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獣騎士の捧げる牙  作者: 鳥飼泰
番外編 獣騎士の牙を受け取るまでの日々
19/27

先輩に学ぶ 2/2

本日は二話投稿しています。前話の読み飛ばしにご注意ください。

ひととおりの挨拶を終えたあと、マダラとオランはカフェを出て森へ向かった。

オランはルーセットと離れることに少しだけ躊躇したが、マダラが久しぶりに稽古をつけようと言い、ルーセットからも行って来いと促され、最終的には納得して出て行った。

ルーセットと共にいるのがマダラの牙の相手で、よけいな心配は不要であるということも大きかったようだ。


そして残ったのは、メリノとルーセットのふたり。

メリノはルーセットと先ほど初めて言葉を交わしたばかりだが、獣騎士に捕まったもの同士という不思議な親近感がわくのか、気詰まりではなかった。


「あの、ありがとうございます。わざわざカラカルまで来ていただいて」

「いや、構わない。ちょうどオランの仕事が近くであったから」


まずは、わざわざ出向いてもらったことへの礼を述べる。

するとルーセットは、気にしないでくれと穏やかに首を振った。その様子から、まったく構わないのだという気持ちが伝わってきて、メリノは安堵した。


「その、私の事情は、」

「おおまかには聞いている。マダラが牙の相手と定め、今は受け取りを保留にしていると。なにか不安があるようだから相談にのってくれないかと、マダラには言われた」


マダラはきちんとメリノのことを伝えてくれていた。

そういった気遣いも、やはりメリノの心をじんわりとあたためてくれる。


「そうです。マダラに牙を捧げたいと言われたものの、どうしても決心がつかずに待ってもらっています。…………マダラにも、申し訳ないと、」

「待て」


マダラに申し訳ない、と口にすると、本当に申し訳ない気持ちがわき上がってきて、メリノは無意識に俯きかけた。

だがそこで、ルーセットが待ったをかける。


「メリノ。あなたが申し訳ないと思うことはない。獣騎士というのは自分勝手なものだ。牙を捧げたいと決めれば、強引にでも捧げようとしてくる。マダラは相手のことを気遣う余裕があるだけまだマシだが、それでもあなたを逃がす気は無いだろう」

「え、」

「あれらは俗世から離れているから、こちらの事情を理解できないんだ。……獣騎士の執着はとても重い。特にメリノたちは恋愛感情による執着のようだから、躊躇する気持ちはよく分かる」

「………………」


こんなふうにメリノが躊躇することを肯定的に見てくれるひとは、今までいなかった。獣騎士のモズはもちろんだが、メリノの上司や同僚でさえ、早く受け取った方がいいのではないかという雰囲気を醸し出していたのだ。


「…………あの、ありがとうございます。そんなふうに言ってもらえたのは、……初めてです」


やや呆然としてメリノが言えば、ルーセットは大きく頷いた。


「そうだろうな。獣騎士に目をつけられた大変さは、やはり本人にしか分からない。……まあ、それでも仕方ないなと絆されてしまったが」


きっぱりと言い切りながら、それでもオランを慈しんでいるルーセットの様子に、メリノは好感を持った。

オランから兄や父に対するような執着を持たれていると言っていたが、きっとルーセットも、オランのことを弟や息子のような気持ちで大事にしているのだろう。


「ルーセットさんは、いつもオランさんの仕事に同行を?」

「ああ。私は元々が旅の薬師で、オランが仕事で移動するときは一緒について行く。オランもそれを望むから」


ルーセットは旅をして生活していたひとだから、獣騎士の仕事に同行することも苦ではないのだろう。

では、メリノの場合はどうなるのだろう。メリノは、できればカラカル領から離れたくはない。仕事も、土地も、友人も、どれも気に入っている。


「……牙の相手というのは、そのように獣騎士に同行するものなのですか?」

「ん? どうだろうか。私もあまり多くは知らないが、それぞれだと思う。あなたがそれを望まないなら、マダラにそう言うといい」

「我がままでは、ないでしょうか」

「そんなことはない。おそらく、獣騎士はそんなことに気づきもしないだろうから、不安に思うことはなんでも相談してみることだ。マダラとあなたは気遣い合える関係のようだし、その方がマダラも喜ぶだろう」


本当に、ルーセットは気持ちがいいほどさっぱりと回答をくれる。

見たところメリノと同年代の青年だが、オランが兄のように慕う理由が分かる気がした。

だからメリノも甘えて、もう少しルーセットのことを聞いてみたくなった。


「ルーセットさんは、牙を受け取ることに不安はありませんでしたか?」

「ははっ。私は不安に思う間もなく捧げられてしまったから」

「え、」


そういえば、強引に牙を捧げた獣騎士の話を、以前にモズとマダラの会話で聞いた気がする。思い返してみれば、その会話に出ていた獣騎士の名前はオランだったような。


「オランと知り合ってしばらくしたある日、いきなりやられたんだ。しかも加減というものを知らないから、とても痛かった」

「痛い…………」


やはり牙を捧げられると言うのは痛いのかとメリノが顔を強張らせると、それに気づいたルーセットが宥めるように微笑んだ。


「オランのやり方がまずかっただけで、痛くないようにもできるようだ。きっとマダラはうまくやってくれるだろうから、あなたは心配いらない」

「………………」


本当だろうかと疑いを捨てきれないメリノの様子を見て、ルーセットは悪戯っぽく笑った。


「まあ、もしも不快な捧げられ方をしたら、その後当分の間はマダラに冷たく当たるといい。私はオランの身勝手さに腹を立てて、しばらく無視してやった。獣騎士は牙の相手に弱いから、オランも面白いほどしょげ返った」


