ブクマ300件お礼話:獣騎士の友人
魔獣討伐の描写があります。
人家から、煙がのぼっている。
あちこちが破壊されたその村に、他に人間の気配はない。
村の中心で、大型の魔獣と戦う若い獣騎士。
獣騎士がざっくりと魔獣の腕をえぐれば、大きな体を震わせた魔獣が口から炎を吐き出した。だが獣騎士は、ひらりと身軽に飛び上がって避け、背後の人家がまた燃え上がる。
魔獣の苛立たしげな様子を見て、獣騎士は愉快そうに笑った。
「そんな動きで俺に当たるわけないですよー、っと」
「オラン、油断するなよ」
「分かってますよ、モズさん!」
モズが警告を飛ばしてたしなめると、若い獣騎士オランは頷いた。その軽さに、本当に分かっているのかとモズは肩を竦める。
森に隣接するこの村は、以前から魔獣の被害を受けがちではあったらしい。領主も対応に苦慮していたのだろうが、これといって有効な対策を取ることはできないままに時は過ぎ。
とうとう、看過できないほどの魔獣が現れたのだ。
モズは、獣神からの命を受けて魔獣の討伐にやって来ている。
目標は目の前で炎を吐き出している大型の魔獣。獣の顔に紫の鱗で覆われた全身、背中には竜のような翼を持っている。既に相当な被害を出していて、厄介なことに群れを統率する性質の魔獣だった。そのため、モズの他にオランとマダラが共に相手をしている。
ここには居ないマダラは、周囲の雑魚を排除しているはずだ。
(…………そろそろか)
オランの戦いぶりを慎重に見守っていたモズは、そろそろ終わらせてもいいだろうと、獣神の加護をいただく愛剣を握り直した。
「オラン!」
「はい!」
一声かければ、オランはすぐにモズの意図を察して退く。
オランは若いために瞬発力は高いが、これほどの魔獣に決定打を与えるのはまだ難しいのだ。
よって、モズがとどめを刺すべく走り寄る。
魔獣が口を開けて炎を吐こうとするが、オランによってあちこちを損傷した体では動きも落ちている。
「遅いっ!」
そこを逃さず一気に振り抜き、その首を落とした。
「うわー、モズさんさすが! すごいなあ、俺じゃあこんなにきれいに切れないですよ」
「まあ、オランは身軽さが売りだからなあ」
群れの長を排除してしまえば、それまでだ。残りの魔獣は散り散りに逃げていく。こうなればもう大した脅威ではないので、追いかけて殲滅するほどではない。
同じように考えたであろうマダラが、逃げる雑魚は放置して、剣を鞘に納めながら戻って来る。
「ふたりとも、お疲れ様です。これで仕事は完了ですね。行きましょうか」
「ああ」
「はーい」
元気よく返事をしたオランの全身を見て、マダラが眉をひそめる。
「…………オラン、もう少し汚れないように気を配ったらどうですか?」
「えー、これくらいの返り血、どうせ神子様が浄化してくださるから平気ですよ」
「そういうマダラは、汚れていないなあ」
「ええ。気をつけていますから」
周囲にはマダラが始末した数えきれないほどの魔獣が転がっている。雑魚ばかりとはいえ、返り血をまったく浴びていないということは、相当に気を遣っていたのだろう。それだけ余裕があったということでもあるが。
そこで、物陰からこちらの様子を恐る恐るうかがっている人物がモズの目に入った。マダラも気づいたようだ。
「…………あれは、ここの領主ですね」
「あ? まさか俺たちに何か頼みごとでもあるんじゃないだろうな」
「そんなの放っておいて、もう帰りましょうよー」
獣騎士のことをよく理解していない領主のところで魔獣を討伐すると、よくあることだ。今回の魔獣を討伐してくれたなら他の魔獣もお願いしますと、厚かましく頼んでくる。
だが獣騎士に命令することができるのは獣神のみであり、モズたちが依頼を受けることはない。獣騎士とは、すべてを救う騎士ではないのだ。あくまでも獣神に命じられた仕事として来ているし、俗世の権力にはあまり関わらない。
(その点では、カラカルの領主は心得ていたなあ)
以前にモズが魔獣を討伐した際、直に接触してくることはなかったし、こちらが断れば無理を通すこともなかった。マダラがカラカルに居ついているのは、あの領主を許容できる存在と考えているからだろう。
「まあ、関わらずとも良いでしょう」
「そうだな」
「ですよね、行きましょう!」
