現代技術
久々に遠方まで足を運ぶことになったエイガルだが、鞄に詰め込む荷物はそれほど多くなかった。いつの間にか身軽になったものだな、と小さく呟く。或いはこれこそが年相応か。
出立の準備を整えたエイガルは、グレインたちと待ち合わせている地点へ向かう。
そこにあったのは、見たことのない乗り物だった。
「なんじゃ、これは!?」
「魔導四輪……魔導車とも呼ばれる乗り物です。生産コストが高いためまだ普及はできていませんが、いずれ誰もが乗れるような時代が来ると思います」
ほぉ~~、と感動しながらエイガルは魔導車に乗る。
腰掛けた椅子の柔らかさに驚いた。これがどう動くのか、まだ想像がつかない。
「新聞も見ないのか? 魔導車は今や常識だぞ」
「こんなところに新聞を売りに来る物好きもおるまいて」
「……それもそうだな」
グレインが窓から外の景色を眺めて納得する。
隣家との距離が、互いに豆粒程度に見えるほど空いている田舎である。こんなところで商売が成立するはずもない。基本的にこの辺りの住民は自給自足だ。
魔導車が動いた。少しずつ速度が上がり、あっという間に馬車の最高速度を超える。窓の向こうで移り変わる景色を見て、エイガルは感嘆の息を吐いた。
「こりゃあ、いい乗り物じゃ。馬車と違ってあまり揺れんし」
グレインが「そうだろう?」と得意気に言った。エイガルとマーセリアは後部座席に座っているが、グレインは先頭にある一人用の椅子に座ってハンドルを操作している。あの席が魔導車の御者台なのだろう。
「近年の技術革新は、エーテル粒子の発見が基盤となっています」
隣に座るマーセリアが語り出す。
道中も暇にならず済みそうだ。
「エイガル様も魔法は使えますね?」
「うむ。まあ儂は、身体能力の底上げくらいしか使えんが……」
「その魔法の燃料となるものをご存知ですか?」
「? 魔力じゃろ?」
「はい。その魔力を観測することに成功したのが十五年前となります」
言われてみれば、魔力をこの目で観測できた試しはない。エイガルは気にしたことなかったが、どうやら賢い人たちはずっとそれを研究していたようだ。
魔法とは、体内にある魔力というエネルギーを消費して、世界の法則を歪める技である。手から火を出したり、しばらく宙に浮いたり、色んなことができる。
勿論、人殺しにも活きる。勇者が魔王を倒した時も、この魔法という力は大いに役立った。
「かつて、生物の中にだけあると思われていた魔力は、大気中にもあると発見されました。観測した魔力を、私たちはエーテル粒子と呼んでいます」
「ふむふむ」
「研究の末、エーテル粒子を動力に変える技術も確立されました。今や、あらゆる機械がエーテル粒子によって動いています。この車もその一つなんです」
エイガルはペタペタと車の窓や天井に触った。
「では、なんじゃ? この車は魔法なのか?」
「原理は魔法と同じです。使い勝手がよくなった魔法、という感じでしょうか」
「儂が使ったあの剣もか?」
「はい。スラスター・ブレードⅢ式……あの剣にもエーテル技術が使われています」
エーテル技術。文字通り、エーテル粒子を使った技術か。
なるほど。それが今の時代を支えている要らしい。
「理解はできたが……実感が湧かんな」
「少しずつ噛み砕いていけばいいと思います」
くすくすと、マーセリアは上品に笑う。
「一番大事なことだけ説明しますね。……従来の価値観では、体内に保有できる魔力量が強さの指標だったことはご存知だと思います」
「うむ。魔力量の多い人間は、それだけ強力な魔法が使えるからのう」
「しかし現代では、その魔力……エーテル粒子を用いた兵器を、自由に装備することができます」
この車も、あの剣も、魔法だと言うならば、エイガルは全く魔力を消費していないにも拘わらず魔法を使ったことになる。
つまり――。
「誰もが魔力量を外付けできる時代か……!!」
「仰る通りです」
驚きだ。エイガルの知る強さとは、個人が生まれ持った力のことだった。だが力の外付けが可能になった現代において、才能による既得権益は薄まりつつあるらしい。フェアな世の中になったものだ。
「歳を取ると魔力量も減るからのぅ。いやはや、最近の技術とは素晴らしいものじゃな」
「はい。今や、個人の強さはカスタムできる時代です」
マーセリアの瞳がきらりと光った。
かすたむ……とやらの意味は理解できないが、エイガルは彼女の望みをなんとなく察する。要するにマーセリアは、このじじいをかすたむしたいのだ。酔狂な趣味に違いない。これも戦乱の世がもたらした悲劇か。
「殿下、そろそろ着きます」
グレインの発言に、エイガルは外の景色を見る。
話し込んで時間を忘れていたというのもあるが、それにしても早い。これが車か……エイガルは改めて感動した。もう二度と馬車には乗れそうにない。
