獣騎士の牙を受け取った 2/2
長くなったので2話に分けて投稿しています。
前話の読み飛ばしにご注意ください。
ひとまず摘んだ粉雪いちごを抱え、マダラに手を引かれて家まで帰った。
帰宅してからは、身支度を整えたりといった時間以外はずっとマダラがくっついていた。マダラは察しが良いから、メリノが邪魔だとは思わないちょうど良い距離で常にそばにいる。
メリノも、ついに牙を受け取るのだと決意していることもあり、自分からマダラに寄り添う。そうすると、マダラが嬉しそうにメリノに触れてくる。特に、首筋に。
そんな、まったり甘い時間の中、摘んできたばかりの粉雪いちごを食べた。
「メリノ、ほら」
「ん、」
マダラの手によって与えられた赤い実は、まるで粉雪のように儚く口の中でしゅわりと溶けていく。
見た目は普通のいちごと変わらないのに、その名のとおりの果実だ。
「美味しいですか?」
「はい。それに、不思議な食感ですよね……」
「ええ。この季節だけのお楽しみです」
すでに次の粉雪いちごをメリノに与えようと準備しているマダラに、メリノは小さく苦笑した。
「これはマダラの好物でしょうに。はい、」
「ん……」
マダラの手から粉雪いちごをつまみ、その口へ持って行く。すると素直に口が開いて、ぱくりと実が消えた。
ちょっと楽しいなとメリノが笑っていれば、粉雪いちごを押し込んだ手をマダラに取られた。
「メリノ」
ちゅっと、指先に口づけをひとつ。
思わず手を引こうとするが、マダラが力を込めているらしく、できない。
逆に、さらにぐいっと引かれ、メリノはマダラの腕の中に収まることになった。
「ふふっ。粉雪いちごは好きですが、それ以上に俺が甘露だと感じるのは、」
背中に腕を回され、首筋へも唇が落ちた。
触れた唇の感触に、ぞくりとメリノは身を震わせる。
そんなメリノの様子を見て、マダラがくすくすと機嫌よさげに笑う。
「魔力は、今は駄目ですよ」
「おや、そんなつもりは無かったのですが。言われてしまうと、なんだか欲しくなりますね」
「……駄目です」
先ほどから、マダラは上機嫌でメリノを甘やかしてくる。
この状態でマダラに魔力を与えれば、牙を受け取るどころではなくなってしまいそうな気がした。
メリノがわざとらしく体を離してそっぽを向けば、それでもマダラは機嫌よく笑った。
「残念ですが、今は我慢しましょうか」
「そうしてください」
つんつんとメリノの頬をつつきながら、マダラが言う。
「…………実のところ、そろそろメリノが牙を受け取ってくれそうだなと、気づいていました」
「え?」
「まあ、あれだけ俺のことを意識しているような態度を出されれば、ね」
「………………とても、思い当たる節があります」
「そんなメリノも、とても可愛らしかったですよ」
「………………まさか、モズさんも?」
ふと、昨日のモズの妙な態度が思い浮かんだ。
「ああ、モズは俺の態度を見て気づいたようですね。だから、よけいなことを言わせないようにさっさと帰らせました」
「…………モズさんにまで、」
うすうすそうなのかなとは思ったが、実際にそうだと言われてしまうと、メリノは恥ずかしさに両手で顔を覆った。
その手を、マダラに優しく掴まれる。
「ふふっ。だから俺は、いつ言ってくれるのかなと、ここ数日はうきうきしてしまいました」
「………………そうですか。マダラに喜んでもらえたなら、もうそれでいいです」
「ええ。とても」
ふふふと、マダラが本当に機嫌がよさそうに笑う。
「俺の牙を受け取るのだと、メリノが自分から言い出してくれるのが楽しみで楽しみで。メリノに、俺が欲しいと言ってもらえたのだから、今まで待ったかいがありました」
そうだ。マダラはずっとメリノの気持ちが追いつくのを待ってくれていた。
モズからは何度も言われた。獣騎士としてはありえないほどの忍耐だ、と。
そうしてメリノの気持ちを大事にしてくれるマダラだから、メリノも応えることができる。
「……マダラ。今まで待ってくれたこと、本当にありがとうございます」
「メリノが手に入るなら、構いません。…………ただ、これからは待つ理由がありませんが」
熱を持った金の瞳に、じっとりと射抜かれて。
メリノは無言で腕を伸ばし、マダラの首をそっと引き寄せた。
