表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カスタムじじい  作者: サケ/坂石遊作
老兵復活
13/30

プロパガンダ世代


 ギュスターと別れ、エイガルたちは特機隊の基地へ戻る。

 道中、エイガルは無言だった。いつもなら年長者の務めとして、幾らか話題提供しているが、今回ばかりは気分が乗らない。


 九九魔殺し。その名で呼ばれたことが切っ掛けだった。

 ドーズが時折こちらの顔色を横目で窺っている。色々質問したいが、空気を読んで遠慮しているのだろう。


「エイガル」


 アリエがいつも通りの淡々とした口調で訊いた。


「九九魔殺しって、何ですか?」


 お前、今じゃないだろ――と、ドーズは視線でアリエに訴えかけるが、アリエは全く気にしていなかった。


 二人のちぐはぐなやり取りに、エイガルは小さく笑う。

 若者に気を使わせるとは……じじい失格だ。


「かつての風習じゃよ」


 歩きながら、エイガルは質問に答える。


「勇者と魔王の時代……儂ら人類は、殺した魔族の数を称号にしていた時期がある」


「魔族……魔獣を率いることができる、いわば当時の敵将ですね」


 ドーズの理解は正しい。

 魔獣は古い時代から、人を喰う化け物として恐れられていた。しかしその凶暴な魔獣を手懐けることができる者たちがいた。

 魔族という少数民族だ。


 魔王はその少数民族の中から現れた。魔獣を手懐けるだけでなく、強化、或いは狂化できた魔王は、その力で魔獣の軍勢を率いて人類を攻撃した。魔族たちは魔王のもとで、それぞれ魔獣を率いて参戦した。


 これが、勇者と魔王の時代である。

 魔王軍は、魔獣という兵士と、魔族という将官で構成されていた。


「つまり……エイガルは、九十九人の将軍を倒したということ……?」


「そうじゃな」


 アリエが小さく「化け物おじいちゃん……」と呟いたが、年長者なので聞こえないフリをしてあげた。


「……ギュスター大佐から、世界を救ったと言われるだけありますね」


 ドーズが冷や汗を垂らしながら感心する。

 だがエイガルは、感極まったギュスターに水を差すのが憚られただけで、本当はその言葉を否定したかった。


 本当に世界を救ったとしたら――今の世界は何だというのか。


 世界は救えていなかった。

 エイガルも、勇者も……あの時代を生きた全ての戦士が、力及ばなかったのだ。


「……あれ?」


 不意に、アリエが首を傾げる。


「化け物おじいちゃんに質問があります」


「その呼び方が定着するのは許さんぞ。……なんじゃ?」


「魔族って、何人いたんですか?」


 おっと、これは鋭い質問だ。

 そう思ったが、エイガルは一先ず素直に回答した。


「二百二十九人じゃ」


「……ん? じゃあ、半分近くをエイガルが倒したことに……? でも、それだと……勇者様が百人以上倒したとしても、多すぎるような……?」


 アリエがブツブツと呟きながら考える。

 その疑問は、今の世代を生きる若者だからこそ抱くものだった。


 先の時代において、王国の功績は表向き勇者ただ一人に集約している。民衆を安心させるために、あわよくば勇者という看板を用いた経済効果のために、そういうプロパガンダが施行された。