「王都ミッドレイ……二十年ぶりじゃな」
久々に見た王都はやはり壮大だった。高さ十リーヴにも及ぶ城塞が、視界の端から端まで続いている。これほど大きな城塞都市は大陸中を探してもなかなか見つからない。
政治の中心地であるがゆえに、大使館などの様々な施設が揃っており、城塞の外側からでも背の高い建物が幾つか見られる。中でも一際目立つのは、やはり王城だ。あの美しい白亜の城を一目見ようと訪れる観光客も多い。
だが、城塞の門には五人の衛兵が立っていた。彼らは鋭い眦で通行人の検査を行っている。
「物々しいな」
「戦争中だからな。門を通るだけでも時間がかかるようになった。……手続きしてくる」
グレインは車を降り、衛兵たちに近づいた。
衛兵たちがグレインの顔を見た途端、一斉に敬礼する。よもや宰相が、のこのこと一人で現れるとは誰も思うまい。え? え? 宰相? え? と困惑する衛兵たちにエイガルは同情した。
権力の賜物か、難なく門を通過したエイガルたちは、王都に入った。
門を抜けたすぐのところに車を停めて、エイガルたちは王都の石畳を己の足で踏む。
「さて、エイガル。早速、入隊手続きを――」
「ちょいと待つんじゃ」
気が逸ったグレインを、エイガルは制止した。
「儂は、てくのろじーとやらの話を聞くとは約束した。しかし軍に入るとは言っておらん」
「なっ!? お、お前!! それはズルいだろ!!」
「ズルではない。お主の早とちりじゃ」
ズルである。だが無意味に思わせぶりな態度を取ったわけでもない。軍に入隊するか否かは、もっと今の時代に詳しくなってから判断したいと思ったまでだ。
「道中の話だけでは不充分でしたか?」
「そうではない。単純に、第三者の視点を知っておきたいだけじゃよ」
マーセリアの説明はとても分かりやすかった。王族というのはどこか浮世離れしているイメージだったが、彼女は一般人の感性に気遣った話ができている。
「行き先は酒場じゃ。国の情勢を知るなら酒場に限る」
グレインが溜息交じりに「古い価値観だな」と呟いたが、エイガルは聞かなかったことにした。
「殿下、我々は顔を隠しましょう」
「そうですね」
グレインとマーセリアが鞄から取り出した外套を着て、フードで目元を隠す。二人ともついて来てくれるらしい。
宰相と王女殿下に対するせめてもの配慮として、エイガルは表通りに面した酒場を選んで入った。ここなら何かあった時に衛兵が駆けつけやすい。
まだ日も暮れていないのに酒場は賑わっていた。丁度、カウンターが三席空いていたので、エイガルたちはそこへ座る。
すぐに給仕が来たので、エイガルはメニューも見ずに注文した。
「コーヒーを一杯」
「酒じゃないのか」
「喧騒の中で飲むコーヒーも存外旨いものじゃぞ」
「……そういえば、お前の好物だったな」
グレインとマーセリアが互いに軽く目配せした後、グレインが「同じものをもう二つ」と注文する。
給仕が去ったところで、エイガルは「ふぅ」と息を吐いた。
「さて、聞くか」
エイガルは耳を澄ませた。
酒場に満ちた声を、一つ一つ補足していく。
――いよいよこの国もヤバイかもな。
――くそっ、こんな時代に生まれてくるんじゃなかったぜ。
――勇者様は何をしているのかしら。
――景気のいいニュースが聞きたいなぁ。
聞けば聞くほど、どんよりとした気分になってしまいそうな話題ばかりだった。テーブルに突っ伏したくなるが、変に目立ってマーセリアたちの正体が露見してはいけない。
代わりにエイガルは、長い溜息を吐いた。
「戦争の話ばかりじゃな。あとは、メシの話をしているのが三組、商売の話が一組、ナンパが一組か」
「……まさか、全ての会話が聞こえているのか? どんな耳をしているんだ」
「戦場の喧しさと比べれば、ここは鍾乳洞のように静かじゃよ」
とはいえグレインは誤解している。エイガルは店内の声が全て聞こえているわけではなかった。二階の話し声はほぼ聞こえない。
(全盛期なら、隣の建物の声まで拾えたんじゃがのぅ……)
そんなふうに悲しむエイガルを、マーセリアはじっと見つめる。
「やはり、欲しい…………」
湿り気のある声が、少女の唇から零れ落ちた。
エイガルが思わず振り向くと、マーセリアは自らの唇を指で押さえた。
「殿下?」
「失礼しました。お気になさらず」
はて? とエイガルは首を傾げたが、コーヒーが目の前に置かれたので今の違和感は忘れることにした。
コーヒーの香りが鼻腔をくすぐり、エイガルは上機嫌になる。リヒテイル王国の南部には小さなコーヒー農園があり、その豆で作ったコーヒーがエイガルの好物だった。二十年前は、王都で飲めるコーヒーは大体この豆を使ったものだったが、香りを嗅ぐに今もそれは変わらないらしい。
カップを傾け、エイガルは久々に王都のコーヒーを堪能した。
うむ!!
