第176話 暗躍する令嬢
ヘールボップ家の令嬢・サイネリアは脱落した。
「……く、不覚でしたわ。よりによって、あんな場面で脱落してしまうなんて。悔しい……」
けれど、命があっただけ良かった。
殺人はルールで禁止されているものの、サイネリアは『裏ルール』の噂を耳にしたことがあったから、内心ではホッとしていた。
「ところで、ここは……。なるほど、脱落者は場外ってことですの」
闘技場の外は脱落者であふれていた。
ほとんどが力のないもので、あっさり退場していた不甲斐無い連中ばかり。そんな者たちにサイネリアは用はなかった。
「さて……こうなってしまえば、こちらも行動に移さねばなりませわね。サトルに頼まれた……ベル様の件」
そう、サトルは事前にサイネリアにあるお願いをしていた。
それは、ベルの奪還だった。
どうにかして、バトルロイヤルへの参加をさせて欲しいと、そんな難易度の高すぎる依頼だった。そんな大それたこと、そう簡単にはいかないのだが――不可能を可能にするのが、ヘールボップ家――いや、サイネリアだった。
「それでは参りましょうか、華々しく、優雅に――!」
鼻歌を歌いながら、サイネリアは堂々と待機室へ向かった。
その方がかえって周りに不審感を抱かせないと踏んで。
受付までたどり着くと、そこは厳重な警備になっていた。
「き、貴様……ここは立ち入り禁止だ…………って! これは大変失礼いたしました。ヘールボップ家のサイネリア様。しかし、ここは現在、星の決闘大会が開催中ですから、お引き取り願います」
「邪魔ですわ――アメイジンググレイス・シャイング・ウィザード!!」
問答無用で、さくっと警備十人を蹴り飛ばし、サイネリアはドレスを整えると、再び鼻歌をはじめた。
「~~~~♪ ~~~~~~♪ ~~~♪ ~~~~~♪ さあ、わたしを阻もうとする怪人さん。出ていらっしゃい」
待機室に到着する。
すると、そこには今回の優勝賞品である『エルフ』と『ベル』がいた。
だが、もうひとりいた。
まるで彼女たちを守るかのように。
「おやおや、あなた……。あなたは、マックノート家の『マナフ』ではありませんか。ご機嫌麗しゅうございまして」
「お久しぶりですね、サイネリア。
ですが、ここは立ち入り禁止ですよ。なぜ、この場所に来られたのでしょうか」
「なぜ~? あなた方、マックノート家の不正を暴きにきたのですことよ」
「不正……」
「ええ、もう知っていますのよ。全てはリースさんを通じて聞かせてもらっておりますのでね」
サイネリアは、リースの『テレパシー』を通じて、サトルから情報をほぼリアルタイムに得ていたのだ。だから、ある程度のことは分かっていた。
「…………ふふふ、あはははははは! サイネリア、やっと気づいたの。マックノート家の偉大な計画が! でもね、あなたも同罪よ。だって、私たちと同じようにエルフを見下してきたじゃない!」
「それは違いますわね。ヘールボップ家は、一度たりともエルフを奴隷になんてしていませんもの。むしろ、対等な関係ですわ。いえ、それ以上よ。
……あら、もしかして、言っていませんでしたっけ。我が父・クシャスラ辺境伯はかつて――アヴァロンを別の場所に移しました。一部のエルフたちを逃がしていたのですよ」
「な……! なんですって!!
サイネリア、お前たちヘールボップ家は『星の掟』に従わなかったというのか! これは、我々、マックノート家に対する反逆! 重罪! いえ、それにも勝る大罪!!」
「反逆……バカバカしいですわね。なぜ、あなたたちが上なのですか。あの傲慢な貴族たちを野放しにし、あまつさえ『マグネター』と手を組んでいただなんて……これはもう笑い話にもなりませんわ」
マナフは、ヘールボップ家の裏切りに歯ぎしりした。
(これでは、ゼロアスター様の計画が……いえ、少しだけ。ほんのわずか影響があるだけ。全エルフを星の都に留める必要があったけど、ならば、居場所を割らせるだけです)
「サイネリア、このままでなら私の権限でヘールボップ家を追放しますよ。
それが嫌なら、外界のエルフたちの居場所を言いうのです。その引き換えに、ヘールボップ家の地位を二番目にして差し上げましょう。如何です。悪い話ではありませんでしょう?」
そんな甘い話を持ち掛けてくるだろうと、サイネリアは予測していた。
あまりに予想通りで呆れてしまった。
「追放ですか、勝手にどうぞ。
それに、なにか勘違いしておりませんこと? 我がヘールボップ家は、もとから花の都の王に仕えていたのです。その忠誠は今でも変わりません。それにですね、二番より一番の方が良いに決まっているでしょう。わたしを、ヘールボップ家を安く見ないことですわね!!」
「愚かな……。あんな王は、王ではない! 我々、マックノート家を認めようとしなかった! ゼロアスター様を『聖者』にしなかった! だから、我々は独自に『聖者』を超える存在になったのです。そう、我々は星の民。人間でもエルフでも怪人でもない……! 星の民ですからね……ふふふふ、あはははは」
あまりの馬鹿らしい話に、サイネリアはアクビが出た。
お嬢様としては、はしたいない行為だが、あえてアクビをした。
「き、貴様! サイネリア、私を馬鹿にしているな!!」
「当然ですわ。あまりに矮小な存在すぎて、あなたの存在すらも忘れていましたわ。それより、もうケリをつけましょうか。その方が手っ取り早いですわ」
「――ふ、私は『聖者』を超えた存在です。そう簡単に――」
『アメイジンググレイス!!』
「な――もうこんな距離に!!!」
突然のことに驚くマナフ。そう、サイネリアはすでにマナフの目の前まで距離をつめていた。あんなペラペラと喋って隙だらけだったおかげで、先制攻撃が可能だったのだ。
「そうそう、言い忘れていましたわ。わたし王よりあるものを拝領していますの」
「……あるもの!?」
『アメジンググレイス・スレイプニル!!』
サイネリアの脚に蒼白い雷光が超集中した。
そこから容赦なく、ハイキックを入れた。それがマナフの顔面に命中。彼女は吹き飛び、待機室の壁を突き抜けていってしまった。
「……あら、告げる前に消えてしまいましたわ。残念ですこと」
倒したところで、サイネリアはベルのもとへ。
「お待た致しました、ベル様。それとエルフさん」
「おつかれ~。やっぱり、キミはすごいよサイネリア」
「いえ、わたしなんてまだまだ……ベル様の足元にも及びませんわ」
「謙遜しない。君は王が認めし『聖者』なんだからさ。誇っていいんだよ」
「……はい」
「うん、じゃあ~バトルロイヤルに参加しようか」
「え? ベル様。しかしわたしは失格を……」
「その為にわたしは潜入したわけだからね。大丈夫、きっとうまくいく。だって、この作戦は全て理くんの作戦なんだからさ~」
それを聞いて驚くサイネリア。そんな話は聞いていなかったからだ。
「あの、ベル様……」
「これは王の、いや――神王・アルクトゥルスの命でもある。さあ、行こう。みんなを助けに」
「……アルクトゥルス様……。あの偉大な神王様が」
サイネリアは、まるで理解の追い付かなかった。
自分の考えている以上のことが起きていたようだったからだ。
星の儀式の日は近い。
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