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■第二八夜やん:ラストマン・スタンディングマン

 

「ぐ、う……ちっきしょ、イテテ」


 全身のあちこちにある鈍痛とあまりの寒さに、オレは目覚めた。

 身体の上にどこから飛んできたのか売店の看板があって、そこにさらに土砂と雪とが溜まっていて……もしかしたらそういう偶然のおかげでオレは生きのびたのかもしれなかった。

 あともうひとつ。

 オレの身体の下に、ムロキがいた。

 そういやあの大爆発の瞬間、反射的に庇ったんだった。

 はだけたインヴァネストンビの前を閉じてやると、ううん、と息をついて目を覚ましやがった。

 

「生きてっか、ムロキ」

「兄さんこそ……額から血が……」

「あ、ああ、どおりで頭が痛えと思ったぜ……なにかぶつかったんだな……切れてやがる」


 だが、命に別状があるほどじゃない。

 オレとしては、ともかくコイツが無事だっただけでも、すこし肩の荷がおりた気がする。

 芝生がえぐりとられ剥き出しになった地面に尻餅をつく感じで座り込むと、オレたちは顔を見合わせて笑う。

 無性にタバコが欲しかった。

 

「おい、ゲン、タバコくれよ……オマエ、オレからくすねたヤツ持ってたろ、なあ、」


 とそこまで言ってオレはハッとなった。

 周囲に立ちこめていたもやを、一陣の風が吹き流し周囲の状況があきらかになったからだ。

 

 ゾッとした。

 ちょっとした崖が彼方に見え、ちぎれ飛んだケーブルやら機能を止めた水道管やらが、ぶつ切りにされた肉の断面とそこからのぞく血管や骨よろしく顔をのぞかせていたからだ。

 

「なんだあ、こりゃあ……」


 いや、わかってはいたんだ。

 ゲンが放った言弾ことだまとアーティスティック・エクスプロージョン光線(通称:アイエー砲)が交差して引き起こした大爆発。

 だが、その威力がこれほどまでとは……さすがのオレにだって予想がつかなかった。

 そう、オレたちがいま折り重なって倒れていたのは、でっかいクレーターの底だったのだ。

 生きのびたのは奇跡だ。

 そんな思いが言葉になりかける。

 うっかり言葉にしかけたそれを、オレはあわてて飲み込んだ。

 なぜかって?

 そりゃあ……オレたちの生還が奇跡なんだとしたら……ゲンは、エリスは、どうなったんだ?

 そういう怖い考えに、至っちまったからだ。

 

「ゲン、おい、ゲンどこだっ?!」


 慌ててついてこようとするムロキを押しとどめてオレはゲンを探しはじめた。

 靴下一丁じゃ、足を怪我しちまうからな?

 捜索開始してすぐに見つかったのは掲載不可能な状態になっちまったヤロジマンの兵卒のひとりだった。

 黒歴史の朗読とそのあとに続いた太陽の歩く塔によるアーティスティック・エクスプロージョン光線(通称:アイエー砲)の攻撃により耐えられなくなって意識を失ってしまっているが、ボディーアーマーとヘルムのおかげか命に別状はない。

 ソイツの両足から軍用のブーツを失敬すると、ムロキに履かせる。

 オレのほうはグローブとマグライトを戴いた。

 これで捜索がしやすくなる。

 それからふたりで連れ立ってゲンを探した。

 

 だが……見当たらない。

 クレーターの底を小一時間は探したろうか。

 見つかるのは、ダメになっちまったヤロジマンの雑魚どもばかり。

 そのころになってからだった。

 ゲンの捜索にばかり考えがいっちまってたオレたちは重大なことを忘れていた。

 

 ちょっとまて……ここは、アイツの……太陽の歩く塔のテリトリーじゃねえか。

 

 オレはムロキを連れ、四苦八苦しながらクレーターを登りきり、地面に這い上がった。

 そして、見た。

 半身を失うほどのダメージを負い擱坐かくざした太陽の歩く塔の姿を。

 めくれ上がった大地。

 まるでナスカの地上絵のように、光線が舐めていった跡を。

 なにかを追うように。

 追いすがるように。

 

