■第三三夜やん:陥落ブルース
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「わたしをどうするつもりだ」
「悪いようにはしないさ……と言いたいところだが、それは無理な相談になってしまった。おとなしく我々の目的に協力していれば、これほどの大事にはならなかっただろうに。キミとキミの友人たちが招いたのだよ……この結果はね。さきほどわたしのトランシーバーに連絡があった。柔毛ダイスケを捕らえた、とね」
「うそだっ!!」
「嘘かどうかは、すぐにわかるさ……もっとも、それまで、キミがキミ自身を保てていたら、の話だが」
不穏な会話をオレは耳にすることになった。
よっ、オレだ、トビスケだ。
いま、連中が所有する特異点:《門》を掲げる女神像の、そのすぐ近くに潜んでいる。
いや、もっと正確に言おう。
その様子を眼前に見ながら、十人はいるだろうか寝言師の連中に混じって、姫騎士陥落ものの雪ぎの手伝いをしている。
というか、その指揮を取る役だ。
こちとら本職だからな。
ぎこちない手つきの見習いとは年季が違うぜ。
さらには、連中が被ってるフードがいい感じに素性を隠してくれる。
えらい早いなって?
バッカ、こっちだって尺の都合が……もとい、本業の寝言師とマジモンの仕事道具が合わさったときどんなに恐ろしいか、知らねえのかって話だよ。
邸内に入り込み手下の一匹に呪符さえ張っちまえば、あとは楽勝だった。
オレをとらえてしょっぴかせる演技を強要し、警護を擦り抜け、あちこちに寝言をばらまいてやった。
いま、萌杉がゲンを捕らえた報告を受けた、ってエリスに言ったろ?
アレもオレの仕業。
情報撹乱はお手の物だ。
で、エリスから教えられた抜け道を使い、オレはいまここにいるって寸法だ。
たいした苦労もなかったよ。
だが、こっからが難題だ。
ケリをつけるだけなら、いますぐにでもできる。
二十メートル先で輝く《門》に、例の黒い弾丸をブチこんだら……たぶん、終わる。
ただし——そのあと起こるであろう現象からはオレはともかく、エリスは逃れられない可能性のほうが高い。
なにしろいまオレたちの前で輝いているのは「別次元の宇宙とつながった通路」なんだ。
特異点、って名前は伊達じゃない。
時空そのものの歪み、なにが起こってもおかしくない場所。
それがいま、オレたちの眼前で口を開けている。
そして、いまからオレがしようとしているのはその「なにが起こってもおかしくない場所」をぶっ壊そうとする試みなんだ。
この異世界を殺す弾、でな?
無事で済むわけ……ねーよな、どんなに希望的観測しても。
時空間で撓められていた超エネルギーの寝言が吹き出してくるのは確実だ。
死ぬぐらいで済むのかどうかすら怪しい。
なんとか隙を見て、エリスをここから離せればよかったんだが——それも難しい。
着せられていた。
無骨だが趣味性あふれる重甲冑を。
総重量約二十五キロの板金鎧。
冷たい鉄=鋼の甲冑はエルフ族から《ちから》を奪う。
横座りになり、両手で上体を支えるのが精一杯、という様子だ。
担いでかっさらうには……中年の肉体がうらめしい。
さらには禍々しい甲冑で重武装した護衛が、対寝言防御の施されたシールドを構えて四方を守っている。
祭祀空間には幹部連中ですら立ち入りは許されないということなのだろう。
スーツ姿の連中は見当たらないが、かわりに信者的な連中がいたるところで低く祝詞のように同人誌を読み上げている。
そして、祭壇周辺では、何人もの寝言師たちが同人誌から雪ぎ終えた寝言を巨大な硯に向かって流し込んでいく。
まさに邪神に捧げる儀式、そのものだ。
「見たまえ、いよいよだよ」
そして、萌杉の言葉に和装の袖をタスキでたくしあげた小柄なジジイが、影から進み出た。
「!」
オレは思わず声を上げそうになった。
ありゃあ、ヨガリの爺じゃねえか?!
まえに話さなかったか?
オレとムロキの昔の師匠。
鼻持ちならねえくそったれのヒヒ爺だ。
そいつが、なぜ、どうして、ここにいる?
とっさに顔を逸らし、目が合うのを避けた。
だが、オレの驚愕と疑問よりはるかに早く現実は進行する。
「では、これより姫騎士陥落のための物語をしたためさせていただきます」
うやうやしく数人に担がれて運ばれてきた巨大な筆を、ヨガリの爺が硯に浸す。
途端、そこからゾッとするような臭気とともに青紫色の炎が上がる。
そして、それを使い描かれる物語は……とてもこの場で掲載してよいものじゃない。
淫靡と残酷、官能と絶望——総毛立つような代物。
呪物、あるいは魔性、と表現すべき品が、この世に生まれ出でようとしている。
恐るべき手際のよさと精度。
迷いなどどこにもない筆致。
くやしいが、鬼気迫るとは、このことだ。
意志の弱い人間なら、目にしただけで影響を受けちまうだろう。
京都にいたはずのヨガリのジジイがなぜかここにいることに衝撃を受けながらも、オレは納得している。
クッコローネ首領である萌杉十三の躍進の理由。
寝言に対して詳しかったわけ。
促成栽培で育成された三下だが頭数の揃えられた寝言師集団。
そういうことだったのかよ。
「見たまえ、あれこそが我々クッコローネが、キミたちエルフ族に傾けてきた愛と情熱の結集だよ」
憑かれたように濡れて光る瞳を描き出される物語に向けたまま、萌杉は言った。
エリスは思わず目を背ける。
あたりまえだ。
アレが完成したとき——エリスはそれを肉体に、いや、心に撃ち込まれ、物語そのものと成り果てるのだから。
しかし、萌杉はそのちいさな逃避すら許さない。
エリスの頭髪を掴むと、目視を強要する。
「よく見るんだ。我々人間の、真の望みを」
ちがう! そう反論したくても言葉にすることを許されず、ギリッ、とオレは奥歯を噛みしめることしかできない。
切り札は一発だけ。
手持ちの呪符もここに来るまでに相当消費しちまってる。
オレの寝言銃の腕前はBマイナスがいいところ。
ハンドガンでワンショットワンキル、ってーのは期待しないでくれ。
さらにいうと格闘戦に至っては、ゴミみたいなもんだ。
対して相手は三下とはいえ十人を超える寝言師に、胸くそ悪いが腕前は神業級のヨガリの爺。
護衛同様、必ず寝言用の防御策を講じているに違いない。
どうする?
自滅覚悟のバンザイアタックか?!
騒ぎを起こして、エリスを連れ出す?!
バカ、甲冑含めて七〇キロもある荷物をどうやって運ぶんだよ!!
せめて、ヨガリの爺さえいなけりゃ——だが、この切り札の一発をコイツに叩き込んで、それで終わるのか?
時間は稼げるかもしれない。
向こうだって切り札が完成しないままでは、野望の実現もままならねえからな。
だが……それは根本的な解決ではない。
問題を先送りにしているだけだ。
そもそもこの黒い弾丸……こりゃヒトに向けていいものなのか?
じゃあ、いまオレの戦いを信じて待ってるゲンはどうなる?!
エリスだけは助けなくちゃならねえんだ、なにがあっても!
だが、いったい。
くそっ、こりゃどうすりゃいいんだ?!
考えろ、トビスケ——最善の手を。




