嵐の前の静けさ
エイガルが武装訓練に集中していると、アリエが声をかけてきた。
「エイガル、軽く付き合ってもらっていいですか?」
フル装備のアリエを見て、エイガルは彼女の目的が己との試合であると察する。
「よいぞ」
丁度、新装備を実戦で試してみたかったエイガルはすぐに頷いた。
武装したままストレッチを始めるアリエを、エイガルはしばらく観察する。
ソルジャー:アリエ=ファナリス
センサー:ナイトアイ
アーマー:汎用バランサー
クロス:スラスター・ランス
ガン:エーテルガン
シューズ:スラスター・シューズ
ナイトアイの装着感には慣れておきたいため、センサー装備は二人とも装着済みだった。
戦術に影響があるのはそれ以外の部分である。
(……この間の作戦でやっておった、一撃離脱戦法かのぉ)
アリエのカスタムは、直線的な機動力を底上げするものだ。或いはそれを連想させるブラフかもしれないが、彼女は駆け引きを好まない気質であるとエイガルは思っている。
となれば自ずと有利な装備も思い浮かぶが、これはあくまで二日後の作戦に備えた訓練である。アリエに勝つことよりも、二日後の勝率を上げることを優先するべきだろう。
エイガルは装備を身につける。
ソルジャー:エイガル=クラウス
センサー:ナイトアイ
アーマー:コングスーツ
クロス:デュアルアクス
ガン:ジャベリン
シューズ:スラスター・シューズ
とにかく力。まず力。そして破壊。やはり破壊。
剛の道を突き進んだエイガルの価値観が、そのカスタムに表れていた。
「行きます」
アリエはすぐさまエイガルに接近した。
初めて戦った時のことが脳裏を過ぎるような、思い切りのよさだ。しかし無鉄砲とは思わない。悩み、考えた末に、彼女はこの速攻という戦法を好むようになったのだろう。小柄な体躯で懐に潜り込むのは理に適っている。
「むんッ!!」
エイガルはデュアルアクスを少し早めのタイミングで振った。当てるのではなく牽制が目的だ。
一進一退の攻防に付き合う。デュアルアクスの間合いを見切ってからのアリエの動きは、目を見張るものがあった。一瞬の隙を貪欲に狙い続ける彼女の眼光は、腹を空かせた狼を彷彿とさせる。
「は――ッ!!」
「ぬッ!?」
アリエの肉薄を許したエイガルは、その動きを見て驚愕した。
空中で二度も軌道の変化を――!?
スラスター・シューズで接近したアリエは、すれ違いざまにスラスター・ランスで軌道を修正。そこへ更に、再度スラスター・シューズを使って二度目の軌道変化を実現した。
これは、避けきれない。
完全に想定外の一撃。アリエの槍は、エイガルの背後を捉え――。
「――甘い!!」
エイガルは、背負っているジャベリンでアリエの一撃を防いだ。
アリエが小さく「あっ」と声を零す。完全に決まったと思ったのだろう。隙だらけな少女の頭を、エイガルはデュアルアクスの腹で軽く叩いた。
「ふぎゃっ」
アリエが可愛らしい悲鳴を上げる。
頬を赤く染めた彼女を見て、エイガルは試合の終了を悟った。
「……エイガル」
アリエが頬を紅潮させたまま声をかけてくる。
その目が真剣なものであると察したエイガルは、脱ぎ始めていた装備を素早く床に置いた
「なんじゃ?」
「さっき、ジャベリンで受け止めたのは……意図してのことですか?」
「いや、やむを得ずじゃ。間に合わなかったからのぅ」
ジャベリンは爆発して周囲を巻き込む武器だ。並大抵の攻撃で故障するとは思えないが、ただでさえ武器使いの荒いエイガルは、本来なら武器の損耗を抑えるべく防御ではなく回避をしたかった。
(なるほど……これが、スピードタイプか)
以前、マーセリアが説明していたソルジャーごとのタイプについて、エイガルは理解を深める。
