獣騎士の牙を受け取った 1/2
長くなったので、2話に分けて同時投稿しています。
メリノは、ついにマダラの牙を受け取る決意をした。
いつかは受け取るのだろうと考えながら、一生を左右する決断ができずにいたメリノだったが。新しい友人ルーセットが最後のひと押しをしてくれた。
牙を受け取った経験者が、ああして獣騎士と幸せそうに過ごしているのを見ることができて、メリノの不安は軽くなったのだ。
「よしっ」
意思が固まったのなら早く本人に言ってしまおうと、マダラの気配を感じる庭の方へ向かう。
「マダラ!」
「ああ、メリノ。ちょうどよかった」
そのときマダラは、ちょうど洗濯した衣服を干してくれているところだったようで、メリノの上着を手に持っていた。
そしてメリノが決意表明をする前に、のどかな疑問を口にした。
「この上着、素材が普通のものとは違うようですが」
「あ、久しぶりに出したのでマダラは見たことがなかったでしょうか。それは魔術加工がされたものなので、扱いは普通の衣服と同じで大丈夫です」
「そうですか。では、このまま干してしまいますね」
にこりと笑って上着を干そうとしたマダラが、そういえばと振り返る。
「メリノ、なにか用事でしたか?」
「…………いえ、なんでもありません」
意気込んだところをくじかれて、もう今さら言えるものではなかった。
それに、洗濯物を干しているような生活感あふれるときではなく、もう少し相応しいときがあるだろうなとも思ったのだ。
だがメリノにとって誤算だったのは、一度時機を逃してしまうと、どうにも言いにくくなってしまったことだった。
(…………ぐずぐずためらうのは、性に合わないのにっ)
メリノは本来、うじうじと悩んだりする性格ではない。
もう心は決めたのだから、ばしっと言ってしまいたい。
なのに。
「マダラ、」
機をうかがって数日が経ち、再び意を決して挑戦したとき。
振り向いたマダラの顔を見て、とっさに口をついて出たのは別の言葉だった。
「…………えっと、今日の夕飯は何がいいでしょうか?」
「ん、そうですね。寒くなってきたから、シチューがいいかもしれません」
「じゃあ、野菜は家にあるもので大丈夫そうなので、肉を買いに行きましょうか」
「ええ。寒くないようにして行きましょう」
マダラはにっこり笑い、メリノは心の中で悔しさに歯噛みした。
まだ明るいうちにふたりで出かけた街の市場。
年の暮れということで、なんだか追い立てられるような慌ただしさが漂っている。そんな空気の中では、早く言わなければと、メリノの焦りも増すようだった。
肉屋で支払いをしたメリノが戻ってみれば、マダラの隣に立っている人物がいた。
「あれ、モズさん?」
「よ、メリノ! うまい酒を持って来たぞ」
獣騎士モズが指した方を見れば、マダラが重そうな包みを持っている。その中身を想像して、お酒が大好きなメリノの目は輝くが。
今はマダラに告げたいことがある。モズがいれば、今日もそれは叶わないだろう。
そう思えば、素直に喜ぶだけでもいられなかった。
「わ、ありがとうございます。……えっと、モズさんも一緒に飲んで行きます?」
モズはお酒を持って来ると、一緒に飲みたがることが多い。今回もきっとそのつもりで持って来たのだろうと、メリノは礼儀として誘いをかけてみる。
できれば断ってほしいとは思うが、美味しいお酒を持って来てくれたことには感謝しているのだ。
「メリノ、君もその態度なのか…………」
「え?」
苦笑したモズに、考えていたことが顔に出てしまっただろうかと、メリノは少し慌てた。
「いやいや、なんでもないさ。今回はやめておこう」
おやと首を傾げれば、隣でマダラが口を開いた。
「メリノ。モズはこの後、用事があるようです」
「あ、そうでしたか。年末ですものね」
「あー、まあ、そうだな。……そういうことにしておこう」
妙に歯切れの悪いモズをメリノが不思議に思えば、再びマダラが言葉を加えた。
「モズ、そろそろ行った方がいいのでは?」
「はいはい、分かっているさ」
小さく息を吐いたモズが、立ち去る挨拶のようにマダラの肩をたたく。
「…………ああ、そうだ。先日、仕事帰りに粉雪いちごを見かけたぞ。カラカルでも色づいているころだろう。ふたりで摘みに行ってみたらどうだ?」
最後にひとつ提案を投げて、気ままな獣騎士はひらひらと手を振りながら去って行った。
「ずいぶんと急いで帰ってしまいましたね」
「ええ。まあ、モズですから」
その理由はあんまりではないかなと、メリノがマダラを見上げれば、ぱちりと目が合った。思わず、さっと逸らしてしまう。
