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■第二六夜やん:アーティスティック・エクスプロージョン(上)


 気まずい沈黙が流れた。


 オレの相棒:柔毛にこげんダイスケ(通称:ゲン)と非合法地下同人組織:ヤロジマンのリーダー、厄紋ヤクモンタツヒコの浅からぬ因縁。

 ついに明らかになった過去の出来事。

 凄腕の寝言銃ネミー・ガン使い同士の決闘は、なんとショットガンの——飲み比べだった。

 

 ちなみにだが、酒場におけるショットガンとはなにか、という説明を軽くしておこう。

 本来的にそれはテキーラとジンジャーエールで作られる……カクテルというか……バーテンダーには眉をひそめられるかもしれない酒の飲み方だ。

 テキーラとジンジャーエールを小振りで頑丈な専用のグラスに注ぎ、手で蓋をしてテーブルやひざに叩きつけてから飲む。

 そうすることでジンジャーエール内の炭酸が発泡し口当たりがまろやかになる……んだが、店のテーブルにガンガングラスぶつけられたら、そりゃ店の人間は怒るわな。

 やるときは気心知れた、それもほんとの場末でやってくれ、って話だ。

 上等のテーブルにそんなことやったら、支払いのとき飛び上がることになるからな。

 ほんでもって、ショットガンの名の由来は、この手荒いこしらえかたにだけ起因しているわけじゃねえ。

 飲みやすいったって、テキーラの度数はだいたい四〇度前後はあるからな。

 クるんだよ、ひざに。

 カクーン、といきなりクる。

 そうやってくずおれる様が、ショットガンで撃たれたみたいだ、って言うのさ。

 

 その飲み比べで、ゲンは厄紋ヤクモンを破り——その胸に消すことのできない落書きをした。

 それが事前に取り決められた約束に基づくものであったのか。

 あるいはそうでなかったのか。

 いずれにしても男の胸に『彼女つくれよ』というのは……想像の斜め上をカッ飛んでいく破壊力だと言わざるを得ない。

 暴力的な罵倒や卑猥な図像であるほうが、これならずいぶんマシだ。

 意図的にこんな文言を考えることができたのなら、それは悪魔のような思考回路の持ち主に違いない。

 普遍的で、だれにでも即座に意味を理解できる言葉に集約されているのは——憐れみといたわりだ。

 だが、だからこそそれは最上級の屈辱となって作用する。

 あえてもう一度、言おう。


『彼女つくれよ』——わかるだろう?


 どう考えたって最悪だ。

 しかも、だ。

 これを書いた男、すなわち酔っ払いのゲンはそのような悪魔的思考からではなく、純粋に、相手のためを思って書いたに違いない。

 やさしい男だからな?

 しかし、今回ばかりはそのやさしさが、イケないほうに出た。

 あってはならぬやさしさの発露。

 さらに。

 

「あー、わりい。ホントに憶えてねえんだわ……酒のせいかな?」


 完全にそのときの記憶を忘れてやがる。

『オレェ、酒入るとワケわかんなくなるんスよねェ』とか、どこのクライムアクションの三下だッ!

 最近はマシになったが、昔はずいぶん無茶な飲み方をしてと言ってたし……。

 酒の飲み過ぎが記憶障害を引き起こすのは、マジだから、みんな飲みすぎにはほんとに注意な。

 宴会とか、飲み会とか、年末とかな?

 急性アルコール中毒とか、うっかり死ぬからな!

 自分のゲロで窒息死とかいやだろ?

 あとお酒は二十歳になってから! 


