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獣騎士の捧げる牙  作者: 鳥飼泰
番外編 獣騎士の牙を受け取るまでの日々
8/27

ブクマ100件お礼話:遭遇

今朝はきちんと自力で起きたメリノは、気分よく朝食をとった後、マダラと共に食後の紅茶を楽しんでいた。


「マダラ、今日は別行動なのですよね?」

「ええ、獣神に召喚されましたので。……本当は、あなたの側を離れたくはないのですが」

「いけませんよ。仕事はきちんとしてください。長くかかりそうなのですか?」

「いえ、今日のうちに戻れると思います」


そういえば、マダラがここに来てからずっと側に居るので気にしたことがなかったが、獣騎士は獣神に命じられれば、どこへでも向かうものだ。ということは、そのうち仕事でマダラが長期不在となることもあるのだろうか。

それはちょっと寂しいかもしれないと、メリノは考え込んでしまっていたらしい。黙した様子に何かを察したのか、向かいに座っていたマダラが手を伸ばしてきた。


「メリノ、何を考えていますか?」

「……いえ、マダラが仕事でしばらく留守にすることが、今後あるのだろうなと思っただけです」


正直に話すと、目を細めたマダラに指で目尻をなぞられた。


「…………そんな風に寂しそうにされると、仕事など放りだしてしまいたくなりますね」

「え、それはいけません!」

「ふふ。大丈夫。あなたを置いて行ったりはしませんよ。長期の仕事は、今は断っていますので」

「……そんなことができるのですか?」

「ええ、牙の相手に関することであれば、獣神は寛大ですから」


マダラが言うには、牙を捧げるという行為はそもそも獣神が自身の神子に行ったことから始まっているらしい。そのため獣神は、獣騎士たちの牙の相手に対する執着をよく理解している。なにしろ自身もそうだからだ。

だから、今のマダラは長期にどこかへ行くような仕事は断ることが許されているのだとか。


それを聞いて、メリノは少しだけほっとして小さく息を吐いた。それを見たマダラが、満足そうに微笑む。

マダラは獣騎士として牙の相手と定めたメリノに執着を見せるが、メリノがマダラに対しての欲を見せることに対しても喜びを感じるようだった。



その後、先に出かけるマダラを見送ろうと扉の前まで来ると。


「俺がいない間、無茶をしないように」

「んっ、」


マダラはメリノの首に手を当て、かぷりと甘噛みをひとつ。

それから頬を撫で、獣神のもとへ向かって行った。


(……なんだか甘やかされてしまったな)


メリノが珍しく感傷的な態度を見せたせいか、あれからマダラの雰囲気がひどく甘かった。おかげで不安は和らいだが、代わりに心がそわそわと落ち着かない気がする。


「…………よし!」


これではいけないとメリノは気合いを入れ、今日の仕事へ向けて支度を始めた。




その日の領主館での仕事を問題なく終えて、メリノは街を歩いていた。


「ん?」


足もとになにか触るものがあって見下ろすと、小さな獣がふんふんと匂いをかいでいた。ブーツ越しに触れるふさふさの毛並みが柔らかそうな、おそらく猫科の生き物だ。


「……獅子?」


メリノはこの獣が何かよく分からなかった。獅子のように見えるが、獅子はこんな人里に出てくるような生き物ではない。もしや魔獣の子かとも考えたが、それにしては禍々しくない。むしろ、もっと神聖な印象を受ける不思議な生き物だった。魔獣ではないなら、やはり獅子なのだろうか。


しばらく見ていたが、メリノに興味を持ったのか、獅子は離れていこうとしない。危険はなさそうなので、抱き上げてみた。


「どうしたの? 迷子かな?」


抱き上げてみると、獅子の瞳が綺麗な金色であることが分かった。

獅子は首を伸ばして、メリノの首筋の匂いをかいでくる。獅子がふんふんと鼻を動かすと、ひげも一緒に動いて首筋をくすぐった。その感触にメリノがくすくすと笑っていると。


「わっ」


突然、ぺろりと首筋を舐められた。

それから、何かに納得したかのように、獅子はメリノの腕から飛び降りた。


もうメリノには興味を失ってしまったのか、辺りを興味深く見回しながら歩き始める獅子。

なんとなく気になって見守っていると、獅子はある一点に向かって顔を上げた。

ぴんと立った耳に、よほど興味をひかれるものがあるのあろうかと見てみれば、そこにあったのは串焼きの屋台。鳥の肉が焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。

