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■第三四夜やん:妖精(エルフ)の騎士(上)


          ※

          

「テンガ一流秘剣ッ、大人玩具詰合ダイジンガングツメアワセ前後不覚ゼンゴフカクニ刀ニトウッ!!」

「オモロ流秘剣ッ、抱腹絶倒ホウフクゼットウ腹筋崩壊フッキンホウカイ剣ッ!!」 


 高速振動する笑かし棒ラフィング・ボー同士が打ち合わされ、迸る寝言が火花を散らす。

 ヤロジマンNo.2:交奇知マジキチガイと天から舞い降りた痴女ちじょ……じゃなかったキューティーバニー仮面(ただし、現在素顔)を自称するムロキの対決は激烈を極めていた。

 下ネタを得意とするテンガ一流に対し、正統派の身体を張ったギャグを得意とするオモロ流。

 どちらも笑かし棒ラフィング・ボー使いの間では名の通った流派だが、これほどの攻防にお目にかかることはまずない。


 ああ、オレだ、ゲンだ。

 

 オレたちはまだ大広間での戦いを続けていた。

 正直、ヤロジマンどもの実力をオレは舐めていた。

 黒歴史という邪流に頼ったイキり小僧の集団だとばかり高を括っていたが、こいつら──厄紋ヤクモンタツヒコと交奇知マジキチガイのふたりの実力は本物だ。

 あのまま二対一の戦いを続けていたとしたら……オレはいまごろ言弾ことだまで蜂の巣か、笑かし棒ラフィング・ボーを喰らって、涙を流しながら床をのたうち回っていたかもしれねえ。

 助かった、というのがほんとのところだ。

 

 しかし、それにしてもムロキのお嬢ちゃんの技はどういうこった。

 プロの寝言銃ネミー・ガン使いの沽券にかけて、ガイの動きは尋常じゃない。

 いくら危険な寝言の摂取方法によって身体を極限まで強化しているからといっても、よほどに高められた笑かし棒ラフィング・ボー使いでなければ使いこなせない技の数々。

 だが、対するムロキの技のキレはそれを凌いでいるじゃないか!

 

 流れ弾がそれぞれのパートナーに当たらぬよう、また、死角からの一発を撃たせぬよう、オレとタツヒコは目まぐるしくポジションを入れ替えながら戦う。

 その背後で笑かし棒ラフィング・ボーが打ち合わされるたび、笑撃波しょうげきはがホールを揺るがす。

 笑いと笑いがぶつかり合って起きるエネルギーにオレは総毛立つ。

 

「やるじゃねえか、バニーちゃん」

「どうしたガイッ、そんな痴女ちじょ、得意の下ネタで赤面させてやれッ!!」

「そ、それがッ、コイツッ、効かねえッ、うまく凌ぎやがるッ」

「バニースーツは心を裸にした者にしか、その《ちから》を貸しませんッ!! 秘められし内心をカタチにした存在こそが、真のバニーガールなのですッ!! 《夢》は《ちから》だからですッ!! 喰らえッ、乙女チックドライヴの真のパワーを、ですッ!!」


 なに言ってんだかさっぱりわからねえが、恋する乙女のパワーがどんなにすごいかはオレだって良く知っているし、なるほど痴女ちじょと見紛うばかりのバニースーツで仮面を脱ぎ捨て素顔をさらした女が、いまさら低俗な下ネタなんぞに狼狽えるはずがない。

 アイツはもう恥を捨てた存在、自身をネタと同化させし者──超悦者ちょうえつしゃなのだ。

 

 なるほど、オモロ流の極意はまさにそれだ。

 己自身をネタとすることで、他者を貶めるのではなく救う活人の笑い。

 我が身を犠牲にする両刃の剣でもそれはあるが──兄と慕うトビスケを救おうという気概が、ムロキに一線を踏み越えさせたのだろう。

 あまりの気迫にガイが押されている。


「いや、ちがうくて! コイツ、馬鹿力が凄えんだよ! ゴリラかッ!!」

「むかしから壊すのは得意ですッ!! お好み焼きもケーキも木っ端微塵ッ!! スーツケースなど、一捻りッ!! 馬鹿力も《ちから》なればッ、ですッ!!」


 鍔迫り合いからの踏み込みでガイを吹き飛ばしながらムロキが叫ぶ。

 広間に据えられていたテーブルや調度品を巻き込みながら、ガイが倒れる。

 やっぱりよくわからねえが、スゲエ破壊力だ。

 

「いまですッ!! ゲンさん、奥にッ、通路にッ!!」


 呆気にとられる男たちを尻目にムロキはオレに指示した。

 そうだ、オレの目的はコイツらと戯れ合うことじゃねえ。

 トビスケを、そして、エリスを救い出すこと。

 

「おおおおおおおおおおおおおッ、どけええええええええええッ!!」


 オレは走る、ムロキの掩護を受けながら、中年の脚を必死に動かして。

 タツヒコの言弾ことだまが至近距離で弾けるが、かまっちゃいられねえ。

 大広間を駆け抜け、クッコローネ首領:萌杉もえすぎの私室に踏み込む。

 

 居間にかけられた掛け軸を跳ねのけ、隠し通路へ躍り込む。

 その先に待つという邪教の神殿──歪んだ欲望の結晶を撃ち込みエリスを異世界化させようという儀式が行われているはずの現場へと、ひたすらに駆ける。 

 

         ※

         

「そんで、コイツだ。仕上げに、オレの額に貼り付けてくれ」

「オマエ……って、こりゃあ忘却の呪符フダ……通称:ド忘れくんじゃねーか! ナニするつもりだ、こんなモン?! それに、その寝言銃ネミー・ガン銃把じゅうは……いまエンブレムに偽装して呪符フダ張ったろ?! どうするつもりなんだ?!」