 思わずオレは駆けだしていた。

 兄さんッ、というムロキの叫びを背中に聞きながら。

 

「ゲンッ!! どこだッ!! ゲンッ?!」


 だが、そこに残されていたのは塔の内部機関である生命の樹を露出させ、消耗を示すようにアーティスティック・エクスプロージョン・ドライヴ(通称:AED)を明滅させる太陽の歩く塔と、めちゃくちゃな軌道を描く軍用車両の痕跡、入り乱れる男女の足跡だけだった。

 しゃがみ込み靴跡を凝視するオレにムロキが追いついてくる。


「あぶないっ、あぶないから、兄さん!」


 あんなことがあったばかりだ。

 心細いのだろう、声を震わせしがみついてくるムロキに、しかし、オレは構ってやる余裕すら失っていた。

 

「違う……この足跡、わだちはゲンじゃねえ。革靴に軍用のブーツ、それにパンプス……ゲンのはバックスキンのスニーカーだ。ちがう。これはヤロジマン……厄紋ヤクモンタツヒコとその相棒、交奇知マヂキチガイ、そして、エリスのものだ」


 相手の足下を見ろ、というのはオレたちの業界では常識なんだが、これは相手の立場の弱さにつけ込んで商売をしろ、という意味じゃねえ。

 人間の種類ってーのは履物にも現れるぞ、特徴を観察しとけ、という用心のための警句だ。

 セコい、だあ? 勝手に言ってろ。

 目端を利かさねえと生き残れねえ稼業なんだよ。

 裏稼業、って名前は伊達じゃねえ。


「エリスはほとんど意識がないな。爪先がときおり線を引いてる……男たちにふたりがかりで抱えられ、朦朧としながら引きずられてたんだ……間違いない」


 分析を終えたオレはもう一度、擱坐かくざした太陽の歩く塔を見た。

 ミリミリッ、メリメリッという音が聞こえる。

 傷ついた塔の断面が蠢いて見えるのは……錯覚ではない。

 自己修復しているのだ。

 遠からず再生を終え、再起動を果たすだろう。

 

「爆発による大ダメージを負った太陽の歩く塔は追跡したんだ……ヤロジマンとエリスを。ここでひっくり返ってた車両を立て直し、飛び乗った。そして……逃げおおせた」


 バンパク記念公園を貫いて走るわだち目で追い、オレは断言した。

 

「奴らは……ヤロジマンとクッコローネは手に入れた。エリスを」

「兄さん」

「ゲンを探そう」


 不安げなムロキにオレは言った。

 時間がない、とオレ自身をワザと急かした。

 そうやって身体を動かしていないと、イヤな想像に食われて動けなくなりそうだったからだ。

 もしかしたら……いや、絶対にそんなことはない。

 頭を振って妄念を晴らそうとすると、傷が痛んだ。

 

「ゲン、おいっ、ゲーン!! どこだッ!! 返事をしろッ!!」


 いったいどれくらい探し回っただろう。

 オレがヤツを見つけたのは、潅木の植え込み、その枝に受け止められているヤツの姿だった。

 

「ゲンッ!! オイッ!! 生きてるかッ!!」


 肩の高さくらいの場所で空中浮遊中にスリップキメたみたいな格好で浮かんでいるゲンにオレは走り寄る。

 ふうー、とその口元から長い呼気が漏れるのをオレは見た。

 冷たい外気に触れた吐息がタバコの煙のようだった。

 

「おいッ!! ゲンッ!!」

「るせーな……生きてるよ」


 うたた寝を邪魔されたような不機嫌な解答が返ってきた。

 オレは深く息を吐く。

 よかった。

 ひとまずだが、生きてるだけでめっけもんだ。

 

「無事か」

「そう見えるか、トビスケ?」


 気だるげにゲンが言った。

 お前のほうは……と視線で言う。

 ムロキの姿を確認して、ゲンはすこしだけ笑うと、疲れたように目を閉じた。

 薄い笑いは……どこか皮肉げだ。

 

「どうした?」

「いいや、どうもしねえさ」

「ゲン、エリスがさらわれた。奴らだ。ヤロジマン。三人とも生きてる」


 オレはここ数時間かけて得た情報を、また眠り込みそうな相棒に伝えた。

 面倒くさげに目を閉じたまま、ゲンは答える。

 

「知ってる。ぜんぶな」

「?! だったら、どうして!!」


 どうしてこんなところで寝てやがる!