 だから若者や、戦場を知らない民間人たちは、勇者より活躍した英雄がいるなんて思わない。


 エイガルが九十九人の魔族を殺したなら、勇者は最低でも百人以上の魔族を殺したはずだと信じて疑わない。


 真実は違う。

 勇者ロッシュが倒した魔族は十七人だ。

 一七魔殺(いなまごろ)し、それが勇者の別名である。


 魔殺しの名を冠する戦士は、世界中に十六人しかいない。

 そのうち、一魔殺(ひとまごろ)しが七人。二魔殺(ふたまごろ)しが四人だ。

 エイガルがどれほどの戦果を挙げたのか、数字を比較すればその偉業にも想像がつく。


 先の時代において、エイガルは圧倒的な数の魔族を屠った。

 正確には、もう一人……エイガルに迫るほどの戦果を挙げた者もいるが。


「お待ちしていました」


 基地に戻ると、また入り口にマーセリアが立っていた。

 一度目は純粋にこちらを心配してのことだろう。だが今回は明らかに違う。マーセリアの、深海を切り取ったかのような美しい碧眼は、欲に血走っていた。


「さあ――――フィードバックの時間です」


 獲物を狙う肉食獣のように、マーセリアはエイガルを見つめた。

 本当にこの主君に仕えてよかったんだろうか。エイガルは一瞬疑った。




 ◆




「……なるほど、大変参考になりました」


 むふんむふん、と興奮気味にマーセリアはメモを取る。

 いつの間にか日が暮れていた。怒濤の質問攻めでエイガルは失神寸前となり、アリエとドーズは既に倒れている。ひょっとしたら戦闘より苦しいかもしれない時間だった。


 だが、こうしたやり取りが研究に活きることは、マーセリアの愚直な姿を見ていれば分かる。できるだけ力になってやりたい。そう思い、エイガルは持ち直した。


「そういえば、儂が倒した帝国の隊長が妙な剣を使っておったのう。光の斬撃が飛んできたが……」


「魔剣ですね。エーテル増幅回路を仕込んだ剣で、斬撃に魔法的特性を付与できる新世代の剣です。帝国は魔剣の開発が進んでいます」


 田舎でのんびり過ごしている間に、そのような武器が誕生していたとは。エイガルはしばらくの間、国同士の諍いなんて忘れて、純粋に技術の進歩に感心した。 


「その斬撃は視認できる程度の速度でしたか?」


「でなかったら死んでるわい」


「でしたら魔光剣ですね。魔剣の中でも最もシンプルな部類ですが……隊長格がそれを使っていたということは、あちらも使用者の選別に苦戦しているのでしょう」


 もっと複雑な魔剣もあるらしいが、隊長格ですらシンプルな魔光剣を使っている以上、他の魔剣は一握りの戦士だけが使いこなせる現状かもしれない。

 マーセリアの技術者としての勘は信じられる気がした。


 その時、外から来客が訪れる。

 こんな夜更けにやって来た兵士の男は、エイガルたちを見るなり口を開いた。


「エイガル=クラウス二等兵はいるか?」


 今日はよく呼び出されるな、と思いながらエイガルは応じる。


「儂じゃよ」


「陛下がお呼びだ。ついて来い」


 予想外の用件にエイガルは目を丸くするが、冷静に考えれば起こり得ることだった。

 エイガルは国王と面識がある。それも、周りの臣下たちと比べてかなり親しかった方だ。だから幼い時分のマーセリアとも何度か会う機会があった。


 思い出話を肴に、酒でも飲み交わすつもりだろうか?

 旧友と再開にエイガルは穏やかな気分になった。だがその隣で、マーセリアは酷く沈痛な面持ちをした。


「……エイガル。できれば父を見ても驚かないでください」


 マーセリアは視線を落として言う。


「父は、怒りに飲まれました」


 それだけ告げて、マーセリアは口を噤んだ。

 兵士の案内に従って外に出たエイガルは、マーセリアの発言を頭の中で咀嚼する。


(……そりゃあ、そうじゃろうな)

 

 魔王の手から人類を守るために、王国は総力を挙げて戦った。

 その結果、まさか恩を仇で返される羽目になるとは……思いもしなかっただろう。


 純然たる善意は、合理的な暴力によって裏切られた。

 後に残ったのは――抑えきれぬ怒り。

 その体現者が、王でなくて何なのか。


「入れ」


 案内のもと、エイガルは謁見の間に入る。

 玉座に腰を下ろした人物は、エイガルが知っている男ではなかった。


(……爽やかな再会とは、いかんようじゃな)


 悲しい話だ。

 だが早々に隠居した己に、この現状を嘆く資格はない。


 ウルゼイル=リヒテイル。

 彼の目は、深い憎悪に満ちていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