そうこうしているうちに辺りは暗くなり、空には月がのぼった。
マダラが宣言した、牙を捧げるのに相応しい時間。
「やはり獣だからでしょうか。夜の方が、獣騎士としての本能が強くなるようで。牙を捧げるにも良い時間に思えるのです」
いつも夜のお喋りをする、マダラの部屋で。
ソファでふたり寄り添っている。
「マダラ……」
「メリノ、緊張しないで。体の力を抜いて」
そう言われても、未知のものへの恐怖から、どうしても体が強張ってしまう。
困ったように眉を下げたメリノに、マダラは少し考えるようにして、そっと両手を握ってきた。
「メリノ、俺はあなたが好きです」
金の瞳が、真っ直ぐに見つめてくる。
「メリノは、獣騎士のことはまだよく分からないと言いましたが、それでいい。メリノが知るべきは獣騎士ではなく、俺のことです」
「マダラの、こと」
「そう。あなたは俺の牙を受け取るのだから」
ぎらりと輝く目を細めて、マダラは言葉を続ける。
「俺は、これから先、あなたのすべてが欲しい」
これは獣騎士の言う、すべて、なのだ。本当に、メリノのすべてを欲しているのだと伝わってくる。
これから先、マダラ以外のものに心を移すことは許さないのだと。
だがメリノは、ここで怯む理由はない。
その覚悟をするために、今までマダラに待ってもらったのだ。
「はい、すべてマダラにあげましょう。…………マダラも、私にくださいね」
「もちろん、好きなだけ」
ひどく満足げに笑ったマダラが、両手を握ったまま顔を近づけてくる。
応えるようにそっと目を閉じれば、優しく唇が触れた。
「メリノ」
間近で囁かれるマダラのかすれた声。
これ以上ないというほどにどろりと甘く、注ぎ込まれる。
何度も触れる唇の熱さにくらくらしているうちに。いつの間にか、片手で後頭部を支えられ、もう片方で首筋を撫でられていた。
「マダラ、」
「ん、メリノ…………」
口づけの合間に何度も名前を呼び、呼ばれる。
あまりに長い口づけにメリノが苦しそうにすれば、宥めるようにまぶたや頬に唇が落ちた。
丁寧に丁寧に、どこまでも優しく愛撫を施され。
溶けてしまいそうなほどにとろかされ、メリノは自分が正気なのかどうなのか分からなくなっていく。
そうして気がつけば、ソファに押し倒された状態でマダラを見上げていた。
(いつの間に、明かりが消えて…………)
月の光が差し込むばかりの暗い部屋の中、金の瞳がぎらりと輝いている。
ぼんやりと見つめていれば、マダラの顔が近づいてきて、ちゅっと音を立てて口づけられた。
「メリノ、俺の唯一…………」
それから、マダラがゆっくりとメリノの首筋に顔を埋めた。
首筋に、固いものが当る。
マダラの吐息。
恐怖はない。
思うことは、ひとつ。
「マダラが、ほしいです」
ぐっと、牙が入り込んだような気がした。
痛くないので、はっきりとしない。ただ、甘噛みとは違うのだとは感じた。
これが、牙を捧げられるということなのだろうか。
不安になったわけではないが、マダラ、と名前を呼んでみれば、マダラは顔を上げないままで応えるように抱きしめてくれた。だからメリノも、ぎゅっと抱きしめ返した。
どのくらいそうしていたのか、しばらくして、マダラが首筋から顔を上げた。
「メリノ、…………これであなたは、俺のもの」
幸せそうに、満足げに、マダラが笑う。
それにメリノも微笑み返して、ふと気づく。
「なんだか、すごく、」
「ええ、牙を受け取るというのは消耗するものだと、ルーセットが言っていました。メリノも疲れたでしょう。このまま眠って構いませんよ」
疲労を訴えれば、マダラは分かっていたように頷いた。
そうか、だから夜にしようと言ったのだなとメリノも理解した。
「寝台まで運びましょう」
マダラがメリノの体を抱き上げる。
獣騎士の腕は、メリノひとりくらいではびくともしない。その頼もしさに安心して、マダラの胸へ頬を寄せた。
「そばに、」
今はマダラから離れたくなかった。このまま、ずっと抱いていてほしい。
「大丈夫。ここにいますよ。ずっと、あなたのそばに…………」
最後まで言えなかった言葉をきちんとくみ取ってくれたらしいマダラが、腕に力を込めた。
その温もりが離れないことを確信して、メリノは意識を手放した。




