■第三十夜やん:カチコミ☆ビッグリグ
「よくやってくれた……ヤロジマンの諸君……おかげで夢が叶いそうだよ。これが約束の金だ。本のほうはいま増版分が工場を出たと連絡があった。刷り立てが届くことだろう」
ひざ上のネコ耳娘のぬいぐるみを撫でながら、ブランデーグラスをくゆらし、男が言った。
貫録ある顔つき、体つき、頭髪をなでつけ、萌キャラナイズドされたエルフ姫騎士が裏地に縫い取りされたナイトガウンを羽織る男。
このような男が広域指定成人同人サークル・クッコローネの長:萌杉十三以外にあろうはずがなかった。
狩りの獲物よろしく壁面を飾るのは、それぞれあられもない姿をさらすヒロインたちの抱き枕にほかならない。
裏マーケットに流せば視界に入るものだけで、ちいさな屋敷ひとつが贖えるほどのプレミアがついているものばかりだ。
「ありがとうございます、萌杉さん。わたしたちもお役に立てたようで、なによりですよ。ずいぶんと損害を出しちまったが……なにしろ相手はあの柔毛ダイスケとその相棒、そこに加えて太陽の歩く塔まで相手にしなけりゃならなかった。正直、一筋縄ではいかなかった」
「わかっているとも、諸君の働きにわたしはたいへん満足しておるんだ。例の追加報酬の件だが、倍増させておいたよ。よかったかな?」
「これはこれは。ありがたいことです。刷り立ての増版はいいものだ。あのまだ乾ききらないインクの匂い。たまらないものがある」
「なあに、これからだよ、タツヒコくん。これからだ。君たちが連れてきてくれたエルフの娘が世界を変えてくれる……そして、邪魔は入ったが……柔毛ダイスケと抱枕トビスケだったか……彼らの存在が、むしろわたしを押し上げてくれた」
口ひげを生やしてはいるが、それはもしかしたら生来の神経質な気質を覆い隠すためのファッションの一部なのかも知れない。
ブランデーグラスに鼻を入れ香りを充分にたのしむと、中身を舐めて、萌杉は笑う。
「もうすぐ、もうすぐだ。新天地だよ、タツヒコくん。これまで人類がどんなに望んでも到達を許されなかった場所へと、我々の手が届くのだ。エルフ! そして姫騎士! 異世界が衝突してくる以前、リア充たちがどのような仕打ちをしてきたか! 蔑視に、揶揄に、言われなき迫害に耐え、我々は歩んできた! だが、信じて進む者を天は見放さなかったのだ! まず異世界衝突があった。そして、次は異世界を創るのだ! 我々が、我々の手で。かつて、実在を笑われた妖精騎士たちとのめくるめく享楽の世界が、いますぐそこに!」
自らの演説に酔ったようにグラスを置いて立ち上がり、萌杉は拳を振り上げた。
「すばらしい。実現の折りは、ぜひともあやかりたいもんですな」
拍手。それからヤロジマンリーダーである厄紋タツヒコは、杯をあおった。
もちろん中身はウーロン茶のストレートトリプル=漢たちのバンカーである。
「いやあ、うまい。じつにうまい酒だ」
「キミが漢たちのバンカーの愛好者であると知り、わたしも嬉しいよ。他人のような気がしない。できればキミのエルフの趣味を聞いておきたかったな」
「いやあ、そいつは……やめておきましょう。せっかくの漢たちのバンカーがまずくなる」
目を伏せ慇懃に返答を固辞すると、帽子を被り厄紋は席を立った。
「おや、どこへいくのかね」
「まだ仕事が残ってますんでね。お忘れですか。あなたが大願を成就させるまでがわたしたちとの契約だ」
「しかし、もう妨害してくる連中などいない。抱枕トビスケは掲載不可能となった。柔毛ダイスケもアーティスティック・エクスプロージョン光線(通称:アイエー砲)を喰らったというではないか。大爆発を起こさずとも、二度と立ち上がれまい。キミの報告書にあっただろう?」
「たしかにダイスケはアイエー砲を喰らいました。この目で見たんだ。たしかにそう報告しましたよ。だが……再起不能になったかどうかはわからない」