 舞台裏を思わせる狭く暗い隠し通路を駆け抜けながら、オレはカチコミの直前にトビスケと交わした会話を思い出している。

 背後からは追いかけてくる戦闘音楽は、ムロキが退きながらヤロジマンの追撃を阻んでくれている証拠だ。

 ありがたいことだというのと同時に、すまねえとも思う。

 オレはダチ公の妹分に危ない橋をまた渡らせてしまっている。

 それもほかならないオレ自身の望みのために。

 どうしてもエリスを助けてやりてえんだ。

 

 だが、それだけじゃない。

 早くオレが現場に駆けつけなければならない理由は。

 すべてはトビスケが立案した作戦に起因している。

 

「オレの腕前じゃ、よっぽどか近距離に入らない限り、標的に一発必中、ってーのは難しいからな」


 アイツはそう言いながら切札を施されたオレのサイドアームを一丁、慎重にホルスターに収めた。

 

「いや、トビスケ。《ポータル》を狙うだけなら、十メートル以内で充分だ。それくらいなら」

「プレッシャーかけるなよ、ゲン。オメエ基準で話をすんじゃねえ。たしかに五十メートル先の釘の頭にだってハンドガンで命中させられるオマエの腕前なら朝飯前だろうがよ」


 それに、とオレの説得を躱しながら、トビスケのヤツは言ったんだ。

 

「儀式、ってーなら、《ポータル》の至近距離にいるのは間違いなくエリスだろう。《ポータル》に一発叩き込んでパーフェクトエンディング、って手は使えねえ。これは間違いないことだぜ」

「?! ちょっとまて! そんじゃオマエ、この作戦どうなるんだよ?! 無駄足じゃねえか!!」

「だから聞けって。いま、銃把じゅうはに小細工したのは見てただろ?」


 意味がわからず問いかけるオレに、片目をつぶって見せたトビスケが不敵に笑った。

 

「だからあんなに慎重に……オマエまさか!」

「捨て鉢にゃなっちゃいねえよ。ただ、オレがバンザイアタックかますより、こっちのほうが百倍も確実だからよ」

「……ワザと敵に見つかるつもりか」

「あたり。良い勘してるぜ、ゲン。さすがわ、オレの相棒」

「じゃあ、まさか……標的は」

萌杉もえすぎって男がオレたちの分析通りの男なら……始末を自分でつけたがるだろうなあ。姫騎士を陥落させるのにご執心の同人サークルのアタマ、だぜ? お山の大将が、自分の《ちから》を周囲に誇示するチャンスを逃しはしねえよ。そうだろ? だから、そこが仕掛けドコロなんだ」


 トビスケのヤツは、自分の立てた計画の確かさを話した。

 タバコを吸うその手が細かく震えてなけりゃ、完璧だった。

 

「使うのか……ニンゲンに……あの弾を」

「そりゃ相手さん次第だがな。だから、ゲン、オレの額にド忘れくんを張り付けといてくれ。作戦のこの部分だけ忘れるように調整しといたからよ」


 オレにだって良心の呵責はあるからさ。

 アレを受けたムロキがどうなったのか……一部始終をオレは見て、看て、そして、助けたんだぜ?

 想像するだけで震えちまうよ。

 言いながらタバコの煙を吐き出しもう一度、笑うトビスケの顔には寂寥せきりょうが宿っていた。


「身の内にドデカイ闇を抱えてるヤツじゃなけりゃあ、コイツは効果を発揮しない。そもそもの作戦は成立しない。萌杉もえすぎは、それにはうってつけなのさ」


 あと……まあ、オレとかな。

 冗談めかしてトビスケは言ったが、オレには笑えなかった。

 

「でまあ、そんな外道な作戦を仕掛けようってんだ。正直者で肝の小さいオレじゃ、顔はともかく手に出ちまう。そこで、このド忘れくん・・・・・なワケよ。そもそも憶えてねえんじゃ、ビビりようもねえだろ?」


 あのときほど、オレは相棒のイカレ具合に呆れたことはなかった。

 バレないようにするために、自分の記憶を消す、と言うんだ、トビスケは。

 バカでなければドアホウだろ、こんなの。

 そうだろ。

 

「すまねえ、トビスケ。危ない橋を渡らせちまう」

「逆だ、逆ッ!! ここまで来て、考えられる手がこんなのしかなくて、ホント申し訳ねえのはこっちだぜ。一発限りのぶっつけ本番。仮説を裏付けるための実験をしているヒマもねえ」

「バッカやろう……こんな大博打、聞いたことねえぞ!!」


 吐き捨てるように言ったオレの言葉に、トビスケは笑いやがった。

 声をあげて。

 ザッツ・エンターテイメント、てな? と。

 

「ただまあ……どっちにしても早く来てくれ。この手を使ったら、そりゃあ最終局面だ。エリスを担いで逃げるのは、オレひとりじゃあ、どうしたって荷が重いからな。……あと、トチ狂ったオレが忘れてるのを良いことに銃を引き抜いたり・・・・・・・・しないように祈っておいてくれ」


 あとはオレの騎士道精神にかけようじゃないか。

 そう言って、トビスケは忘れた。

 

 自身で立案し、仕込んだ作戦の最重要項目を。

 

 だから、オレは行かなくちゃならないんだ。

 アイツが信じ、決行した「行い」を無にしないために。

 まってろトビスケッ!!

 

 ──眼前に光が見えた。

 

 そして、ついにオレは辿り着く。

 最終決戦の場。

 異世界生誕の儀式のど真ん中へ。





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