潜入後の戦闘は、大体アリエとドーズが不意打ちであっさり終わらせていた。しかし経験豊富なエイガルは、その一瞬の戦闘でも敵の能力をなんとなく把握できた。
やけに手練れが多い。
それに、まるで強敵が来るのを待ち構えているかのような配置――。
「ドーズが去った後、何度か砦の兵士と交戦した。しかし奴ら、儂を見ても驚いてとらんかった」
つまり――。
「奴ら、最初から儂が潜入することを知っておったぞ」
マーセリアが言葉に詰まった。
『……理由に心当たりはありますか?』
「ない。が、可能性として考えられるのは……敵に、儂を熟知している人間がいるのかもしれん」
エイガル=クラウスは意思を持つ嵐である。だが嵐の部分ばかりが誇張され、意思の部分はあまり理解されていない。これはエイガル自身が何度も実感していることだ。
エイガルは今も昔も命令に忠実な戦士だった。今回のような特例は滅多にない。エイガル自身は戦いが好きでも、休めと命令されたら即座に矛を収め、次の指示まで休養を満喫する人間だ。
つまりエイガルは、戦場の駒として正しく機能する男である。
それを知っている人間が、砦の防衛に一枚噛んでいるのだろう。エイガルを嵐ではなく駒として見た時、砦に潜入してくる可能性があると気づいたのだ。
「いずれにせよ、これ以上進んでも罠があるような気がしてのぅ。ちょいとここで暴れ回ることにしたんじゃ」
『……状況は分かりました』
まずは敵の作戦を外すところまで持っていきたい。
帝国の精鋭たちが砦で待ち構えているとしたら、ここは手薄のはずである。ならばここでエイガルが暴れ回ることで大打撃を与えられるだろう。
『許可します』
マーセリアからの正式な許可が下りた。
エイガルは通信を切り、静かに深呼吸する。
「さて――無双するか」
両の拳を胸元で打ち付ける。
白銀の篭手が風を纏った。
ソルジャー:エイガル=クラウス
センサー:ナイトアイ
アーマー:コングスーツ
クロス:ストーム・フィスト
ガン:ストーム・バスター
シューズ:スラスター・シューズ
「ふはははははははは!!」
エイガルが走る。
その軌道に爆風を残して。
コングスーツによって底上げされた膂力と、スラスター・シューズによって生み出された加速は、エイガルの肉体を疾風に変えた。
帝国兵が密集するところへ、エイガルは単騎で突入する。
次の瞬間、敵の兵士たちは嵐によって散り散りに吹き飛ばされていた。
銀の篭手は閃く度に嵐を生み出す。
ドーズはその光景を黙って見ていた。
螺旋式吸収機構。
それがストームシリーズの中核となる、大気中のエーテル粒子を最高効率で吸収する装置である。
この機構自体には癖もなく、どの兵装にも搭載できる。
だが問題は、この機構によって溜められたエーテル粒子を、正しく使いこなせるかどうかだ。
ギュルリ、と大気がうねる。空気中に含まれるエーテル粒子が渦を巻き、エイガルの装備に吸い込まれていった。強引とすら言える吸収力に、大気が、世界が、引っ張られている。
それはとても不思議な光景だった。
エイガルを中心に世界が一瞬だけ歪む。まるで世界の一部がエイガルの肉体に収束し、加担するかのような景色。ドーズはそう感じた。
「ふははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
嵐だ。
破壊の嵐だ。
誰にも止められない破壊の権化。
やはりこれは災害だった。
ドーズは一度だけエーテル・バスターを試し撃ちしたことがある。
結果、二度と使うまいと思った。
フルチャージすると危険だとマーセリアに忠告され、半分以下のチャージ量で撃った。直後、腕がもげたと思った。汎用バランサーで反動を抑えたにも拘わらず、全治三ヶ月の重傷。武功を焦るドーズにとって、あまりにも重たい代償だった。
それをエイガルは、ばかすか撃っている。
化け物だ。
いや、アホだ。
あそこまでいくと、もうアホだ。
なんて美しいアホなんだ――――。
清々しさの極み。あのじじいは、武功のことなんて微塵も考えていないに違いない。ただひたすらの破壊を、ただひたすらの戦いのみを求め、没頭している。
――羨ましい。
幼い自分が呟いた。
祖母のこととか、オスローのこととか、まだ何も知らなかった頃の無垢な自分が、心の中で瞳を輝かせていた。
「ドーズ」
隣に立つオスローが、声を掛けてくる。
「既に聞いているかもしれないけど、君を第一空挺団に復帰させる話があったんだ」
かつてのドーズなら、心が揺さぶられる発言だった。
しかし今はどこか遠くに感じる。嵐が奏でるけたたましい破壊の音が、オスローの声を遮っていた。
それほどまでに、この嵐の音は、大きくて――――心地よかった。
「白紙にしておくよ」
ドーズの隣で、オスローも嵐を眺めていた。
荒々しく、どこまでも猛威を振るい続ける嵐から、二人は目を逸らせずにいた。
吹き飛ばされた帝国兵を見て、ドーズは静かに笑う。
「助かる」