なぜかゲンの復活劇を心のどこかで信じている口調で言うタツヒコに萌杉が不思議そうな顔をしたそのとき——バン、とノックもせずに人影がふたりの部屋に飛び込んできた。
「タツヒコッ!! 萌杉さんッ!! 敵襲だ!! ジャックされた同人誌運搬用のトラックが門を突き破り、庭を荒らし回ってッ!! カチコミだッ!!」
ヤロジマンナンバー2の男:交奇知ガイの叫びがこだまする。
そして、巨大な質量が減速を考慮せず激突した激震が、屋敷を揺るがした。
※
巨大なビッグリグ(日本ではコンボイで知られる巨大トラック)が萌杉邸の門構えを破砕しながら突っ込んできた。
地獄のデスなロード的な武装を思わせてデコレーティングを施された車体には「充塡率百二十パーセント」の文字が。
車上には「異世界転生上等」のプレートが、燦然と光り輝く。
世紀末を想起させる肩パッド装甲で全身をガードする運転手は、広い中庭で思いきりハンドルを切ると、コンテナのハッチを開放し、満載された同人誌の段ボールを次々とばらまいた。
駆けつけた警備の人間もあまりのできごとに近づけない。
「どーしたどーしたッ!!! コイツを止めるには、ロケットランチャーが必要だぜッ?!」
フルフェイスヘルムのフェイスガードを押し上げて喚きながら運転手が寝言銃を乱射する。トラックに搭載された拡声器が、ひび割れた大音量で運転手の叫びを増幅し、容赦なく鳴らされるクラクションが正常な思考を許さない。
「さあああああああああああッ、クッコローネの皆さん! そしてヤロジマンどもッ!! はじまるぜッ?!」
メリーゴーランドだッ!! 獰猛に笑いながら寝言銃を放つ男は——柔毛ダイスケ。
そして、そうであるからには、放たれる弾丸は乱射されているのではない。
そのすべてがばらまかれて散乱する段ボール箱に命中し、とてつもない反応を巻き起こした。
エンジン音とクラクション、そして銃声を圧する勢いで吹き上がった黒い炎ともに怨嗟にも呪詛にも似た詠唱が、箱から巻き起こる。
上役たちに叱責されるカタチで中庭に集結しつつあったクッコローネの下っ端たちが、耳を押さえ、胸をかきむしり、頭を抱えて悶絶してゆく。
「や、やめえ、も、もうやめてえええ、ゆるしてえええええ、よんじゃ、読んじゃらめなの、らめえええええええええええッ!!!」
ああ、これが。
これこそが共感性羞恥。
広域成人指定同人サークル活動に、いやさ創作活動に関わったことのある人間であれば、ひとつやふたつは必ずもっているであろう後ろめたい羞恥心、つまり古傷を、その攻撃は確実にえぐっていたのである。
放たれた弾丸はあの「詠唱系弾頭」であり。
そして、同人誌に偽装して邸内に持ち込まれたのは、ヤロジマンの兵卒たちがまとっていた黒歴史化されたボディアーマー。
ゲンはそれを逆手に取ったのである。
「恨むなら、そんなもんを戦争の道具にしようと考えたヤツを恨むんだな」
ゲンはそう言い放つと車体を立て直し、ギアを入れ直し、アクセルを踏んだ。
「いくぜッ、クッコローネッ!! 虜の姫さん、返しやがれーッ!!!!」
※
世界の終わりかと思うような轟音とともに巨大な車体が立派でどでかい玄関をめちゃくちゃに破壊していくのを、オレは見たり聞いたりした。
「いっててて、くそう、ちょーしに乗り過ぎた」
もうもうと塵埃の立ちこめる玄関に乗り込み、フェイスヘルムやら重たいボディアーマーやらを取っ払う。
びっしりと一面に描き込まれたマンガは、すべて黒歴史だ。
「痛車つうのは、なかのヒトは見えないからな。そう考えると、痛チャリとかのほうが難易度高いんだよな。だけど、このボディアーマーとかはどうなるんだ? 痛人間? 痛人?」
思わず悪態が口をつく。
よ、オレだ、ゲンだ。
けっきょくあれから、オレたちはムロキを連れて市内まで戻ってきた。
ヤロジマンのボディアーマーを何着も失敬してな。
