小話:寒い夜に
真っ赤に染まった葉が道に落ち始め、そろそろ冷え込みが強まってくるころ。
台所に立ったメリノが夕飯とは別の鍋をぐつぐつさせていると、マダラが寄ってきた。
「良い香りがしますね」
「ふふ。先日の果実酒に、果実を足して温めて飲むことにしました」
先日、晩酌で新しく買って来た果実酒を出したのだが、残念ながらあまりメリノの好みのものではなく、すっかりしょげてしまったという悲しい出来事があった。そのときは、マダラが飲んでいたもうひとつのお酒が美味しく、なんとか気分を持ち直すことができた。
では残った果実酒はどうしようということになり。料理に使おうかとも考えたが、最近は夜も寒くなってきたし、温かい飲み物にしようと思いついたのだ。
柑橘類や香辛料、それに砂糖も加えれば、たいていの果実酒は美味しくなる。こうして火にかけている段階からとても良い香りがして、メリノの期待は高まるばかりだった。
今夜のマダラとのおしゃべりは、これをお供にしよう。
「甘い果実酒には、同じく甘いものが合うでしょうね。ドライフルーツの入ったチーズを少し切っておきましょうか」
「いいですね!」
相変わらず、マダラはそつがない。美味しいおつまみの登場で、メリノは夜の時間がますます楽しみになった。
「美味しい……」
夕飯を終えてすっかり落ち着き、マダラの部屋でのおしゃべりの時間。
魔術で保温しておいた果実酒をひとくち飲んで、メリノはほうっと甘い息を吐いた。のどを通る酒精の熱さと果実のほどよい甘みが、とろんとした気持ちにさせてくれる。
そんなメリノを、マダラが隣でにこにこと見ている。その手には同じく果実酒がある。
「マダラはあまり甘めのお酒は好まないでしょう。無理して付き合う必要はありませんよ。他のものにしますか?」
「いえ、せっかくですから。こうして同じものを楽しむ時間というのも、良いものです」
穏やかに笑うマダラに、たしかにそのとおりだなとメリノも微笑む。同じ楽しさを共有できるのは、なんだか嬉しい。
「ほら、チーズもありますよ」
一口大に切ったチーズを口に押し込まれ、その甘さとほのかな塩気に幸せが広がる。寝る前にあまり食べすぎるのも良くないだろうが、今日は大目に見よう。
マダラを共犯にするべく、その口にもチーズを押し込んでおく。
だがここで気をつけなければならないのは、決して飲み過ぎてはいけないということだ。この果実酒は一度火にかけているので、それほど酒精は強くないはずではあるが。
実は少し前に、領主にもらった新酒でほろ酔いになり、危ういことになりかけたという反省がメリノにはあるのだ。あのときは途中でマダラが眠ってくれたので事なきを得たが、次もそうなるとは限らない。
マダラはあの夜のことは覚えていないと言っていたが、それに関しては少しばかり疑わしいとも思っている。もし覚えていてとぼけているなら、獣が次の機会を狙っている可能性も大いにあるのだ。
メリノは美味しくなった果実酒を楽しみつつ、あのときの失敗は繰り返さないぞと心内で頷いた。
楽しくおしゃべりしているうちに夜も更け、メリノはふるりと体を震わせた。上に羽織っているとはいえ、寝衣は防寒として十分ではない。
するとその様子を見ていたらしいマダラが毛布を引き寄せ、自分の肩にかけてメリノを手招いた。
「ほら、メリノ。寒いのでしょう?」
暖かそうな毛布と居心地の良さそうな懐を示されて、メリノがのそのそと近づくと、すっぽり毛布の中に入れられた。
「あったかい……」
もこもこの毛布に包まれながら肩をマダラに抱かれ、そのぬくもりにメリノはほっと息を吐く。気づかないうちに、少しばかり体が冷えていたらしい。マダラもそれを察したのか、メリノの肩を温めるように優しくさすってくれる。こういうところは、とても紳士だ。
「女性が体を冷やしてはいけませんよ」
「そうですね……」
咎めるような言葉だが、その声音はとろりと蜂蜜のようだった。今は私的な時間帯でお酒も入っているものだから、マダラも心を寛げているのだろう。
甘やかされているなあとメリノが思っていると、すぐそばで笑う気配があった。
「どうしました?」
「いえ、寒い夜も、悪くないなと思って」
ますます甘やかに笑うマダラは、金色の瞳がまさに蜂蜜のようで、手元の果実酒よりずっと甘く思えた。
「……やはり、あなたが腕の中にいると安心します」
以前にもそんな風に言われたような気がするなと、メリノは首を傾げる。
「別に、今さら逃げたりしませんよ?」
「…………そうですね。まあ、逃がしませんが」
肩を抱いていた手に、頬を撫でられる。手の甲ですりすりとされるのが心地よく、メリノは自分からすり寄った。マダラの騎士らしい大きな手は、メリノのお気に入りなのだ。
くすりと笑ったマダラが、手を首筋へ下げる。筋をたどるように指を滑らせ、大きく脈打つ場所で止まる。その場所を確かめるように何度か往復し、満足げに息を吐いた。
マダラはなぜか首筋に固執しがちだ。いまだに理由はよく分からないが、慣らされてしまったメリノはまあいいかと受け入れてしまうようになった。
ただ、慣れてしまうほどよく触れられるので、敏感にもなってしまった。今も、あまり撫でられると落ち着かなくなってくるので、そろそろやめてほしい。
「マダラ……」
名前を呼べば、獣が艶やかに微笑む。誘うようなその表情に、これはわざとだなと気づいたメリノはその手を掴んで膝の上に置き、悪戯を強制的に終了させた。
今夜は、穏やかに甘い果実酒を味わいながら、ゆったりとした夜の時間を味わっていたいのだ。獣のような刺激の強いものは遠慮したい。
そういった気持ちをこめて掴んだ手をぎゅっと握れば、恋人は仕方なさそうに小さく息を吐いた。
どうやらメリノの希望をきいてくれるらしい。
勝利を得たメリノは、ずれてしまった毛布を引き寄せながら、ご機嫌でマダラの胸に頭を預けた。すると大きな手が頭を優しく撫でてくれる。
望んだとおりの穏やかな時間に、メリノはふふふと笑みをこぼした。
こんなとき、温かい飲み物も良いが、やはり人肌がいちばんだ。その相手が恋人であれば、心もほかほかする。
寒い夜、しばらくふたりで体温を分け合って過ごした。
12月3日の活動報告に、「年明け話」企画について載せました。よろしければご覧ください!




