休暇の終わり 1/2
長くなったので、二話同時に投稿しています。
「メリノ。実は、ひとつやってみたいことがあります」
「やってみたいこと? なんでしょうか」
「メリノと、クローゼットに詰まってみたいのですが」
「はい?」
にこにこ笑うマダラに促されて、メリノは承諾の返事をする間もなく手を引かれてソファから立ち上がった。
マダラの部屋は、元は来客用として使っていたものだ。出会った当初にマダラを看病していた場所であり、元気になってからもそのまま使ってもらっている。
一緒に暮らすようになり、マダラのためにいくつか物が増えた。そのうちのひとつが、いま目の前にあるクローゼットだ。
背丈よりも少し高いその箱を見つめていると、マダラが扉を開けた。すると中には何も入っておらず、狭く暗い空間があるだけだった。
どうやら事前に準備を整えていたらしい。
「マダラ……」
「ふふ」
呆れて隣を見やるが、本人は笑うばかり。
もしもここでメリノが嫌だと断っても、きっと言いくるめられてしまうだろうから、抵抗するだけ無駄だ。
それはこれまでの付き合いで、よく分かっている。
「クローゼットに詰まる、というのは、ここに入ればいいのですか?」
「はい。まずはメリノが入ってみてもらえますか?」
「はあ、分かりました」
抵抗するつもりはないが、これにどういう意味があるのかさっぱり分からない。ただマダラがやってみたいらしいので、言われたとおりにぽっかりと空いた空間へ足を踏み入れる。
ぎしりと鳴る音。まさか壊れたりしないだろうなと少しびくびくしながら、メリノはクローゼットの中へ収まった。
実際に入ってみると、中は外から見るよりもさらに狭く、メリノがぎりぎり立っていられるくらいの高さだった。
振り返って暗闇から見上げるマダラは、楽しそうに笑っている。これはそんなに楽しいことなのだろうか。
「あの、私でこの感じですよ? マダラにはかなり狭いのでは」
「まあ、屈めば大丈夫でしょう」
これはどうだろうかと疑問ばかりのメリノに対して、マダラは躊躇なくクローゼットの中へ入ってきた。
「ん、やはり、少し小さいか……」
窮屈そうに脚を曲げるマダラに、なんとかうまく収まるようにとメリノも体勢を変えて協力する。ごそごそと動いた後に側面へ背を預けたマダラが誘うように腕を広げたので、メリノはその中へ身を寄せた。すると片手が背に回され、ぱたん、と音がしたと思えば辺りは真っ暗になった。
暗闇の中で、マダラの曲げた脚の間に体を入れて抱き込まれている。胸へ頬を寄せて目を閉じれば、穏やかな心音が聞こえた。
こんな狭いクローゼットに自らぎゅうぎゅうに詰まってなにをやっているのかと、メリノは自分で笑ってしまいそうになるが。
この状態になってみると、なんとなく、マダラがやってみたいと言った理由が分かるような気がした。
「ふたりだけ、ですね」
「ええ。メリノをとても近くに感じられます」
狭い世界でふたりきり。
メリノが感じるものは、マダラだけ。
きっと、マダラも同じだろう。
獣騎士の牙を受け取ってからというもの、マダラに触れているとその繋がりを感じることができ、ふわふわと幸せな気持ちになる。
その気分のままに、メリノは首を伸ばし、マダラへ軽い口づけを贈った。
触れるだけの口づけに、マダラはふんわりと微笑んで、ちゅっと音を立てて口づけを返した。すぐに続けて、頬や目元に、ちゅっちゅっと可愛らしい音を立てて触れていく。
「ふふっ、くすぐったいです」
「ん、」
笑い声を上げたメリノは、マダラの頬を両手で挟んで正面から見つめることでその行為を止めさせた。
暗闇の中、金の瞳は幸福と喜びで満足げに輝いていた。
これからの生を共にと願った相手のそんな様子を見れば、メリノもますます幸せな気持ちになる。
「マダラ。私の獣騎士」
「はい。メリノ、俺の牙を捧げたひと。俺はあなたの獣騎士です」
「これからも、こうして私の側にいてくださいね」
「それこそが俺の願い。ようやく見つけた俺の牙の相手。もう、逃がしません」
「ふふっ、もう逃げたりしませんよ」
「ええ、分かっています」
ぎゅうぎゅうに詰まった狭いクローゼットの中で、ふたりだけの時間を過ごした。
牙を捧げた直後のマダラは、メリノが他の人間と関わることを嫌がり、とても排他的になっていた。
獣はなわばりに敏感なものだから仕方ない、そう考え、メリノはこれを威嚇期間と呼んで受け入れていた。幸いにも、理解ある上司のおかげで領内の見回り業務専門にしてもらえている。こうすれば、誰にも会わずにマダラとふたりで見回り、報告書を送るだけで仕事は完結する。
当初はメリノが仕事をすることをマダラは渋ったものだが、根気よく説き伏せた。メリノはこの仕事が好きであるし、大事にしたいのだと。その間も、もちろんいちばんの優先事項はマダラなのだと繰り返し強調した。
獣騎士の本能や常識にはメリノの思いもよらぬものがあるが、こうして話し合えば歩み寄ることができる。だからメリノは、マダラとこの先も一緒に過ごしていけると感じたのだ。
そんな威嚇期間のマダラにも、そろそろ変化が見え始めた。
依然として排他的でメリノの側から離れることはないが、ミゼットのような同性の友人とは少し会話できるようになった。おかげで、仕事の報告が書面から口頭で可能になった。大きな進歩だ。
そうして余裕が出てくると、メリノの中で、ルーセットに会いたい気持ちが大きくなってきた。
牙を受け取ってから、ルーセットには会えていない。
どうやら、ふたりの時間を邪魔されたくないマダラから、しばらくカラカルには来るなと言ってあるらしい。それはモズも同様ながら、彼は自由気ままな性格そのままにマダラと会いたいときにやって来るので、マダラも半ば諦めている。
マダラの変化を感じながら、そろそろ、ルーセットに会いたいと言ってみてもいいかなあとメリノが考え始めたころだった。
ルーセットとオランがやって来たのは。
二話同時投稿です。つづきも、そのままどうぞ。




