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■第二九夜やん:異世界を殺す弾

 

「さて、それにしても、だ」


 離れた場所に止めていたおかげでなんとか無事だった愛車:くろがね四起を暖気しながら、オレたちは今後の方針を話しあった。

 エリスをさらい逃走に成功したヤロジマンは相当に慌てていたのだろう。

 雑なカモフラージュしか施してなかったオレたちの車にも、装備類にすら手をつけることもなく全速力で遁走したのだ。 

 

「ここから先、敵地に飛び込んでくとなると、もうこりゃカチコミ以外のなんでもねえぞ。片道切符覚悟のな」

「上等だ。どーせだったら、大爆発させてやんよ奴らのアジトごと……アーティスティックにな」


 だが、そのまえになにがどうあっても、エリスだけは取り戻して、もとの世界に帰してやらねえとな。

 覚悟を問えば、ゲンからは威勢のよい返事が返ってきた。

 死地と知りながら飛び込む男の目には、しかし、イキイキとした精気があふれている。

 先ほどまで、太陽の歩く塔にコテンパンにされて世を倦んだ瞳をしていたフヌケはそこにはいない。

 それでこそオレの相棒だ。

 

「よし。ただ、奴らと差し違えるだけならともかく、人質を奪還して送り返す、となると事前に充分な打ち合わせが必要だ。……なにしろ、あの奇跡の一発は、使っちまったんだからな」


 そう、太陽の歩く塔のコアであるアーティスティック・エクスプロージョン・ドライヴ(通称:AED)に投じられ、エリスの属する異世界への《ポータル》を開くカギとなるべきだった深層の森のディープ・フォレスト投影・ランドスケープの記憶の封ぜられた弾は、もうない。

 ゲンの草稿も渾身の一発をこしらえるために行った「そそぎ」の儀式のおかげで、失われてしまった。

 書き直しているような時間は、ない。

 なぜならば。

 

「じつはな、ゲン……オレ、わかったかもしれねえんだ。クッコローネの首領、萌杉もえすぎ十三じゅうぞうの考え……いや企みが。ほんとうかどうかは、まだ確信がもてねえんだが」

「きかせろ」


 車の助手席で己の考えにまだ確信が持てずにいたオレを、ゲンが促した。

 

「コイツは仮説だ。あんまりに荒唐無稽で、バカバカしいが……考えれば考えるほど、そうとしか思えないんだ。だから、最後まで聞いてくれ」


 そう前置きして語りはじめたオレの説に、厳しい表情だったゲンの瞳が驚愕きょうがくに見開かれ、それから以前にも増して厳めしいものになった。

 

「もしかして……萌杉もえすぎは同じことを考えてたんじゃねえか。オレたちと。あー、エリスを帰してやろう、という試みのひとつ前、な」

「つまり?」

「オマエの本とエリスが触れあったときに起こった異世界化現象を起こそうとしてたんじゃねえのか、って言ってるのさ」

「!」


 ゲンは顎に手をやると、大きく息を吸いこんだ。

 オレがオマエの本、と呼んだことにも気がつかない様子で。

 

「じゃあ……まさか……エリスがカルト集団みたいな連中に祭壇で囲まれ、甲冑を着せられたあげくに……姫騎士陥落ものを読まされた、というのは……」

「儀式、あるいは一種の調教……いや、洗脳というべきか」

「いや、それは無理があるだろう! あの現象は読者が作品に共感する《ちから》を起爆剤にしてるんだぜ?!」

「たしかにそうだ。だから奴らは失敗した。最初は、な」

「??? どういうことだよ?!」


 興奮して詰め寄るゲンをオレは押しとどめ、続けた。

 血走った目にごまかしようのない怒りが宿っている。

 ゲンは案じているのだ。

 エリスを。

 本気で。 

 だが、そうであればこそだ。

 

「おちつけ、ゲン。まだ話は終わってない」


 むう、と唸るゲンを横目に、オレは続けた。

 