「……………………」
たぶん、頬が赤くなっている。
早く決意を伝えたいと思うあまり、ここ数日はどうもマダラを意識しがちになってしまっていた。マダラに不審に思われているかもしれない。
メリノはごまかすように、モズの提案を採用する。
「……あの、明日は仕事も休みです。粉雪いちごを探しに行ってみますか?」
「ええ。メリノがよければ」
くすくすとなんだか機嫌がよさそうに笑うマダラに促され、市場を後にした。
翌日、ふたりで粉雪いちごを摘みにカラカルの森へやって来た。
昨年はたしかこの辺りで見かけたがと探してみれば、赤くなっているものがあちこちにある。
「わ、たくさんありますよ」
「今年は豊作のようですね。カラカルの土壌が豊かだということでしょう」
粉雪いちごは、豊かな土壌の森にしか育たないという。今年もこれだけの実が実るのは、カラカルが恵み豊かな土地である証しなのだろう。
「カラカルを褒められるのは、嬉しいですね」
「ええ、カラカルは土地本来の豊かさもありますが、領主がうまくやっていると思います」
「そうですね、サーバル様は良い領主です」
獣騎士であるマダラは、いろいろな土地や領主を見ているだろう。そんなマダラに上司を認められるのは嬉しく、メリノはご機嫌で粉雪いちごを摘んでいく。
「昨年も、こうして一緒に粉雪いちごを摘みましたよね」
ぽつりと呟いたマダラに、メリノ、と名前を呼ばれて振り返れば、赤い実を優しく口に押し込まれた。
口の中に、粉雪いちごの甘酸っぱさが広がる。
「ふふっ。来年も、その先もずっと、ふたりで粉雪いちごを摘みましょう」
「………………」
にっこり笑って、マダラはメリノの返事を待たずに収穫へ戻った。
(来年も、その先もずっと…………)
マダラとふたり、カラカルで粉雪いちごを毎年摘んで。
きっと、モズがちょくちょく遊びに来るに違いないし、ルーセットも顔を出してくれるだろう。
そういえば、ルーセットはお酒が好きだろうか。一緒に飲んだら楽しそうだ。そのときはきっとオランも同席するのだろうし、ちゃっかりモズもやって来そうな気がする。
そんな未来を思い浮かべてみれば、ふんわり幸せな気分になって、ふふっと笑みがこぼれた。
するりと、メリノの肩の力が抜ける。
あんなに気合いを入れていたのが、不思議なくらいで。
今なら、言える。
「マダラ」
名前を呼べば、恋人が振り返る。
「私は……獣騎士のことは、いまだによく理解できていません」
常とは違う雰囲気を感じたのか、マダラは手を止めて、はっとしたようにメリノを見た。
「でもマダラのことなら、少しは分かってきたような気がしますし、もっと分かるようになりたいとも思います」
マダラは無言で、メリノの言葉を聞いている。
「なにより、私はマダラとの未来が欲しくなりました。来年も、その先もずっと、マダラと一緒に過ごしていたい」
「…………それは、」
「私は、マダラの牙を受け取りたい」
「…………………………俺の牙が欲しい、と?」
獣が、金の瞳で見つめてくる。
翻意は許さないと。
「はい。マダラの牙が欲しいです」
その視線を受け止めて、メリノはしっかりと頷いた。
するとマダラが、ふふっと満足げに笑ってメリノの首筋を撫でた。
「ああ、メリノ。嬉しい…………」
かぷりと甘噛みをされ、熱い息が首筋に当たる。
マダラの興奮が伝わってくるようで、ぞくぞくとした。
「メリノ…………。この場で牙を捧げてしまいたいくらいですが、夜にしておきましょうか」
「え?」
てっきり、このまますぐにでもとなるのだと思っていたメリノは、首筋から顔を上げたマダラをぽかんと見上げる。
そんなメリノに、マダラが今度は優しげに笑いかけた。
「夜の方がいろいろと都合がいいので。……それに、メリノは以前からずいぶんと不安がっていましたし、それまで気持ちを整えましょう」
「気持ちを、ととのえる?」
「そうです」
頷いたマダラにするりと首筋を撫でられ、甘噛みされた場所がうずく。
わざとだろうかと目を細めれば、にこりと微笑みが返った。
「ただ、これから夜まで他の誰とも会ってはいけません。ずっと、俺とふたりで過ごしましょう。俺のことだけを、考えて」
そっと腰を抱かれて、距離が近づく。
「ほら、怖いことは何もありません。俺が、あなたを甘やかしたいだけですから。俺の牙を受け取ることを、嫌な思い出にしてほしくないのです」
こつりと、額が合わされ。
「メリノは、ただ甘やかされていればいい」
金色の瞳が、とろりと濃くなった。
続きを同時投稿しています。