 食ってかかるオレに、ゲンは笑った。

 なんにもわかってねえな、トビスケ、と。

 

「やったんだよ。戦った。戦ったんだ、トビスケ、必死にな。ヤツらがエリスを連れ去るのも、それを太陽の歩く塔のヤツが妨害しようとするのも……ぜんぶ阻もうとした。だけど……ダメだったんだってばよ」


 オレは何発も太陽の歩く塔に言弾ことだまを浴びせかけた。

 ゲンが独白する。

 コアであるアーティスティック・エクスプロージョン・ドライヴ(通称:AED)にも何発も叩き込んださ。

 でも、野郎、びくともしやがらねえ。

 歯牙にもかけやしねえんだ。

 まるでオマエの行動なんざ意味ねえよ、とばかりにな。

 

「そう……だったのか」


 オレは相棒が抱える虚無のカタチに触れて、すこし納得した。

 だが、おかげで納得できないこともあきらかになった。

 

 オレの知るコイツはもっと諦めの悪い男だったはずだ。

 エルフのためなら地の果てまでも赴くような。

 そういう男だったはずだ。

 なのにいま、オレが見下ろすゲンの瞳は諦念に濁っている。

 そんな表情から疑念を察したのだろう。

 ゲンは続けた。

 

「じつはな、トビスケ……言ってなかったことがある。オマエが意識不明でムロキの家で寝てた間にな……オレもこしらえてみたんだ。寝言、つまり、言弾ことだまをな。じつにひさしぶりに、だ」


 それで、一度目の戦いで空になった後の弾倉には、そっちを詰めたんだ。

 だが、アーティスティック・エクスプロージョン・ドライヴ(通称:AED)はウンともスンともいいやがらなかった。

 ノーダメージ。

 効かねえんだ、まったく。

 それだけじゃねえ。

 オレのこしらえた弾丸は、アーティスティック・エクスプロージョン光線(通称:アイエー砲)が擦っても、なにも起きなかった。

 

「これってえのは、アレじゃねえのか。結局のところ、オレの寝言師としての資質は……ダメなんじゃねえのか」

「オマエ、そんなこと」

「いや、マジな話だトビスケ。お前が作り上げたあの運命の弾丸タマを見たとき、わかったんだよ。オレにはこれは造れねえ、ってな。オレにはこれほどのタマを込める《ちから》がねえ、ってな」

「それはオマエの草稿がすごかったから」

「じゃあ、オマエが草稿からこしらえてたら、どうだ。なあ」


 おかしい、とオレは思った。

 自前の言弾ことだまが通じなかった。

 そこまではわかる。

 だが、目の前に救わなければならない女が助けを待っている。

 だとしたら、いつもの、オレの知るゲンならこう言って、当然のように飛び込んでいったはずだ。


「それがどうした。オレがどうするかに、そんなことは関係ない」って。


 それなのにいまのゲンはまるで、まるで別人じゃねえか。

 

「なんだ、ゲン。どうしたんだ。なにがあった?」


 思わずオレは問い質す。

 その視線から逃れるようにゲンは左手で顔を覆い隠すと、言ったんだ。

 

「喰らったんだよ、トビスケ。オレも。アーティスティック・エクスプロージョン光線(通称:アイエー砲)を。……そして、こうやって生きてる」


 意味、わかるだろ?

 オレは、まがいもんだ。

 偽物なんだよ。

 

「まいったぜ……きっついぜ……ヤロジマンの連中が立ち直れねえ理由が、よっくわかったぜ。アートの神さんよお、こんなの、こんなのって……ありかよ」


 たぶん、ゲンのヤツは泣いていたんだと思う。

 圧倒的で絶対的な審判に打ちのめされて。

 汝、芸術にあらず、と判定を下されて。

 オレはなんて声をかければよかった?

