先輩に学ぶ 1/2
長くなったので、二話に分けて同時投稿しています。
獣騎士マダラから牙を捧げたいと言われてのち、メリノは今もまだその返事を保留にしている。
マダラの友人モズからは、マダラはよくも我慢できているものだと、感心と呆れの目で見られた。牙の相手を定めた獣騎士が、甘噛みだけでここまで耐えるのは信じられないことらしい。モズが言うことには、メリノは獣騎士の執着を分かっていないとのこと。
それはそのとおりであるし、マダラを待たせていることは申し訳ないと思う。だが、それは獣騎士側の意見だ。メリノにだって言い分はある。
牙を受け取ってしまえば、その後の人生をずっとマダラと共に過ごすことになる。思っていたのと違うからやっぱりお返しします、ということはできないだろう。
獣騎士の常識はメリノとは違うことも多い。だから、事前にふたりにとって無理のない擦り合わせをするべきで。そのためにはやはりお互いを知る時間が必要だとメリノは考えている。
自分でも頑固なところがあると自覚しているが、マダラとの関係を大事にしたいからこそ安易に頷きたくはなかった。
幸いなことに、そういったメリノの考えを恋人のマダラはきちんと理解してくれている。とても感謝しているし、幸せなことだと思う。
そんなことを考えていたある日。
「メリノ。この近くの街で、オランという獣騎士が仕事を受けているのですが、」
「はい」
「彼の牙の相手も一緒に来ていると思うので、よければ会ってみますか?」
「え?」
突然の申し出に、メリノは目をぱちぱちと瞬いた。
「……以前から考えていたのですが。メリノは、牙を受け取ることに未知への恐怖を抱いているのではないか、と」
「恐怖?」
言われて考えてみると、そうなのかもしれないとも思えた。
牙を受け取ることが具体的にどういうことで、その後はどうなるのかをメリノは知らない。
マダラに聞いても、要領を得ない説明が返ってくるだけで。それは獣騎士の作法に関わるために明かせないことがあるらしいのと、獣騎士としては当たり前すぎてどう説明すればいいのか分からないということもあるようだ。
そうするとメリノは、もうそれ以上は知りようがなかった。
だが、牙を受け取ったひとに会えるなら。
「オランの牙の相手は、ルーセットといいます。落ち着いたひとで、子供っぽいところのあるオランを笑って受け入れる懐の深さがあります」
オランとは、マダラの後輩の獣騎士だと聞いたことがある。メリノは会ったことはないが、若い獣騎士でやんちゃなところがあるらしい。
「オランには会わなくて構いませんが、彼の牙の相手ルーセットは穏やかなひとなので、メリノの話し相手にも悪くないと思います」
「ルーセットさんと……」
「不安であれば俺が一緒にいますし、ルーセットとふたりで話したいなら席を外しましょう」
「……マダラがそこまで言うなんて、ルーセットさんはよほどのひとなのですね」
「ええ。まあ、オランの牙の相手ですし、よけいな心配をする必要もありませんから。それに、メリノはきっと話を聞きたいだろうと思って」
そう言って微笑むマダラに、メリノは頬を緩めた。
メリノが頑固にあれこれ悩んでいる間に、マダラもメリノの不安を和らげようと考えてくれたのが嬉しかった。
マダラのこういうところが、メリノは好きだ。
もともとマダラは気遣いのできる性格だが、メリノが不安に思っていると気づいてくれたのは、やはり共に過ごした時間で育まれたものだろう。獣騎士にとっては、牙を受け取る不安など理解できるはずないのだ。
「マダラ……、ありがとうございます」
手に持っていたカップを置いて、隣に座るマダラへ寄り添う。
「そういうふうに気を配ってくれるのは、とても嬉しいです」
「ふふ。メリノが喜んでくれるなら、いくらでも」
鍛えられた武人の手が、メリノの髪を撫でる。さわさわと撫でる手の感触だけでなく、マダラの優しい気持ちが伝わってくるようで、その気持ちよさにメリノはうっとりと目を細める。
「実際に獣騎士の牙を受け取ったひとから話を聞けるなら、聞いてみたいです」
「では、オランに連絡しておきましょう」
「ルーセットさんは、どんなひとですか?」
「そうですね。先ほども言ったように、穏やかな信頼できるひとで、銀髪で体格は細身の…………。ああ、そういえばメリノは、一度その姿を見ているはずです」
きょとんとするメリノに、マダラがくすりと笑って頬へ口づけた。
「っ、マダラ」
「ふふ。いつか、カラカルの街でルーセットと出くわしたことがありました。挨拶を交わした後にちょうどメリノがやって来て、去り際に会釈をしていたはずです」
