粉雪いちご
「メリノ、それでは行って来ます」
「はい。気をつけて」
「………………」
「………………」
「…………やはり、あなたのそばを離れたくありません」
獣神からの呼び出しを受け、マダラは朝から仕事へ行くことになった。だが出発の挨拶を終えても、マダラはどうも気が乗らないらしい。
「いけませんよ、仕事はきちんとしなければ。美味しい夕飯を作って待っていますから」
「…………あなたが待っていてくれるのなら、行きます」
「はい、行ってらっしゃい」
いかにも渋々といった様子で向かうマダラに、メリノは苦笑して手を振った。これは帰って来たとき、丁寧にねぎらってやる必要がありそうだ。
マダラの見送りを終えて領主館に向かったメリノは、カラカル領主サーバルから少し気になる話をされた。
「大型の魔獣、ですか」
「ああ、はっきりした情報ではないが、どうも森の方でその気配があるようだ。どんな魔獣なのかもまだ分かっていない。街の方へ出て来るとは限らないが、見回りの際、些細な違和感を見落とさないようにしてくれ」
カラカル領は、魔獣の棲む深い森を有している。魔獣たちが森から出てくることは滅多にないが、それでもこうして報告が上がったということは、十分に警戒する必要がある。
今日は頼もしい戦力となるマダラが不在ではあるが、領主付きの魔術師としてはそういった魔獣の対処も仕事のうちだから、メリノは慎重に頷いた。
「分かりました」
「もちろん、身の安全を第一にな」
「はい」
正面から向けられた目は、気遣わしげに細められている。人のいい上司は、部下が心配なのだろう。これだからカラカル領主は領民に好かれるのだと、メリノは微笑んだ。
サーバルに挨拶をして執務室を出れば、そこには同僚のミゼットが立っていた。
大型魔獣の件があるために、今日の見回りは二人一組で行くことになったらしい。いつもメリノに同行しているマダラが不在のために、ミゼットが一緒に来てくれることになったのだった。
だが、メリノとミゼットが領主館の前で行程を確認していたところで、軽快な声が聞こえた。
「よっ」
「……モズさん?」
悪戯好きの獣騎士の突然の登場に、メリノは目を瞬いた。
「今日はマダラはいないんだろう?」
「はい、獣神に呼ばれて仕事に行っています。よく知っていますね」
「ははっ、そりゃあそうさ。俺に回ってきた面倒そうな仕事をマダラに押し付けたからな」
「え、」
愉快そうに笑うモズに、メリノの顔が引きつる。では、マダラが嫌そうに仕事に向かったのは、目の前のこの獣騎士のせいなのか。
「マダラならすぐに終わるような仕事だから、心配はいらないさ」
メリノが顔をしかめたのをどう解釈したのか、モズがそんなことを言った。
「それより、今からどこかへ行くのかい?」
「ああ、はい。仕事で領内の見回りを」
「ふうん。じゃあ、俺がマダラの代わりに同行しようか」
「は?」
「あら、ちょうど良かったじゃない。大型魔獣の件もあるし、そうしてもらいなさいよ」
思わぬ申し出にメリノの反応が遅れている隙に、ミゼットが賛同してしまった。ミゼットはモズと面識はないはずだが、今の会話とモズの身なりから、相手が獣騎士だと分かったのだろう。心強いわと喜んでいる。
いくらミゼットが獣騎士に憧れているといっても、初対面の相手をこれほど簡単に信用したりはしない。だが、モズは人懐っこそうな笑顔と軽妙な語り口で不思議な魅力がある。まだこの獣騎士の悪戯被害に遭ったことがないミゼットは、なおさら好感を持ったのだろう。