「だが、アイツらは体験した。オマエの本と、エリスの共感が引き起こした異世界化現象。それが可能にした深層の森のディープ・フォレスト投影・ランドスケープという大魔法の顕現を」


 やつらにドデカイ混乱を巻き起こしたに違いないからな。

 だからこそ。

 

「しかし、奴らは詳細を知ってるわけじゃねえぞ?!」

「たしかに手下どもは魔法の森で右往左往して時間を浪費しただけだろうな。けれども……ずっとそれについて研究してきた男なら……どうだ?」

「まさか」

「まさか、じゃねえぞ、ゲン。よく考えろ。エリスをこちらの世界に呼び寄せたものは、エリスが人間世界を望んだ心と、人間がエルフを……いいや、言い直そう。萌杉もえすぎがエルフを望んだ心が《ポータル》に作用して引き合わせた必然だったんだ、と」


 ゲンの顔色が蒼白に変わるのが傍目にもわかった。

 オレの語る仮説がどんどん信憑性を帯びていくことへの、それは反応だった。

 

「そして、オマエとエリスの逃避行の間に起こったあの事件——エリス自身をコアに新しい異世界が誕生しようとした——を体験した奴らは、ついに確信に至ったんだ。自分たちの《ねがい》を叶えるための方法に」


 つまり、あの現象を意図的に起こせばいいのだ、と。

 

「ちょっとまて! だからそれはできないって言ってんだろ! あれは本と読者の間にある共感を」

「寝言」

「あ?」

「寝言にしたらどうだ? 世にあふれるありったけの姫騎士陥落モノをそそいで、言弾ことだまに精練したら?」


 ガッ、とゲンがオレの胸ぐらを掴んできた。

 わかっている。

 オレに暴力を振るいたいんじゃコイツはねえ。

 語られる仮説の非道さに、憤り、エリスの身を案じるあまりに手が動いただけだ。

 

「どうだ?」


 だからオレも訊いた。

 つとめて冷静に。

 オレ自身がなんども本能的な危険を感じてきたその理由、根源にようやく辿りついて。 

 

 書籍と読者の間にある真摯で敬うべき貴い関係を寝言は無視する。

 本と読み手が互いの間で育みあう友情や男女の愛にも似たプロセスを、言弾ことだまは踏みにじる。

 寝言の本質は共感ではない。

 強制だ。

 物語の。

 

 相手を思う様、物語の一部にする。

 それが書籍と寝言の間にあって、似通っていながら異なる部分だ。 

 

 寝言には相互の意思確認など介在しない。

 相手を支配するための道具——それが寝言であり、言弾ことだまなのだ。

 

 だから、それをこしらえる寝言師たちも、寝言銃ネミー・ガン使いたちも自覚している。

 オレたちは裏側の、闇の側の存在。

 そうでなければならないのだ、と。

 こんな方法で人間を物語の隷下とするような所業が、胸を張って堂々と成されてはならないのだ、と。

 知っているのだ。

 文筆業の末席とはいえ、そこに敬意と誇りを持っているのだ。

 

 だが、オレの推理が確かなら。

 クッコローネは、その首領たる萌杉もえすぎは。

 すべての禁忌を侵してでも、己の大願成就のために、それを行おうとしている。

 人間たちの叶えてはならない欲望の集大成を弾丸にして、エルフの姫君に撃ち込み——自分たちの理想郷を創り出そうとしている。

 

 なぜなら、本物の異世界存在であるエリスにとって、寝言は文字通り別次元の作用をするからだ。


 思い返せば一番最初、出逢ったときからそうだった。

 寝言のなかでは最低級の名称変更系弾頭一発で、あのエルフの娘は哲学的雌豹に変じた。

 効果そのものは予想されうるものだったが——効き方は強烈だった。

 あれは普通ではなかったのだ。

 専門家であるオレをして混乱を来したのは、だからだ。

 つまり異世界の存在に対し、寝言は劇的な効果を上げるのだ。

 

 クッコローネ首領:萌杉もえすぎが、頑なにエリスへの言弾ことだま使用を禁じてきた理由。

 オレの自宅への襲撃時、連中が安い弾を使いまくった理由。

 もしかしたら、その可能性にあのときすでに萌杉もえすぎという男は辿りついていたのではないか?

