プロパガンダ世代
ギュスターと別れ、エイガルたちは特機隊の基地へ戻る。
道中、エイガルは無言だった。いつもなら年長者の務めとして、幾らか話題提供しているが、今回ばかりは気分が乗らない。
九九魔殺し。その名で呼ばれたことが切っ掛けだった。
ドーズが時折こちらの顔色を横目で窺っている。色々質問したいが、空気を読んで遠慮しているのだろう。
「エイガル」
アリエがいつも通りの淡々とした口調で訊いた。
「九九魔殺しって、何ですか?」
お前、今じゃないだろ――と、ドーズは視線でアリエに訴えかけるが、アリエは全く気にしていなかった。
二人のちぐはぐなやり取りに、エイガルは小さく笑う。
若者に気を使わせるとは……じじい失格だ。
「かつての風習じゃよ」
歩きながら、エイガルは質問に答える。
「勇者と魔王の時代……儂ら人類は、殺した魔族の数を称号にしていた時期がある」
「魔族……魔獣を率いることができる、いわば当時の敵将ですね」
ドーズの理解は正しい。
魔獣は古い時代から、人を喰う化け物として恐れられていた。しかしその凶暴な魔獣を手懐けることができる者たちがいた。
魔族という少数民族だ。
魔王はその少数民族の中から現れた。魔獣を手懐けるだけでなく、強化、或いは狂化できた魔王は、その力で魔獣の軍勢を率いて人類を攻撃した。魔族たちは魔王のもとで、それぞれ魔獣を率いて参戦した。
これが、勇者と魔王の時代である。
魔王軍は、魔獣という兵士と、魔族という将官で構成されていた。
「つまり……エイガルは、九十九人の将軍を倒したということ……?」
「そうじゃな」
アリエが小さく「化け物おじいちゃん……」と呟いたが、年長者なので聞こえないフリをしてあげた。
「……ギュスター大佐から、世界を救ったと言われるだけありますね」
ドーズが冷や汗を垂らしながら感心する。
だがエイガルは、感極まったギュスターに水を差すのが憚られただけで、本当はその言葉を否定したかった。
本当に世界を救ったとしたら――今の世界は何だというのか。
世界は救えていなかった。
エイガルも、勇者も……あの時代を生きた全ての戦士が、力及ばなかったのだ。
「……あれ?」
不意に、アリエが首を傾げる。
「化け物おじいちゃんに質問があります」
「その呼び方が定着するのは許さんぞ。……なんじゃ?」
「魔族って、何人いたんですか?」
おっと、これは鋭い質問だ。
そう思ったが、エイガルは一先ず素直に回答した。
「二百二十九人じゃ」
「……ん? じゃあ、半分近くをエイガルが倒したことに……? でも、それだと……勇者様が百人以上倒したとしても、多すぎるような……?」
アリエがブツブツと呟きながら考える。
その疑問は、今の世代を生きる若者だからこそ抱くものだった。
先の時代において、王国の功績は表向き勇者ただ一人に集約している。民衆を安心させるために、あわよくば勇者という看板を用いた経済効果のために、そういうプロパガンダが施行された。
だから若者や、戦場を知らない民間人たちは、勇者より活躍した英雄がいるなんて思わない。
エイガルが九十九人の魔族を殺したなら、勇者は最低でも百人以上の魔族を殺したはずだと信じて疑わない。
真実は違う。
勇者ロッシュが倒した魔族は十七人だ。
一七魔殺し、それが勇者の別名である。
魔殺しの名を冠する戦士は、世界中に十六人しかいない。
そのうち、一魔殺しが七人。二魔殺しが四人だ。
エイガルがどれほどの戦果を挙げたのか、数字を比較すればその偉業にも想像がつく。
先の時代において、エイガルは圧倒的な数の魔族を屠った。
正確には、もう一人……エイガルに迫るほどの戦果を挙げた者もいるが。
「お待ちしていました」
基地に戻ると、また入り口にマーセリアが立っていた。
一度目は純粋にこちらを心配してのことだろう。だが今回は明らかに違う。マーセリアの、深海を切り取ったかのような美しい碧眼は、欲に血走っていた。
「さあ――――フィードバックの時間です」
獲物を狙う肉食獣のように、マーセリアはエイガルを見つめた。
本当にこの主君に仕えてよかったんだろうか。エイガルは一瞬疑った。
◆
「……なるほど、大変参考になりました」
むふんむふん、と興奮気味にマーセリアはメモを取る。
いつの間にか日が暮れていた。怒濤の質問攻めでエイガルは失神寸前となり、アリエとドーズは既に倒れている。ひょっとしたら戦闘より苦しいかもしれない時間だった。
だが、こうしたやり取りが研究に活きることは、マーセリアの愚直な姿を見ていれば分かる。できるだけ力になってやりたい。そう思い、エイガルは持ち直した。
「そういえば、儂が倒した帝国の隊長が妙な剣を使っておったのう。光の斬撃が飛んできたが……」
「魔剣ですね。エーテル増幅回路を仕込んだ剣で、斬撃に魔法的特性を付与できる新世代の剣です。帝国は魔剣の開発が進んでいます」
田舎でのんびり過ごしている間に、そのような武器が誕生していたとは。エイガルはしばらくの間、国同士の諍いなんて忘れて、純粋に技術の進歩に感心した。
「その斬撃は視認できる程度の速度でしたか?」
「でなかったら死んでるわい」
「でしたら魔光剣ですね。魔剣の中でも最もシンプルな部類ですが……隊長格がそれを使っていたということは、あちらも使用者の選別に苦戦しているのでしょう」
もっと複雑な魔剣もあるらしいが、隊長格ですらシンプルな魔光剣を使っている以上、他の魔剣は一握りの戦士だけが使いこなせる現状かもしれない。
マーセリアの技術者としての勘は信じられる気がした。
その時、外から来客が訪れる。
こんな夜更けにやって来た兵士の男は、エイガルたちを見るなり口を開いた。
「エイガル=クラウス二等兵はいるか?」
今日はよく呼び出されるな、と思いながらエイガルは応じる。
「儂じゃよ」
「陛下がお呼びだ。ついて来い」
予想外の用件にエイガルは目を丸くするが、冷静に考えれば起こり得ることだった。
エイガルは国王と面識がある。それも、周りの臣下たちと比べてかなり親しかった方だ。だから幼い時分のマーセリアとも何度か会う機会があった。
思い出話を肴に、酒でも飲み交わすつもりだろうか?
旧友と再開にエイガルは穏やかな気分になった。だがその隣で、マーセリアは酷く沈痛な面持ちをした。
「……エイガル。できれば父を見ても驚かないでください」
マーセリアは視線を落として言う。
「父は、怒りに飲まれました」
それだけ告げて、マーセリアは口を噤んだ。
兵士の案内に従って外に出たエイガルは、マーセリアの発言を頭の中で咀嚼する。
(……そりゃあ、そうじゃろうな)
魔王の手から人類を守るために、王国は総力を挙げて戦った。
その結果、まさか恩を仇で返される羽目になるとは……思いもしなかっただろう。
純然たる善意は、合理的な暴力によって裏切られた。
後に残ったのは――抑えきれぬ怒り。
その体現者が、王でなくて何なのか。
「入れ」
案内のもと、エイガルは謁見の間に入る。
玉座に腰を下ろした人物は、エイガルが知っている男ではなかった。
(……爽やかな再会とは、いかんようじゃな)
悲しい話だ。
だが早々に隠居した己に、この現状を嘆く資格はない。
ウルゼイル=リヒテイル。
彼の目は、深い憎悪に満ちていた。




