小話:お仕置き
秋の爽やかな光が差し込む朝。
だがメリノは、ぼんやりと寝台の上に留まっていた。
(ちゃんと起きないと…………)
昨夜、マダラの部屋でお酒を片手にいつものお喋りをした後に。あんまり美味しいお酒だったので、ひとりでこっそり追加を飲んでしまった。
そのため、まだ眠い。
だが、そろそろマダラが起こしにやって来てしまうなあとさらに毛布に包まったところで、部屋の扉が開いた。
「メリノ、起きてください」
マダラの優しい声が、目の開かないメリノの耳をくすぐる。
相変わらず、起こしたいのか眠りに誘いたいのか分からない心地よさで、そっと肩に触れられた。
「メリノ、」
「ぅん……」
「、…………」
ぐずるように息を吐けば、なぜか一瞬だけ驚いたような気配がした。
それから、マダラが耳元へ口を寄せて。
「…………メリノ。昨夜あの後、ひとりで飲みましたね?」
低く囁かれた言葉に、メリノはぱちりと目が覚めた。
「……飲んでいません」
なんとか口を開いて否定すれば、ふうんとマダラが呟いた。
「昨日の酒は貴重なものだから、半分は残しておいてまた今度一緒に飲もうと、約束しましたよね」
「…………飲んでいません」
そうだ。なかなか手に入らない貴重なお酒だったから、メリノからそう提案したのだ。それを、つい誘惑に負けて飲んでしまった。
気まずさに黙ったメリノの首筋を、マダラの指先がするりと撫でた。
獣によってすっかり敏感にされてしまった場所への刺激に、それだけで、びくりと震えてしまう。
マダラはそんなメリノを、目を細めて見ていた。
「おいたをする子には、……お仕置きが必要でしょうか」
雰囲気から察するに怒ってはいないようだが、このまま許してくれる気もなさそうだ。だが、今さら正直に言ったところで、状況が改善するかも分からない。
だからメリノは、沈黙を続けることにした。
「………………」
だが、それは間違いだったようで。
獣が、にっこりと笑った。
「おや、お仕置きをご希望、ということですか」
「……っ!」
そんなわけがないと慌てて起き上がろうとしたメリノを、マダラは寝台に押さえつけた。
「メリノ、嘘はいけませんよ」
「…………はい」
まったくその通りなので、反論できない。
「まあ、すぐに分かるようなものは、可愛らしくもありますが」
くすくすと笑いながらマダラが寝台に膝を乗り上げてきて、いよいよメリノは逃げられなくなる。
そうなるともう、諦めて体の力を抜いた。
「ふふっ、そうですね。抵抗しても無駄ですよ」
「…………どうして、ばれてしまったのでしょう?」
「あなたの息に、色濃く酒精が残っていたので」
「………………」
ああなるほどとメリノが吐いた息も、確かに少し熱いのかもしれない。
「ふたりでまた飲もうと言っていたのに、メリノだけで楽しんだのですか?」
「すみません、…………ふっ、」
謝罪のために開いた口を、マダラの口でふさがれる。
一度だけ軽く啄んだと思えば、それからぐっと深く口づけられた。
昨夜飲んでしまったお酒を分けろとでもいうように、マダラの舌がメリノの口内を探る。寝台に押しつけられての口づけは、少し息苦しい。
「……、…………」
「んぅ、」
そうして存分にメリノを味わった後、ちゅるりと舌が出ていった。
「……少し、甘い香りがしますか」
いきなりの攻め手にぐったりとしたメリノは、はくはくと息をしながら酸欠の頭で考える。
昨夜のお酒は本当に美味しく、しかも甘めの香りを持ちながら味はやや辛口という、メリノとマダラの好みにぴったりのものだった。だからきっと、マダラも楽しみにしていたのだろう。
(それなのに、勝手に飲んでしまって悪かったな…………)
改めて考えてみても、やはり完全に自分に非がある。昨夜はお酒が入っていたことで理性も緩かったのだろうが、それも言い訳にしかすぎない。
メリノがひとりで反省している間も、マダラは手を緩めずに唇の端へ口づける。
「とても良い香りですが、あなたの甘露には敵いませんね……」
「…………」
つまり、ここで魔力がほしいということだろうか。
だがここは寝台の上で、メリノはマダラに押さえつけられているのだ。この状況で魔力を与えればどうなるかなど、想像に容易い。
おそらく、午前がつぶれる。
(……それは、まずい)
メリノはまだ朝食も済ませていないし、これから仕事にだって行かなければならないのだ。
「あの、マダラ、……んっ、」
マダラの気を他へ逸らすべく口を開こうとしたところで、すりすりと首筋を撫でられた。
「それから、ここも、俺をとても惹きつける…………」
ゆっくりと寄せられた口が、かぷりとメリノの首筋に甘く噛みつく。
軽く牙をたてたままにその場所を舐められて、メリノは身をよじる。
「っあ、マダラ、」
「……うん、」
だがメリノの抵抗も、獣騎士の前には意味を成さない。マダラはますます熱心にメリノの首筋を愛撫してくる。
その生々しい感触に耐えかねて、メリノは叫ぶように弁解した。
「の、飲んだのは一杯だけです。ちゃんとまだ残っています」
「でも、飲んでしまったわけですね」
「うぅ、」
すぐに言い返されてしまい、それでもなんとか状況を打開しようと、メリノは目をうろうろさせた。
それを、ようやく首筋から顔を離したマダラが目を細めて見下ろしている。
(あ…………)
そこでメリノは、これは勝手に飲んだことを責められているというよりも、ただ獣に甚振られているのだと、ようやく気がついた。
その証拠に、マダラの顔はとても楽しそうだ。マダラの容貌は王子様のように優しげなのに、どうして今は意地悪そうな獣の顔に見えるのだろうか。
つまるところ、メリノがここでするべきは謝罪ではなく、見逃してくれるよう獣にお願いすることだ。
「マダラ、もう勘弁してください…………」
「ふふっ、どうしましょうか」
微笑んだマダラはメリノの手を取ると、その指先に、ちゅっちゅっと口づけた。そこは、メリノがマダラへ魔力を与えるときに使う場所。
分かりやすいおねだりに、だがメリノは眉を寄せる。
「……魔力は、今は駄目です」
獲物を仕留める獣の本能が刺激されたのか、マダラはすでに牙を出すほどに感情をたかぶらせている。
そこへ魔力など、絶対に渡せない。
「ふうん。俺のお願いは聞けないのに、メリノの希望だけは通せ、と?」
「………………」
不満そうに、だが楽しそうに、マダラが顔を寄せてくる。
では他に何をしてくれるのかと、メリノの出方を試されているのだろう。
そこでメリノは、両手を伸ばしてマダラの首を引き寄せ、そっと唇を合わせた。
積極的に口づければ、マダラも嬉しそうに応えてくれる。
「メリノ……」
「マダラ、」
「……ん、…………」
最後に、ちゅっと音を立てて唇を離すと、濡れた金の目がうっとりとこちらを見下ろしていた。
これで少しは満足してくれたかなと様子をうかがえば。
「……おしまい、ですか?」
まだまだ余裕そうな獣が微笑んだ。
この後も、マダラはねちねちと楽しそうに責めてきて、メリノはそれをすべて受け止めることになった。
おかげでお酒は抜けたような気がするが、朝からとても疲れたのだった。




