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■第二四夜やん:ヤロジマンすとらいくばっく


「おっと、そこまでだ」


 太陽の歩く塔は不定期にだが必ずある一点に帰還する。

 元来据えられていた塔の基部。

 太陽の穴、と通称される場所にだ。

 理由は定かではないが、毎時のバランスや歩行、なにより人間とその被造物を自動的に感知して照射されるアーティスティック・エクスプロージョン砲(通称:アイエー砲)が要するエネルギーは莫大なもので、いかに完全無公害の究極エネルギー源であるアーティスティック・エクスプロージョン・ドライヴ(通称:AED)とはいえ、その保存容量プールには限りがあるのだろうというのがもっぱらの定説だった。

 まあ要するに、充電が切れたから基地に戻る昔のロボット掃除機みたいな感じを想像してもらえたら、間違いないとは思う。


「よっし、いまだ!」


 難攻不落にして一撃必殺(?)のパワーを誇る太陽の歩く塔に取りつくのだとしたらもうここしかない。

 オレたちは震えながらチャンスを待っていた木立から駆け出し、わずか十五分あまりしか留まっていない太陽の歩く塔へと駆け出した。

 そしてあとすこしでその足元へ辿り着ける、と思った瞬間──やつらは現われたんだ。

 

「おっとお、動くんじゃねえぞ、抱枕だきまくらトビスケ、そして……柔毛にこげんダイスケ」


 着崩したスーツにネクタイ、そして時代錯誤なサングラスをかけて、ソイツは現われた。

 両手に構えた寝言銃ネミー・ガンガンはオートマチックタイプだが、使い込まれた大口径だ。

 訓練された身のこなしと、ふざけているようだが洗練された銃捌き、あと、ちょっぴり長い顎がチャームポイント……こんなやつがカタギのはずがない。

 さらにはオレたちふたりの名前を知っているとなれば──クッコローネに雇われたという地下同人組織:ヤロジマンの一員でしかありえなかった。

 だが、オレはヤツと面識がない。

 

「どちらさまかな」


 言いながら油断なく外套の隠しに走らせたはずのオレの動きは、カンタンに見透かされた。

 ガォン、と銃声がした。

 エリスが耳を押さえる。

 素人さんには一発に聞こえたかもしれないがオレにだけはわかった。

 二発。

 いまのは目の前の不審人物が放ったもの。

 そして、反射的にゲンが撃ったもの。

 その計二発だった。

 

 ボウッ、と空中で寝言が燃えた。

 男の放った言弾ことだまをゲンのやつが同じく言弾ことだまで撃墜して見せたのだ。

 ヒューッ、とネクタイ男はサングラスの位置を直すと口笛を吹いておどけて見せた。

 とんでもない反射速度と命中精度。

 これが極まった寝言銃ネミー・ガン使い同士の戦い。

 寝言のパワーで負けるつもりはさらさらないが、早撃ち対決となると畑が違う。

 オレは隠しでチョイスした呪符フダから指を離すと、降参だと、手を出して見せた。

 

「さすがだぜ、柔毛にこげんダイスケ。いまのを撃ち落とすかよ、その重たい時代遅れの寝言銃ネミー・ガンで」

「ふざけるな。いまのタイミングなら、もう一発叩き込んでやれたよ、オマエにな」


 それをしなかったのには……理由がある。

 淡々とゲンは受け答えした。

 男が二丁に構えた銃口の一方はゲンを捉えているが、同様にゲンのそれも相手に向けられている。

 ゲンの言葉に嘘はなかったし、確実に実行していたはずだ。

 背後に続いて現われた一群のなかに、下着姿にソックス、スカジャンを羽織っただけのムロキの姿を発見していなければ。

 

「目がいいな、さすがだぜ、ダイスケ。そうでなくちゃあ、寝言銃ネミー・ガン使いはつとまらねえ」

「てめえッ!!」

「まて、トビスケ。こいつらがヤロジマンだ。……女子供に手ぇ出すとは聞いてなかったがな」


 おもわず踏み出しかけたオレを制してゲンが言う。

 

「おい、そのコになにした。ことと次第じゃただじゃおかねえぞ」

「なにって? おおい、決まってんだろ? 寝言師と寝言銃ネミー・ガン使いが揃いも揃って、いまさらそんなことを訊くのかよ? オイ、ガイ、ちょっと説明してやれよ」

 

 おどけて寝言銃ネミー・ガンを振って見せるネクタイ男に、ガイと呼ばれたフード付きのパーカー男が含むところのありげなニヤつき顔で答えた。

 息もたえだえという感じのムロキのおとがいにふさふさの起毛加工された棒を這わせながら。

 

「へっ、そりゃあ、決まってるっしょ。ヒイヒイ言うまで──笑ってもらったんだよ」

「てめっ!!」

「まてっ、トビスケ、やつらの手だ!」


 ぎゅっと拳を握りしめガイと呼ばれたゲス野郎を睨みつけたオレを、またも制してゲンが言った。

 だが、その様子はさがに触れるところがあったのだろう。

 ガイは満足げに笑みを広げると長広舌を披露した。

 

「あーもーそりゃー、笑ってもらったさ。泣こうが喚こうが、腹筋がおかしくなるまでわらわせてやったぜ?! なんてったってオレさま特注の笑かし棒ラフィング・ボーだ! コイツをくらって爆笑しないヤツはいない! そりゃあもうハッキリ言って掲載不可能だったぜ?!」


 フヒヒ、フヒヒヒ、と聞くに堪えない調子でムロキに加えられた拷問的な笑いについて語るガイはたまらなく楽しげだった。

 ギリッ、と奥歯が鳴るのをオレはどこか遠くで聞く。

 

「それもこれも、オマエらの行き先を答えないからさ。北九州? ふざけるな! オレたちが優しくしているウチに話せば爆笑死する寸前までいたぶられずに済んだのに。涙を流しながら畳の上を笑い転げる姿は……正直、なかなかの見物だったぜ。なあ? そうだろ、タツヒコ」

「まったくだ。ありゃあ、なかなかの笑いっぷりだった。ショーガールもビックリだ」


 妹分に加えられた笑劇的な拷問の一部始終を聞かされ、言葉を失って耐えるしかないオレの胸中をまたゲンが代弁してくれた。

 

「どこのどなたかしらねえが、オレのダチ公の妹分にえげつねえマネしてくれたじゃねえか……そろって十万億土を踏ませてやるよ。酸欠でくたばるまで笑い転がしてやンから、覚悟しろ」


 だが、ゲンの本気の啖呵にさえ怯まず、タツヒコと呼ばれた男は言ったんだ。

 

「ヲイヲイ……オレの顔を忘れたわけじゃあるまいな……オレだよダイスケ……厄紋タツヒコ……あの日、オマエに屈辱を味わされた男だよ!」


 サングラスを跳ね飛ばし、タツヒコと呼ばれた男は眼光をあらわにした。

 大きめの瞳。

 二重まぶた。

 ちょっとカワイイ♡

 だが、怒りと狂気に爛々と光るその視線を受け止めたゲンの顔色を変えるには、その告白は充分すぎる威力を秘めていた。

 

 ゲンがうろたえ、唇を震わせ、指でこめかみを押さえるのをオレはみた。

 それから、ヤツは言ったんだ。

 遠き日の記憶に訊くように。

 



「厄紋タツヒコ──ええと……ダレ、だっけ?」と。





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