小話:カラカル領からのお礼
メリノがソファで眉を寄せているところへ、マダラがやって来た。
「メリノ、どうしました?」
「うーん、モズさんの好きなものは何だろうかと……」
頭を悩ませていたメリノは、ついそのまま口にしてしまってから、その言葉のまずさに気づいて顔を上げた。これでは先日の二の舞だ。
案の定、マダラは眉をひそめている。
「…………どうして、そんなことを考えているのですか?」
「あ、いえ。その、魔獣討伐を手伝ってもらったので、カラカル領からお礼に何か贈ろうということになったのです」
先日、メリノが見回り中に馬姿の大型魔獣と遭遇した際、居合わせた獣騎士モズが討伐を手伝ってくれた。モズは完全に好意で協力してくれたので、やはりお礼くらいはするべきだろうかとカラカル領主サーバルと相談し、何か贈り物をしようということになった。
だが、メリノはモズとは何度か顔を合わせたことがあるだけで、魔獣討伐の際にようやく少し話ができた程度だ。何を贈れば喜ばれるかなど知るはずもなく、こうして悩んでいる。
決して個人的に贈るのではないと強調すれば、マダラは一応は納得したように頷いた。
「ふうん」
「マダラのように私と関係があるわけではありませんから。きちんと領主からお礼をするべきだと考えたのです」
「……そうですね。俺の場合は、領主ではなくあなたからご褒美がもらえればそれで満足ですから」
なぜだか今度は機嫌よさげにソファの隣に座ったマダラが、メリノの手を取った。
その金の瞳が、訴えるように見つめてくる。
「……今はご褒美なんて、あげませんよ」
「メリノ、少しだけ」
ね、とねだるように首を傾げるマダラに、少しならいいかなあと思ってしまうメリノは相当に絆されているのだろう。
「じゃあ、少しだけ……」
目を閉じて集中し、繋いだ指先からマダラへと魔力を送る。
本当にほんの一口分ほどの気持ちで魔力をすぐに止めれば、それでもマダラはうっとりと瞳を潤ませていた。
「ああ、あなたの魔力は本当に、」
そのまま伸しかかってこようとするので、メリノは慌てて押しとどめた。
「マダラ! 今、私はサーバル様からの依頼でモズさんへのお礼を考えているところです。そういうことをするなら、あっちへ行ってください」
仕事の邪魔をするなと言えば、マダラは渋々ながら隣へ座り直したので、メリノはほっと息を吐いた。
「そういえば、マダラはモズさんと付き合いは長いのですよね。なにか良い案はないですか?」
「そうですね……。酒が嫌いな獣騎士はいませんから、カラカル領名産の酒はどうでしょうか」
「お酒! うちのお酒は美味しいし、いいかもしれません」
ためしにと聞いてみれば意外にまともな意見が出されて驚いたが、カラカル領はお酒の生産が盛んな土地だ。飲める人であれば、領主からのお礼としては悪くない選択だろう。
良い案を出してくれたマダラにご褒美だと追加で魔力を与えれば、そこからしばらくの間ソファで拘束されてしまったが、メリノは甘んじて受け入れた。
そして翌日、領主館に行ってサーバルへ伝えておいた。
それから数日後。
マダラを通じてモズの都合を尋ね、カラカル領へ来てもらうことになった。
カラカル領主サーバルが用意してくれたのは、なんと春雷のお酒だった。これは春を迎える祝祭のために作られた限定のお酒で、とても良いものだ。これだけのものをお礼として選んだのは、サーバルの感謝の気持ちが表れているのだろう。
討伐時にメリノが記録した情報から分かったことだが、先日の大型魔獣はそれだけ厄介な魔獣だったのだ。
本来であれば領主館で領主から直接渡したいところではあるが、モズは大げさにしないでほしいと希望してきた。俗世の権力と関りを持たない獣騎士としてはもっともなことでもあるので、サーバルも快く応じてメリノが渡すこととなり、こうしてメリノの家でモズの来訪を待っている。
「それにしても、これは相当に良い酒のようですね。モズにはもったいないような気がしますが」
「ふふっ、美味しく飲んでもらえたらいいですね。……あ、来たかな」
来客を告げる呼び鈴が鳴り、メリノがモズを部屋へ案内する。
今日もモズは楽しそうに笑顔を浮かべていた。
「モズさん、呼び出してすみません」
「いや、それは構わないさ。だが、あれくらいのことで礼をする必要はないんだけどなあ」
「いえ、おかげでとても助かりましたから。カラカル領主もとても感謝していて、会えないのを残念がっていました」
「ははは。まあ、領主と会うのはそのうち機会があったらな」
「ではさっそくですが、カラカル領からのお礼の品です。先日は魔獣討伐にご協力いただき、ありがとうございました」
「ん、おお。カラカル領の酒かあ。これはありがたいな」
春雷のお酒は、さわやかでぴりぴりとした刺激のある飲み口が評判のお酒だ。
また、カラカルのお酒は他領でも人気が高い。そのなかでも祝祭用の限定品となれば、材料から厳選されたものを使っており、間違いなく美味しいのだ。
メリノは、先日一緒に時間を過ごしてみたことで、モズへの評価が変わった。悪戯さえしなければ悪い人ではないなあという印象になっていたので、無邪気に喜んで笑みを向けてくるモズが微笑ましく思えて、メリノもモズと一緒ににこにこしてしまう。
だがそんなふたりの和やかな雰囲気がなんとなく気に入らないマダラが、そこへ割り込んできた。
「モズ、用はそれだけです。もう帰って構いません。お疲れ様でした」
「なんだい、そんなに邪険にすることないだろう。そうだなあ……、せっかくだから、ここで一緒に飲まないか?」
「なぜ俺たちが、」
モズの提案をすげなく断ろうとしたマダラの袖を、メリノはくいくいっと引いた。
サーバルが用意したこの春雷のお酒は、限定品ということもあり普段はなかなかお目に掛かれないものだ。是非に飲んでみたかった。
「………………」
そんな期待をメリノの表情から察したマダラは、小さくため息を吐いた。
「……分かりました」
「やった。よくやったな、メリノ!」
メリノがにっこりと笑みをモズへ向ければ、それが気に入らなかったらしいマダラの手が覆ってきて目隠しをされてしまった。暗闇の向こうで、モズの愉快そうな笑い声が響いていた。
まだ明るい時間ではあったが、春雷のお酒は酒精の強くないものなので、おやつとして楽しむことにした。
「おつまみは、これです」
「やあ、粉雪いちごじゃないか。俺が渡したやつかい?」
「ふふ。モズさんにいただいた分はもう食べきってしまいました。これは、マダラと一緒にもう一度摘みに行ったものです」
「そうかそうか。仲が良くてなによりだ」
先日のことなど気にした風もなく、モズは笑って粉雪いちごに手を伸ばしている。
「うん、うまい。春雷の酒と粉雪いちごは、相性がいいな」
「そうですね、これはなかなか癖になりそうな……」
「ぴりぴりする春雷のお酒に、甘酸っぱい粉雪いちごで、最高の組み合わせです」
春雷のお酒はさわやかな口当たりで、甘酸っぱい粉雪いちごによく合った。
ときどき、粉雪いちごを手にしたマダラが見つめてくるのを、メリノは気づかないふりをしておいた。まさかモズが居る場で先日のようなことはできない。
三人でカラカル領の銘酒を味わうのは、とても美味しく、楽しい時間だった。




