ブクマ500件お礼話:後輩の体験談
今も若い獣騎士オランだが、それよりもう少しまえ。
獣騎士になったばかりのころのこと――――
しばらく修行をして来いと、獣神によって魔獣の巣に放り出された。オランを選んだ獣神は、なかなか豪快で大雑把だ。
なんとかその場の魔獣を倒したオランだが、戦っている最中に左目の近くをざっくりやられた。
(うわー、血が止まらないやあ……。どうしよう)
おかげで左目が開かないから、視界が悪い。
オランが困ったなと思っていたところへ、森へ薬草の採取に来ていたという薬師が通りかかった。すらりと細身の中性的な外見の人物で、大人らしい落ち着いた雰囲気があるから、オランよりも年上なのだろう。
オランの惨状を見て眉をひそめた薬師は、手持ちの薬草で手早く応急処置を施してくれた。
その間、オランは薬師が動く度に揺れる短い銀髪を、右目でじっと見ていた。
「よし。こうして布を当てておけばひとまずは大丈夫だろう。あとは街で医者か魔術師のところへ行け」
「はい、ありがとうございます」
素直に礼を述べたオランを見て、まるで子供を褒めるように薬師が笑った。
「………………」
するとオランの口がむずむずして、牙が出た。まだ魔獣との戦いの興奮が抜けきらないのかもしれない。
それを見た薬師が、おやと目を見開く。
「そういえば、その服装は……。もしかしてお前、獣騎士なのか」
「そう。まだ新米だから、こんな傷を負っちゃいましたけど」
「そうか。お前は若いから、まだまだこれからだな。もう怪我をしないように頑張れ」
ぽんと肩に置かれた手に、オランの体の中で何かがうずいた。
それから数日かけて、オランは周辺の魔獣を討伐して回った。
まだ獣神から、帰って来いとは言われない。
そろそろ別の場所へ行くべきかと考えていたところ、街で再び薬師に出会った。
「あー、あのときの!」
「ん? ……ああ、森で会った獣騎士か。もう左目は大丈夫そうだな」
「えへへ。あの後、ちゃんと魔術師のところに行ったんですよー」
そうかと満足そうに頷く薬師を、オランは初めて両目でしっかりと見た。
森で助けてもらった恩人との再会に高揚するのか、また牙が出ていた。
「…………こんな街中で牙を出して、大丈夫か?」
「うーん、けっこう出し入れが難しいんですよねー、これ」
獣騎士になって間もないオランは、獣の本能を上手く制御できないことも多い。
それでも、こんなふうに人前で出ることはさすがに無かったのだが。
「あ、それよりも! このまえは聞きそびれちゃったけど、名前を教えてください。俺、獣騎士のオランですっ」
「ああ……。私はルーセット。見てのとおり、薬師として旅をしている」
「旅の薬師かー。じゃあ、この街はそのうち出て行くんですか?」
「そうだな。必要なものは手に入れたから、今日にでも移動しようかと考えているが」
ではここで別れてしまえば、もうオランがルーセットと会う機会は無いのだ。
「……っ、俺、ついて行ってもいいですか? 護衛します!」
「は? …………獣騎士の護衛とは、贅沢すぎるな」
「俺、ぜったい役に立ちます!」
「……いや、ありがたいが、仕事はどうした?」
「あは。大丈夫ですよー。俺、まだ新米だから、魔獣をたくさん討伐するまで帰って来るなって獣神に言われてて。ちょうどこの辺の魔獣を狩り終わったところですもん」
にこにこ笑って譲らない姿勢を示せば、ルーセットは仕方なさそうにため息を吐いて同行を了承してくれた。
なぜだか分からないが、ここでルーセットと離れるのは絶対に嫌だと、オランは思ったのだ。
そのまま街を出て、夜は野営だった。
交代で見張りをしようということになり、ルーセットが毛布に包まって横になるのを、オランは焚き火を挟んで見ていた。
やがて、すやすやと健やかな寝息が聞こえ始める。
(ルーセット、寝た……)
なんとなく近くに寄りたくなったオランは、音を立てないよう気をつけ、静かに近づいてみた。ルーセットは旅慣れている。魔獣の出る森で熟睡するようなことはないだろうから、起こさないように、そうっと。
(あ、……………………)
毛布からのぞくルーセットの首筋が視界に入ると、オランはそこから目が離せなくなった。
「……………………」
ごくりと、喉が鳴る。
獣の本能を刺激する、夜という時間帯。
まだ獣の本能を制御しきれていない、新米獣騎士。
無防備に首筋をさらす獲物。
「………………ルーセット、」
オランは本能の求めるままに、ルーセットへ牙を捧げた――――
「そのとき、やっと分かったんですよねー。俺、初めて会ったときからずっとルーセットが欲しかったんだなあって」