「それなら私は領主館で処理したい書類があるのよ。……あの、メリノのことをお願いしても大丈夫でしょうか?」
後半はモズに向かって確認するように言うミゼットに、モズは大きく頷いた。
「ああ、任せておいてくれ」
「え、あの、」
なんだかすっかりモズを信用してしまったミゼットによって、メリノは獣騎士モズと共に行くことになったのだった。
妙なことになったなあと思いながら、メリノはモズを連れて見回りを始めた。
そうして森の入り口付近までやって来たとき、もう少し森の奥まで行かないかとモズが言い出した。
「見回りついでに、マダラの好物を収穫しに行かないか?」
「マダラの好物、ですか?」
「ああ。粉雪いちご、というんだが知っているかい?」
名前から、おそらく果実だろうと推測されるが、記憶を探ってみてもメリノには聞き覚えのないものだった。
「あまり一般的ではないから、店には出ないんだ。だがここは土地が豊かだから、森に入ればおそらく自生しているはずだ」
モズの説明によれば、粉雪いちごは豊かな土壌の森に自生する甘酸っぱい果実で、今のような寒い季節に実る。見た目は普通の赤いいちごと変わらないので、見ればすぐに分かるらしい。
マダラの好物というなら、今日は不本意らしい仕事に行ったマダラをねぎらうのに、ちょうどいいかもしれないとメリノは考えた。
それに、サーバルから注意を促された大型魔獣の件もある。少しばかり範囲を広げて見回れば、なにか手がかりが見つかるかもしれない。
「そうですね。じゃあ、少しだけ奥まで行ってみましょうか。ただ、カラカル領主から、大型魔獣の気配があるようだと報告を受けています。モズさんも、十分に気をつけてください」
「へえ、大型魔獣ねえ。まあ俺はこう見えてマダラと同じくらいには強いから、心配はいらないさ」
腰の剣をたたきながら気楽そうに笑うモズに、気負いはまったく感じられなかった。獣神に見いだされただけの実力はあるはずだから、それほど心配する必要はないかなとメリノも頷いた。
メリノが森を見回るのに、モズは意外なほど真面目に付き合ってくれた。
何度か顔を合わせたときはお喋りな印象があったので、道中はさぞかしにぎやかなのだろうと思えば、メリノの気が散らないように適度に黙ってくれるし、モズ自身もたまに遠くを見るような仕草をするので、おかしな気配がないか見てくれているようだった。
これにはメリノも驚いて、つい隣を歩くモズを見上げてしまう。
「ん? どうした?」
「いえ、……あの、見回りにご協力いただいて、ありがとうございます」
本人からの申し出だとはいえ、よく考えればモズがカラカル領の見回りをする理由はどこにもないのだ。これは、後で領主サーバルと相談してお礼をするべきなのかもしれない。
「ははっ、構わないさ。メリノはマダラの牙の相手だからな。君になにかある方が困る。それに、面白そうだしな」
目を細めて笑うモズに、メリノはぽつりと呟いた。
「なんとなく、モズさんは雰囲気が猫っぽいですね」
「ん?」
「好奇心旺盛なところや、自由そうなところが」
ぱちぱちと瞬く目の上にある短い薄灰色の髪も、猫っ毛で柔らかそうだ。
「そうだな、猫も獣の一種といえるだろうから、獣騎士への印象としては間違っていないな。マダラはどうなんだい?」
「マダラは…………もう少し獰猛な生き物のような気がします」
「はははっ、獰猛か!」
こうしてゆっくり話してみるとモズとの会話は楽しかった。
