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獣騎士の捧げる牙  作者: 鳥飼泰
番外編 獣騎士の牙を受け取るまでの日々
16/27

うっかり

カラカル領主付きの魔術師メリノは、魔力の細かい操作が得意だ。どかんと大技を放つよりも、小技を効果的に駆使して目的を達成することが多い。同僚たちから、器用だなと感心されることもよくある。

思えば、マダラも雑用から料理までなんでもできる器用なひとだ。もしかしたら、そういうところがメリノと相性が良いのかもしれない。

そんな器用なメリノだから、マダラに魔力を与える際も細かく加減を調整することができる。


だが、メリノはたまに「うっかり」魔力量の調節を誤ることがある。




「……っ!」


はっ、と目を覚ました。

急な覚醒だったうえに辺りは真っ暗で、メリノは自分の置かれた状況がすぐには把握できなかった。


「………………」


無意識にぎゅっと握りしめた指先には、敷布の感触。

そろりと目を動かせば、見慣れた部屋。

どうやら自分は、自室の寝台に仰向けになっているようだ。


(…………ゆめ、)


夢を見ていたのだと分かり、先ほどの恐怖は現実ではないのだと理解した。だが、強烈な感情をもたらした記憶は尾を引いたままで、心臓はどくどくと忙しない。

ゆっくりと体を起こし、強張った手で自身の体を抱きしめる。

それで少しは心が静まるかと思えば、まったく落ち着かない。


以前ならきっと、これでしのげていたはずなのに。今は駄目になってしまった。

それは、もっと安心できる腕を知っているからだ。


「……………………マダラ、」


メリノは寝台を抜け出して部屋を出ると、夜の暗闇を進んだ。



迷わず目的の部屋に到着し、その扉をそっと開ける。

できるかぎり静かに入ったつもりだが、それでも部屋の主は目を覚ましていた。さすがに獣騎士は気配に敏い。


「……メリノ?」


聞こえた寝起きのかすれた声に、起こしてしまったことを申し訳なく思いながら寝台へ寄った。

深夜の突然の訪問に不思議そうにしているものの、マダラの顔に不快さはない。そのことに、ほっとする。


「マダラ、起こしてしまってすみません」

「いえ、……どうかしましたか? 少し、顔色が良くないようですが」


体を起こしたマダラが手を伸ばしてくれたので、メリノはそれをきゅっと握った。それだけで、全身に回っていた恐怖が少し和らぐ。

一方でマダラは、メリノの指先が冷たいことに眉を寄せたようだ。


「あの、少し夢見が悪くて、」

「……なにか良くない夢を?」


以前にメリノは、季節風の魔術の影響を受けて不安定になったことがある。だからマダラは、また魔術の影響なのかと心配してくれているらしい。

だが、今回はそういうことではないのだ。


「はい。………………おばけ、が」

「は?」

「おばけが出てくる夢でした。あの、……怖いので一緒に寝てもいいですか?」

「おばけ…………」


マダラはもう一度、おばけ、と呟いた。

そのままなぜだか黙ってしまい、まだ夢の恐怖が拭いきれていないメリノはなんだか不安になった。

もしも断られて、ひとりになったときにおばけに襲われたらどうしよう。


「あの、駄目…………ですか?」


心細さにもう一度問えば、マダラははっとして頷いた。


「あ、ああ。もちろん構いません」


握っていた手を引かれて、寝台の上へ促される。

マダラが毛布を上げて迎え入れてくれるままに、そこへ収まった。

おばけの恐怖から逃れるようにマダラへ体を寄せれば、すぐに腕の中へ囲われた。


「メリノは、その……、おばけが苦手ですか?」

「…………小さいころから、どうにも怖くて」


そうですかと、マダラは妙に静かに囁いた。

メリノにとって、おばけが怖いのは理屈ではないのだ。怖いものは怖い。

そう訴えれば、マダラは宥めるように背中を撫でてくれた。


「……少し、体が冷たいようです。いけませんよ、女性が体を冷やしては」

「ん、マダラが温かいので大丈夫です」


夢の恐怖で、冷や汗でもかいてしまっていたのかもしれない。今はこうして安心できる腕の中にいるから、メリノは気にならない。

だがマダラは、冷たい体が気に入らないのかメリノをますます腕で囲う。おかげで背中も温かい。

そうすると、嫌な音を立てていた心臓もゆったりと落ち着いてきて、どこかへ行っていた眠気が再びやって来る。


「やっぱり、マダラのそばは安心します……」

「ふふ。いつだって、俺はあなたのそばに居ますよ」

「うん、」


マダラが小さく笑う気配があったが、メリノはそのまま、すうっと眠りに落ちた。

すっかり安心して眠ったおかげで、もう、おばけの夢は見なかった。




そんな夜を越えた翌日の夕方。

仕事を終えて帰宅し、夕食まで少しゆっくりしようかとソファで寛いでいたところで、マダラが甘えるように言った。


「メリノ、あなたの魔力が欲しい気分です……」


目を細めて頬を撫でてくるマダラの手を捕まえて、メリノは少し考える。

今ではすっかりマダラに甘くなっているメリノだから、欲しいと言うならあげてもいいかなと思う。

そういえば、昨夜はおばけから守ってもらったのだった。では、少しばかり多めにあげてもいいかもしれない、とも思った。


(それに、なんだか私もマダラを感じたい気分…………)