うっとりと頬を染めて語るオランを前に、メリノは言葉もなく固まった。
隣に座るマダラは、未熟ですねと、呆れたようにコーヒーのカップを傾けている。
ここは、最近できたばかりのカラカルのカフェ。
獣騎士オランとルーセットが再びカラカルへやって来たので、先ほどまではマダラとともに四人で楽しくコーヒーを飲みながら話をしていたのだ。
だがいつの間にかオランが牙を捧げたときの話になり、思いがけず体験談を聞くことになってしまった。牙を捧げる部分は詳しくは語られなかったから、メリノにとって有用な情報はひとつもない。ただ、衝撃だけがある。
本当に、オランはルーセットから一切の同意を得ずに牙を捧げてしまっているではないか。獣騎士とはそういうものなのか。
「………………オラン。ひとの寝込みを襲っておいて、まるで美しい思い出のようにまとめるんじゃない」
この場でメリノの唯一の味方であるルーセットが、まさにメリノが感じたことをずばりと口にしてくれた。
頼りになる友人を、メリノは尊敬の念を込めて見つめる。
「えー、俺にとっては大事な思い出だし。あ、でもルーセットはあの後がひどかったなあ。殴られたっけ」
「当たり前だ。ものすごく痛かったからな。どうして身を守ってくれるはずの護衛に寝込みを襲われないといけないんだ、まったく」
牙を捧げられたと同時に目を覚ましたルーセットは、オランを思いきり殴り飛ばしたらしい。それからその場に正座を命じて暴挙の理由を説明させた後、懇々と説教したのだとか。
「しかもルーセットってば、それからしばらく俺のこと無視した…………」
「お前に反省の色が見えなかったからだ」
「俺、反省してたのになあ」
「ふうん。まだ反省が足りないようなら、」
「あっ、ごめんなさい。すごく反省してます! だからもう俺のこと無視するのはやめてっ」
慌てて謝るオランに、ルーセットは仕方なさそうにため息を吐いた。
「まあ、オランが落ち込むと後で私が大変になるしな……」
ルーセットはコーヒーと共に出されていたクッキーをつまむと、泣きそうになっているオランの口へ押し込んだ。
するとオランの口が塞がったことで静かになり、本人もルーセットからおやつをもらえたことで嬉しそうにしている。
(さすが、扱いが上手い…………)
対処のそつのなさにメリノが感心していれば、こちらも横からクッキーが差し出された。
「え?」
「メリノ、どうぞ」
「あの、これは、」
「ふふ。オランたちを羨ましそうに見ているから、メリノもしてほしいのかなと思って」
「………………」
絶対に違う。むしろふたりの様子を見ていて、マダラがやってみたくなっただけに違いない。
家の中ならともかく、こんな公共の場でそんなことをするのは、メリノにとって恥ずかしいことだ。
だがマダラは譲るつもりがないようで。
それにルーセットが、折れてやれ、でないともっと面倒くさいぞと、視線で伝えてくる。獣騎士との付き合いが長い人物の言葉は、実感を伴った重みがあった。
「メリノ」
「…………、っ」
もう一度名前を呼んで促してくるのに、意を決して小さく口を開く。
そこへマダラは、そっとクッキーを押し込んできた。
一口で食べやすい大きさのクッキーを選んでくれたことだけは、感謝しよう。
「美味しいですか?」
「………………はい」
クッキーよりも甘く微笑むマダラは、とても満足げにしている。
その笑顔を見ていると、マダラが喜ぶならまあいいかなと思ってしまう。この時間のカフェは空いているし、目の前にいるのは理解ある友人と獣騎士だけであるし。
そう思い切りをつけたメリノは、クッキーを咀嚼しながらオランの語った話を思い返してみる。
「………………」
やはりどうにも不安しか浮かばず、ちらりとマダラを見上げる。
するとその視線に気づいたマダラが、安心させるように軽く指を握ってくれた。
「心配しなくても、俺はオランのように若さで逸ったりはしませんよ」
「……そうですよね」
マダラがメリノと同じくらいの大人で、さらには素晴らしい忍耐を持ち合わせていることに、心から感謝した。
そうだ、マダラはメリノの意思を尊重してここまで待ってくれているのだ。まさかオランのような暴挙を起こすはずがない。
だがメリノが安堵したところで、マダラは握っていた指を親指でするりと意味ありげに撫でてきた。
「まあ、大人の事情で時期が早まることはあるかと思いますが」
「……………………」
やはり、獣騎士は自分勝手なものなのだと、メリノはルーセットと視線を交わして頷き合った。
ブックマーク500件のお礼話でした。
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