当然、こちらを見ている領主には関わらず帰還することにした。
仕事を終えたモズたちは、獣神のもとに報告へ向かった。
人間の姿をとった獣神のそばに立つのは、若い姿を保ち続ける獣神の神子。以前はあまり姿を見せることはなかったが、最近はいつも獣神に寄り添っている。神子の最大の仕事は獣神の側にあることだから、自然なことだ。
報告を聞くついでに、神子は獣騎士たちの汚れを浄化してくれるようにもなった。見ていて気になるのだそうだ。
今も、ひどく汚れていたオランを見た神子は、やっきになって浄化している。
それから、マダラを見て不思議そうに言った。
「あら、マダラはちっとも汚れていないのね」
「ええ、神子様のお手を煩わせるほどではありません……」
そして、どうもマダラは獣神の神子が苦手らしいとモズは気づいていた。神子は自由な性格で、獣神はそのすべてを許すために歯止めがきかないからだろう。そういえば、獣騎士に容姿の整った者が多いのは、神子の趣味だという噂もある。
「ふうん。それにしても、最近のマダラはなんだか色気が増した気がするのよね。眼福だわ。ね、エボシ」
それを聞いて、どうやら噂は本当らしいなとモズはこっそり頷いた。だがその視線に含むものはないので、純粋に見ているのが好きなのだろう。もっとも、特別な感情を含むような好意であれば獣神が許しはしないだろうが。
獣騎士たちの、牙の相手に対する執着は、獣神の影響だ。その獣神が、神子が他へ気を移すことを我慢できるはずがない。
そんな獣神エボシが、名前を呼ばせる唯一の神子に柔らかい目を向ける。
「まだ完全ではないようだが、マダラは牙の相手を得たからだろう。神子が満足なら、わたしも嬉しい」
「とっても満足だわ。やっぱり美形は見て楽しむものだもの」
獣神と神子の会話を聞きながら、モズはマダラの張りついた笑顔を眺めた。
あの顔の下で、早く帰ってメリノに会いたいとでも考えているのだろう。
モズにとって、マダラは付き合いが長く、これからも親しくしていきたい友人だ。穏やかな性格で人当たりもいいから、特に年下の獣騎士からよく慕われている。
俗世のものにあまり執着しない獣騎士は、今回のように魔獣が人家を襲っていようとも、その被害に心を傾けすぎることはない。ただ、獣神からの仕事として魔獣を討伐するだけだ。
だが、マダラは牙の相手にはひどく感情を揺らす。先日、マダラに仕事を押しつけてメリノを連れ出したモズは、マダラから殺意を向けられた。メリノと引き離した上に、魔獣にまで遭遇してしまったのがまずかった。モズが獣騎士でなければ、危うかっただろう。
そんな風にマダラでさえも感情を揺らす牙の相手というものに、モズは興味を持っていた。
「よっ、久しぶり」
「モズさん」
「………………」
カラカル領を訪れたモズは、マダラとメリノに声をかけた。言うほど久しぶりではないし、マダラに至っては獣騎士の仕事を共にしたばかりだから、あからさまに呆れた顔をしている。
「なんの用ですか、モズ?」
「ちょっと珍しい酒が手に入ったから、一緒に飲まないかと思ってな」
モズが笑顔で掲げたのは、マーモットの新茶酒だ。マーモット領は一年を通して温暖な土地で、加えて日中と夜の気温差が大きい。その特徴を活かして茶葉の産地として栄えている。
そこで今の時期にしか出回らないのが、この新茶酒だ。新茶らしい、深いうまみと香りが味わえると名高い銘酒。
それを運よく手に入れたモズは、今回の手土産に持参したのだった。
「新茶酒…………」
案の定、メリノが興味を持った。カラカル領民は酒好きが多いのだ。
そしてメリノが頷けば、マダラが否と言うはずがない。
「マダラ、」
「………………はあ、構いませんよ」
メリノに袖を掴まれたマダラが諦めのため息を吐くのを見て、モズはしてやったりと笑った。
領内の見回り中だったというふたりに、モズも同行することにした。マダラが共にいてモズの手が必要な事態になるとは思えないので、のんびりと後をついて行く。
森の入り口付近で小型の魔獣に遭遇したが、その際もモズは見ているだけだった。
すぐさまマダラが魔獣を切り伏せ、メリノが魔術でとどめを刺す。連携にぎこちなさがないので、いつもこのようにしているのだろう。
(おや?)
