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■第三七夜やん:妖精(エルフ)の騎士(極)

 

「エリスッ、エリスッ、どこだッ!!」


 オレはまだ朦朧とする頭を振りながらひた走る。

 アーティスティック・エクスプロージョン・ドライヴ(通称:AED)と成りかけた萌杉もえすぎに取り込まれつつあるエルフの娘──エリスのもとに。

 

 意識を失いぐったりとしたエリスの肉体を、とてもこのレーティングでは描写も掲載も許可できないほどに異化した萌杉もえすぎのなかから噴き出した欲望が蝕んでいる。

 

「くそっ、まってろっ、いま、いま助け出してやるからなッ!!」


 オレは叫び、エリスの手を引っ張るがくそう、ビクともしやがらねえ!

 コイツは、この萌杉もえすぎをコアとするアーティスティック・エクスプロージョン・ドライヴ(通称:AED)は完全にエリスを制御装置と見なしているのだ。

 簡単に手放すはずがない。


「くそう、ゲン、ゲーン、どこだッ!! 来てくれッ!! 時間が、時間がねえんだ!!」


 ローション状のヌルヌルする粘液を振り払いながら、オレは相棒の名を叫んだ。

 異化した萌杉もえすぎ、そして異世界を殺す弾丸を受けたヨガリのジジイから噴き出す怨念がいま、この空間でせめぎあっている。

 というか、オレの頭上はいままさに怪獣大決戦の様相を呈しているんだ。

 

 なぜこんなことになったのかって?

 それは、オレが銃把じゅうはに潜ませといた「自殺」の寝言のせいさ。

 本来は自分で自分の人格を変更するときに使うモンなんだけどな。

 

 あのとき勝利を確信したヨガリのジジイは、同志になれとの誘いを突っぱねたオレに制裁を加えるべく、オレを撃とうとした。

 オレの寝言銃ネミー・ガンで、な。

 

 だが、そこにからくりがあった。

 

 オレは潜入前、すでにこのような事態を想定していたんだ。

 だから、最初から、あの弾丸は「相手に撃たせる」ためのものだった。

 ただ、想定外だったのはヨガリのジジイが、ここにいたことだ。

 

 己の欲望を具現化した萌杉もえすぎと、その身の内に呑んでいた闇を異世界の破片によって噴出させたヨガリの肉体は、爆発的な異化とともに喰らい合いを始めやがった。

 それだけじゃねえ。

 ヨガリのジジイの肉体に突き刺さった高純度の異世界の破片と《ポータル》が反応を起こし──ヤツラをその向こうへと引き込み始めやがった。

 

 なんの処置も施されないまま異世界のものがこちらの側で現界げんかいし続けるのは難しい。

 積もった雪も春の訪れとともに溶けてしまうように、それは自然のことだ。

 九年間もこちらにとどまっていた異世界の破片が「還ろう」とする《ちから》はハンパじゃなかった。

 人間ではもう、どう抗っても無駄だ。

 

 もうすこし言及すると、だから、ヨガリのジジイはアーティスティック・エクスプロージョン・ドライヴ(通称:AED)を自らの手で生み出し、異世界から恒常的にその《ちから》を取り出し続けようという考えに至ったわけなんだがな。

 が……すまねえ、じつはオレもまったく同じ考えに辿り着いていたんだ。

 

 だからこそ、あの奇手に打って出れた。

 ただ、そのことを「忘れて」いないと、オレ自身が異世界の誘惑・・・・・・に勝てるかどうか、自信がなかった。

 そこがこの作戦の最重要項目だったんだぜ。

 

 ヨガリのジジイがそのための人柱になるなんてのまでは、わからなかったが。

 自業自得、と笑うことはオレにはできねえ。

 元とはいえ師弟なだけじゃない。

 うっかり、オレだってそうなっていたかもしれねえな、と思ってサ。

 

 いや、感傷に浸っている場合じゃない。

 

 これでエリスを助けられなかったらすべてが水の泡だ。

 人魚姫みたいにか、って?

 バカヤロウ、こっちはせっぱ詰まってんだ、ダレがうまいこと言えっつったよッ!!

 

「エリスッ、エリスッ!」


 オレは呼びかけるが、エリスからは弱々しいうめきが返ってくるだけ。

 くっそお、ゲン、なにしてやがんだ!

 

「トビスケッ!!」


 声がしたのはオレの苛立ちが最高潮に達しかけたときだ。

 

「ゲン、おせーぞッ!!」

「兄さん、手伝います!!」


 ゲンとともに駆けつけてきたバニーガールにオレは目を剥いた。

 

「ヲィッ!! ムロキッ!! な、な、ななああああ、ななあああ、なんだ、そのカッコは?! おおお、おにーさんは、許しませんよッ!!」

「エヘヘ、兄さん、赤面してるます」

「ドアホーッ、危ねえっていってんだろ! 怒ってんだよ!!」


 無事に家で帰りをまってるはずのムロキの姿にオレは逆上しかけたが、そんなことしているヒマはねえ。

 