「梅田ダンジョンの東側、バー:『エル・マリアッチが見てる』……」

「んー? マリアッチ? ばんでらーす?」

「周辺の公園や空中庭園跡地に自生してる竜舌蘭からつくった密造メスカル……」

「あー、そうそう、竜舌蘭から造るんだよな。あとテキーラって広義の意味ではメスカルに含まれる蒸留酒だ」

「トールキンエルフ派と日本エルフ派の口論から決闘になった……」

「んんんんン? それはなかなか興味深い、というか琴線に触れる議題だなあ」


 この厄紋ヤクモンタツヒコという男はかなり几帳面な性格なのだろう。

 かつて決闘の舞台となった酒場だけでなく、テキーラの原材料や正確な酒名、さらには当時の話題まで親切にもヒントを出してやっている。

 だが、ゲンのやつは首を捻るばかり。

 だめだ、完全に憶えてねえんだ。

 

 真っ赤だった厄紋ヤクモンタツヒコの顔色が青く変わり、白く変わり、もう一度赤になってから、元に戻った。

 

「おい、タツヒコそのへんにしとけよ。時間もねえぞ、あんま。……いいじゃねえか、しらばっくれてんならさ。こんどこそガンでの対決でのしてやりゃあいい」

 

 間に割って入ったのは、笑いすぎて息も絶え絶えなムロキを抱えた変態……もとい、凶相の男、交奇知マヂキチガイだった。

 寝言銃ネミー・ガン対決でゲンを下そうなんてのはとんでもない思い上がりだが、ひとつだけ良いことを言った。

 時間がない。

 そう、ぐずぐずしているとアレが、太陽の歩く塔が再起動しちまう。

 

「ちっ、仕方ない。先に用件を片づけるか。柔毛にこげんダイスケ……とぼけやがって」

 

 がばりっ、ともう一度胸元を開けて「彼女つくれよ」の落書きを大きくアッピールしてからタツヒコが相棒の提案に同意した。

 もしかして、最後のヒントをくれたのかもしれない。

 

「や、だから、知らねえっていっ」

「やめろゲン……連中の言う通りだ。時間がねえ」


 不毛すぎる問答に痺れを切らしていたのはオレも同じだった。

 時計なんて見てるヒマも隙もなかったが……たぶん、十分くらいは話し込んでたはずだ。

 もう五分もないぞ、太陽の歩く塔再起動まで。 

 

「用件を聞こうか」


 まだぶつくさ言うゲンに替わり、オレは話を進めることにした。

 サングラスをかけ直したタツヒコは冷静さを取り戻したのか、口元に本人はニヒルと思っているのだろうあのちょっとキモい笑みを浮かべて本題を話し始めた。

 

「なあに、難しいことじゃねえさ。ことは単純だ。交換だよ。人質の、な」


 予想通りの展開。

 エリスとムロキの身柄を交換しよう、とヤツらは言うのだ。

 

「そのあと、オレたちの口を封じて終わり。そういう算段だろ?」

「エルフさえ手元に帰ってくりゃ、今回のことは手打ちにしてもいい、とクライアントは言っている」

「どーだかな」

「オレとしても、記憶を取り戻した柔毛にこげんダイスケと再戦したいとは思っているんだぜ? しがらみ抜きでな」


 タツヒコ自身の想いは、もしかしたら本心だったかもしれない。

 けれども……やつらが背後に展開させてる重武装の戦闘集団を見て、それを信じるようならそいつはお人よしが過ぎるってもんだ。

 こいつらが圧倒的戦力でオレたちを踏みつぶしにこないのは……純粋にこちらの手にエリスがあるからにほかならない。

 残酷な拷問を見せつけるとか、最初っから武力制圧にかからねえのは、万が一にもエリスを傷つけてはならないというお達しとともに、別の意図があるようにオレには思えてきた。


 きっとゲンとエリスが体験した異世界化現象なんてものを聞かされ、それをある意味で再現しようと太陽の歩く塔に乗り込むなんていう無謀を、オレたち自身が仕掛けている真っ最中でなければ思いつかなかったことだ。


 タツヒコやガイ……ヤロジマンの背後にいる広域成人指定同人サークルの主宰:萌杉もえすぎ十三じゅうぞうという男は、まさか、エルフと寝言の接触が引き起こす異世界化現象のことを知っているのではないのか?