 たぶん、あらゆる言葉が気休めだっただろう。

 無駄だ。

 

 だからオレは拳に訴えた。

 グローブを外す。

 これが最低限の礼儀だと思った。

 ゲンを引っ張り起こすと顔面に一発食らわせる。

 

 予想外の攻撃にゲンは吹き飛び、地面に転がった。

 雪が積もっている上に耕し終わった畑みたいな状態に地面はなっている。

 ひどく汚れる程度でダメージは最小限だ。

 だが、慣れない格闘戦にオレの拳はひどく痛んだ。

 

「な、にしやがる」

「なさけねえって言ってんだよ、ゲン」

「なんだと?」

「どこの神さまかしらねえが、ソイツがどんなに偉大な相手かしらねえが、他者に自分の価値を判断されて、それで戦意喪失か。オマエ、ホントにオーサカ最強の寝言銃ネミー・ガン使いか? 傲岸不遜・生意気上等がオレたちの稼業じゃモットーだろうがよ」


 これじゃあ、若い分だけ厄紋ヤクモンタツヒコや交奇知マヂキチガイのほうがマシだぜ?

 拳をさすりながら言うオレに、ゲンは噛みつく。

 

「それはオマエが喰らってねえからだろが! このジャッジを。どうしようもねえ判定を。アーティスティック・エクスプロージョン光線(通称:アイエー砲)が、なんの反応も起こさず胸をすり抜けてく痛みをオマエが知らねえからッ!!」

「知ってるさ」

「あ?」

「知ってんだよ、ゲン。あのな、あんまりに恥ずかしくてオマエにも話してなかったんだが……オレもオマエとまったく同じ目に、昔、あったことがある」

「はあ? え、つまり」

「自分の作品……オレの場合は寝言か——の質を確かめてやる、最高の芸術だと証明してやる……そういう野心がオレにだってあったのさ。傲岸不遜・生意気上等。言ったろ、それがオレたちのモットーだって、な」


 でまあ、爆発もせずにオレがここに立ってることから結果は察しろよ?

 オレは肩をすくめて笑い、倒れたままでいるゲンに手を差し出した。

 捜索の泥に汚れ、切れた拳から垂れた血に濡れた手を。

 

「オマエ、じゃあ、なんで、どうして……」

「矢継ぎ早に答えにくいことを聞くなよ。……切り札を失ったのは痛かったが……オレは内心、してやったりと思っているんだぜ? なにしろ、あのふんぞり返ってオレたちを見下ろしてきた太陽の歩く塔に、ひざをつかせたンだからな?」


 オレと、オマエの共作で。

 指を立てて言うオレに、ゲンは呆気にとられた顔になり、一転、破顔した。

 声をはばからぬ大爆笑。

 だけどオレにはそれは瞳の端に浮かぶ涙を誤魔化すための照れ隠しにしか思えなかった。

 

「オマエ、ホントにクレイジーだなッ?! アレに挑戦するとか、バッカだろ?!」

「るせえ! ンなのオレ自身が一番知ってんだよ!」

「ガッハッハッ!! スゲースゲー、スゲーバカだ。オレが知るなかで、一等、バカだ!」

「やかましいわ! バカバカいうな! 妹分の前だぞ! それを! 恥を忍んで話してやったのに! てめーわ、だいたい、いつも、だなあ、」

「わかった、わかった、トビスケ、勘弁してくれ。は、はらがいてえ!」


 身を折って笑い転げるゲンの尻にオレはケリを入れたが、効いた様子もない。

 そうやってひとしきり笑い終えると、涙を拭いながら、ゲンは言ったんだ。

 

「トビスケ、タバコもってねえか?」

「おめえだろが、オレのをくすねたの」

「わり、あー、あと二本しかねえ」


 ゲンが羽織った革ジャンからパッケージのなかで折れ曲がりくしゃくしゃになったソイツを差し出す。

 互いが一本ずつ取ると、火を点す。

 深々と吸えば、粗造乱造混ぜ物ありありの安物紙巻きの味が口中に広がった。

 

 シケってんな、これ。

 

 互いに見合わすゲンの瞳には、だがもう、あの湿り気はない。

 そこにいたのは、奪われた姫君の奪還を決意した、ひとりのエルフ好きな騎士だけだった。

 

 




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