モズのことは、少しばかり迷惑な獣騎士としか認識していなかったメリノだが、意外と仲良くなれそうな人物かもしれないなと認識を改めた。
「おっと。これはまずいな……」
モズの呟きに、メリノも足を止めた。
普段の見回り範囲から、いくらか森の奥に入ったところだ。やはり森の奥へ行くに従って魔獣たちの気配が濃くなってきていた。小さな魔獣などはこちらに近寄って来ることはないし、街へ出て来ることもまずないので問題はない。だがここで、明らかに大きな魔獣の気配が感じとれた。おそらく、こちらに近づいて来ている。
モズが腰の剣に手をかけるのが目に入り、メリノもすぐに魔術が使えるように身構えた。
「おっ」
「っ、」
しばらくして茂みから現れたのは、馬のような見た目の魔獣だった。ただ、全身の毛は不健康そうな青白い色であるし、赤紫の毒々しいたてがみを大きく広げ、さらに二本足で立ち上がっている。そうして立ち上がった姿は人間よりもずっと大きく、迫力があった。
あまり目がよくないのか視線をあちこちに向けていて、こちらにはまだ気づいていないようだ。
その様子を見たモズは、メリノの腕を引いた。
「メリノ、ひとまず逃げるぞ」
「いえ、これはおそらく領主が気にかけていた魔獣です。領主付きの魔術師としては、対処する必要があります」
領主館で聞いた魔獣とはこれのことだろう。なるほど、馬が立ち上がればそれは大型だ。であれば、ここで追い払うなり倒すなりする必要がある。
「はあ? 待て待て。これを人間が殺すのは、相当に難儀だぞ」
「分かっています。でも、ここは街に近すぎます。討伐が無理であれば、追い払うくらいはしないと」
「…………ひとりでか?」
「まさか。こういうときのために同僚への応援要請方法がありますので、」
「なるほど。無策で言い張っているわけではないのか。……なら、まあいいか。よし、俺が手伝ってやろう」
「え?」
「安心しろ。これでも獣騎士だからな」
魔獣から目を離さないまま、モズは腰に下げた剣をすらりと抜いた。
「ただ、この魔獣は毒を使う。メリノ、頼むから毒を浴びてくれるなよ。君になにかあったら、俺がマダラに殺される」
「……分かりました。足手まといにはならないようにします」
「よし」
にっと笑みを浮かべるモズには、不思議な安心感があった。
モズが戦うところは見たことはないが、獣騎士といえばその強さは獣神に認められるほどのものだ。マダラの戦いぶりから考えても、そこは信頼できる。本人がこれだけ落ち着いているのなら、きっと倒せる魔獣なのだろう。
ならばメリノは、自分の身を守ることに専念するべきだ。
あれこれ喋っていたことで、ついに馬型魔獣はこちらの位置を把握したらしく、ぐるりと顔を向けてきた。
その瞬間、モズは剣を構えて魔獣へ向かって行った。
間合いを測っているのか、何度か軽く魔獣へ打ち込む。魔獣はうっとうしそうに腕や頭で払うが、モズはそれを危なげなく避けているので、ひとりで相手をさせても問題なさそうだ。
であればと、メリノはこの魔獣が使うという毒を確認するべく、じっと注視した。
一口に毒といってもその種類は様々で、もちろん対処するための魔術も異なる。まずはどのような毒なのかを明らかにして、素早く解毒の魔術を編み上げなければならない。幸いにして、メリノはそういった技術を問われるような魔術が得意だ。
「げっ、」
するとそのとき、細かい攻撃を加えられることを不愉快そうにした魔獣が大きく口を開け、噴煙のような黒い気体を吐き出した。
小さく呻いたモズは後ろに退いて体勢を立て直す。
(毒…………!)
