小話:就寝前に
マダラを拾ってすぐのころ、本人の希望から、メリノが寝かしつけるのが日課となっていた。療養中ということもあって、少しばかり甘やかしてもいたのだ。
だがすっかりマダラの体調が戻ったときに、もう不要だろうと、自室へ戻る前のおやすみの挨拶だけで済ませようとすると、マダラは大変不満がって盛大にごねた。けっきょくメリノが折れて、今でも寝かしつけは続いているのだった。
寝かしつけというのは、マダラの部屋まで行って、優しく就寝の挨拶をする程度のことではある。
マダラと今の関係になってからは、台所でお茶を入れて持ち込むようになった。寝台の横の椅子に座り、その日あったことなど、ふたりでたわいない話をする。
夜らしい、しっとりと穏やかな時間で、メリノも気に入っているものだ。
だが最近、マダラは隙あらば一緒に寝ようと誘ってくるし、うっかり寝台に引きずり込まれそうになったりもする。
メリノがどうしたものかと考えていたところで、折よく街でミゼットに出会ったので、少し話を聞いてもらうことにした。
カフェに入って、景色の良い席を確保する。
そういえばこのカフェは、以前もミゼットに相談をしたあの店だなと、メリノは懐かしく思った。あのときは、途中でマダラが乱入してメリノが気を失ってしまい、ミゼットにはとても迷惑をかけてしまった。
だが友人として、今回も相談にのってもらおう。
事情を簡単に説明すると、メリノが相談料としてケーキと共に献上した紅茶をこくりと飲んだミゼットは、静かにカップを置いた。
「ふーん。なんだか可愛いことしてるのねえ……。どう考えても、初々しい恋人たちの惚気なのだけど」
「え、そんなことないよね?」
ミゼットに呆れたような目を向けられ、そういえば以前に別件でマダラのことを上司に相談したときも、真剣に悩んでいたのに「微笑ましい」と評されたことを思い出す。
メリノとしては悩ましい問題であるのに、この真剣さは伝わりにくいのだろうか。
「…………まあ、いいわ。メリノがそんな風に初々しいのも珍しいから、今回は相談にのってあげる」
「ありがとう……」
少し引っかかる言い方ではあるが、なにか助言がもらえるようなので、メリノは大人しく続きを待った。
「というか、マダラさんの色気ってすごそう……。あなた、よく抵抗できるわね」
「まあ、慣れというか」
そうは言ったが、実際はあまり抵抗できていない。
まだ寝台に引きずり込まれるのは阻止しているが、普段はわりと流されているような気がしないでもない。
だがそれは、メリノだってマダラが好きなので、仕方がないともいえる。
「抵抗せずに、受け入れてみたら?」
「は?」
「だって、お互い好きなんでしょ? なにか困ることある?」
「いや、まだ牙を受け取る覚悟もできていないのに、ちょっとそれは……」
マダラは獣騎士だ。普通の男性と体を重ねるのとは、意味が違うとメリノは思う。
マダラとそうなるのは、メリノに牙を受け取る覚悟ができてからであるべきだ。無責任なことはできない。
「うーん、なんだか難しく考えているのねえ。じゃあいっそ、子供扱いしてみたら? よしよしってされたら、毒気を抜かれて妙な空気にならないのじゃない?」
「……うー、一理ある…………、かなあ?」
ミゼットの提案は、ひとつの案ではあると思うが、実際に効果があるかどうかは疑わしかった。
「大丈夫だって。とにかくやってみたら?」
「うーん、そうだねえ。やってみようか……」
首を傾げながらも、メリノはこの方法を試してみることにした。
ミゼットは美人でモテる。メリノなどよりずっと経験値があるのだから、きっとこういう場合の対処方法にも通じているだろう。
なにより、メリノでは他に方法が思いつかない。
「あ、よしよしってした後に、甘えられて流されないように気をつけてねー」
別れ際に楽しそうに言われたひとことは、少々気になりはしたが。
その日の夜。
マダラと穏やかに話していたメリノは、お互いのカップが空になったのを確認して、そろそろ引き上げようと立ち上がった。
「……メリノ、もう行ってしまうのですか?」
「はい。もういい時間ですし、そろそろ寝ましょう」
マダラのカップを回収しようとした手を掴まれて、引き寄せられる。
指の先へ、そっと唇を落とされた。
「メリノ、一緒に寝ましょう」
「…………マダラ。いつも言っていますが、一緒には寝ませんよ」
金の瞳をとろりと潤ませてメリノを見つめるマダラには、こちらを誘うような男性の色気がある。
「俺はメリノのことが好きなので、寝るときも一緒にいたいと思っています」
「私は、寝るときくらいはひとりで過ごしたいと思いますが」
「そんなつれないこと、言わないで……」
指の先から手首の内側へ、マダラは唇を徐々に上へ移動させていく。
メリノの手を握るその力はごく弱いのに、なぜか引き抜けない。
やさしく触れる唇の感触に、メリノがたまに反応を返してしまうと、嬉しそうに喉の奥で笑う。
獲物を追い詰める獣は、どこまでも余裕で。
その余裕を、メリノは崩してみたくなった。
「……マダラ、」
空いている方の手でマダラの頭を引き寄せ、おや、という顔をしてメリノの手を解放したのに微笑みながら、その額に口づけをひとつ。
それから、ミゼットに言われたことを意識して、幼子にするように柔らかな水色の髪を優しく撫でながら。
「いいこいいこ、私の大切なマダラ。今日もあなたとの時間は幸せでしたよ。でも、もう寝ましょう。明日、また一緒に過ごしましょうね」
仕上げに、髪を軽くかき混ぜてから手を離す。
「………………」
しばらくぽかんとしていたマダラは、やがてゆっくりと両手をあげて顔を覆ってしまった。表情はうかがえないが、指の隙間から見える顔は赤く染まっている。
そのままぴくりとも動かなくなったので、メリノは今のうちにとマダラを寝台へ入れてしまうことにした。
「さ、マダラ」
背中を押して促すと、マダラは素直に寝台に上がり、もぞもぞと毛布をかぶり、むこうを向いてしまった。
毛布からのぞいている耳は、まだ赤い。
(…………これは、意外な、)
どうやらマダラは、今のような扱いには弱かったらしい。すっかり大人しくなってしまった。
いつも押され気味のメリノは、マダラに反撃ができたようで嬉しくなった。
とても優しい気持ちになれたので、毛布からはみ出している水色の髪にそっと口づけを落とすと、マダラがぴくりとしたので、そこでまた笑みがこぼれる。
「おやすみなさい、マダラ」
最後にとびきり優しい声で囁いて、メリノはマダラの部屋を後にした。




