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カスタムじじい  作者: サケ/坂石遊作
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22/30

祖母の背中


 作戦前日。

 食事を済ませて訓練室を訪れたエイガルは、やはり昨日と同じように滝のような汗を流すドーズを発見した。


「ドーズ」


 エイガルは昨晩、オスローと出会ったことを伝えた。……問答無用で手合わせを強いられたことは、それとなく隠す。エイガルも楽しかったので何も問題はないのだ。黙ってさえいれば。


「戻る準備はできた。そう言っておったな」


「……そうですか」


 ドーズはしばらく黙り込んだ。

 戻る。というのはつまり、第一空挺団にという意味だろう。


 ドーズは特機武装隊の役割自体に不満を抱えているようには見えない。新装備を試している時は、エイガルと同じように少し高揚いていたように見える。


 そんなドーズが、もしも第一空挺団に惹かれる要素があるとすれば……それはやはり名誉だろうか。


「何故、功を焦る?」


 エイガルの問いに、ドーズの顔が固くなった。

 だが、すぐに観念したように息を吐く。


「身内の恥を語るのは居たたまれませんが……」


 ドーズは身の上話を始めた。


「自分の両親は役場で働いていました。しかし横領の罪で捕まり、逃げ出そうとしたところを斬首に処されました」


 同情を貰いたくないのだろう。ドーズは無味無臭な口調を心がけているように見えた。


「一人になった自分を引き取ってくれたのは、祖母でした」


 両親を失った後、ドーズは祖母に引き取られた。

 丁度その頃、祖父も亡くなっていたため、きっと祖母は一人で暮らす寂しさを紛らわしたかったのだろうと、当時のドーズは思った。

 だがその寂しさを、幼いドーズは埋めてやれなかった。


「祖母は、ずっと罪悪感に苦しんでいました。……世間の目を忍んで、外に出るのは夜更けだけになりました。足腰が弱いのに、大通りを避けて遠回りするようになりました。人とすれ違う時は、いつも立ち止まって頭を下げ続けました。すまない、申し訳ない、ごめんなさい……そんな謝罪の言葉が口癖になりました」


 齢七十を超えるエイガルは、ドーズが感じた陰鬱としたものをなんとなく理解できた。年寄りには自由が許される。それは若者と比べて弱いからとか、昔は人の役に立ったからとか、様々な理由はあるが、老人は社会から優しさを注がれることが多い。


 だから浮き彫りになったのだろう。頭を下げ続ける老人なんて、ドーズにとっては初めて見る人種だったのではないか。ましてやそれが身内だなんて、ドーズにとって祖母という存在は、直すべき歪んだ現実だったのではないか。

 だから――。


「家族の罪は、家族が洗い流すしかない。そう思って自分は軍に入ったのです」


 ドーズの双眸には覚悟が宿っていた。

 その奥には筆舌に尽くしがたい陰鬱としたものが渦巻いていた。


「今も祖母は背中を丸め、寂しく、虚しく、虫のように息を潜めて過ごしています。……だから自分は、なんとしても武功を届けねばなりません。貴女の孫は国のために戦っているのだと。正しいことをしているのだと。祖母が暮らす街まで、届けねばなりません」


「……それゆえの功名心か」


「自分の故郷は、王都からかなり距離のある小さな港町です。生半可な功績では届かないでしょう」


 そうして、ドーズという軍人は形成された。


「第一空挺団に配属された時は嬉しかったです。ここで活躍すれば、きっと祖母のもとまで報せが届くはずだと思いました。……ですが、気が逸ってしまいました」


 一刻も早く、自身の活躍を祖母のもとまで届けたいのだろう。

 だがドーズは若い。若くて未熟だ。未熟者に与えられる立場は限られており、華やかな戦果は雲の上となる。焦ったところで雲より高く跳ぶことはできない。


「オスロー……彼とは特に気が合いました。訓練校にいた頃から切磋琢磨した仲です。……しかし、今は正直、会いたくない」


 ドーズが強く歯軋りした。

 会いたいわけがない。今やドーズにとってのオスローは、自分が喉から手が出るほど欲しているものを全て持っている男だ。とても友人とは思えないだろう。


 覆すには、より優れた兵士になるしかない。

 歳の差も、時の差も、巡り合わせの差も、全てを覆すほどの強さが必要だ。


「武装せい」


 目を丸くするドーズへ、エイガルは続けて言う。


「手ほどきしてやる」


「……お願いします!!」


 後進を育てるのも年寄りの仕事だ。

 この一日で、明日の作戦に活かしきれるほどの成長が見込めるとは正直思えない。だが、それでも今、己がドーズに手ほどきしてやる価値はあるとエイガルは思った。




 ◆




 占領した王国の領土に、堅牢な要塞を建てるのは苦労した。特に建材の調達には苦心し、多くの人的資源を費やす羽目となった。


 反対意見も多かっただろう。

 指揮権を握る男が、皇族でなければ。 


「カイレム要塞の戦局、お前はどう見ている?」


 アルバートの雄々しい声が、広々とした地下空間に響いた。

 鋭い眼光と共に放たれた問いかけに、女が応じる。


「使い古した骨董品も、金継ぎすれば味が出ますからなぁ」


「……九九魔狩りか」


 伝説の老兵が蘇ったという噂は、既に帝国軍部では周知されている。

 今となっては、勇者と魔王の時代に戦争へ参加しなくてよかったかもしれない。あの戦争を身近に感じている者ほど、九九魔狩りに対する崇拝の念は強い。


 前時代の戦争に参加していない帝国軍は、九九魔狩りに対する評価を定め切れていない。所詮、噂。所詮、能書き。その程度の老人、取るに足らんと息まく将校も数多くいた。


 だが聡い者は気づく。

 あれは本物だ。

 化け物だ――――。


「血が騒ぐか?」


「そりゃあ勿論」


「……貴様のようなバーサーカーに頼らねばならんとは、帝国も堕ちたものだ」


 だが、やむを得ないというものか。

 王国は存外しぶとかった。帝国の膨大な人的資源も無限ではなく、侵攻に失敗する度にその負債は蓄積し続ける。


 簡単に倒せるだろうと思っていた国に、最近は手こずってすらいるのだ。この士気の下がり方は無視できない。


 だから、縋るしかないのだ。

 得体の知れない古代の遺物に。

 それに唯一適合してみせた人間に――。


「殿下」


 部下に声をかけられたアルバートは、襟首を摘まみながら振り返った。


「この軍服が目に入らんか?」


「し、失礼しました!! アルバート少将!!」


 謝罪と共に敬礼した部下は、これ以上の粗相がないように慌てて本題に入る。


「学者どもの回答が来ました。ステラ・エーテルは既に枯渇寸前とのことです」


「やはり、か。……まったく、古代人の尻を追うのも楽ではないな」


 アルバートは溜息を吐き、女の方を見る。

 女はずっとソレを眺めていた。古代人が残した、再現不可の破壊兵器を。


「一暴れしてもらうかもしれんな」


 アルバートの呟きに、女は笑う。


「そいつは――楽しみですなぁ」


 化け物は、帝国にもいた。

 


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