それから印刷所から発進するビッグリグを奪い取り、ここまで爆進してきたわけだ。
てっきり食い下がってくるとばかり思っていたムロキがやたら素直だったのだけが謎なのだが、トビスケの懇願が効いたのかもしれねえ。
邸内の間取りはエリスの話から、ある程度わかっている。
例の儀式の間だかなんだかを目指すには、この先にある大広間を突っ切り、萌杉の私室を突破しなきゃならねえ。
その奥に掛けられた肌色系掛け軸の裏側に隠し通路がある、とのことだった。
そこへ至るためのオレの進路は、つまるところ正面突破だ。
バカっぽいが、陽動としては目立たなきゃ話にならねえ。
「オイッ、オレだッ!! 柔毛ダイスケだッ!! 聞こえてるか、ヤロジマンッ!! 相棒:抱枕トビスケの仇を、討ちにきてやったぜッ!! 出てこいよッ!!」
廊下の角から現れた三下を数人ヘッドショットで造反させ、こちらの手駒を増やしながらオレは叫ぶ。
そして、駆ける。
がらりっ、と仰々しくジャパナイズドされた萌絵の描かれたふすまが開いてわんさか雑魚が出てくるが——手榴弾で蹴散らす。
もちろん、特製の寝言入り。
ランダムに属性変更された連中が同士打ちを始めるのを構わず、走る。
大広間へのアプローチは二階にある渡り廊下を使わなければならない。
厄介な。
逃げ場のない渡り廊下のような空間は、守る側が圧倒的に有利だ。
案の定、雨あられと言弾が浴びせかけられ、オレは階段の陰に釘付けにされてしまった。
しかもショットガンタイプの武装も混じってる。
五十メートル以内での撃ち合いで、ハンドガンでショットガンに勝つのは相当無理がある。
「くっそ。どうする——ここで挟撃されたら防ぎきれねえ」
数発もらうのを覚悟で前へ出るか?
胸部と腹部を重点的にガードする呪符=通称バカの壁を確認してオレはうめいた。
軽い弾だけならともかく、重寝言弾頭はこれじゃあ防げない。
ダーン、ダーン、ダーン、と立て続けに音がして、銃撃がぴたり、と鳴り止んだのそのときだ。
「狙撃?! まさか、トビスケか?!」
打ち合わせにはまったくなかった援護に、オレは戸惑う。
だが、こっそりのぞくと、数名の男たちがアヘ顔を覗かせ倒れているではないか。
わあこれ、エロい系の弾だ。
完全に掲載不可能。
「南無」
そっと手を合わせ、駆け出しかけたそのとき、陰から敵が現れた。
二丁拳銃。
だが、タツヒコではない。
「邪魔だああああああああああああッ!!!」
応戦した。
一秒の間に数発を叩き込む。
だが、相手もそれなりの使い手だ。
いいやつを一発もらい、オレは意識が寝言に冒されるのを感じ——る直前、サイドアームを引き抜き、頭を自分で撃ち抜く。
被弾した際のために、オレはサイドアームに自分の人格を書き換えるための弾を込めている。
ここにはいつも助けてくれた相棒はいない。
自分でやるしかねえんだ。
上書きに次ぐ上書き。
人格が揺さぶられ、自分の輪郭が曖昧になる。
「ちっきしょう——しっかりしろ、柔毛ダイスケッ!! おめえは、エルフ好きの、エリスが好きな、寝言銃使い、だ」
頭を振り、敵性寝言を追い払う。
だが、さすがにいまのはキた。
「やべ、やべえよ……萌絵に反応しちまいそうになっちまった。大きなお友達になっちまうところだった」
両膝、両手をついて荒い息を吐く。
階下から怒号とも悲鳴ともつかない大音声が響いてくるなか、唾を吐いてから、オレは立ち上がると再装填を行い、大広間へと続くドアを開ける。
そして、聞く。
「ようこそ、柔毛ダイスケ——かならず来ると思っていたよ」
時代遅れなサングラスをかぶり、ちゃらちゃらとオートマチックタイプの寝言銃を振って見せるスーツ男がそこにはいた。
「よお、おそかったな——もうはじまってるぜ?」
なぜか親しげに、嬉しげに話しかけてくるこの勘に障るヤローはだれだ?
やばい、さっきのショックで思い出せねえ。
「すまねえ……どちらさまだっけ?」