 エリスが執拗に読まされたという姫騎士陥落同人誌……まさか。

 閃きが、ぞくりとした寒気とともに背筋を走るのを感じた。

 だとしたら……エリスの心にも傷を負わせてはならない……なぜならば……それでは展開がうつになる……望んだものではなくなる……。

 

 だが、ヤロジマンの背後に潜む敵の真意に気がつきはじめたオレの眼前で、現実は非情にも展開してゆく。

 

「さあ、交換だ、柔毛にこげんダイスケ、抱枕だきまくらトビスケ──エルフを渡せて……さもなけりゃあ……こんどは後ろの連中全員の 笑かし棒ラフィング・ボーで、この女が笑い転げることになるぜ?」


 首筋を這うガイの 笑かし棒ラフィング・ボーに、きつく食いしばったムロキの唇からちいさな悲鳴が漏れた。

 オレたちをおもんばかって、ずっと我慢していたのだろう。

 煮えくり返るはらわたをオレはなんとか押しとどめて、ゲンに言った。

 

「だめだ、ゲン。エリスを渡したら、絶対にヤツらはオレたちもろとも踏みつぶしに来やがる」

「だが……このままじゃ」

「圧倒的戦力差があるのに強硬手段に出てこねえのには訳があるんだって。それにエリスを渡したら……とんでもねえことが起こる」

「とんでもねえこと?」


「おいっ、グズグズするなっ。これは最後通告なんだよ、柔毛にこげんダイスケ、抱枕だきまくらトビスケ。クライアント──萌杉もえすぎサンはオマエたちの才能を買っている。穏便に済ませてやろうって、そう言ってくださっているんだ」

「…………」


 選択肢はないように思えた。

 ヤツらの言葉を信じるわけじゃないが、いまこの場をオレたちがムロキを取り戻し、無事に切り抜けられる可能性は、そこしかないような気がした。

 努めて冷静でいようとしても、眼前を苦しげなムロキの姿がちらついてうまく考えがまとめられない。

 あとオマエ、下着姿が無駄にかわいいんだよ!

 閑話休題。

 つまり、冷静さを欠く状況だって話だ。

 

「わかりました。わたしがいきます」


 歯がみするオレと、同じく進退窮まって敵を睨むことしかできないゲンの替わりに言葉を発したのは、なんと当のエリスだった。

 

「ほーう、さすがエルフは聡明な種族だ。その王族の血筋だと伺っている。賢明だよ、アンタ、王女様。そうだ、悪いようにゃしねえ。残していく連中のことも安心しろ。大丈夫だ」

「まて! まて、エリス! ダメだ。それは──行くんじゃない!」


 たぶん、それはゲンの本心だったのだ。

 オレやムロキの手前、ぐっと飲み込んできた、ほんとの言葉。

 行くな。

 つまり「ここに、オレのそばにいろ」という。

 

 そして、その言葉の意味をだれよりも理解したのは、エリス以外にありえなかった。

 彫像のように美しい顔が、泣き笑いに崩れた。

 エメラルド色の瞳に溜まった涙が、みるみるせきを切ってあふれて落ちる。

 ぼろりぼろり、と流れ落ちるそれを拭いもせず、微笑んでエリスは言うのだ。


「ありがとう。でも、これしかない──三十秒、三十秒だけでいい。時間をください。お別れを言うから」


 ヤロジマンにそう言い放つと、返事も聞かずにゲンに駆け寄る。

 呆気に取られたオレたちを尻目に、エリスはゲンにだけ聞こえるように話しはじめた。

 追認するカタチでタツヒコが銃口を外す。

 

 交わされた言葉はそう多くはなかっただろう。

 けれども、その仕草だけで彼女がゲンに向ける感情が伝わってきた。

 

 それから、駆け足でオレに向かってエリスはやってくる。

 律義な娘だ。

 もしかしたら今生の別れになるかもしれないってーのに、最期くらい好いた男とだけでいいんだぜ、アイサツは。

 だが、驚いたことにオレに向けられた言葉は、別れの挨拶なんかじゃなかったんだ。

 

「わたしが活路を切り開きます」

 

 小声で告げる彼女の掌には──ゲンの話してくれた脱出行の物語のなかに出てきた「幸運のお守り」が光っていた。







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