獅子はふらふらと寄って行き、屋台の前でじっと見上げている。屋台の店主が困ったように追い払おうとしているが、それはそうだろう。店の前に獣に居座られては、営業妨害でしかない。だが、獅子は一向に動く気配がない。


(…………ふふっ)


その頑固さに、なんとなくマダラに通じるものを感じたメリノは、獅子に串焼きを買ってやった。そういえば瞳も同じ金色で、少し親近感がわいたのだ。



屋台が用意している台に腰かけて、獅子に串焼きの肉をほぐして与える。不思議な神聖さを纏っている獅子に地べたで食べさせるのは躊躇われて、紙皿をもらって台の上で食べさせた。

夢中で肉を頬張る様子に、自然と頬が緩む。やはり小さな獣は可愛い。

同居している獣は大きくて可愛くないが。




「見つけた!」


獅子が串焼きの肉を食べ終わろうかというころ、突然、女性が現れて獅子を指さして叫んだ。

その声を聞き、獅子はびくりと大きく体を揺らした。


「出かけるなら、ひとこと言ってからにしなさい!」


人間に話しかけるように言葉を発する女性に、メリノは自分に対する言葉なのかと思い、目を瞬いた。だが、女性の視線は獅子に向かっている。

女性はメリノよりも若そうだが、妙な迫力があった。神官のような白いローブを羽織っているが、それでだろうか。とにかく口を挟む隙が無い。


「そんな悪いこは、お仕置きよ!」


女性は獅子を抱えると、臀部を力いっぱい叩いた。

ばしりと音がする度に、きゃんっという獅子の哀れな悲鳴が響く。

さすがに可哀そうになってメリノは止めに入ろうとしたが、やはり口を挟む隙が無く、おろおろと見守るしかできない。


何度か叩かれたところで、獅子が許しを乞うように女性の手を舐めた。


「…………そんなのじゃ、ごまかされないからね。帰ったら、きちんと説明してもらうわ」


女性はひとつため息を吐き、獅子を抱えたまま行ってしまった。メリノにはまったく意識が向いていないような素振りだった。


「なんだったんだろう……」


よく分からない人たちだったが、不思議な気配の獅子と神官のようなローブを羽織った女性は、カラカル領に害を為すような存在には思えなかった。であれば、ひとまず放置でいいかと、メリノは帰宅することにした。




夕食の支度を終えたころ、思っていたよりも遅い時間にマダラが戻って来た。


「マダラ、お帰りなさい」

「ただいま戻りました」


なにやら疲れた様子のマダラに、獣騎士の仕事が大変だったのかなとメリノは首を傾げた。


「少し、疲れました……。メリノ、癒やしてください」


腕を広げながら言われ、メリノは大人しくその腕に収まった。

すぐに抱きしめてくる両腕に、メリノがそのまま背中でも撫でようかとしたところで、突然両肩を掴まれて体を離された。


「わっ、」

「…………メリノ、今日、誰かに会いましたか?」

「え? まあ、サーバル様や領主館の人たちには会いましたが」

「いえ、そうではなく、」


マダラが首筋に顔を寄せてくる。


「…………誰かに、触れることを許しましたか」


今度は疑問ではなく、断定した言い方だった。


「俺の気配に、他のものの気配が混ざっています…………」


首筋に鼻を寄せられ、匂いを確かめるような仕草をされる。その仕草には、つい最近、覚えがあった。


「あ、」

「メリノ? 思い当たる節があるのですか」


目を細めた獣が、言い逃れは許さないといった様子で睨んでくる。先ほどまでの疲れた優しげなマダラはどこへ行ってしまったのか、今は完全に獲物を捕捉する獣の目になっている。