「…………うーん、そんなこともあったような?」
「実際に会えば思い出すかもしれませんね。ルーセットに関してはなにも心配することはありません。むしろ、心配なのはオランの方です。あれは少しやんちゃが過ぎるので……。オランが粗相をするようであれば遠慮なく叱ってください」
なんだかまるでオランの兄のようだなと思いながら、メリノは頷いた。
数日後。
メリノがマダラと一緒にカフェで待っていると、そこへやって来たのは獣騎士の制服を着た青年と、もうひとり。
「マダラさん!」
獣騎士の制服を着た青年が、にこにこと笑いながら駆け寄って来た。
頭頂部の跳ねた髪をぴこぴこと揺らしながら近づく青年を見て、メリノは軽く目を見張った。
(え、若い……。もしかして、十代なのでは)
マダラの後輩とは聞いていたが、思ったよりも年齢が若そうだ。
まじまじと見ていたメリノに、青年は輝く笑顔で挨拶をした。
「俺、オランです。あなたがメリノさんですね。わあ、本当にマダラさんの牙の相手が……!」
興奮のままに顔を近づけるオランに気圧されて、メリノは後退る。その様子を見たマダラが眉を寄せて口を開こうとしたところで。
「こら、女性に失礼なことをするな」
うしろからオランの肩に手が置かれ、穏やかな声が制止した。
「すまない、悪気はないんだ。オランはマダラをとても慕っているから、その牙の相手を歓迎しているだけで」
そちらへ視線を向けたメリノに声の主が謝罪してくれるが、それよりも気になることがあった。
「…………ルーセットさん? え、男性?」
獣騎士オランと共に現れたこの人物は、オランの牙の相手ルーセットであるはずだ。だが、どう見ても目の前に立っているのはメリノたちと同じくらいの年頃の青年だった。
青年は獣騎士の制服に似たものを着ていて、たしかに以前、この服装の人物をメリノはカラカルで見かけた記憶がある。そのときにマダラに尋ねると牙を捧げられたひとだと言われ、まるで男性のように見えたなあと不思議に思っていたのだが。
混乱しながら思わず呟いてしまったメリノに、青年は目を瞬いた。
「……たしかに私は、ルーセットだ。もしや、女性に見えるのだろうか?」
「い、いえ。すみません。男性の獣騎士の牙の相手は、女性だけだと認識していたので…………」
慌てて謝れば、失礼なことを言ったメリノに対してルーセットは丁寧に説明してくれた。
「そうか、知らなかったのか。獣騎士の執着は、なにも恋愛感情だけではない。私の場合は、兄や父に対するような家族としての執着を持たれているようだ」
「そうなのですか…………」
牙の相手に向ける感情にそんな執着があるとは、メリノにとって思ってもみないことだった。
(そうか、恋愛感情ではない執着というのもあるのか…………)
メリノが衝撃を受けていると、横に立つマダラが気を引くようにぎゅっと手を握ってくる。
どうしたのかなとそちらを向けば、マダラの真剣な目とぶつかった。
「……メリノ、念のために言っておきますが。俺の執着はオランとは違います。俺の気持ちは……、あなたが女性でないと成り立たないものです」
「は、はい」
「俺はメリノのことが好きですから」
「………………」
「メリノ、あなたは?」
「……っ、…………私も、マダラが好きです」
メリノはマダラの気持ちを疑ってなどいなかったのだが、本人はここで恋愛感情であると主張しておかなければいけないと感じたらしい。
できればこんな人前では少し恥ずかしいので勘弁してほしいところだが、オランとルーセットはメリノたちのやり取りをにこにこと微笑ましげに見ていた。
「仲が良さそうで、なによりだ」
「そうだね、ルーセット。これなら心配いらないみたい」
オランの言葉に、マダラがそちらへ顔を戻す。
「……オラン、あなたに心配されるいわれはありませんが」
「だってマダラさんってば、まったく牙の相手が見つからないんですもん。俺、けっこう本気で心配してたんですよー」
「俺と同年代のモズも、まだ牙の相手を得ていませんよ」
「えー、モズさんはどうでもいいです。あのひと、ひとりでも楽しそうだし」
たしかに、モズはひとりでも楽しく人生を過ごしていきそうではある。
「まあ、牙の相手というのは見つからないことも多いですからね。むしろ、出会えた俺たちが幸運なのでしょう」
まだ握ったままだった手を持ち上げて、自分は幸せだというようにマダラは微笑んだ。その笑顔を向けられたメリノも、同じように微笑み返した。
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