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「お母様、外は毒でいっぱいなのでしょう?」

「えぇそうよ。とても危ないの」


王妃が帰ってきたのは3日後のことでした。

隣国からのお土産を携えてやってきた王妃に、待ち構えていた姫が問います。姫はとてもドキドキしているというのに、王妃はマリー達にお土産を運ばせながら忙しそうに答えるのです。


「お母様は大人だから、大丈夫なのでしょう?」

「そうですよ。でも、あなたのような子どもは耐えられないから・・・」

「・・・どうして、マリーは大丈夫なのですか?」


その瞬間、マリー達の方を向いたままだった王妃が勢いよく振り返りました。

顔はこわばり、“え?”と聞き返した声も震えています。その後ろで、マリーの顔が青ざめていくのもわかりました。

そんな王妃を見るのは初めてでしたが、姫は聞くのをやめませんでした。


「どうしてですか?お母様」

「・・・どうしたの?姫」

「・・・外の世界は、本当に・・・毒しかないのですか?」


姫は、王妃が答えてくれると思いました。しかし、王妃は青ざめるマリーに声を荒げたのです。


「マリー!あなた何を!!」

「違います王妃様!私は何も・・・っ本当です!」


マリーが泣きそうな顔で首を振ります。もう1人のメイドはオロオロと立ちすくんでいます。

姫はそれをじっと見ていました。どうして王妃が怒るのか、どうしてマリーがそんなにも焦るのか、わかりません。

ただ、助言をしてくれたのはレイラなので、マリーではないことだけは言わなくてはと思いました。


「夢の中で話した人が、外で暮らしていると言っていました」


姫が口を開くと、王妃はピタリと怒鳴るのをやめました。振り返った顔は怒ってこそいませんでしたが、困惑しているような、少し泣きそうにもみえました。


「・・・夢?」


震える声に頷くと、王妃は姫の両手を掴んでまくしたてました。


「夢で誰かにお会いしたのね?どんな方だったの?!」

「・・・わかりません。真っ暗で、声しか・・・」


そう答えると掴む力が強くなり、姫は痛みで顔を歪ませました。

しかしそれに気づく様子もなく、王妃はそのまま姫の足元に崩れ落ちてしまいました。


「あぁ、神様・・・っ」


どうして王妃が嗚咽をもらしているのか、姫にはわかりません。王妃は、自分に姫を与えてくれた神様が姫の夢にも出たのだと思ったのですが、それを知らない姫はただ黙っているしかありませんでした。

マリー達もオロオロと見ているだけで、どうしたら良いのかわからないようです。

やがて顔を上げて微笑んだ王妃の目は涙が溢れそうになっていました。


「私は間違っていなかったのですね・・・。やはりあなたは尊い子・・・」


姫の胸がチクチクと痛みます。名前が貰えそうにないことが悲しいのではないとわかりましたが、どうして自分がこんなにも傷ついているのかはわかりません。

ただ、レイラに報告できそうにないのは残念でした。




「元気ないね」


夢の中、レイラの声がしましたが姫は膝を抱えたまま俯いていました。昼間のことがまだ胸にひっかっていて、気持ちが悪かったのです。

隣に座った気配がしたので、姫はチラリと一瞬そちらを見ました。


「・・・レイラのことを、もっと教えて」

「いいよ。何が聞きたい?」


姫の小さな声をレイラは聞き逃しません。


「レイラは・・・外にいるんだよね」

「私と姫が同じ世界で生きているなら、そうだね」

「そこで何をしているの?誰といるの?」

「独りだよ。独りで生きていかなきゃいけないから、何でも屋さんをしてる」


聞きなれない言葉に、思わず姫が顔を上げました。

レイラがいるのであろう方向を見ると、“けっこう有名なんだよ”と明るく笑う声が聞こえます。


「なんでも屋さん?」

「そう。でも、主に運び屋かな。人から人へ、いろんな物を運ぶ仕事」

「運ぶ・・・。何を?」

「いろいろだよ。荷物・手紙・薬・・・あと人も」


姫にとって未知の世界の話です。独りで生きるということ。働くということ。

そしてそれを、自分より1つだけ年上の少女が当たり前に話すのです。


「人?」

「この間はね、駆け落ちをするカップルを手伝ったんだよ」


まるで、童話の世界のような話です。レイラは色々と話してくれました。

町から町へ、手紙を届けた話。写真を手がかりに人を探していたらなんと双子で、どちらのことかわからなかった話。

途中、意味のわからない言葉や知らない物の名前がたくさん出てきましたが、姫はじっとレイラの話に聞き入って何度も何度も頷いたのでした。


「あ、そうだ。姫は、何か頼みたいことはない?」

「私?」

「友達だからね。特別にひとつ、無料で請け負うよ」


“友達”という言葉は知っていましたが、いつレイラとそうなったのか姫には覚えがありません。


「いつ、友達になったの?」

「“友達です”って言っちゃった方の勝ちだよ。私がさっき言ったから、私たちはとっくに友達。それとも、姫は嫌なの?」

「・・・嫌じゃない」

「よかった。私たちは友達だよ」


姫は自分の胸に手を当てて考えてみました。王に王妃にマリー達。お父様・お母様・メイド達はいましたが、友達はいません。

本の中に出てきた“友達たち”はとても楽しそうでした。それが自分にもできたことがなぜかとても嬉しくて、姫はにっこりと笑ったのです。


「うれしい」

「私も」


相変わらずレイラの姿は見えません。ですが、きっと同じように笑顔なのだろうと姫は思いました。

“あぁ、そうだ。もうひとつ”とレイラが何か思い出したようです。


「ねぇ、姫ってやっぱり呼びにくいから私の名前、1つ使ってよ」

「名前・・・2つあるの?」

「父親が用意してた名前があって・・・でも、結局母親がつけたから、1つ余っちゃってるの。もちろん、姫のお母さんがちゃんと名前をくれたらそっちに変えていいから」

「・・・どんな名前?」

「クロエ。意味は知らないけど」

「クロエ・・・」


クロエという名前を姫は何度も何度も繰り返し呟きました。自分を表す初めての言葉です。

どうにも説明できなかった自分のことを、クロエだと説明できるようになるのです。胸が熱くなり、嬉しくて、少し安心もしました。


「ありがとう。大事にする」

「気に入った?よかった!」


初めての友達と、初めての名前と。2つの大きな贈り物に姫は喜びでいっぱいでした。

しかしその時、首が何か熱くなったような気がしてとっさに触れました。


「姫、クロエ!どうしたの?!」


指先についたほんの少しの血を見たのと、レイラの声がしたのはほぼ同時でした。

“わからない”と答えようとした姫の意識はそこで途切れてしまったのでした。


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