これはまずいと、メリノは慌てて説明する。


「いや、あの、迷子の小さな獣を抱き上げたときに、少し舐められただけです」

「獣…………」

「なんの獣かはよく分かりませんでしたが、魔獣にしては気配がきれいだったというか」

「…………もしや、獅子のような、瞳が金色の?」

「あれ、知っています?」


そこでマダラは、天を仰いでしばらく瞑目した。ひとまず不穏な気配は霧散したようなので、メリノはマダラが落ち着くまで見守る。


「…………わかりました。では、他の男に触れさせたわけではないのですね?」

「まさか!」


とんでもないと、メリノは勢いよく首を振った。


「では、いいです。……でも、獣の匂いがついてしまったようなので、上書きさせてください」

「上書き?」

「あなたには、俺の気配を移してあります。今はそれに獣の気配が混ざってしまっているので…………あなたに他の気配があるのはとても不愉快です」


言葉通り不愉快そうに眉をひそめたマダラは、再びメリノの首筋に顔を寄せた。

何度も唇を押し付けられ、甘噛みされ、舐められ、かなりしつこく首筋を愛撫された。なぜだか分からないが、マダラは首筋に固執しがちだった。おかげで、メリノは首筋への接触には敏感になってしまったような気がする。

つまり、今のようにさらにしつこく愛撫されてしまえば、それはもう耐えられるはずもない。壁に押し付けられていたはずが、気がつけばずるずると座り込んでしまっていた。

それでもマダラは気にせず「上書き」を最後まで続けた。


「メリノ、これからは獣といえど、油断しないように」

「………………」


メリノを壁に追い詰めた状態で見下ろしてくるマダラに、まさに目の前の獣に油断できないとは、言葉にせずにおいた。



なんとか落ち着いてから、マダラに出された紅茶を飲む。

まだマダラの機嫌は完全には直っていないようで、ソファに座っている間もぴったりとくっついて腰を抱かれている。紅茶のような液体を扱うには良い体勢とはいえないが、メリノは仕方ないかと受け入れていた。


こくりとのどを潤したマダラが、カップを置いて今日のことを話し始める。


「今日の召喚は、正確には獣神からではなかったようです」

「そうなのですか?」

「向かってみれば、待っていたのは姿を隠した人間でした。実際に拝見したのは初めてですが、あの気配は獣神の神子でしょう」

「神子様……」

「神子が言うには、獣神が気紛れに出かけてしまったので、探してこいと」

「え、」


マダラは疲労を流すように、大きくため息を吐いて、メリノの腰を撫でた。


「…………正直なところ、それが獣神のご意向であるなら好きにされれば良いと思います。だからそのようなことで呼び出されたくはないのですが、まあ獣神の神子の言うことですから、逆らえません」


億劫そうな様子から、マダラにとっては本当に不本意な呼び出しだったのだろうと察せられた。

そんなマダラは珍しいので、メリノは慰めるように腰に回ったマダラの手の上に自分の手を重ねた。すると、指先をきゅっと握られる。


「それであちこち探し回っていたのですが、どうやら獣神はカラカル領におられたようですね」

「え?」

「……メリノが見たという獣は、獣神でしょう。本来の姿は俺たち獣騎士にしか見ることはできませんが、今日は獣に擬態しておられたようですね」

「じゅうしん……」


あの、獅子のような可愛い獣が獣神なのかと、メリノは驚いた。だが思い返してみれば、たしかに普通の動物ではなさそうであったし、魔獣にしてはきれいな気配だと感じたのだった。


「おそらく、あなたに俺の気配があるものだから、気になって近づいたのでしょう。……舐めたのはやりすぎですが」


マダラは再び不機嫌そうに眉をひそめて、メリノの首筋をするりと撫でる。

そうされると、メリノは先ほどの感触を思い出してびくりと震えてしまった。


「まあ、あなたの話を聞くと神子にはしっかりお仕置きされているようなので、俺も水に流します」

「え、……ということは、もしやあの女性が神子様なのですか?」

「ええ、獣神にそのようなことができる人間は他にいませんから」

「うわあ…………」


想像していた獣神と神子からはずいぶんとかけ離れた実像に、メリノは複雑な気持ちになった。獣神といえば、武神と名高い人気の神だ。強くて格好いいという印象を持っていたが、神子との関係はなかなか独特であるらしい。


獣神というものへ思いを巡らせていたメリノだが、他へ意識を移していることを面白く思わない獣が隣からちょっかいをかけてくるので、その頭を膝の上へ倒し、無理やり黙らせる作業に専念することになった。


獣の機嫌を直してから、ゆっくり夕食にしよう。


ブックマーク100件お礼の番外編でした。

いつもお読みいただき、誠にありがとうございます!

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