小話:起床
メリノは、寝起きがよくない。
朝はいつまでだって寝ていたいし、ふかふかの寝台から出たくはない。
だが働く大人としてそうも言っていられないので、いつも気合いで起きていた。
最近は特に、油断していると獣がやって来ることがあり、なおさら起きようと心掛けるようになった。
それでも、起きられない日もある。
「……メリノ」
目覚める直前の、眠りの浅いところをゆらゆらと漂う心地よいまどろみを堪能していると、近くで優しげな美声が響いた。
「まだ寝ていますか……」
寝台の端に重みが加わる気配があって、優しい手に頬を撫でられる。たぶん、指の背であろう感触が、すりすりと頬をすべる。
そこに込められた愛しさにうっとりして、目を開けないまま寝がえりをうって、そちらの方向を向く。
すると、美声がくすくすと笑い声になって、顔にかかった髪を耳にかけてくれた。
「起きる気がありませんね?」
まったく責める色のない声で言われ、そんなことはないよと、メリノは夢の中で呟く。だが、どこまでも甘やかされている心地よさに、メリノの目は開こうとしないし、この手の主こそ、メリノを起こす気があるとは思えない。
それでも、いい加減に目を覚まさなければとメリノが思い始めたころ。
寝台がきしりと音をたてて、手の主がメリノのすぐそばまで顔を寄せて、囁いた。
「そろそろ起きないと、朝食が冷めてしまいますよ。…………それとも、俺が食べても構いませんか?」
優しげでありながら、獲物を狙う獣の気配を漂わせた声と、するりと首筋に移動した手の感触に、メリノはぱちりと目を開いた。
「はい、メリノ。おはようございます」
見上げれば、いつ見ても王子様な麗しさをたたえた笑顔。
朝から眼福ではあるが、油断しているとぱくりと食いつかれてしまうことを、メリノは知っている。
「…………おはようございます。マダラ、今、なにか不穏なことを言いませんでしたか?」
「いいえ? 朝食が冷めてしまうので俺が食べてしまいますよと、言っただけですが」
にこにこと笑うマダラはまだ獣の気配を残していて、そこに含みがあったことを匂わせる。
「……いえ、起きない私が悪かったですね。起こしてくれてありがとうございます。すぐに行きますので」
「はい。皿を並べて待っていますね」
マダラはごく自然にメリノの頬へ口づけを贈って身を起こすと、素直に部屋から出て行った。
その後ろ姿を見送り、起きるだけでなんだか疲れたなとメリノは小さく息を吐いて、とりあえず着替えようと寝台から下りた。
身支度を整えたメリノが居間へ向かうと、そこには美味しそうな香り漂う朝食が並ぶ、幸せな光景があった。
「今朝の朝食も美味しそうですね。いつもありがとうございます」
「いえ。共に暮らすのだから、これくらい当然です。メリノの手料理を食べるのもいいですが、こうしてあなたに俺の料理を食べてもらうのも、嬉しいものですしね」
そう言って笑うマダラは、眠気などまったく感じさせない爽やかさだ。
メリノとは違い、マダラは朝もすぐに起きられるらしい。獣騎士になってからは、特に陽の光に敏感になったとかで、朝日で自然と目が覚めるのだとか。
だからもう、朝食はマダラに完全に任せることにしていた。本人も喜んでやってくれているし、美味しいのだ。
「マダラは器用ですよね」
「そうですか?」
「こうして美味しいごはんも作ることができるし、頼んだことはいつもきちんとこなしてくれます」
マダラは器用で、やれば大抵のことはできる。
まだ療養中だったころも、洗濯などの雑事でさえ、頼んだ手伝いはどれも満足のいく仕上がりだった。
「料理は、メリノが食べてくれるから美味しく作ろうと思うだけですよ。愛情というやつですね」
言いながら、笑みを浮かべたマダラがボウルからつまんだ野菜を差し出してきた。細く切られた野菜をぱくりと口に入れると、しゃきしゃきとした食感が楽しい。
「さあ、席に着いて。いただきましょう」
朝食を終えればいつの間にか用意されている、食後の一杯。
(…………美味しい)
じんわりと体に染みる温かさに浸りながら、メリノは今日の予定を確認する。
「今日は、領内の見回りですね」
「はい、午前中で終えてしまいましょう」
領内の見回りでは、当然、魔獣に出会うこともある。
そういったとき、マダラはすぐさま魔獣を弱らせてくれるので、メリノはとどめの魔術を放つだけでよく、早々に片がつく。
だから以前なら一日がかりだった見回りが、今は半日で終わるのだ。
「その後に領主館で報告をして、サーバル様から特に何もなければ、今日の仕事は終了です」
「では、そろそろ買い足しておいた方が良い食材がいくつかあるので、街へ買い物に行きましょうか」
さらにマダラは、朝食を作った際に、いくつか残り少なくなった食材に気づいたようで、買い物の提案をしてきた。
食材の在庫管理まで自らしてくれるマダラに、メリノも最初のころは驚いたが、今ではすっかり慣れてしまった。
「……あまりの有能さに、マダラを手放せなくなりそうです」
「おや、なにか問題が?」
「私は自立した人間でありたいのですが」
「ふふ。では、朝はもう起こさないでおきますか?」
「…………お願いします」
メリノはごまかすようにカップを傾け、残りをひと息に飲んでしまう。
せめて片付けくらいはしようと、マダラのカップも回収しつつ立ち上がった。
こうして、メリノの一日は始まる。
おかげさまで、なんと「獣騎士の捧げる牙」はブックマークが100件を超えました。ありがとうございます!すごい!
お礼と記念を兼ねて、企画を計画中です。よろしければ、9月24日の活動報告をご覧ください。