メリノは吐き出される黒い煙を即座に見極め、解毒の魔術を編み上げた。
「モズさん!」
「……お、やるなあ」
剣を振って煙をしのいでいたモズが、メリノの解毒魔術に気づいて笑った。
その勢いに乗って、モズは馬型魔獣の懐へ飛び込み、大きく一撃を加えた。
ぐらりと魔獣の体が揺れ、一歩、二歩とよろめく。
「これで、最後だ!」
そこへモズが最後のとどめを刺し、やがて魔獣は動かなくなった。
「……ふう、やれやれだな」
モズがひと振りすると、剣に付着した汚れはきれいに消えた。獣騎士の剣は獣神の加護を受けていて何ものにも侵されないとマダラが言っていたから、モズの剣もそうなのだろう。
「メリノ、怪我はないな? ……っと、」
こちらへ戻って来たモズがメリノへ手を伸ばそうとして、その手が赤く染まっていることに気づき、苦笑して手を握りしめて引っ込めようとした。
だがメリノはすかさずその手を取り、目を見張って驚くモズの体全体の汚れを魔術で浄化した。赤く汚れた髪の毛も、元のきれいな薄灰色に戻る。
「私は大丈夫です。モズさんこそ、怪我はありませんか?」
「…………ああ、問題ない」
メリノが微笑めば、モズは困ったような笑みを返した。
マダラが魔獣を討伐するときも派手にやり合うことはあるので、これくらいの汚れでメリノが動じることはないのだ。
「さて、後処理をしなくてはいけませんね」
倒れた魔獣へ近づくメリノへ、モズが不思議そうな顔を向ける。
「なにをしているんだ?」
「これは通常は見られない魔獣なので、領主に報告する必要があります。そのために記録をとるんです」
メリノは懐から取り出した魔石を、魔獣の血に浸した。透明だった魔石が、すぐに赤く染まる。これでこの魔獣の情報は魔石に記録されたはずだ。
モズは初めて見るものなのか、興味深げに後ろからのぞいている。やはりこの獣騎士は好奇心が旺盛なところが猫っぽい。
きちんと情報が記録できたことを確認したメリノが、モズを振り返る。
「モズさん、粉雪いちごは諦めましょう。ひとまず街の方へ戻ります」
「……街へ戻るのは賛成だが、粉雪いちごを諦める必要はないさ」
そう言ってモズは小袋を取り出した。今までどこかに持っていた様子はないので、魔術道具に収納していたのだろう。
中を見せるようにモズが袋の口を開けば、赤いいちごがたくさん詰まっていた。
「メリノ、これがマダラの好物の粉雪いちごだ」
「は?」
「はは、実は昨日のうちに摘んでおいたんだ。これは単なる口実で、マダラ抜きでメリノとじっくり話してみたかったから誘ったんだ」
「はあ、そうですか…………」
悪戯っぽく笑うモズは、やはりこういったことが好きなのだろう。
それでわざわざ事前に用意しておくとはご苦労なことだとは思うが、おかげで厄介な魔獣を討伐できたのだからメリノとしては幸運だったのかもしれない。
「それ、いただいて良いのですか?」
「もちろんさ。そのために昨日わざわざ摘んだんだ。……詫びの意味も込めてな」
モズは目的を達成できてよかったかもしれないが、する必要のない仕事を任されたマダラは災難ともいえる。そのためのお詫びだろうか。
「いや。うーん、まあそれもあるが。どちらかというと、メリノへの詫びかもな。まあ…………頑張ってくれ」
「はい?」
なにがだと思ったところで、背後から恐ろしく低い声が響いた。
「メリノ」
驚いて振り返れば、ここいるはずのないマダラが立っていた。
こちらへ手を伸ばしてくるマダラは金の瞳をぎらぎらさせていて、逆らってはいけないと本能が訴える。素直にその腕に収まれば、ぎゅうっときつく囲われた。
「怪我はありませんね?」
「はい」
メリノの頷きにマダラは小さく安堵の息を吐いた。そっとメリノを離し、モズへ視線を向けた、と思ったそのとき。
がきんっと、金属の打ち合う音が響いた。
いつの間に抜いたのか、マダラが自身の剣を力いっぱいモズに打ち付けていて、そこへモズも剣を抜いて受け止めたらしい。
ふたりは一合目で剣を合わせたまましばらく睨み合っていたが、マダラがぐっと押し込んでモズは後ろに飛び退った。そこへ間髪入れずにマダラが飛び込み、さらに積極的に攻めていく。