はははと愉快そうに笑うルーセットは、それでも気が済んだ後はこれでもかと甘やかしてオランを復活させたらしい。


「それに、牙を捧げさせてやった方が獣騎士の執着は落ち着く。きっと、くさびを打つことで安心するのだろう。周囲を威嚇しすぎたり、暴走したりといったことも少なくなるはずだ。…………まあ、あなたとマダラは男女の恋愛関係だから、少し事情が変わるかもしれないが」


最後の言葉は少し気にかかるが、いいことを聞いた。

では牙を受け取った後は、メリノが男性の同僚と話し込んだりしても大丈夫になるのかもしれない。


(それは、とても助かる…………)


ふむふむと頷くメリノに、ルーセットは続けた。


「だいたい、獣騎士は勝手が過ぎる。執着を持ったものに対する独占欲が強く、ひたすらに押してくる」

「分かります。押されに押されて、でもこちらもむげに断りたくはないから、けっきょくは折れてしまいます」

「そうだ。こちらが絆されることを分かっているのか、情に訴えかけてくる」

「すごく、分かります」


ルーセットのような心の広いひとでもやはり獣騎士には苦労しているのだなと、メリノは何度も頷いた。


「メリノ、あなたもそうなのか」

「はい。私の場合は、マダラが執着をみせたのと私が好きになるのは同じくらいでしたけれど……。それでよけいにいろいろ押し切られているような気がします」

「ふうん。でも先ほどのふたりの様子を見ていると、あなたは幸せそうだな」


微笑ましげに問うルーセットに、メリノは恥ずかしさから返答を少しだけ躊躇った。だがここでルーセットに嘘をつくべきではないと考え、正直に言う。


「…………、幸せです」

「そうか。よかった」

「……はい。マダラの押しに困ることもありますが、やっぱり私もマダラが好きなので、想いを返してもらえるのは幸せです」


思わず頬を染めたメリノを優しく見つめ、ルーセットは言った。


「メリノは可愛いな」

「え?」

「とても可愛らしい。マダラが執着するのも分かる気がする」

「………………ルーセットさんも、とても懐が深くて話しやすいところ、オランさんが慕うのが分かる気がします」

「そうか、ありがとう。私も、オランと共に過ごせる今が幸せだと思う。……他人の関係にあれこれ言うものではないが、迷うくらいならマダラの牙を受け入れてみたらどうだろう。どうせ、あれらに目をつけられた時点でもう私たちに逃げ道はないと思う」


そう言ってルーセットは穏やかに笑った。

その笑みは諦めではなく、慈しみ。ルーセットは自分の意志でオランを受け入れたのだなと理解できた。


「そう、ですね……」


マダラから逃げるつもりは、もうない。それでも、最後の決断がどうしてもできなかった。穏やかなルーセットの笑みは、その最後のひと押しをしてくれたような気がした。


マダラとの相互理解は、ずいぶんと進んだと思う。マダラはメリノを慈しんでくれるし、メリノもマダラが大切だ。

もう、牙を受け取る準備は整っているのかもしれない。


メリノの中でなにかが固まったことが伝わったのか、ルーセットも嬉しそうに頷いた。それからなんとなくふたりで顔を見合わせて、ふふっと笑い合った。


「マダラはオランを可愛がってくれているようだ。あなたがマダラの牙を受け取るなら、これからも会うことがあるだろう」

「はい。ルーセットさんと話しているとなんだか心が落ち着くので、またお会いできたら嬉しいです」

「そうか。私はあまり親しい女性がいない。……オランの機嫌が悪くなるからな。だから、メリノのような友人ができて嬉しい」

「ふふっ。お互い、人間関係には苦労しますね」

「まったくだ」


マダラとオランが戻るまでの間、メリノたちは穏やかな会話を楽しんだ。



その後、約束の時間ぴったりにオランがカフェへ飛び込んで来た。


「ルーセット!」

「オラン、落ち着け」


飛びつこうとするオランを冷静に押し止め、ルーセットは隣の椅子を引いて座るよう促している。

そんなオランを元気だなあと微笑ましく見ていたメリノの視界に入ったのは、遅れてやって来たマダラだ。


「マダラ、お帰りなさい」

「戻りました。ルーセットとの話はどうでしたか?」


促さずとも当然のようにメリノの隣を陣取るマダラにこっそり微笑み、メリノは答えた。


「はい、とても楽しかったです。マダラ、ルーセットさんを紹介してくれて、ありがとうございます」


メリノの言葉に、マダラも嬉しそうに笑った。

その笑顔を見ているとなんだかマダラに触れたくなって、メリノは隣へ手を伸ばしてマダラの手を握ってみる。

マダラは少しだけ驚いたように目を瞬いた後、にっこり笑ってぎゅっと握り返してくれた。


この日、オランの牙を受け取ったルーセットとゆっくり話ができたことは、メリノにとって大きな収穫となった。


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