「あとでみっちりお説教だかんな! ……とはいえ、助かったぜ。おまえの《ちから》も借りてえんだ」


 オレはエリスの状況から、単純に力技での脱出は不可能だと判断していた。

 複雑に絡まり合った因子が触手のカタチをとってエリスに絡みついている。

 これは肉体的なものだけではない。

 物語としての部分、心やキャラ性にも接続された縛鎖だ。

 もっとありていに言えば、姫騎士陥落ものから姫騎士を引っこ抜くのは難しいだろ、って話だ。

 引き抜いた瞬間にそのジャンルそのものが崩壊・崩落する。

 そういう無茶をいまオレたちはしようとしているんだ。

 

「ムロキ、おまえのその目が頼りだ。絡み合った物語の因子、その結節点を指示してくれ。オレが寝言で上書きして解体していく! ゲン、おまえはムロキと一緒にエリスを引っ張り出せ!」


 オレは袖をまくりながら矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。

 時間との勝負だ。

 だが、オレの隣に立つゲンは呆然と、異化に取り込まれていくエリスを見下ろしていた。

 

「なにぼおっとしてやがる?! ゲン、時間がねえんだ!」

「あ、ああ、ああ。だが、だが、トビスケ、オレは、オレには……オレでは」


 コイツの騎士にはなれない。

 そう言いかけたゲンの面を、オレは平手で一発張った。

 

「バカ野郎ッ!! なんのためにオレは命を張ったんだ?! ムロキがここで戦ってくれてるのはダレのためだッ?! まず救え! 言い訳はそっからだろ!」

「だが……」

「二次元嫁のなにが悪いッ?! 非実在でした? 嘘でした? ちげーだろ! 嫁はおまえの心にいるだろッ?! 非実在への愛は偽りか? そんなんじゃねーだろ?! おまえはエルフが大好きで、エリスが好きになっちまって──その一念でここまで来たんだろ?!」


 だったら、その愛を裏切るんじゃねえッ!!

 オレの怒声に気圧されたこともあったかもしれないが、すこしだけゲンの瞳に活が戻ってきた。

 甲冑に包まれたエリスの手を引っ張る。

 ムロキが加わり、少しずつだが分離が進む。

 だが、意識は戻らない。

 

「くそう、こりゃあ、心も一緒に取り戻さにゃならねえってわけか」

「どういうことだ?!」

「アーティスティック・エクスプロージョン・ドライヴ(通称:AED)は、芸術の持つ《ちから》を起爆剤とする。だが芸術ってのはなんだ? 芸術が起こす感動の《ちから》の正体ってなんだ? オレだって本物の芸術家じゃねえから、断言はできねえが……そりゃヒトの心なんじゃねえのか? ヒトの心の具現化が芸術で、だからこそそれを目の当たりにしたヤツは、同じように心を揺さぶられるんじゃねえのか? 自分の心を物質として見せられたように感じて、さ」


 だとしたら、

 

「この異化現象は、エリスの心をも取り込もうとしている」

「どうするんだ?!」

「呼び戻すしかねえ」

「どうやって?!」


 目を剥いて噛みついてくるゲンに、オレは言った。

 

「オマエが自分の寝言で正体を失ったとき、エリスはどうやってオマエをこっちへ連れ戻してくれたんだ?」


 喚ばれたんだ、ってオマエ言ったな?

 確認するオレに、ゲンがこれ以上ないくらいに目を見開いた。

 

「これはたしかなことだぜ、ゲン。オレも、そうやってこっちに還ってきたんだなからな。ムロキが、己の身を危うくするのを知りながら喚んでくれた。いつかオレがそうしたように。だから、こんどは、オマエがやるんだ」

「まてよ、トビスケ。オレには……オマエほどの実力がない。寝言師として。それにムロキの嬢ちゃんのように誤字を見抜く目もないんだぜ? できるのは寝言銃ネミー・ガンで撃つことだけだ」


 萌杉もえすぎとのやりとりでアイデンティティを砕かれたダメージは、相当にゲンを弱らせていた。

 だが、オレは確信していたんだぜ。

 もし、エリスをこっちに取り戻すことができるとしたら、その要はコイツをおいてほかにない、って。

 だから、言ったんだ。

 しずかに、しかし、強く。

 

「ちがうぜ、ゲン。寝言銃ネミー・ガン言弾ことだま呪符フダも、ここではもう役に立たねえ。ここでモノを言うのは、たったひとつ、オレたち寝言師の原初のことわり──言霊ことだまだけだ」


 そして、それには行動の、行いの積み重ねが伴っていなければならない。

 その資格があるのは。

 

「オマエだけだ」


 たぶん、ゲンが逡巡しゅんじゅんしていたのは、ほんのわずかの時間だったはずだ。

 目を見開いてオレを見、それからうつむいて。

 もう一度、顔を上げたとき、そこにはそれまでの自信喪失した男の顔はなかった。

 

「わかった。トビスケ。オレが──オレがやるぜ。エリスを、エリスだけは、オレが連れ戻す!」


 オレは相棒の覚悟に強く頷く。

 またたく間に臨界点が──刻限が迫ろうとしていた。 




 

 

 


フヒヒ、サーセン、あと一話あります

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