モズはマダラの攻撃を受けるばかりで、手を出す余裕がないのかそれとも何か考えがあるのか、防戦一方だった。
唐突に始まった獣騎士の打ち合いに、メリノはわけが分からなかった。
マダラもモズも獣の気配をまとっているので、これは手を出してはならないのだろうと感じられて、はらはらしながら見守るしかない。
何度か打ち合った後、マダラが大きく振り抜いた。それをモズはのけ反ってかわしたが、頬に赤い線が走った。
「………………」
「………………」
その様子をしばらく見やったマダラは、ようやく落ち着いたのか、かちりと剣を鞘に納めた。
「………………モズ」
「ああ、悪かった」
獣騎士同士でなにか意思疎通を終えると、マダラはそれきりモズには目もくれず、メリノの手を引いて歩き出した。メリノは戸惑いつつも、そっと振り返れば、モズは頬の傷を拭って笑顔でひらひらと手を振っていた。
それから家に向かう間、マダラはひとことも喋らず、メリノを振り返りもしなかった。だがその手は決して離されず、握られた手の強さから抑え込んでいる感情の大きさが伝わってくる。これは相当に機嫌が悪いようだと、メリノはこの後のことを思って震えた。
モズの詫びとは、こういうことか。この機嫌の悪さは、渡された粉雪いちごでなんとかなるのだろうか。
針のむしろのような時間を耐えて家に着くと、ソファに並んで座らされた。
ようやく金の瞳と向かい合う。
「メリノ、もう一度確認しますが、本当に怪我はありませんね?」
「はい」
「そうですか……。魔獣の死体がありましたが、あれに襲われたのですか?」
「えっと、はい。でも、モズさんが倒してくれました」
「当然です。モズがあなたを森の奥へ連れて行ったのでしょうから」
どうしてそのことを知っているのだろうかとメリノが首を傾げると、マダラはまだ不機嫌そうに説明してくれた。
「獣神が教えてくださったのです。今日の呼び出しはモズから指名で回ってきた仕事だと。きっといつもの悪戯でしょうが、俺をあなたから引き離して、なにを企んでいたのか……」
マダラの中でのモズの評価はひどいものだなと同情してしまったメリノは、ひとまずモズの好感度回復をはかろうとした。
「いや、でも特に被害もなかったですし、」
「俺をあなたのそばから引き離し、あなたを危険にさらした時点で許しがたいことです。あれが獣騎士でなければ息の根を止めていました」
だが、マダラは強い視線をメリノに向けた。どろりと濃くなったように見える瞳の色に、メリノはびくりとしてしまう。
「でも、モズさんは厄介な魔獣を討伐してくれましたし、あれは予定外のもので悪気はなかったのだと思います」
「…………メリノ? モズの肩を持つので?」
「いえ、肩を持つということではなく、」
そこでマダラの目が、すうっと冷えた。
「一緒に過ごして、モズを気に入りましたか…………」
「は?」
「あれも、見目は悪くありませんからね。ですが獣騎士は、他の牙の相手には決してそういった感情を持ちません。あなたがいくらモズを気に入っても無駄ですよ」
マダラの右手がメリノの首へ伸ばされ、指先が首筋を這った。
「メリノ、俺はあなたの意志を尊重したいと思っていますが、他へ気を移すことは絶対に許しません」
「他なんて、」
とんでもない誤解を進めているマダラを止めようとしたメリノは、その激情の奥の揺らぎに気づいた。ぎらぎらと光る金の瞳が、わずかに揺れている。
そうか、これは。
「マダラ、不安になってしまいましたか? 大丈夫、私が好きなのはあなただけです。どこにも行きませんよ」
マダラの目を真っ直ぐに見つめ返して、メリノは伝えた。
不本意にそばを離されてメリノのことを心配していたマダラに、不安にさせるようなことを言ってはいけなかったのだと、気づいた。
「……メリノ、俺も、あなたが好きです。俺が牙を捧げたいのは、あなただけ。あなたには、ずっと俺だけを見ていてほしい」
額を合わせるようにマダラが顔を寄せてくる。