 そして、ここ一週間ばかりの、オレたちとのドタバタで、ついに確信に至ったのではないか?

 

 言葉にしてから、オレにもアレ以来、ずっと感じてきた危機感の正体がはっきりとわかった。

 

「させねえ。そんなこと、あっていいはずがねえ」

「だが、どうする。手持ちの兵隊はオレとオマエ。連中全部をぶっ飛ばすのは、どう考えても無理筋だぞ?」

「トビスケ……オレがエリスから聞き出した情報によれば、奴ら邸内に《ポータル》を隠してやがんだ……まず、そいつをぶっ壊そう。今日のドンパチでオレはともかく、オマエはたぶん死んだと思われてるはずだ。その思い込みを利用する。まず、オレが騒ぎを起こして奴らを引きつける。その間に《ポータル》を叩いてくれ。アーティスティック・エクスプロージョン・ドライヴ(通称:AED)と同じ原理なら、寝言が効くはず……大爆発が……その隙に……」


 提案するゲンの言葉が段々、尻すぼみになっていくのがわかった。

 第一に《ポータル》に寝言を叩き込んでも大爆発が起こるとは限らない、ということ。

 第二に、仮に《ポータル》が大爆発を起こしたとして、至近距離から言弾ことだまを叩き込んだオレの生死もまたわからない、ということ。

 第三に、《ポータル》には、異世界の住人であるエルフがどんな弾種に対してでも異世界化を起こすのではないように、すべての寝言・言弾ことだまが効くのではない、ということ。

 それは太陽の歩く塔相手に、ほかならぬゲン自身が証明したではないか。

 

 自身の語る作戦のあまりの荒唐無稽こうとうむけいさにゲンが口をつぐんだ。

 犬死に確定としか思えぬプラン。


「オマエ、それ、だいぶ無理があるぞ」

「すまねえ。正直、どうしていいかわからねえんだ」


 オレがツッこむまでもない。

 両目を掌で押さえてゲンがうめく。

 そんなゲンに、ふふん、とオレは鼻を鳴らしてやった。

 

「だが、イイ線いってんじゃねーか? 《ポータル》に弾を叩き込んだあとのオレがどうなるのかだけが、よくわからねえけど」


 あ? とゲンが顔を上げてオレを見た。

 目元がちょっと濡れている。

 泣くんじゃねえよ、みっともねえ。

 

「あんのさ、ゲン。もう一発。……コイツはホントに偶然なんだけどな。昔、オレがこしらえた弾がさ……ムロキの物持ちのよさに、乾杯だな」

 

 オレはインヴァネストンビの隠しを探ると、小さなケースに護られたそれを開いて見せた。

 ゲンがその出来栄えと異質さに、ハッ、と息を呑むのがわかった。

 後部座席のムロキも口元を押さえる。

 いや、なんで赤面すんだよ。

 

「お守りのつもりで渡したんだが……居候してたときコイツがあまりにお気に入りだったせいで、羽織る用におさがりにしたオレのシャツのポケットに入ってやがった。後生大事にしやがって……どーだ、ゲン……正真正銘、異世界の破片でこしらえた言弾ことだまだ。コイツは効くぜ?」


 黒曜石を思わせてきらめく弾頭の奥に稲光のごときものが見える。

 一見してあきらかに普通ではないその弾丸は。

 かつて、異世界がオーサカに激突してきたとき、ムロキに降り注ぎ突き立った誤字の群れ。

 それを抜き取り、そそいでオレがこしらえた物語の暗黒面。

 

 異世界を殺すために、オレが心血を注いだ一作だった。

 




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