ソルジャーのタイプは、肉体だけでなく先天的センスも考慮される。アリエがスピードタイプに分類された理由は、小柄ゆえ俊敏な動きが可能……というだけではない。
思考の瞬発力。一瞬のひらめき。切り替えの速さ。
彼女は、エイガルにはない速さがある。
「ありがとうございます」
アリエがエイガルに向かって言う。
その顔はとても清々しかった。
「エイガルのおかげで、進むべき道が見えました」
彼女の中で、何かが変わった。
軽やかに去って行くアリエの背中を、エイガルは無言で見届ける。
もしかすると、今回の重要な作戦を切っ掛けに、兵士たちは今まで先延ばしにしていた分水嶺と正面からぶつかっているのかもしれない。
だとすると、やはり……この男も同じなのだろう。
「ドーズ」
エイガルは、訓練室の隅で黙々とデュアルアクスを振り回している男へ声をかけた。
「今朝、儂が訓練室に来た頃には、既に滝のような汗を流しておったな。……お主、最後に休憩を取ったのはいつじゃ?」
「……食後に少し」
「それは昨晩の夕飯ではないじゃろうな?」
ドーズが口を噤んだ。図星だったらしい。
エイガルは額に手をやりながら溜息を吐いた。誤魔化そうとしている時点で、本人もオーバーワークを自覚しているに違いない。
それでもなお、訓練で己の肉体を追い込んでいるのは――。
「焦りか?」
「……………………はい」
「年長者からの訓示じゃ。時間というものはな、過剰に切り詰めたところで結果には繋がらん。今日はもう休め」
エイガルは経験から、寝食を惜しむ努力にさほど価値はないと知っていた。食事の時間を節約した程度で、そう簡単に他者との差はつかない。寝る間を節約したところで、集中力が続かず無意味に時間を溶かしてしまう。結局、それ以外の大きな自由時間をいかに使うかであらゆる勝敗は決まる。
ドーズはその自由時間を正しく使っているように見えた。出会った時から黙々と訓練に勤しんでいた彼は、既に精一杯の努力をしている。
「お主は優秀じゃ。だから、焦るな」
「……はい」
言葉だけの納得を示し、ドーズは訓練室を去った。あの様子だと、部屋に帰ったところで筋トレでも始めてしまいそうなものだが……どうしたものか。
(……ちょいと異様じゃな)
ドーズの様子を見て、エイガルは思う。
単に、重要な作戦を前にして焦っているだけではない。
彼が焦る理由は、他にもありそうだ。
◆
陽が沈み、暗い帳が王国を包んだ。
訓練室はエイガルの貸し切りだった。アリエは何やらマーセリアに相談したいことがあるらしく、ずっと研究室の方にいる。ドーズはエイガルの訓示を素直に受け入れたのか、既に眠っていた。
一人になった訓練室で、エイガルは窓から外の景色を眺める。
(……嵐の前の静けさ、といったところじゃのう)
曇天が星々を隠していた。だがその向こうには確かに煌めきがある。あと少し風が吹いて、あと少し時が移ろえば、エイガルたちは激しい戦場で命を燃やすだろう。
「エイガル=クラウスさんですか?」
唐突に背後から声をかけられる。
エイガルは訓練室の入り口を振り返った。
そこにいたのは長身痩躯の優男だった。曇天の下でも微かに光って見えるような白い肌。絹のようにサラリとした銀の髪。全身から滲み出る品性は、エイガルの警戒心を優しく解していく。――こんな夜更けでなければの話だが。
男は軍服を着ている。
少なくとも敵ではない。
「いかにも」
「はじめまして、お噂はかねがね。九九魔殺しよ」
男は腰に吊していた剣を、スラリと抜いた。
少なくとも敵ではない。
だが――味方でもなさそうだ。
「王国軍中央総隊第一空挺団、オスロー。――参ります」
男は刃を閃かせた。