「不味い!!」
何故じゃ!?
豆はいいものを使っている。これなら自分で淹れた方が美味しくできるくらいだ。
エイガルが絶望していると、カウンターの向こうから店員がやって来た。
「……お客様、申し訳ございません。実はコーヒーを淹れていたスタッフが全員辞めてしまいまして」
「どうして辞めたんじゃ」
エイガルの問いに、店員は複雑な面持ちで答える。
「王国軍の募兵に応じました」
エイガルは天を仰いだ。
なるほど。つまり戦争が原因で、美味いコーヒーが飲めなくなったと。
「許せんなァ……ッ!!」
「戦う気になってくれたか?」
「馬鹿もんが。この程度の私情で戦場に出るわけないじゃろう」
実のところ、ちょっと揺らいだエイガルだった。
◆
じじいが酒を飲むような店でわざわざコーヒーを頼み、その上あろうことか味に文句を垂れ始める、少し前。
城塞の外側で、王都ミッドレイの門を監視している者たちがいた。
「異常なし」
双眼鏡を持つ男が簡潔に報告する。男はもう半日以上、門を通過する者たちの顔をチェックしていた。
すぐ傍で携帯食料を頬張っていた別の男が、その報告を聞いて軽く笑う。
「異常なし、か。まるで我々が王国軍のようだな」
「いっそ、そこまで潜入できたら理想的ですね」
男たちは帝国軍の兵士だった。
門を監視する目的は、標的の所在の把握である。警備の都合上、大抵の人物は門を通過する際に素顔を晒さねばならない。重役であればあるほど移動の機会も多く、ここで張るのが効率的だと判断した。
総勢五人の男たちは、双眼鏡を片手に駄弁りながら役割を全うしている。表向きはバードウォッチング愛好家の集まりだ。尋問に備え、鳥の生態も一通り勉強している。
「あれは……宰相のグレインか?」
車から降りた人物を見て、男が疑問を口にする。
「お、あの車、とんでもない美人が乗ってるぞ」
「宰相の愛人か? ……って、まだガキじゃないか」
「というか、あれって……」
浮かれていた男たちの声音が硬くなる。
ただの美人かと思っていたが、よく見れば……。
「マーセリア=リヒテイル……?」
「なんだと!?」
男たちを率いる隊長が、部下から双眼鏡を奪い取った。
車の後部座席にいる金髪碧眼の少女を注視する。……間違いない、マーセリア=リヒテイルだ。
「あまりにも表舞台に姿を見せんから、死亡説すら出ていたが、ようやく現れたか。……確実に息の根を止めるぞ」
「拉致ではなく、殺害ですか?」
「ああ。陛下からの命令だ」
部下たちが驚く。
急に王命を伝えたのだから、無理もない。
「詳しくは知らされていないが、あの女を野放しにすると帝国が危機に陥るらしい。……なんでも、特異点候補だとか」
「シン……? どういう意味でしょうか?」
「さぁな」
男は軍人だ。命令は、遂行に必要な情報さえあれば問題ない。
隊長である男に与えられた標的リストには、重役たちの顔と名がずらりと連ねられている。マーセリアはそのリストの中でも先頭に記されているほどの最重要抹殺対象だ。他の全てを捨ててでも首を刎ねるべき相手である。
「ん? 誰だ、あのじじいは?」
よく見れば、マーセリアの隣に見知らぬじじいがいる。
白髪、白髭、皺だらけの顔。どこにでもいるじじいだ。念のため部下たちに確認を取るが、全員が首を横に振る。
「我々が知らんということは、有力な敵戦力ではないな。……捨て置け、じじい一人など取るに足らん相手だ」
男たちは双眼鏡を鞄に仕舞い、一枚の上着を羽織った。
「総員、迷彩を起動しろ」
ブゥン――と、虫の羽音にも似たような音がすると同時に、男たちの姿が消えた。
「帝国軍・第三特務部隊『クヴェルト』――任務を開始する」