牙を捧げたいと言われてから、メリノの気持ちが追いつくまではとマダラにはいろいろと我慢をさせている。それを申し訳ないと思うが、獣騎士の牙を受け取るだけの覚悟は、やはりまだできていなかった。友人のミゼットには頑固に考えすぎだと言われるが、それがメリノだ。
きっと、いつかは受け取るのだろう。出会ってそろそろ半年。メリノがマダラから離れたいと考えるような未来は今のところ見えない。
だから、それまでマダラが不安にならないように、メリノの気持ちをきちんと伝えていかなくてはならない。獣騎士の執着を抑えて恋人の意志を尊重してくれるマダラに、メリノも誠実でありたい。
マダラの頬を両手で包んで、この気持ちが伝わるようにと、メリノはゆっくり唇を触れ合わせる。
「メリノ、もっと……」
そっと離せば、マダラが腰に腕を回してねだるので、さらに何度か啄んだ。
それで少しだけマダラの気配が落ち着いたのを見計らって、メリノは口を開く。
「マダラ、誤解のないように言っておきたいのですが、モズさんが大好きなのはあなたですよ」
「…………は?」
「今日一緒に過ごしてみて、私に興味があるのは、友人であるマダラが興味を示しているからだというのがよく分かりました。それに、私がモズさんと森へ入ったのも、マダラとあの人が親しい間柄だからです。マダラの友人と、話がしてみたかったというか」
「……モズのことはどうでもいいですが、あなたの判断基準は俺だったのですか」
「そうです。私の基準の一番は、マダラです」
「そうですか…………」
目を閉じて噛みしめるように呟くマダラは、誤解が解けていくらか機嫌を回復させたようだった。
ほっと安堵したメリノは、そこでモズの手土産を思い出す。
「そうだ。せっかくだから、粉雪いちごを食べませんか? 好きなのでしょう?」
準備のために台所へ向かおうと腕を解けば、マダラが不満そうな顔をした。その子供のような表情にメリノは笑って、水色の頭を撫でた。マダラの髪は、モズのような猫っ毛とはまた違う柔らかさだ。
「すぐに戻ってきますから、いいこで待っていてください」
台所で洗って皿に盛れば、艶々とした赤い粉雪いちごはとても美味しそうだった。
粉雪いちごはその名の通り、粉雪のような儚い食感が楽しめるものらしい。見た目は本当に普通のいちごと変わらず、粉雪といっても冷たくはない。
「ほら、美味しそうですよ」
ソファへ戻って、赤い実が盛られた皿をマダラに差し出す。
「……メリノ、食べさせてください」
「え?」
ん、と口を突き出すマダラは、まだ完全には機嫌が回復していないらしい。
メリノは少しだけ躊躇したが、不愉快な思いをさせてしまった恋人の我がままくらい叶えてやるべきだろうか。幸い、ここは我が家で他人の目はないのだから、これくらいならどうということはない。
へたを取った粉雪いちごをメリノがマダラの口元まで持って行けば、小さく開いた口が果実の大半をさらった。それから残りを口に入れるのを見守っていれば、今度は粉雪いちごを摘まむ指先ごと食まれた。
「っ、マダラ?」
「ん、」
軽く歯を当てられて、ちゅるっと舌で果汁を舐め取られる。
堪らずメリノが目元を染めれば、それを金の瞳がじっとりと見つめている。その間も、指はマダラの舌で執拗にもてあそばれる。
指先を舌でくすぐられ、擦られ、メリノは生々しいその感触に体を震わせた。
「メリノ…………」
ようやく指が解放されたと思えば、濡れて艶やかさを増した唇が今度はメリノの唇へと落とされた。
すぐにぬるりと侵入してきた舌に口内を撫でられ、より深く探られ、食べられてしまうのではないかと思うような口づけだった。メリノは必死で息継ぎをするが、空気ごと奪われそうな荒々しさで、マダラが迫ってくる。
「ん、メリノ、」
マダラはメリノをソファに押し付け、上から伸しかかってきた。獣騎士として鍛えられた男性の体は重く、とてもそこから抜け出せそうにはない。それでもメリノが身をよじろうとすれば、急所である首筋を撫でられ、まるで捕食者に捕らえられた獲物のようだった。
ああ、これは獣だったのだなと、改めてメリノは思い知った。