だが、ひとつ気になったのは、マダラが魔獣の返り血を浴びていたことだ。先日の魔獣の群れを相手にしたときでさえきれいな姿を保っていたので、この程度の魔獣の返り血を避けられないとは思えない。モズは内心で首を傾げた。
「マダラ、ありがとうございます」
「いえ、これくらいは」
不思議に思って眺めていると、メリノが血で汚れたマダラの手を取り、魔術で洗浄し始めた。集中して魔術を行使しているメリノは気づいていないようだが、マダラは嬉しそうに目を細めてメリノを見つめている。
(ああ、世話を焼いてほしいのか……)
その様子を見て、モズは納得した。
そういえば、以前にモズが汚れたときもメリノは恐れなかった。マダラはそれが嬉しいのだろう。
獣騎士の仕事で汚れたときは、神子が浄化することになる。それを望まないマダラは、極力汚れないように気を遣っているのだ。とても分かりやすい。
その後は何事もなく見回りを終えて、三人でメリノの家へ向かった。
夕食を兼ねて飲もうということになり、途中で食べ応えのありそうな煮込み料理を買った。
メリノの家に着けば、モズをソファに座らせて、マダラとメリノが食事の準備を始めた。パンや簡単なつまみなどが次々と並んでいく。
ふたりが用意しているところを眺めながら、友人は同居人としてすっかり馴染んでいるのだなあと、モズはなんだか感心してしまった。
間もなく準備が整い、新茶酒を開けて乾杯となった。
まずはと、メリノが杯を傾けて軽く口に含む。
「わあ。新茶酒は初めてですが、とても濃いのですね」
その反応を見て、マダラも口をつけた。
「……本当に。新茶の香りが豊かで、上等なお茶を飲んでいるかのようです」
新茶酒は、まさに新茶の味わいそのままの酒だ。愛好家も多い。だが出回る数が少ないので、手に入るかどうかは運だ。
「喉を焼く感じがいいだろう? けっこう強い酒なんだ」
持参した土産が好評だったので、モズは気分がよかった。それに、並んだ料理はどれも美味しい。
「マダラ、君は器用だなあ。こんなに美味いものが作れるのか」
「メリノが作ったものもありますが、」
「ふふ。マダラは料理上手ですよ」
なにかの粉をまぶした揚げた芋をつまみながら、モズが感心したように言えば、本人よりもメリノの方が得意げにしている。すると、マダラが少し嬉しそうにする。
(仲が良くてなによりだ)
友人が牙の相手とうまくいっているようで、モズも嬉しくなって笑う。
三人だけの酒宴は、和やかに過ぎていった。
「……メリノ、眠いなら先に寝てしまっても構いませんよ?」
マダラの気遣わしげな声にモズが顔を向ければ、確かにメリノの頭がゆらゆらと揺れている。新茶酒は強い酒なので、思いのほか酔いが回ってしまったのだろう。
「ん……、でも、モズさんが、」
「あー、俺のことは気にしなくていいさ。後は適当にやって、好きなときに帰るから。マダラがいるしな」
家主として客を放置できないと考えているようだが、そんな気遣いは不要だと伝える。するとメリノも、眠気と酔いで曖昧な思考では、じゃあいいかなという結論に落ち着いたらしい。
「……では、すみませんがお先に失礼しますね」
「ああ、気にしないでくれ。今日はありがとうな」
「いえ、こちらこそ、珍しいお酒をありがとうございました」
ソファからふらふらと立ち上がったメリノに、マダラが支えるように横に寄り添った。
「メリノ、部屋まで送りましょう」
「ありがとうございます…………」
今にも眠ってしまいそうなメリノが心配になったらしいマダラに、モズも笑って行ってこいと言って送り出した。
(…………遅くないか?)
ふたりが部屋から出て行ってしばらく経ったが、なかなかマダラが戻って来ない。
もしやそのまま一緒に寝たのだろうかとモズが思い始めたところで、部屋の扉が開いてマダラが姿を見せた。
「やあ、マダラ。なかなか戻って来ないから、一緒に寝てしまったのかと思ったよ」
「……モズが来ていなければ、そうしたかもしれませんが。ちょっとメリノを寝かしつけるのに時間がかかっただけですよ」
「ははっ、それは悪かったな」
お詫びにと、まだ残っていた新茶酒を杯に注いで渡せば、マダラも笑ってソファに座り直した。
「しかし、今日も見ていて思ったが。本当に君はメリノにぞっこんだなあ。牙の相手というのはそれほどのものなのか?」
「あなたはまだ知らないからでしょうね。……あれほどの甘露はありませんよ」
そう言ったマダラの微笑みは、とても満たされているもので、まだ牙の相手を見つけていないモズは少しうらやましいような気がした。
「ふうん。だが、まだ牙を捧げる許しはもらえていないんだろう? それでよく、我慢できているなあ。オランなんかは、その場で捧げてしまったらしいが」
「ふふっ。今だけですからね。いずれは全ていただくのだから、少しくらいは待てますよ」
今度の笑みは、獣の気配があった。逃がすつもりはないということだろう。そこは獣騎士として当然のことだから、モズも頷いておく。
だが、とマダラが続けた。
「…………最近はメリノがいろいろ受け入れてくれるので、ちょっと自信がなくなりかけていますが」
「ははっ。悩むところだな」
眉を下げてそんなことを言うマダラは珍しく、やはり牙の相手とは偉大なのだなと、モズは愉快な気分になった。
それから男ふたり、夜が更けるまで話は尽きなかった。
それでうっかりソファで眠ってしまったモズは、翌朝の朝食までごちそうになる。メリノは朝が弱いとかで、朝食はマダラの担当だった。夜のつまみ同様にそれもまた美味しく、しっかりと堪能した。
なかなか居心地が良かったので、また酒を土産に遊びに行こうと思うモズだった。
おかげさまで、「獣騎士の捧げる牙」はブックマークが300件を超えました。ありがとうございます(^^)
今回は、モズ視点でのお礼話でした。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