よし、と心を決めたメリノは捕まえていた手を両手で包み、ゆっくりと魔力を流していく。

じわりじわりと魔力が移動するのを感じながら、そろそろ止めるべきだなと分かった。魔力を送りすぎると、相手を酔わせてしまう。

だがそのとき、「うっかり」メリノの手元が狂い、少し多めに魔力を流してしまった。


「っ、」


すると、思いがけず多くの甘露を与えられたマダラはぴくりと震え、その金の瞳がとろりと甘くとろける。


「メリノ…………」


魔力を送るために握っていた手はそのままに、マダラのもう一方の手がメリノの両手を覆う。

ぐいっと引かれたメリノは、抵抗せずにマダラの腕の中に収まった。


いつもより少しだけ熱いマダラの体に、「うっかり」送りすぎた魔力が酔いの効果を出していることが分かる。

ふう、とマダラが熱を逃がすように吐くため息も、やはり熱い。


「すみません、マダラ。少し、調整を誤りましたか」


申し訳なさそうに見えるよう眉を下げて言えば、すぐそばにある獣の顔が笑みを浮かべた。


「そう……メリノも、うっかりすることがありますね」

「はい、うっかりです。マダラ、大丈夫ですか?」

「……ん、大丈夫です」


腕の中に収まったことで解放された手を、ほのかに染まった頬に当てる。すると金の瞳が細められて、すりすりとすり寄ってきた。

その様子を見たメリノは満足げに微笑み、よいしょと膝に乗り上げた。そうしてその胸に体をあずければ、よりマダラを感じられるようになった。


「……もしかして、これは昨夜のご褒美、なのでしょうか」

「ふふ。どうでしょうね」


少し驚いたようなマダラに、メリノははっきりとは答えない。どちらでも、マダラの好きなように取ればいい。

ひとつ、はっきりしているのは。


「なんだか、マダラを感じたい気分です…………」


するとマダラは嬉しそうに笑った。


「そうですか。好きなだけ、感じてください……」


その口からは牙がのぞいていて、獣の気配が漏れていた。そうなることを望んだはずなのに、少しだけぞくりとしてしまうのはどうしてなのだろう。

だがもちろん、ここで引くようなことはしない。


ついっと取られた指先が、獣の口元へ持っていかれる。


「んっ、」


ぱくりと口に含まれ、甘噛みされた。こうして甘噛みされるのは、首筋がもっとも多いが、指先や他の場所へもされることがある。


「メリノ、俺の…………」


呟かれた言葉は最後まで聞こえなかった。

獣はメリノの指先を口に含んで遊んでいる。痛くはないが、獣の牙を感じた。

そういえば最初のころは、急所に牙をたてられる度に恐怖でいっぱいになっていた気がする。


(でも、今は平気だなあ……)


それどころか、すっかり敏感になってしまった首筋を甘噛みされると、恐怖ではないものが背筋をぞくりと走り、思わず声がもれるくらいになってしまった。

今も、指先を甘噛みされて不快な気持ちは湧かない。

どちらかといえば。


「気持ちいい、かも…………」

「ん? ふふ、気持ちいいですか?」


もれ出た呟きに、指先をいじっていた獣が嬉しそうに笑う。それでもメリノの指を離そうとはしないので、指先でくにくにと唇を押してみた。するとさらに嬉しそうに笑い、舌を出してぬるりと舐めてきた。


「んっ、」

「悪戯な指ですね……」


ますます指に執心する獣に、メリノは少し不満を抱く。

そろそろ、指ではなく違う場所へ目を向けてほしい。


「マダラ、」


そんな気持ちを込めて名前を呼んで見つめれば、金の瞳が細められる。そこに乗る感情は、求められる喜びと満足感。

期待通りに寄せられる獣の唇を受け入れるために、メリノはそっと目を閉じた。



マダラとの関係が深まって、こうしてメリノからもマダラを求めるようになった。

たまにメリノが「うっかり」魔力の調節を誤ることに、マダラは気づいているのかどうなのか。


(気づかれているような気もするけれど、)


まあ、どちらでも構わないだろう。

どちらにせよ、メリノは求め、マダラは応えてくれるのだ。


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