「新茶酒と共に」幕間
友人のマダラが、ついに獣騎士の牙を捧げた。
「しかし、長かったなあ…………」
モズにはどうもよく理解できないことだったが、マダラは牙の相手をメリノと定めてからも牙を捧げずにいた。
マダラ本人はすぐにも牙を捧げたかったが、メリノから少し待てと言われてしまったらしい。それであれだけの長い間を待てるのだから、同じ獣騎士であるモズとしては、すごいな、のひと言しかない。
恋人関係にはあったというのだから、牙を捧げてしまった方が体を繋げてもお互いに気持ち良かっただろうに。
だからといって、マダラのメリノへの執着が薄いかというと、もちろん違う。
牙を捧げる前からマダラはメリノの首へ甘噛みを重ね、周囲への牽制を欠かさなかった。おかげで、獣騎士がメリノを見れば一目でマダラのお手付きだと分かるようになっていた。
また、モズが無断でメリノを連れ出して魔獣と出くわしてしまったときは、本気の殺気を向けられた。あれはモズが悪かったとはいえ、少し肝が冷えた。
そんなこんなで時間はかかったが、親しい友人が幸いを得たことは、モズにとっても嬉しいことだ。
「まあ、それにしたって、仕事にも出て来ないのか……」
マダラが牙を捧げてすぐのころ、カラカル近郊のカフェへ呼び出して話を聞いた。その場にはルーセットとオランも同席し、みなで軽く祝った。
その後しばらく経つが、それ以来マダラに会うことがない。獣神から休暇を与えられているとかで、仕事にも出て来ないのだ。
牙を捧げてすぐの獣騎士がどうなるかは、モズも承知している。実際に、オランのときにはルーセットにちょっかいをかけて乱闘になった。
だがそれにしても、マダラは徹底しすぎていないか。長い付き合いの自分にくらい、会ってくれてもいいだろうとモズは思う。
「うーん、乗り込んでみるかなあ」
そう決めた後、うまくマーモット領の新茶酒を手に入れたモズは、それを手土産にカラカルへ向かった。
新茶酒は入手が困難で、飲みたいからと飲めるものではない。モズが目の前で酒瓶を掲げれば、案の定、メリノが食いついてくれた。メリノが望めば、今のマダラは断れない。牙を捧げたばかりで、メリノに対する感情が高まっているのだ。
モズの思惑どおり、無事に三人での酒宴となった。
メリノの家に招かれて、さあ飲もうかというところで、突然マダラがメリノを膝の上に乗せた。
(そういえば、あのとき言っていたな……)
カフェへ呼び出したとき、ルーセットがメリノに会いたいと希望した。そこでマダラは宣言したのだ。メリノと会うなら、自分の膝の上にメリノを座らせることが条件だ、と。
どうやら、あれは本気だったようだ。
膝の上に乗せられてしまい、はじめはモズのことを気にして抵抗したメリノも、けっきょく折れてマダラの膝に留まった。
それだけでマダラの許可が出るなら、いつまでもそこに居てほしいくらいだなと、モズは新茶酒を口に含みながらふたりを見ていた。
なんだかんだ言っていたメリノだが、やはり捧げられた牙の持ち主であるマダラに触れると心地よいのか、表情が緩んでいる。さらに、右手で新茶酒の杯を持ちながら、左手はマダラの指をいじっていた。
メリノはこのように触れ合うところを見せるような性格ではないはずだが、無意識なのだろうか。
(うーん、こういうところは、ルーセットとオランには無かったなあ。ふたりの関係性によって、こういう違いもあるのか。面白いな)
興味深く見つめていると、モズの視線に気づいたメリノが顔を上げた。
「モズさん、なんだか久しぶりですよね」
「ああ。マダラがカラカルへは来るなと言うものだから、遠慮していたんだ」
「……来るなと言ったのに、けっきょくモズは勝手に来ているでしょう。どこに遠慮が?」
「なんだなんだ、みずくさいぞ。俺とマダラの仲じゃないか」
「ただの腐れ縁でしょう」
「ははは。つまりは切っても切れない仲だな」
モズがマダラと言い合っていると、メリノがくすくすと笑いだした。
再び目を向けてみれば、その頬はいつの間にかほんのりと染まっている。新茶酒は酒精が強いので、早くも酔っているのかもしれない。
「マダラがとても楽しそうです。やっぱりモズさんとは仲が良いのですね」
「いや、それは……」
「そうだろう、そうだろう。俺とマダラは付き合いが長いからな。とても親しい仲なんだ。だからマダラが無事に牙を捧げたことを、本当に喜ばしく思っているさ」
何か否定を返そうとしたらしいマダラを遮って、頷いておく。
マダラが何を言っても、モズと親しい関係にあるのは事実なのだから。
「よかったですね、マダラ。友人は大切にするべきですよ」
「はあ、そうですね」
満足そうに笑って言い聞かせるメリノに、マダラは気のない声で返した。
その様子を、モズはにやにやと笑って見ていた。
それからは、モズが新茶酒を手に入れることができた経緯や、ルーセットたちの近況を話して酒宴が進んだ。
その間、メリノは無防備にマダラへと甘えてみせた。
モズが同席していることへの羞恥は無さそうなので、やはり無意識のようだ。
「……マダラ、」
「はい」
「マダラの懐は、安心しますね」
メリノがマダラの胸へ頬を寄せ、すりすりとその感触を楽しむ。それにマダラが嬉しそうに笑った。
「俺も、メリノが腕の中にいると安心します」
メリノを隠すように腕を上げるマダラは、きっと意図的にやっているのだろう。
モズがメリノへ視線を向ける度に、ちくちくと威嚇してくる。
牙を捧げたばかりの獣騎士のなわばり意識の強さは、オランのときに経験済みだ。これくらいの威嚇は予想していた。
そこで、ふと悪戯心がうずいたモズが、そうっと手を伸ばしてみると。
「モズ」
脅しをこめた低い声で牽制されてしまった。金の瞳がぎらりと光る。
もちろん本気で触れるつもりはなかったので、すぐに手を引っ込めた。
「……くくっ。悪い悪い、冗談だ」
「冗談でも、メリノに触れれば容赦しませんよ」
脅しではないと金色を細める友人に、久しぶりに本気でやり合ってみるのも面白いかもなあと、モズはのんきに考えた。
すると、このやり取りの意味を分かっているのかどうなのか、ほろ酔いのメリノが口を開いた。
「ふふっ。モズさんも、マダラと遊びたいのでしょうね」
「え、」
「いや、メリノ……」
獣騎士ふたりがぽかんとしたところを、メリノは気にせず続ける。
「遊んでもいいですが、ちょっとだけですよ? マダラはすべて私のものになったので、ちゃんと返してくださいね」
「………………」
無言になったマダラは、両腕でぎゅうっとメリノを抱き込んでしまった。嬉しかったのだろう。
「あら、どうしました、マダラ? 甘えたくなりました?」
「…………そうですね、あなたの獣騎士を甘やかしてください」
ほろ酔いのメリノは、向かいに座るモズをうっかり意識の外へやってしまったようで、そのままマダラを甘やかす作業に入った。そうなると、マダラは当然のようにモズの存在をないものとして扱う。
(まあ、仲が良くてなによりだ)
ふたりの世界に入った友人たちは、しばらく帰って来そうにない。
ひとまず、その間はひとりで新茶酒を楽しもうかと、モズはつまみのチーズを口へ放り込んだ。




